02-04
一月某日、とある地方裁判所の外に、各種マスメディアの記者が多数押し寄せていた。
カメラやマイク、スマートフォンにボイスレコーダーと、各々が様々な機材を持ち、冬の厳しい寒空の下に身を晒されながら待機をしている。
彼らの取材対象は二人。
そのうちの一人は藤原ルイである。
クリスマスの裁判と同様に、この日もイルミンスールを相手取った民事裁判に証人として立つ予定であり、記者たちはルイの姿をカメラに収めようとしていた。
しかし、ルイは一向に姿を現さない。
それもその筈である。
前回と同じく、一般の人間が知り得ない経路を利用して裁判所へと移動しているからである。
記者達にとって、ルイに対しては待ち惚けとなった。
暫くの後、黒色のワゴン車が記者たちの前を走り過ぎ、裁判所の敷地に入ろうとする。
それを見逃さなかった記者たちは一斉に車の方へと詰め寄ると、取り囲むように機材を向けて車内の撮影を試みる。
同時に、裁判所の警備員たちが駆け付けて、記者たちを車に近付けないように体を張って人の流れを遮った。
車は記者を撥ねないように、ゆっくりと門を通り過ぎてゆく。
敷地内への立ち入りが出来ない記者たちは門を境に立ち止まり、車に向かってカメラを向けてズームでの撮影を続ける。
裁判所の玄関前で停止するワゴン車。
後席の扉が開き、中から降りて来るのは藤原ナミ。
ルイの母親にして、宗教法人イルミンスールの理事長である。
此度は藤原ルイとナミ、親子の直接対決となる裁判。
この前代未聞の事態を、メディアが騒ぎ立てない理由が無かった。
ナミは上下黒のパンツスーツを着用し、長い髪は後頭部で結われ、コンパクトに纏められている。
流し目で記者たちを一瞥すると、車のハッチバックを開け、床に収納されているスロープを引き出す。
そして車内に乗り込むと、後ろ向きに車椅子を引きながらゆっくりとスロープを下る。
車椅子に乗っているのは、全身に包帯を巻いた人物であった。
ナミと同じく上下黒のスーツを着用しているが、顔や首、手などの服から露出している部分は全て包帯で覆われていた。
車から降りた二人は、そのまま裁判所の中へと入ってゆく。
金属探知機のゲートを潜り、荷物検査を受け、奥へと進む。
二人が法廷に入室すると、既に到着していたルイは最前列の傍聴席に座り、静かに時を待っていた。
隣の席にはシュンサクが着席しており、反対側の席にはまたしてもシズヤが着席している。
自分の息子の顔は勿論のこと、裏で繋がりのある政治家から情報を得ていたナミは、シュンサクとシズヤのことも認識していた。
傍聴席の後方で車椅子から手を離し、ナミは単身で三人に近づく。
ざわつく法廷内。
着座したままナミを見上げるシュンサクとシズヤ。
他の誰にも目もくれず、ルイの真正面にナミは立つ。
「久しぶりね、ルイ。元気だったかしら?」
ナミは体の前で腕を組み、笑顔でルイに問いかける。
ルイは顔を上げると、ナミの目が笑っていないことに気が付いた。
「久しぶりですね、母さん。僕は元気でしたよ。母さんは、ちょっと疲れた顔をしていますね。目の下にくまが出来ていますよ。頬もこけているようですし」
顔は笑っているものの、冷たい目で嫌味な返答をするルイ。
こうして静かに闘争心をぶつけ合う二人の血は争えない。
「お陰様で散々な目に遭っていたからかしらね。記念会館は炎上するわ、メディアも炎上するわ、教祖は亡くなるわで、てんてこ舞いよ。忙しい最中、今日も今日とて裁判だし」
「ご足労です。でも、こうしてまたお会いできて嬉しいですよ、母さん」
「そうね。私もよ、ルイ」
丁寧な口調で穏やかに会話をするが、親子共々、互いを見つめ合う瞳には強い敵対心と深い憎悪が宿る。
その姿を間近で見ているシュンサクとシズヤは、二人から放たれる負の気配に当てられて居た堪れない気持ちになった。
「でも残念ながら、雑談はここまでね。傍聴席に記者が紛れているみたいだし、ある事ない事を記事として書かれるのも癪だもの」
「そうですか。そうですね。では、また後ほど、裁判で」
「えぇ、お手柔らかに」
ナミは優雅に踵を返し、車椅子の元へと戻る。
そして包帯の人物の耳元で何かを囁くと、ナミは当事者席の被告側に移動し、着座する。
その後、イルミンスール側の弁護人である及川、原告である田山という五十代の信者の女、そしてその弁護人としてサチコが入廷し、当事者双方共に資料を卓上に並べて開廷を待つ。
ふと、ナミを直視するサチコ。
その気配に気が付き、ナミは鋭い視線を送り返した。
目と目が合った瞬間、サチコの背筋が凍る。
全身に鳥肌が立ち、悪寒と嫌な予感に体と心が支配される。
本能的に感じてしまった、弱肉強食。
浅くなる呼吸。
硬直する思考。
ナミから放たれる邪悪なオーラに気圧されたサチコは、自分が食われる側の人間であることを悟り、額に玉のような汗を浮かべ、身が竦んでしまう。
「私は今から、この女と争うのか…⋯。裁判には勝てる。負ける筈がない。でも、何故か勝てる気がしない。今まで相対したどんな悪人よりも凶悪なのが分かる。犯罪者や人殺しなんかより、ずっと闇が深い。そして、この得も言われぬ不安感。悪徳宗教のトップは伊達じゃないか――」
そう思ったサチコは両の拳を握り締め、逃げたくなる己を律し、気合いを入れ直した。




