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第五話 平穏

「どういうことよ!?」

 

「うぅ……!」

 

 唯が囲炉裏を踏みつけて、マイエラの元へと行く。

 両肩をがっしりと掴み、その力強さにマイエラは苦悶の表情を浮かべる。

 

「こ、言葉の通りでございます」

 

「争いがないって!? 狂暴な魔物とか、魔物を従えている魔王とか、世界を支配してる悪の帝国とか、なにかあるでしょう!?」

 

「ないのです、唯様! 確かに二年前までは、魔王と呼ばれる存在が魔物を操り、人間世界に危害を加えていました。ですが、勇者パーティによって魔王は討伐され、世界に平和が訪れたのです。また、その一年後、五大大国はこの平和を永遠のものとするため、不可侵条約を締結。世界から、国家間の争いもなくなったのです」

 

「はあああああああああ!?」

 

「唯様が望む戦乱の世は、この世界にもないのです」

 

 マイエラの肩を掴んでいた唯の手から、力が抜ける。

 

 唯は呆然とした表情で先程まで座っていた座布団に戻り、マイエラに背を向けて座り込んだ。

 人質に対する完全に無防備な姿。

 マイエラは、その背中をじっと見つめた。

 

 唯が争いを求めて来たのであれば、争いがないことを突きつければいい。

 マイエラの作戦は成功し、唯は明らかにやる気をなくしていた。

 強者がいない世界での戦いに、果たして何の意味があるというのだろうか。

 

「話が違うじゃない……神……」

 

 唯はボーっと座ったまま、この世界に来る直前、流れ込んできた言葉を思い出していた。

 

 ――お前みたいな戦闘狂を探していた。

 

 唯は、求められていた。

 

 ――お前、俺様の世界に来ないか? 最強の夢を、見せてやるよ。

 

 唯は、最強の夢を約束されていた。

 

 ――せいぜい暴れまわって、このつまんない世界を変えてくれ。

 

 唯は、暴れることを求められていた。

 

「つまんない世界? 変える?」

 

 唯は、言葉の意味をゆっくりと掬い取り、一つの気づきを得た。

 戦闘狂を望む声が『つまらない世界』と言っていた以上、世界に争いがないという事実と矛盾はない。

 つまり、声は事前に、唯に対して争いがないことの説明を終えていたということだ。

 同時に、暴れることで変わるとも添えていた。

 

 声の意図に気づいたとき、唯は高らかに笑った。

 

「あっはっはっはっは。なーんだ、早とちりしちゃったみたい!」

 

 唯は俯いていた顔を上げ、マイエラの方へと向き直る。

 そして、マイエラに向けてぐっと力こぶを作ってみせる。

 

「戦乱の世がないんなら、作ればいいんじゃないの! 今のあたしには、その力がある!」

 

(な、なんでそうなるの……!?)

 

 先程と対照的に、驚きで口を開けたのはマイエラの方である。

 唯の思考回路が、マイエラの想定と全く逆の方向へ進んでしまったことに、マイエラは内心で頭を抱える。

 

「それに、魔王を倒した勇者パーティってやつがいるんでしょ? なら、自称最強はいるじゃない!」

 

「し、しかし、勇者パーティは二年前に解散をしております。おそらく、唯様が考えるような強さは」

 

「その時はその時よ! それに、勇者パーティが駄目でも、二年前まで争ってた国なら戦争の道具くらい持ってるでしょう! やっぱ、世界に宣戦布告するあたしの考えは間違ってなかったわ!」

 

 唯の言葉を受け取る度、マイエラは止める方法を考える。

 しかし、子供のように無邪気な瞳を見たマイエラは、唯を言葉で止めることはできないと悟った。

 困難に対して前向きな思考をする人間を、言葉で止めることはできないと知っている。

 

「わかりました。唯様の目的が世界であれば、私も微力ながらご支援させていただきます」

 

 マイエラは問答を打ち切って、再び唯へ従順の姿勢を見せた。

 自分ではどうすることもできない。

 ならば、自分以外に対処してもらうしかない。

 

