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猫耳令嬢と誤解だらけのダンス

 人間のミッシェルは最近、黒猫獣人のダイアナが気になっていた。


「あああああ、あなたにこのゴミあげるわ。別に燃やして暖まったらいいじゃない! 別にあなたに手紙を書こうとか思ったんじゃないから! これは手紙じゃないんだからね!」


 といきなり学園内でビリビリの紙切れを大量に渡されたからである。

 ビリビリになった紙の切れ端には何やら「き」とか「好」とか「ミッ」とか「シェル」とかが書かれているのが見える。


 アイステリア魔法学園1年生のミッシェルは、魔法よりも不思議に満ちている同じく同級生のダイアナの言動に驚いた。

 真っ黒なストレートの髪に真っ黒な目に、猫耳と尻尾が生えてどこかツン! とした表情の彼女は非常に可愛い。

 そんな彼女からミッシェルだけそんな仕打ちを受けていた。


 ーーー


 事の起こりは多分こうである。

 ミッシェルは入学時の事を思い出していた。

 人間で平民のミッシェルは、小さいころからそこそこ魔力があり、珍しいことに火以外の3元素を使えるので、15歳の年頃になると王立のアイステリア魔法学院に入学した。

 それまでは地方の学校で家業の商会を手伝いつつボチボチと勉強していたミッシェルは、寮付きの学院の新しい生活に胸を膨らませていた。


「ここが魔法学院かぁ……!」


 友達100人できるかな? とミッシェルは意気揚々と学院の門をくぐったところで、後ろから、


 ドン!!!


 とかなり強い勢いでぶつかられた。

 倒れそうになったがすんでのところでこらえた。

 ミッシェルがびっくりして見ると、ぶつかってきたのは小柄な黒髪で猫耳を生やした女の子だった。


「あ!! ごめんなさい!! そんなつもりはなかったの! そんなつもりは、ただ良い匂いがしたから! 良い匂いが……って、バカバカ、私の馬鹿! この人が私のツガイなわけが! 人間人間っ!」


 と女の子にかなり早くまくしたてられて、そのまま走っていかれた。


「え? うん?」


 ミッシェルが状況を把握できないままぶつかってきた女子を見送っていると、周りから人が集まってくる。


「入学試験で主席だったダイアナ・リリスティア子爵令嬢だな」

「猫獣人だよ。可愛いよな」

「2位のミッシェル君よね、大丈夫だった?」

「平民だからってぶつかられたのかな、酷いよね。あっ、アタシは同じクラスの……」

「私も同じクラスの……」

「どきなさいよ、ミッシェルくんはぶつかられたのよ、痛いところない?」

「いくら貴族で美人だからって横暴よね!」


 ミッシェルはそのまま大勢の人に色々話しかけられながら、自分のクラスに向かった。

 入学式では、さきほどミッシェルにぶつかってきたダイアナ・リリスティア子爵令嬢が落ち着き払った様子で祝辞に対して答辞を述べていた。

 とてもじゃないけれど、ミッシェルの目には故意にすごい勢いでぶつかってくるような人には見えなくて、首を傾げつつも忘れることにした。


『ちゃんと謝ってくれたし』


 ダイアナ・リリスティア子爵令嬢はちゃんと謝れるいい人なのかもしれない。

 ミッシェルはそう思って一人頷いた。


 ーーーー


 それからミッシェルにとっては充実した魔法学院生活が続いた。

 さすがは王立の学院で、教育内容も課外活動も充実している。


『時々、ダイアナ・リリスティア子爵令嬢がじっとこちらを見ている気がするのは気のせいだろう』


 ミッシェルはそう自分に言い聞かせていた。

 商会を手伝っているのもあって、ミッシェルは特に貴族や王族とは絶対にトラブルを起こしてはいけないと骨の髄まで叩き込まれているのだ。

 初日ぶつかった以外は、ダイアナ・リリスティア子爵令嬢とはクラスも違うし、クラブ活動も違うし、何も接点はないし、問題もないはずである。


『そう、何も問題ない。問題はないんだ』


 今も、あまりの視線の圧を受けているような気がして、一人移動している移動教室(ミッシェルがクラスメイトとは違って一人興味のある魔法力学を選んだ)の時に立ち止まった。


