01-03
某年、十二月二十五日、午後。
ルイの計画は次の段階へと移行する。
今まで以上にイルミンスールを追い詰めるために、ルイは表舞台へと姿を現し、より一層の世間の注目を集めることにしたのである。
その方法は、イルミンスール絡みの裁判への出席。
イルミンスールを相手取った裁判に、原告側の証人として、ルイが法廷に立つという方法である。
教祖の息子が直々に、イルミンスールが不利になる証言をする。
次の教祖になろうという人間が、イルミンスールの悪事を告白するのである。
これにより、あらゆるメディアがこぞって報道をするであろうことは火を見るより明らか。
しかし同時に、ルイの命が狙われることは必至であった。
イルミンスールが黙ってはいないであろう。
ルイの母親が、ただ指を咥えて傍観するわけがないであろう。
イルミンスールに関わる権力者たちが手を拱いているわけがないであろう。
必ずや、ルイに対しての刺客が送り込まれるはずである。
そう、これは大国の加護が及ぶ安全圏から抜け出し、その身を自ら危険に晒すような行為なのである。
故に、彼らは安全な移動手段を周到に用意する必要があった。
そして、この国の首都圏の地下はそれに適した構造となっていた。
ルイ、シュンサク、ケンジの三人は予定通りの経路で、危なげもなく高等裁判所に到着し、原告のいる待合室へと入る。
ノックをして扉を開けた先には、生気も覇気も感じられない年配の男が椅子に座っていた。
頬は痩せこけ、目の周りは窪み、白髪の頭はボサボサ。
着ているスーツもシャツも皺だらけで、身なりに気を遣う気力すらも失われているような状態である。
項垂れていた男は目線を上げると、ルイを視界に捉える。
ルイは男に歩み寄ると、丁寧に会釈をした。
「はじめまして、斎藤さん。藤原ルイと申します。本日は、よろしくお願い致します」
握手を求め、静かに右手を差し出すルイ。
しかし斎藤は眉ひとつ動かさず、虚ろな瞳で上目遣いにルイを見るだけであった。
暫しの沈黙が流れ、握手を諦めたルイは静かに右手を下ろす。
「この控訴審、必ず勝ち取りましょう。娘さんのためにも」
娘、という単語を耳にした瞬間、斎藤の目は見開き、血走り、暗い光を宿した。
そしてゆっくりと立ち上がると、両手を伸ばしてルイの肩を強く掴む。
シュンサクとケンジは斎藤を引き剥がすために咄嗟に動こうとしたが、ルイは左手を上げて二人を静止する。
すがるようにして、斎藤はルイに顔を近付ける。
「あんた……、あんたが教祖の息子なんですよね?」
「はい。イルミンスールの教祖、藤原ナユタの息子です」
「うちの娘はね、あんたの父親のせいでね、死んでしまったんよ。あんたのところの宗教にしこたま金を巻き上げられてね、若くして借金まみれだったんよ。やれ水だ、やれ本だ、やれ壺だ、やれ祭壇だって言ってね、色んなもん買わされてね。いずれ体を売るような仕事をするようになり、とうとう闇金にまで手を出してしまってね。あんたね、そういうこと知っとったかい?」
「はい。存じております」
「あんた、教祖の息子だからね、いい生活しとると思うんよ。でもね、それはうちの娘みたいな犠牲の上に成り立っている生活なんよ。そういうとこ、分かってます?」
「はい」
「娘の借金はね、私が肩代わりすることにしました。娘が唯一、この世に残していったのが借金だったもんですからね。他には何にも残っちゃいないんですわ。おたくの宗教に買わされたガラクタばかりでね。本当に、びっくりする位、他には何も無かったんです」
「その借金、僕が全額支払わせていただきます」
「そういう事を言ってるんじゃないでしょうよ! 私は!」
急に声を荒げる斎藤。
ルイの肩を掴む手に力が籠もり、引っ張られた上着の第一ボタンが千切れて落ちる。
握力による痛みを堪えながらも、ルイは視線を逸らさない。
それは、覚悟の証である。
「あんたねぇ、お金は返せるかもしれないけどねぇ、娘の命は返してくれないでしょうよ! 大事な大事なひとり娘の命、返してくれないでしょうよ!」
斎藤は、これでもかとルイに詰め寄り、目と目を合わせて離さない。
ルイは斎藤の負の感情を一身に受けとめる。
「十年前、私の妻は事故で亡くなりましてね、娘は大切な忘れ形見なんですわ。男手ひとつで育てたもんですからね、目に入れても痛くない宝物です。貧しい思いをさせたこともあります。ひもじい思いをさせたこともあります。寂しい思いもさせました。たくさん苦労をかけました。それでも娘は文句のひとつも言わず、グレることもなく、真っ直ぐに育ってくれました」
しゃくり上げながら斎藤は語る。
止め処なく溢れ出す涙と鼻水と涎で、その顔はどろどろに濡れていた。
「そりゃあもう心根の優しい子でしてね、小さい頃から、人の命を助ける仕事に就くんだって言って、去年、看護師になったんですわ。毎日、一生懸命頑張って夢を叶えたんですわ。それなのに……、それなのにねぇ……、そんな娘が借金を抱えて自殺するだなんて……」
膝から床に崩れ落ちる斎藤。
ルイの腰に抱きつくような姿勢で顔を見上げる。
「私はこれからどうやって生きていけばいいんですか? 何を生き甲斐に生きていけばいいんですか?」
ルイは何も答えない。
ただ黙って、斎藤を見下ろす。
「私はどの面下げてあの世に行けばいいんですか? あの世で妻に何と詫びればいいんですか? 娘に何と詫びればいいんですか? 教えてください! あんた教祖の息子なんでしょう? 教えてくださいよ! お願いですから、教えてくださいよ!」
ルイの腰にすがり付く斎藤。
漏れ出す嗚咽。
イルミンスールに対する恨みも、教祖に対する憎しみも、斎藤の吐き出した全てをルイは受け止める。
ルイは腰周りの腕を解き、片膝立ちになると、斎藤を優しく抱き締める。
「斎藤さんの感情は、僕が全て引き受けます。怒りが収まらないようであれば、僕を殺してもらっても構いません。ただ、その前に裁判にだけは勝ちましょう。それが今の僕と斎藤さんに出来る精一杯です。奥さんのためにも、娘さんのためにも」
斎藤は呼吸もままならない程に大きな声で泣き出し、決壊した感情は涙となって止め処なく溢れ出す。