 アイアン・ウルフを一人で退けた唯は、確かに脅威だ。

 だが、アイアン・ウルフを一人、あるいは複数で退けることのできる存在など、ブオウ村の外には両手で数えられぬ以上にいるのだから。

 

「面白くなって来たわね! よし、えーっと……あんた!」

 

「マイエラです」

 

「次期村長! 地図を持って来て! あたしに、この世界のことを教えなさい!」

 

「それは構いませんが……。そろそろ、灯りの方が」

 

 唯がテンションに任せてマイエラに促すと、マイエラは窓に視線を向けた。

 太陽はゆっくりと山に沈み始め、室内から文字を読むことのできる明るさがゆっくりと消えていっている。

 

「……電気とかないの?」

 

「電気? 灯りのことでしょうか? ろうそくは御座いますが、地図を見るには物足りないかと」

 

 マイエラは、ろうそくに火をつけて唯へと渡す。

 ついでに囲炉裏にも火をくべて、部屋の灯りとした。

 

 唯は、朧げな灯りを放つろうそくをにらみつける。

 

「こんな小さな灯りじゃあ、目を悪くしちゃうじゃない。……仕方ないわね。地図を見るのは、明日にするわ」

 

「賢明です」

 

「じゃあお風呂! お風呂は?」

 

「この家に、お風呂は御座いません。近くに、川から汲んできた水溜が御座いますので、そこから水を汲んできて、体をお拭きください」

 

「拭……っ!? 嘘でしょ!? 水浴びもできないの!?」

 

 再び直面する現代日本との格差に、唯は意識が遠のきかける。

 ふらりと倒れかけた体を支え、どすどすと足音を立てながら玄関へと向かった。

 がらりと扉を開くと、数人の村人が遠くから村長の家を見守っていたので、唯は大声で叫ぶ。

 

「水! 水持って来て! 体を洗いたいの!」

 

 

 

 

 

 

 水が届けられたところで、唯は扉と窓を閉め切る。

 外部からの視線をシャットアウトし、おもむろにブラウスを脱ぎ捨てる。

 半裸となった唯を前に、マイエラの視線は唯のスカートに刺さる牙に向かう。

 

「唯様、それは?」

 

「ん? ああ、なんかでっかいトカゲがいたから仕留めといたの。綺麗っしょ?」

 

 黄金でできた牙は、ゴールド・ドラゴンの牙。

 自分から動くことはない代わりに、動けば国家間戦争級の戦力を投入しなければ止めることができない強大な魔物。

 

(ああ、この人を止められる人間なんて……勇者クラスしかいないんだ……)

 

 なんでもないように言う唯を見て、マイエラは静かに悟った。

 

「拭いて?」

 

 そんなマイエラの気持ちも知らず、唯はマイエラに布切れを渡す。

 マイエラは無言で布を受け取って、水につけた布切れで唯の背中を擦り始める。

 

「あー、気持ちいいー」

 

 マイエラは、唯の脱いだブラウスと下着に視線がちらちらと移りながら、淡々と職務をこなしていく。

 マイエラとて、異世界の物には気がそれてしまう。

 

「はー、どうしよう。まさかずっと、水拭きだけで済ますわけにもいかないし。ていうか、お風呂だけじゃないわよ。トイレも、洗濯も。水回り全般どうすればいいのよ」

 

「拭き終わりました」

 

「ああ、ありがと。じゃあ、交替ね」

 

 唯はマイエラから布を受け取り、布を水に浸して汚れを落とす。

 驚いたのはマイエラである。

 

「へ!? あ、いえ。唯様に、そのようなことをさせる訳には!」

 

「いいのよ。私がやりたいんだから。さ、脱いで」

 

「え、ちょ、ひゃあ!?」

 

 マイエラの服が、唯によってはぎとられる。

 唯は、マイエラの背中をごしごしと擦りながら、知りたいことを口にしていく。

 

「ねえ、マイエラ」

 

「なんで御座いましょう」

 

「村の外には、お風呂ってある?」

 

「……町に行けば、公衆浴場があります。後は、領主様のお屋敷にならば」

 

「へーえ」

 

 領主の屋敷にお風呂がある。

 それを聞いた唯は、不敵に笑った。

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