 問題ないことを確認するため、1階の渡り廊下の中央から右斜め後ろを振り返る。


 すると視界の中でシャッと木の陰に黒い人影が隠れた。


『あれは、リリスティア子爵令嬢……。隠れているつもりなんだろうか?』


 見ると、黒い猫耳が幻覚などではなく木の陰から飛び出している。黒髪ストレートの長い髪も見えている。


『ふさふさしている猫耳がかわいい』


 ミッシェルはリリスティア子爵令嬢の猫耳に、実家の商会でネズミ避けに飼われている黒猫のビビを思い出した。

 ビビは何が気に入らないのか、ミッシェルを見るたびに一目散に寄ってきて爪を立ててひっついてくる。

 おかげでミッシェルの服は穴だらけになったものだ。

 でも、時々ビビは気まぐれに大人しく寄ってきてその頭を撫でさせてくれて、そのふかふか具合に全てを許せる気になった。

 不思議だ。


『リリスティア子爵令嬢も仲良くなったらその猫耳を撫でさせてくれるだろうか……って、相手は貴族だってば僕は何を考えてるんだ、一体』


 そんな穏やかな日々を過ごしながらミッシェルは平和な学園生活を送っていった。


 ーーー


 ドンッ!!


「うっ!」


 今日も今日とて、ミッシェルに何かふかふかした良い匂いのするものがぶつかってきて息を詰めた。

 改めて見ると予測した通りに、ダイアナ・リリスティア子爵令嬢が真っ赤になってミッシェルを見ている。


「ごめんなさい! で、でもねあなたがそんな所を意味ありげに歩いているのがいけないんじゃない! あなたが歩いていたら私はぶつかっちゃうでしょ! ……って、違う違う。そんなことが言いたいんじゃないの。あのね、進級ダンスパーティーでね、あのあのあのあのっ、……っ、なんで私がそんな事言わなきゃいけないのよ! 察しなさいよ!」


 とリリスティア子爵令嬢はミッシェルに謝った後、照れて、その後に突如キレて貴族令嬢らしくもなくめちゃくちゃな方向に走っていった。


 一緒に移動教室に向かって移動している級友たちと一緒に、ミッシェルは呆気にとられてリリスティア子爵令嬢を見送る。


「進級ダンスパーティーか。まだまだ先だけどリリスティア子爵令嬢も色々考えることはあるみたいだな」


 ミッシェルの友達の中で比較的のんびりした性格の男友達が、目の上に手を翳してリリスティア子爵令嬢が消えていった方を見る。

 魔法学院の廊下は長いのに、リリスティア子爵令嬢はもう見えなくなっていた。

 さすがは猫獣人だけあって足が速いのだろう。


「美形で頭もいい男ってのはつらい仕打ちを受けるもんなんだな」

「ミッシェル、金髪碧眼で顔も頭もいいのに、派手にリリスティア子爵令嬢に絡まれたりしているからなんか許せるよな」

「分かるー。イケメンも辛いんだなって」


 ミッシェルは周りの男友達の言葉を言葉半分に聞いてぼんやり考える。


『もしかして、リリスティア子爵令嬢を進級ダンスパーティーに誘うといいんだろうか?』


 もしそうならミッシェル的には願ったり叶ったりだ。

 ミッシェルは特にこれといって興味のある特定の女子というのはいなかった。

 唯一、ミッシェルが鮮烈に認識しているのは、実家の黒猫ビビに似たダイアナ・リリスティア子爵令嬢だ。


 ミッシェルは平民でリリスティア子爵令嬢は貴族だ。

 でも、魔法学院では学生である間はある程度身分を越えた交流も許されるはずである。


『勇気を出してリリスティア子爵令嬢を進級ダンスパーティーに誘ってみようかな……?』


 ミッシェルは、いつもアグレッシブに自分に関わってきてくれるリリスティア子爵令嬢に対して積極的に関わってみようとギュッと拳を握った。


 ーーー


 次の日、ミッシェルは貴族令嬢を教室の一室に呼び出した。

 もちろん、ミッシェルも貴族令嬢を平民が呼びつけるのは良くないような気がしたけれど、他に方法がなかったし、平民が貴族令嬢にダンスパーティーの同伴を申し込んで彼女の将来に影響があったりしたらとかいろいろ考えた結果である。


