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1.序
ひとは
晩年の或る日
不意に目の前の風景の中に
自らの運命を見てしまうのかも知れない
◇
一八九七年の晩夏
スペイン民族楽派の作曲家
イサーク・アルベニスに
その日は訪れた
以後
彼の作風は一変する
口当たりの良いサロン風の小品は姿を消し
複雑な和声とリズムによる
深い精神性を宿した作品が生まれはじめる
その年
彼の転機となったひとつのピアノ曲が発表される
「ラ・ベーガ(沃野)」である
◇
その後
何かに憑かれたように
彼は残りの生涯の全てを注ぎ込んで
「組曲イベリアー十二の新しい印象ー」を書き上げる
それは
かのドビュッシーも激賞した
ピアノ音楽の金字塔だ
◇
これは
彼が自らの運命を見た日と
その前後の物語である