01-07
これから行われるのは証人尋問である。
証人尋問とは、当事者や、当事者以外の証人に対して質問を行うことで、その証言の内容を裁判の証拠とすることを言う。
まずは証人による宣誓。
ルイは宣誓書を恭しく両手で持ち、宣誓文を読み上げる。
「良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」
次は主尋問。
主尋問とは、立証したい事柄に関して証人の供述を引き出すことである。
この裁判においては、原告側の証人であるルイに対し、原告の主張を裏付ける事実となるイルミンスールの書面の信憑性について、原告側の弁護士であるサチコが質問をする形となる。
サチコは立ち上がり、ルイとの一問一答を始める。
「それでは申し訳ありませんが、まずは改めて、あなたのお名前をお聞かせください」
「藤原ルイです」
「ありがとうございます。ではルイさんにお伺いします。あなたの出自についてお聞かせ願えますか?」
「僕は、宗教法人イルミンスールの教祖である藤原ナユタと、教母である藤原ナミの長男です。イルミンスールの教義では長男があらゆる面において優遇され、家督を相続することになるため、僕は次の教祖になるべくして教育を受け、育てられました」
「なるほど。しかし今、ルイさんは教祖ではありませんよね? ご家族なのでご存知かとは思いますが、昨年にあなたの父親であるナユタさんが火事で亡くなられています。にも関わらず、あなたが現時点において教祖にはなっていない。その理由をお聞かせください」
「それは、僕は教祖になると良心の呵責に耐えられなくなるのが分かっているので、雲隠れしていたからです」
「良心の呵責ですか。教祖になると何か心が痛むようなことがあるのでしょうか?」
「はい。提供させていただいた書面、そう、マニュアルからもお察しいただけるかとは思いますが、僕らイルミンスールは真っ当な宗教法人ではありません。信者を騙し、時には脅し、そして財産を巻き上げるだけの悪徳な詐欺集団に他なりません。僕はそんな組織のトップに立ってしまったら到底、心が耐え切れない」
ざわめく法廷。
裁判長が「静粛に」と場を諌め、廷内は再び静まり返る。
「では今回ご提供いただいた、信者の方から半ば強制的に献金を募る方法論が記載されたマニュアルは本物であり、イルミンスールの内部で積極的に活用されているという認識をしてよろしいでしょうか?」
「そのような認識で間違いありません。あのマニュアルはイルミンスールの幹部が作成し、僕の両親が組織の上層部にのみ閲覧を許すような形で運用されています」
「このマニュアルはどのような場合に使用されるのでしょうか?」
「イルミンスールは津々浦々に支部が多数存在するのですが、各支部には献金のノルマが設定されており、それを下回りそうな時にはマニュアルの方法論が実践されます。基本的には、ですが」
「基本的にと言うと、例外も存在するのでしょうか?」
「はい。イルミンスールの幹部や上層部が気に入らない信者がいる場合、その人間を経済的に追い詰めるためにマニュアルが使用されたケースが存在します。そうして金銭的に困窮した信者の行き着く先は、概ね自殺です。それからもうひとつ。単に自分の私腹を肥やすためだけにマニュアルが使用されたケースも存在します。その場合、献金は本部に上納されず、どこかの誰かの懐に収まるようです。僕や、教祖である父すらも預かり知らないところへと、お金が消えてゆくのです」
ルイは被告側に目線を向ける。
板尾と及川はバツが悪そうにルイから視線を背けた。
「預かり知らないと言いましたが、ルイさんはどのようにそのことをご存知になられたのでしょうか?」
「教祖からの密告により得た情報を元に、母が調べました。母は特に、お金には意地汚い人間ですので」
「なるほど、そうですか。ちなみにこの裁判の原告である斉藤さんの娘さんとイルミンスールについて、何かご存知のことはありますでしょうか? 可能な限り、知っている限り、覚えている限りで構いません。教えていただけると助かります」
「はい。彼女はとても献身的な信者でした。イルミンスールの勉強会にも足繁く通われていました。素直で、努力家で、熱心に父の説法に耳を傾けていた彼女の姿は今でも忘れません。また、自分の夢である看護師になるための勉強にも励んでいらっしゃいました。真面目で、実直な、素晴らしい方だったのです」
遠い目をしながら記憶を掘り起こし、ルイは細く長い溜め息を吐く。
原告席では斎藤が涙を流していた。
「しかし、それが仇となりました。信者から金銭を巻き上げるためのマニュアルは、斎藤さんの娘さんのような真面目な人にほど強い効力を発揮するのです。ありもしない負の責任感や罪悪感、恐怖心や強迫観念を植え付け、心と行動を支配する一種のマインドコントロールがマニュアルの正体です。斎藤さんの娘さんの借金の額から見るに、通常の献金の額を大幅に上回っていることは間違いありません。これはイルミンスールの誰かが意図的に、彼女からお金を毟り取っていったのでしょう。そして、尊い命までも……」
ルイは背筋を正し、斎藤の方を向く。
「イルミンスールの次期教祖として、この場を借りて斎藤さんと娘さんに深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」
深々と、長々と、丁寧に頭を下げるルイ。
斎藤は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らししながら嗚咽を漏らす。
廷内の誰もがルイの言動に心を呑み込まれていた。
ただし、シズヤを除いては。
「けっ、とんだ茶番だぜ」
シズヤは誰にも聞こえないよう、小さく独りごちた。
ルイは頭を上げて、裁判官席に向き直る。
「ルイさん、ありがとうございました。原告側からは以上です」
サチコは主尋問を締め括り、椅子に腰を下ろす。
その後、被告側による反対尋問は無く、ルイは証言台を去る。
反対尋問とは、主尋問における証言の信憑性を、被告側の弁護士が証人に問うことである。
及川には、ルイを問い詰めることなど出来はしなかった。
教祖の息子に喧嘩を売るなど愚の骨頂。
一を十にして返すのがルイのやり方であり、そのことを知っている及川には、ルイを攻撃する度胸などありはしないのである。
こうして、無事に閉廷。
この裁判は世間一般に広く知らしめられた。




