エピローグ
空間が割れる。
「ん?」
振り向いた神は、思わぬ来客を見ていたずらっ子のように微笑む。
「驚いた。まさか、世界の壁を壊して、俺様のところにまで来るとはな」
「魔王との戦いで、壊し方が分かったからね」
赤髪の少女――唯は、神の姿を見て口角を上げる。
「あんた、そんな顔だったのね」
「ああ。何の変哲もねえ顔さ。それでどうだった、俺様の世界は? 世界最強の夢は見れたか?」
「ええ。一応ね」
「そりゃあよかった! 俺様も、お前には感謝してるんだ! 魔王の野郎が小細工をしやがって、俺様は争いを見れなくなっちまってたからな。これでようやく、つまんねえ世界が終わる! また、永遠の戦いが始まってくれる!」
両手を叩き、神は喜ぶ。
そこには、純粋さしかなかった。
勇者と魔王がシステムであれば、神もまた一つのシステム。
世界に争いを起こすのが、唯の前にいる神に与えられた役目なのだ。
神はひとしきり喜んだあと、その場に立ち続ける唯を見る。
「で、なんでここに来たんだ?」
「…………」
「まさか、今度は俺様と戦いてえ、なんて言わねえよなあ?」
神の声は、明確に唯への敵意を乗せていた。
神にとって、唯もまた駒でしかない。
勇者も、魔王も、唯も、その他の人間も、神が創る世界の演者でしかない。
指を曲げ、ゴキゴキと音を鳴らす神を見て、唯はつまらなそうに溜息をつく。
「戦わないわよ。あんたを倒して、誰があたしを世界最強と認めんのよ」
今の唯は、神と戦ってなお、負ける気はなかった。
神の実力など分からないし、確実な上位存在だと理解してなお、負ける気はなかった。
しかし、今の唯にとって、神との戦いにメリットがなかった。
唯の言葉に神の敵意は収まり、代わりに首を傾げる。
「じゃあ、なんでここに来たんだ?」
「決まってるでしょ。元の世界に帰んのよ」
神の疑問に、唯は明確に答えた。
「あの、つまんねえ世界にか?」
「そうよ。あたし、気づいたのよ。世界最強になるためには、やっぱ元いた世界じゃないと駄目だって」
「お前は、俺様の世界で最強になったぞ?」
「なったけど、満足できなかったのよ。結局、あたしは自分の世界で最強になれなかったから、あたしが最強になれる別の世界に逃げただけじゃない!」
唯が拳を握り、手を突き出す。
神の空間に、拳が一本、空を切る。
「だから、あたしは帰る! あたしは、あたしがいるべき場所で、最強になる! って訳だから、あたしを元の世界に戻しなさい! 神!!」
自信満々に言う唯を見て、しばらく固まっていた神は、大声で笑った。
「ははははは! 面倒な性格だな」
「知ってるわよ」
「いいぜ。お前を元の世界に戻してやる。もう、俺様の世界には用済みだしな」
「助かるわ」
神が指で円を書くと、空間に黒い穴ができた。
空間は、トンネル。
唯のいた世界に繋がる、トンネル。
「さ、これをくぐれば、お前の故郷だ。新幹線に引かれてぐちゃぐちゃになった体は、サービスで戻しといてやるよ。後、俺様の世界で得た力の一部も、餞別にくれてやる」
「ずいぶん、気前がいいのね」
「その代わり、俺様はお前を見続けるぞ! お前が、お前の世界をどうするのか」
カツン。
唯が、一歩踏み出す。
腕を横に伸ばして、親指を立てる。
「期待してなさい! 本当の世界最強ってやつを、見せてあげるわ!」
唯は口角の上がり過ぎた笑顔を作り、黒い穴をくぐった。
神はその背中を、ニヤニヤしながら見つめていた。
成人式。
もしも生きていれば振袖を着て会場に立っていただろう愛娘の写真を抱いて、一人の女性がすすり泣く。
新幹線に飛び降りての自殺。
娘の苦悩を理解できなかった自分を責め、女性はひたすら悔いていた。
変わった娘だった。
最強を目指すなどと頓珍漢なことを言っていた娘だった。
しかし、確かに愛していたのだ。
テレビから流れる成人式の中継を見ながら、女性は涙を流す。
涙がポタリと落ちる。
瞬間、テレビの画面が突然切り替わった。
「………………唯?」
テレビに映ったのは、死んだはずの娘――唯の姿。
一つのテレビだけに止まらなかった。
家電量販店の全てのテレビが。
町に設置された巨大なディスプレイが。
成人式会場に用意された巨大なスクリーンが。
日本に止まらず、世界中のありとあらゆる映像通信媒体が、唯の顔一色に染まった。
唯は、口角の上がり過ぎた笑顔で、マイクに向かって話す。
「我が名は唯! 世界最強となる女よ! たった今より、あたしは全世界に宣戦布告する! 安寧とした世界で平和を疑わずに生きてきた世界中の人間どもよ! 今、この瞬間が! 世界の分岐点だ!」
世界最強を目指す道。
唯は、その一歩目を踏み出した。
「選べ! あたしの下僕となって生きるか! 死ぬか!!!」




