01-04
ルイと斎藤の様子を黙って見ていたシュンサクの肩を誰かが叩く。
シュンサクが振り返ると、そこには姉の姿があった。
目鼻立ちのはっきりした顔立ちの、黒髪ロングストレートの高身長美人。
服装は上下黒のスーツで、細身のパンツがスタイルの良さを際立たせる。
絵に描いたようなキャリア・ウーマン。
彼女の職業は弁護士であり、今回の裁判で斎藤の弁護人となる。
「サチ姉……」
織田家の三女、花梅サチコは手招きをしてシュンサクを部屋の外へと誘い出す。
姉と共に廊下に出たシュンサクは、後ろ手にそっと扉を閉めた。
「まぁ、悪徳宗教の次期教祖と、被害者になった信者の家族が会えばこうなるとは思っていたけど、いざ目の当たりにすると心が痛くなる光景よね」
「そうだね……」
是非に及ばず同意するシュンサク。
「ところでサチ姉、今日の弁護、本当に引き受けて大丈夫だったの?」
サチコは目を丸くする。
「何よ、今さら。かわいい弟の頼みだもの、引き受けるに決まってるじゃない。それとも何? 私じゃ不服だっての?」
目を細めてシュンサクに詰め寄るサチコ。
シュンサクは両手を胸の高さに上げ、姉をなだめる。
「いや、サチ姉の仕事ぶりには期待しているよ。ただ、相手が相手だからね。何せ敵はカルト宗教。会社や私生活に悪い影響が出ちゃうんじゃないかなって思ってさ」
イルミンスールを被告とした民事裁判。
政界、財界、裏社会にまで蔓延っている宗教法人を相手取る以上、法廷外でのトラブルや争いが発生する可能性も十分にある。
「そゆことね。会社には信者らしき人間から脅迫まがいの電話やメールが来てるわよ。ま、理解ある社長のおかげで何とかなってるけど」
「やっぱり……」
「あいにくウチの会社は少数精鋭で、幸運にもイルミンスールの信者はいないわ。むしろ宗教嫌いな人間の方が多くてね。毎日イルミンスールの悪口で盛り上がってるわよ。弁護士事務所だから、すぐに政教分離がどうだの、信教の自由がこうだのって、話がお固い方向に流れるのは玉に瑕だけど」
「他には何かある? 剃刀の刃とか、銃弾が送りつけられるとか」
「そうねぇ、他は特に無いかしら。あんま心配すんな、弟よ」
「そっか。大丈夫そうなら良かった」
サチコ本人と自宅は勿論のこと、彼女の勤め先である上川法律事務所では、ケンジの部下が護衛として密かに張り込みを行っていた。
ただ、それを分かっていて尚、シュンサクは不安感を拭えない。
「もし何かあったらすぐに言ってくれよな。俺が何とかするから」
「……」
返事をせずに、弟を黙って見つめるサチコ。
シュンサクは姉の視線に気付き、一歩退く。
「何だよ? 俺の顔に何か付いてる?」
「いや、まさかシュンサクが公安になるなんて思ってもみなかったから」
「え? そんなに変かな?」
「変よ。だって昔から父さんへの反骨精神が強かったじゃない。親父みたいな汚い大人にはならいぞ! 俺は沢山の人を守る正義の味方になるんだ! って言ってさ。言っちゃなんだけど、公安ってシュンサクの嫌いな汚い大人に分別されるんじゃないかと思うわけですよ、姉は」
「――ははっ、サチ姉もやっぱそう思う?」
「思うわよ。違和感しかないもの。一体どういう風の吹き回しかしら?」
伏し目がちに俯き、シュンサクは人差し指で鼻の頭を掻く。
そして少し悩んだ末に、自身の心境を吐露することにした。
「実はさ、俺、ちょっと前に銃で撃たれたんだよね」
「はぁ? え、ちょ、大丈夫なの? だから公安なんかなるもんじゃないのよ!」
サチコは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、声を荒げる。
「いやいやいや、落ち着いて! 撃たれたのはまだ普通の刑事だった頃の話だから! あすなろ署に勤務してた時のことなんだ!」
慌てて両手を振り、シュンサクは必死に弁解を試みる。
「すげぇ痛かったけど大した怪我じゃなかったし、今も全然元気だからさ! そこは心配しないでよ! ね!」
姉の不安を払拭すべく、笑顔を浮かべるシュンサク。
対してサチコは上目遣いで弟を睨みつける。
「今年のはじめ頃、メロメ民族の居住区で乱闘事件があったのは知ってる?」
「そういえばそんなニュースをネットで見たわね。反社と不法移民の諍いがあったって話でしょ? どっちも救いようのないクズだから、どんどん潰し合えばいいのにね」
「そう、それ。そのニュース。報道規制がかかってテレビや新聞では取り扱われなかったけど」
「その事件とシュンに何の関係があるっていうのよ?」
「実は俺、その時そこにいたんだ」
「はぁ? で、鉄砲で撃たれたっていうの?」
「うん、そう」
「何でシュンがそんな所にいて、しょうもない輩に撃たれなきゃなんないわけ?」
「当時、俺はルイを探しててさ。メロメ民族の人たちがルイを匿ってて、俺がそれを探し当てちゃって。で、そこに単身乗り込んだら、自由勤民党の寄越した反社の連中もついて来ちゃって。そしたら乱闘騒ぎになって銃で撃たれちゃった、みたいな感じで」
「うーん、何となく分かったような、分からないような……。で、そこで心変わりするようなことがあったわけ?」
「うん、まぁ……。乱闘騒ぎの後、署長に事の詳細を報告してさ。それから暫く入院してたんだけど、退院する頃にはすっかりその報告が揉み消されててさ。衝撃を受けたね、流石に」
「ほほぉ、なるほど。で、揉み消したのがうちのクソ親父ってわけか」
「御名答」
「合点がいったわ。いかにもあの狸親父がしそうなことじゃない。実家に帰ったら母さんに言いつけてやるわよ」
「母さんに? それはやり過ぎでは?」
織田家では母親が一番の権力者であった。
「何を生ぬるいこと言ってんのよ。息子が撃たれて尚、自分の権威を優先したのよ? 父親として最低だわ。少しは痛い目を見てもらわなくちゃ。シュンだってそのために公安になったんでしょ?」
「あぁ、まぁ、そうだね……」
「ちっ、煮え切らない態度ね。私はこの裁判で一審の判決をひっくり返したい! シュンは胡座をかいているクソ親父の権力をひっくり返したい! 要はそういうことでしょ!」
「はい。その通りです」
「だったら腹括んなさいよ! 相手が家族だからってね、一切の情けも容赦も無し! いいわね?」
「――そうだね。ありがとう、サチ姉」




