02-05
じきに裁判所書記官、裁判官が入廷し、実施される開廷礼儀。
室内にいる人間全てが起立と一礼をし、着席する。
そして始まるのは人証調べ。
口頭弁論、主張整理が終わり、和解は不可能であるという結論に至り、原告も被告も一歩も譲らないという状況である。
原告からの訴状陳述は、宗教法人イルミンスールが信者である田山家から長期に渡って一千五百万という多額の献金を受け取っており、そのやり口が不当寄附勧誘防止法に抵触するというものである。
更に、その献金が原因で田山夫妻が経営していた弁当屋が銀行からの約五百万という融資を返済出来ず、利子ばかりが膨らみ、債務不履行に陥って倒産に至ったという点も付け加えていた。
そして民法における不法行為を根拠に、損害賠償請求として約二千万の額を提示したのである。
要するに、イルミンスールへの献金のせいで田山家は財政難に陥り、その全てを回復するに相当するだけの現金を要求したのであった。
片や、被告側の答弁。
原告から提出された証拠書類の中には、クリスマスの裁判と同様、ルイから漏洩した献金に関するマニュアルが含まれていた。
故に、不法行為の成立要件に対する反論の余地が無いことを段取りの中に織り込み済みの及川は、損害賠償の請求額についてのみに触れる。
具体的には、献金と弁当屋の倒産には直接的な因果関係が認められず、二千万という金額は高過ぎるという内容である。
弁当屋が倒産したのは田山夫妻の経営能力が著しく低いことに起因するものであり、献金があろうが無かろうがいずれは店を畳むことになっていたであろうことを、過去の財務状況を根拠に指摘する。
また、原告側の提示した献金の中には水や壺、書籍といった「物」を購入した代金も含まれており、その分にあってはあくまで合法な売買に過ぎず不法行為には該当しないとして、損害賠償の請求額は高く見積もっても約八百万が妥当であるというのが主張であった。
これら双方の意見を踏まえた上で、開始される証人尋問。
裁判長に促されたルイは恭しく傍聴席から移動し、証言台に立つ。
その立ち姿は凛としたものであり、澄んだ小川のような落ち着きを払っていた。
しかし瞳の中に宿るのは激情。
ルイは鋭い目つきで被告席に座る母親、ナミを凝視する。
息子からの熱くも冷たい視線を感じたナミは、不敵な笑みを浮かべた。
原告の弁護士であるサチコは立ち上がり、手元の資料に視線を落とす。
ルイに対する一問一答が始まる。
「では早速ですが藤原ルイさんにお尋ねします。今回の裁判の争点となっている、宗教法人イルミンスールからの田山夫妻に対する多額の献金や高額な物品の購入を要求するという行為は、社会通念上妥当なものだと思われますでしょうか?」
「いえ、全く持ってそのようには思いません。何故ならばイルミンスールには、信者の方々に献金や物品の購入を半ば強制的に行わせるためのマニュアルが存在し、それらを実際に実践しているからです」
「そのマニュアルとは一体どのような内容のものなのでしょうか? イルミンスールの内部に深く通ずる立場ならではの観点から、ご説明いただけると助かります」
「多くの信者の皆さまは様々な悩みや苦しみを抱えており、それらを解消したいという一心でイルミンスールに入信されています。そして我々は、そこに優しく寄り添います。最初のうちは、ですが。信者の方々が心を開き、全ての感情を吐き出すまで――。しかし、そこで自分の全てを曝け出してしまったが最後、あとは搾取の対象となるのです。イルミンスールは信者の方々の弱みにつけ込み、時には洗脳、また時には脅迫のような心理的な揺さぶりをかけることで、真綿で首を絞めるように、生かさず殺さず、ゆっくりと財産を吐き出させ、奪ってゆくのです」
「それらのプロセスは全てマニュアルに基づくものなのでしょうか?」
「はい。その通りです」
「成る程。となると、証言に些かの矛盾が生じるように感じます。ルイさんは『生かさず殺さず』と仰りましたが、原告である田山さんの経営するお弁当屋さんは倒産しました。そして、このままでは直に破産に至ることでしょう。このことについて思うところがあるようでしたら、お答えください」
「はい。私の証言した『生かさず殺さず』という部分はマニュアルの原則であり、例外が存在します。田山さんご夫妻は、その例外に該当する人物であり、故に『生かさず』という部分のみが適用され、イルミンスールによって追い詰められているのです」
「その例外とは、どのようなものなのでしょうか?」
「それは、イルミンスールを棄教しようとしている信者への対応です。信者でなくなるならば、いっそのこと全てを奪い去ってしまえ、という発想からの集金方法になります。原告である田山さんご夫妻は互いに相談し合った結果、イルミンスールから抜けることを決められたと聞いています。そして、そこから献金の額が跳ね上がり、まるでヤクザの取り立てのような仕打ちに遭ったとも――。これは明らかにマニュアルの例外のパターンに当てはまります」
「そうですか。イルミンスールとは、かくも厳しい宗教法人なのですね」
サチコはルイへの質問を投げかけながらも、好戦的な視線をナミに向けた。
「それでは最後にお尋ねします。このマニュアルを作成されたのは、どなたであるかご存知でしょうか?」
ルイもまたサチコに返答をしながらも、冷淡な視線をナミに送る。
「母です。今まさに被告側の席に座っている私の母親、藤原ナミが作成したもので間違いございません」
目の前で直々に名指しで暴露をされたナミは、怒りに顔を歪めながらサチコとルイを交互に睨みつける。
「以上です。藤原ルイさん、ありがとうございました」
ルイは一礼してから傍聴席へと戻り、着席した。




