第四話 村長の家
「こちらです」
「げ、マジで?」
唯が案内された家は、他の家よりも一回り大きな木造の家だった。
マイエラが扉を開ければ、空間を占めるのは土の床でできた居間だ。
居間の中央には囲炉裏が設置され、壁際には農具や料理道具が置かれている。
幸いなのは、囲炉裏の周りの床が板張りだったことだろう。
現代日本を生きてきた唯からしてみれば、家というより農家の倉庫だ。
「一応、隣の家も見ていい?」
「私の家ではないので、私が是非を回答することは出来かねます」
「面倒ね! いいのよ。この村は、あたしの物なんだから」
唯は村長の家の扉を閉め、近くにあった村人の家の扉を開ける。
板張りの床を求めて。
が、扉の先に居間が広がるのは同じだ。
違いと言えば、床のどこにも板が貼られておらず、踏み固められた地面がむき出しの土間だったことくらいだろう。
唯は、無言で扉を閉めた。
「原始時代じゃないの!?」
「原始……? 何分、小さな村ですので、どこもこんな感じです」
「板があるだけ、さっきのほうがマシかあ。はあー。世界征服最初の場所が、まさかこんなに辺鄙な場所だなんて。神様も考えてくれればいいのに」
唯は弱弱しい表情のまま村長の家へと戻る。
家に入った後は、マイエラを掴んでいた手を離し、夕日が差し込んで赤く染まる居間を土足で歩く。
「げっ!? 藁かよ……。寝れるかな……。あたし、マットレス派なのに」
壁際に置かれている家具や道具を雑に確認していき、一言感想を何度も零す。
そして、藁で編まれた座布団を二つ手に取り、一つをマイエラに投げる。
「ありがとう、ございます」
「ん」
唯は板張りの床に座布団を置き、その上にどっかりとあぐらをかく。
「どしたの? 座れば?」
人質として座るべきか否かを悩んでいたマイエラも、唯の一言で座布団に座る。
囲炉裏を挟んで、唯が出入り口側、マイエラが奥側。
唯の手から解放されたマイエラが家から逃げるためには、確実に唯の隣を通過するしかない。
つまり、唯がマイエラを逃がさないようにする座り方だ。
もっとも、マイエラは既に逃げることを考えていなかった。
「ま、楽にしてよ。これからしばらくは、一緒に暮らすことになるだろうし」
唯はそんなことを言いつつ、藁の座布団を軽く手で叩いたち、床を指でなぞったりと、今日の寝心地を確認していた。
また、時々視線を室内に動かし、博物館の展示品でも観覧しているように周囲を眺めていた。
マイエラは一呼吸置き、唯に問いかけた。
「あの、唯様。お伺いしたいことが御座います」
「何?」
「唯様は、何故この村を支配されたのですか? 次期村長となる私が言うのもなんですが、このブオン村は非常に小さな村です。支配したところで、唯様の求めるような物はないと思いますが」
「へー。この村、ブオン村って言うんだ。変な名前」
マイエラは、村の名前さえ知らない人間に支配されてしまったのかと、頭が痛くなる。
同時に、唯がブオン村そのものに対して興味がないのであれば、交渉次第では支配から抜け出せるだろうことにも気づいた。
マイエラは、交渉のために少しでも唯の情報を手に入れようと、頭を回転させる。
一方の唯は、先の自分の回答が自分でも不服だったようで、マイエラへの回答を改めて考える。
「うーん、そうねえ。別に、この村を支配したかったわけじゃないわ。たまたま目に入ったから支配した。それだけよ」
「た、たまたま……ですか……?」
「そ、たまたま。別にブオン村だろうと、パオン村だろうと、どこでもよかったの」
「パオン村という名前は聞いたことがありませんが。では、質問を変えさせてください。たまたま目にした村を支配するという、唯様の目的は何ですか?」
まるで災害にあった気分を受けながらも、マイエラは質問を続ける。
目的を聞かれた唯は、にいっと笑い、その場にすっくと立ちあがった。
「最強よ!」
「最……強……?」
あまりにも突拍子もない返答に、マイエラはぽかんと口を開ける。
「そう! この世界に存在する自称最強を、全員に倒すの! んで、あたしがこの世界に存在する全ての国を支配下に置くの! 王族も貴族も、全員あたしの前に跪かせる! 逆らうやつは皆殺し! そして、あたしが世界最強になるの!」
「そ、それは……壮大な計画ですね……」
まるで狂気じみた言い分に、マイエラは唯の正気を疑った。
同時に、唯の理解も説得も不可能であると悟った。
理解と説得は、理性があるからこそ適用される。
おもちゃを振り回しながら叫ぶ子供を言葉で止めることはできないように、狂気に憑りつかれたマイエラを止めることなどできないと考えた。
そしてマイエラに浮かぶのは、別の疑問だ。
どうして唯は、ここまで妄想をたくましくするのか。
答えは、くしくもすぐに、唯自身の口から語られた。
「そうでしょう! そのために私は、異世界から来たの!」
「異世界、ですか?」
「そうよ! あたしのいた世界はね、本当につまんなかったの! 大きな争いなんてなかったし、あったとしても椅子に座って口論するばかり! 断固抗議するだの、遺憾の意を表明するだの、なによそれ! つまんないわね! あたしたちは、人間なのよ! 人間なら人間らしく、殺し合いで全てを決めなさいよ!」
唯は拳を強く握りしめ、天高く手を伸ばす。
「だから、あたしはこの世界に来たの! あたしはこの拳で、邪魔者全部ぶち殺して、世界最強になってみせる!」
充足感に満ちた顔で笑う唯を見て、マイエラは唯の倒し方を思いついた。
暴力では決して勝てない相手。
ならば、心を折って倒そうと。
マイエラは、心底疑問そうな表情を作って、首を傾げた。
「あの、唯様。この世界にも、大きな争いなんてありませんよ?」
「…………は?」
唯は銅像のように固まったまま、だらしなく目と口を開けた。