02-03
テレビ番組の中では続けて他の人物が話し始める。
その男は石井という、過去に政治家の秘書を務めていたという経歴を持っていた。
「これね、川口さんの言う通りでね、我が国は政治家と官僚に支配されているんですよ。統治とかそういう話じゃないんですね。支配なんです。国家財政管理省、通称〈国財省〉と皆さんが呼んでいる連中がいますでしょう? 彼らがね、全てを牛耳っているんですよ。国の予算をまるっと管理出来る省庁ですからね、他の省庁や政治家は彼らにお伺いを立てないといけない。その結果としてね、国財省が巨大な権力を持っている訳なんですね」
ミキオのスマートフォンから着信音が鳴り響く。
テレビを横目に、ミキオは電話に出た。
「ミキオ、仕事だ」
父親であるマタイチロウの声。
新年早々、開口一番、挨拶も無しに支持を受ける。
「石井って男を消せばいいんですかね?」
「なんだ、お前もテレビを観ていたのか」
「えぇ、たまたま。川口って男はどうします?」
「そっちは腐っても議員だ。後でゆっくり絞め上げて、散々冷や飯を食わせてから、足が付かないように念入りに消すさ」
「そうですか。二人ともタブーに触れ過ぎましたね」
「公の場で国財省の話をするのはマズかったな」
「はい」
国財庁に対する批判は、それ即ち死を意味する。
それは政治家にとっては暗黙の了解であり、常識であった。
「ところで父さん、藤原ルイは放っておいていいんでしょうか? どうやら今後も、イルミンスールを相手取った裁判に証人として立つみたいですけど」
「構わん。最早そっちは我々の手から離れた案件になった。ルイには隣国が直々に手を下すらしい。イルミンスールを通じてな」
「人ひとりに対して国が動くんですか?」
「ミキオ、お前はルイがどこに潜伏しているか知っているか?」
「いえ、知りません」
「大国の軍用地だ。ルイのバックには大国と、隣国を敵視している大統領が付いている」
「一個人に大統領が肩入れするなんて……」
「時の大統領は、この国のディープ・ステートを壊滅させると発言しているらしい。もはやこれは戦争だよ。大国と隣国の戦争だ。そして戦場は、この国さ」
「どうなるんですか、この国は、これから……?」
「さぁな。国財庁は呑気な年寄りと、金の亡者と、隣国のスパイで構成されている。金と権威と欲望に溺れ、ある意味で平和ボケした連中だ。誰にも未来を見通す力など無い。あとは苦し紛れに国民を苦しめる税政策を推し進め、自分たちが処罰を受けない法案を押し通し、自分たちに歯向かう人間を片っ端から殺していく。それだけさ」
「それって今まで通りってことですよね?」
「そうだな。それしか出来ない連中だからな。運良く隣国が勝てば諸手を上げて万々歳。大国が勝つと国家反逆罪で裁かれるだろうからな。亡命でもするんじゃないか?」
「他人事ですね」
「他人事だよ。こっちだって好きで総理大臣やってる訳じゃないからな。潮時だ」
「退陣されるおつもりですか?」
「そのつもりは無かったが、スキャンダル合戦にエマまで巻き込まれたんだ、致し方あるまい。これは私の首元にもナイフが突き付けられているようなものだ。よもや明日は我が身だぞ、ミキオ」
「父さんが総理を降りたら、僕の推し進めている動物愛護法改正の件はどうなりますか?」
「つくづく馬鹿な息子だな、お前は。この状況でよくそんな愚かなことが言えたものだ。呆れてものも言えん」
電話越しにでも分かる程に盛大な溜め息を吐くマタイチロウ。
「今にして思えば、お前と華川の息子が藤原ルイを捕まえられなかった時点で詰んでいたのかもしれん。もしあの時ルイを捕まえて首輪を着け、飼い犬にさえ出来ていれば結果は全く違うものになっていただろう。お前の望む動物愛護法の改正なんてのも、容易だったろうな」
「僕のせいですか?」
「そうかもな」
投げやりに吐き捨てられた責任転嫁の言葉を聞き、ミキオの中で何かが弾ける。
「そうですか、僕のせいですか……。僕自身には何もやましいところが無いというのに、僕のせい……。そもそも自由勤民党員に不祥事さえ無ければ良かったのでは? 市井に晒されるような悪事をひた隠しにしてきた老害議員が原因で、僕の足が引っ張られなければならないというのは些か納得し兼ねます」
「口を慎め、ミキオ。今のお前があるのは私や先人あってのことだぞ。政治家にとっては裏工作もまた仕事のひとつだ。それに、お前にもやましいところはあるだろ。華川の息子を使って今まで何人の人間をこの世から消してきた? これは立派な、お前の悪事だ。違うか?」
「……そうですね」
同意はしたものの、ミキオは眉間に皺を寄せ、こめかみには血管が浮かび上がり、目は血走る。
「父さん、あんたに言われるがままにやってきたことが、僕の悪事だって言うのか? 僕は人を殺すために政治家になったんじゃない! 可哀想な動物を救うために政治家になったんだ!」
そう言い返したい気持ちと、無尽蔵に込み上げる怒りを押し殺し、ミキオは自分の感情に急いで蓋をする。
発言するだけ無駄なのだ、という理性が勝った結果である。
「ミキオ、お前も立派な政治家だ。共犯者なんだよ。我々は一蓮托生だからな。そのことを肝に銘じておきなさい。いいな?」
「……はい」
通話が切れ、ツーツー音がミキオの耳の中に響く。
スマートフォンを離すとテレビからは、通名制度を利用した隣国の人間が政治家や官僚の職に就いていることに対する批判の言葉が聞こえてきた。