「な、なによ。平民のあなたがリリスティア子爵家の令嬢である私に何の用があるのか言いなさいよ! あ、いつもぶつかられていることに苦情を言いたいんだったら無駄なんだからね! ちゃんとその場で謝ってるし、そもそも獣人の特性でああなっちゃって……」


 空き教室の一室でリリスティア子爵令嬢にミッシェルが向き合うと、早速リリスティア子爵令嬢が沈黙に耐えかねていつものように色々まくしたてる。


「あの!」

「……っ、なによ」


 ミッシェルがさすがにリリスティア子爵令嬢のお喋りを遮って声を上げると、リリスティア子爵令嬢はその尻尾で無自覚になのか机をピシピシと叩きながら、ミッシェルを真剣に見る。

 リリスティア子爵令嬢もいつにない雰囲気に緊張しているようだ。


「言いなさいよ、怒らないから!」


 ミッシェルも女子をダンスに誘うのは初めての経験で、口から心臓が飛び出そうなほどドキドキしたけれど、リリスティア子爵令嬢を待たせていることに意を決して口を開いた。


「進級ダンスパーティーに一緒にパートナーとして出てください! お願いします!」


 そう言ってミッシェルはリリスティア子爵令嬢に向かって頭を下げた。

 …………

 ……

 ミッシェルが頭を下げたまましばらく待っても、リリスティア子爵令嬢からは何の返事もなかった。

 さすがにミッシェルが頭を上げると、


「え……、なん、わたし、あんなひどいコト、してたのに……そんな」


 とか小さく呟きながら、猫耳をプルプルと振るわせて、黒目を潤ませてこちらを見ている。


「リリスティア子爵令嬢……あの、だいじょうぶ」


 あまりのリリスティア子爵令嬢のバイブレーションに、ミッシェルが心配になって手を伸ばすと、リリスティア子爵令嬢の涙が決壊した。


「ミッシェルくんとダ、ダ、ダンス手を繋いで、ダンス!! あのあの、私、そんな! い、いやぁーーーー!!!」


 リリスティア子爵令嬢はミッシェルの手が届く前に絶叫して教室を飛び出した。

 泣きながらいつものようにものすごいスピードで走っていく。


「……え、僕、断られた?」


 ミッシェルはリリスティア子爵令嬢にダンスパーティーへの誘いを断られたことはショックだったけれども、それはさておき、リリスティア子爵令嬢が泣いていたのが気になってリリスティア子爵令嬢を追いかけることにした。


『泣かしたのは僕っぽいから、追いかけてもいいのかはいまいち分からないけど。でも、こういう時、実家の猫のビビも逃げた先で僕の事を待ってたみたいにこっちをジッと見てきて撫でさせてくれたし!』


 貴族の女の子を泣かせたことに対して、ミッシェルの心のよりどころが『猫のビビ』とは情けないけれど、追いかけなければいけないことはミッシェルに分かっていた。


 ーーー


 ミッシェルがあちらこちらと学院内を探していると、中庭から、


 ドンッドンッ!!


 と何かを打ち付ける音が響いてきていた。

 ……不思議と他の生徒たちは周囲にいない。


「なんで、違う。私、何でちゃんと練習した通りに言えないの! 好き! はい喜んで! はい喜んで!  はい喜んで! あんなに家でも練習したのに! これじゃ私のつがいに嫌われちゃうじゃない! 素直に言うのよ、好きだったって! はい喜んで、誘ってくれてありがとうって!」


 ドンッドンッ!


 と何かを打ち付ける音は、リリスティア子爵令嬢の言葉と一緒に続いている。


「もしかしてあるかもって、私が一生懸命ミッシェルを思っている気持ちが伝わった時にって練習したのに! 好き、はい喜んで! なんでなんで、獣人って好きな人ができたら一直線に愛を伝えられるんじゃないの?! どうしてこの口が思ってるのと違う事を!」


 ミッシェルはリリスティア子爵令嬢の叫びに、夢中になって中庭に駆け込んでいった。

 リリスティア子爵令嬢は中庭のがっしりした木に、綺麗な黒髪が乱れてしまうのも構わず頭を打ち付けながら騒いでいる。


 ミッシェルはそんな様子に、たまらずリリスティア子爵令嬢の頭と木の間へ強引に手を差し入れた。


 ガッ!!


