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ラ・ベーガ  作者: 蘭鍾馗
18/21

18.終焉の地にて(一)

「温泉浴が効くそうだ。」


 ニースでの病状悪化をロシーナから聞いて、心配したモレル医師から手紙が来た。その手紙の最後に、そう書かれていたのだ。

 温泉に入って発汗を促すことで、血液中の老廃物の排出がある程度期待出来、さらに腎臓の血流を改善することで、炎症を軽くする効果があるのだそうだ。


 少しでも効果があるというのならば、もう試すしかない。僕にはもう時間がない。アルカサーバの守護天使に告げられた最期の時まで、あと三年程だ。


 ◇


 僕とロシーナがニースから移り住んだのは、フランス西端のピレネー山脈の麓にあるカンボ・レ・バンの温泉療養施設だ。

 温暖なニースも悪くはなかったが、さすがに夏は暑かった。これが弱った身体に負担をかけることになったのは否めない。

 カンボ・レ・バンは、夏が涼しい。冬は寒いが、温泉があるから、これを床下に通した床暖房で過ごせる。

 但し、療養施設だから大荷物は持ち込めない。ピアノは論外だがもう弾けないのだから同じことだ。ピアノと机、大半の本はパリの家に送り返した。とにかく五線紙とペンさえあれば作曲はできる。


 此処しかないだろう、そう思えた。


 ◇


 ロシーナは、療養所の近くに部屋を借りた。療養所の周辺には、患者の家族が住むための宿や部屋等が数多くあるのだ。

 ロシーナと子供達には大きなな負担をかけることになってしまった。これを「仕方ない」等と言ってしまってはいけないだろう。全て僕のわがままに付き合わせた結果だ。


 だが、それでも僕は、この先に見える筈の風景が見たい。その気持ちは、もう自分自身でも止められない程に強くなってきた。この狂った雄鶏には、もはや鳴くより他に出来ることが残されていないのだ。


 ここは、フランスの西端。ピレネーを越えれば、僕の故郷のカンプロドンは近い。そこからキューバ、イギリス、フランスとあちこちと移り住んだ末に、最期に故郷の近くに戻ってくるとは皮肉な話だ。気候は、夏の雨がやや少ないことを除けばカンプロドンと似ている。美しい森がある。違うのは海があることか。


 ここで、あと三曲。イベリア最後の第四集を書く。


 ◇


 最初に取り掛かったのは、第一番の「マラガ」。フラメンコの「マラゲーニャ」のスタイルを借りて描く、明るさとほの暗さが同居する舞曲だ。

 細かく揺れ動くギターのような伴奏が暫く続いた後、頭のない途切れ途切れの短い旋律が載ってくる。これが何度か繰り返された後、曲調は転じ、海の気配が漂う明るい旋律が歌われる。短二度の煌めきに飾られたそれは、変化しながら何度も繰り返され、最後はマラゲーニャらしいリズムとテーマで快活に締め括られる。


 第二番は「エリターニャ」。

 タイトルはセビーリャの城門外にある居酒屋兼旅籠の名前だ。

 人気のこの店は、朝から人で溢れ、皆食事をしながら陽気にワインを飲んで騒ぐ。「今日は人生は休みでいい。」そんな声が聞こえてくる。誰かが歌い始める。即興の踊りが始まる。

 軽快なセビリャーナのリズムに乗せて繰り返し休むことなく歌われる旋律。目も眩むようなきらびやかな装飾音に包まれた、終わることのない歌。


 そして、最後の第三番は、スペイン北東部の

伝統的な舞曲、ホタで締める。


 そのつもりだった。



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