 と手が木に叩きつけられる。


「ミッシェルくんっ!!」


 リリスティア子爵令嬢は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をこちらに向けた後、下を向いた。


「いや、見ないで! 私の顔酷いから見ないで。さっきはごめんなさい。だから早く行って」


 リリスティア子爵令嬢は猫獣人なのにミッシェルの接近に気づかなかったのは、涙と鼻水で鼻がふさがれていたからだろう。

 ミッシェルは改めて、落ち着いて声をかけることにした。


「喋らなくてもいいんです。僕、諦めが悪いからもう一回誘いますね。僕と一緒にダンスパーティーに出てくれるなら頷いてくれますか?」


 そのミッシェルの言葉にリリスティア子爵令嬢は頭からミッシェルのお腹に突っ込んできた。


「なんでそんなに優しいのぉぉ」


 リリスティア子爵令嬢は涙でガビガビになった声で訴えて、そして、


「ううーー!!」


 と言いながら何回も下を向いたまま頷いた。

 ミッシェルはそんな貴族らしくなく感情むき出しのリリスティア子爵令嬢の行動を見て、何故だか猫のビビを思い出したし、


『リリスティア子爵令嬢って、かわいいな』


 と思った。


 ーーー


 …………と、魔法学院一年生の間に色々あったわけだけれども、無事、ミッシェルはリリスティア子爵令嬢と進級祝いのダンスパーティーに参加できていた。


「今日もダイアナはかわいいね」

「あああああ当たり前じゃない! あなたもまあまあ、まあまあよ!」


 無事に学園の飾り付けられたパーティー会場で、ミッシェルはリリスティア子爵令嬢の手をとってダンスを踊っていた。


「はは……、ありがとう。嬉しいよ」

「いいのよ、リリスティア子爵に嫁いでくるほどの者であればまあまあじゃないと困るから。仕方なしにまあまあなのよ」

「うん」


 ミッシェルはダイアナに気づかれないように少しだけ遠い目をした。


 ダイアナの事は、あの衝撃の告白を聞いてしまった時からミッシェルはなんだかんだ言って好きになっていた。

 よくよく事情を聞けば(ものすごく時間はかかったけれど)、ミッシェルはダイアナの番(人間で言う所の運命の人みたいなもの?)らしいし、ダイアナはミッシェルを学院で遠目に認識した時から大好きだったらしい。

 ただ、お互い好きでも色々大変な事はある。

 ダイアナがしょっちゅうキャパオーバーに陥るので、手を取り合ってダンスできるようになるまで時間がかかった。

 かと思えば、お互いの想いを確認しあってからはダイアナが突っ走って、ミッシェルの実家の商会にリリスティア子爵家から親を説得して婚約の申し込みをすぐ入れてくるし、ミッシェルの実家は実家で貴族家と繋がれるという事でお祭り騒ぎだったし、もう大変な騒ぎが何回も何回もあった。


『でも………………かわいいんだよなぁ』


 ミッシェルは微笑んで、そこそこつんとした顔で澄ました顔でダンスを踊れているダイアナを見詰めた。

 ダイアナもミッシェルの視線に気づいて、その黒い大きな目で見返してくる。

 微塵もミッシェルを婚約者として疑っていない澄んだ目だ。


「ダイアナ、大好きだよ」


 ミッシェルはそう言って、ダイアナの額にキスをした。

 ダンスを踊っている周りからどよめきがおこるけれど気にしない。


『色々勢いで決めてきたけれど、ちゃんとダイアナに好きって言ってなかった』


 ミッシェルはちゃんとダイアナに自分の気持ちを伝えたかった。


 そんなミッシェルに、ダイアナは髪が崩れるのも構わず頭突きして、


「好きっ!」


 と心を伝えることができたのだった。


 おわり。

読んで下さってありがとうございました。

もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。

また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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