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第三話 支配・村

「頭を上げろ!」

 

 唯の言葉に、全員が頭を上げる。

 

「あたしの下僕になる証として、人質を一人差し出せ」

 

 唯は口角の上がりすぎた笑顔を作りながら、物乞いでもするように手を前に差し出す。

 唯の言葉に、全員が顔を見合わせる。

 視線で会話を交わし、人質の役を押し付け合う。

 

 唯の暴力性は、アイアン・ウルフと村人一人の犠牲という形で証明されたばかり。

 人質とはつまり、そんな唯の近くにいることを強いられ、唯の考え次第で命を奪われる役だということ。

 誰しも、命は惜しい。

 数秒の待ち時間でしびれを切らした唯は、ベルヴェを睨みつけた。

 

「村長? あんた、子供は?」

 

「娘が、一人」

 

「なら」

 

「待った! 俺が人質になる!」

 

 唯が、『なら、娘を人質に寄こせ』と言いかけた時、一人の少年が勢いよく立ち上がる。

 武器は足元においたまま両手を上げて、反逆の意思がないことを示している。

 

「グリゾリ!?」

 

 少年の行動に驚いたマイエラは、思わず声を上げる。

 少年――グリゾリは、叫ぶマイエラを見て無言でうなずき、そのまま唯に近づいていく。

 唯は怪訝な表情で、グリゾリを迎える。

 

「あんた、名前は?」 

 

「グリゾリ」

 

「自ら人質を名乗り出る勇気は褒めてあげる。で、あんたは何? この村の重要人物?」

 

 唯は、グリゾリの服を見る。

 つぎはぎだらけの服に、額に巻いたぼろ布。

 明らかに、貧しい一村人の域を出ない。

 果たしてこいつに人質にする価値はあるのか、そんなことを考える。

 

 グリゾリも、唯の表情から察したのだろう。

 手を胸に当て、自分アピールする。

 

「俺はまだ十四だが、村の中でも強い方だ! これからも強くなっていくって期待されているし、きっと将来は村で重要な人間になってる! もしかしたら、次期村長……になっているかもしれない! そんな人間だ! 人質の価値は、十分あるだろ!」

 

「つまり、価値はないってことじゃない。あたしが人質に欲しいのは、今、価値がある人間なの。あんたに用はないわ」

 

 だが、アピールの内容は現在ではなく未来の仮定。

 残念ながら、唯のお眼鏡には敵わなかった。

 

「でも!」

 

「しつこい。さっさと下がりなさい。殺すわよ」

 

「グリゾリ! 下がりなさい」

 

 唯は、手を振ってグリゾリを追い払う。

 が、なおも食いつこうとするグリゾリを、ベルヴェが一喝する。

 グリゾリは悔しそうにベルヴェを見た後、唯に頭を下げて元の場所へと戻っていった。

 

 唯は他に立候補する村人がいないことを確認し、改めてベルヴェを見下ろす。

 

「で、娘がいるのね? そいつは重要なの?」

 

「はい。将来は村で最も強い男を婿にとり、私の跡を継いでもらう予定です」

 

「つまり、本物の次期村長ってことね。いいわね。そいつを人質に差し出しなさい?」

 

 次期村長は唯のお眼鏡にかなっていたようで、唯はぺろりと舌なめずりをする。

 

「わかりました。マイエラ、来なさい」

 

「はい」

 

 ベルヴェの呼びかけに応じ、マイエラが立ち上がり、しずしずと唯の前まで歩く。

 唯の前に立ったマイエラは、速やかに跪き、服従の意を示した。

 

「マイエラと申します。よろしくお願いします、唯様」

 

「殊勝な態度ね。気に入ったわ」

 

 唯はマイエラの頭をわしづかみ、ぐりぐりと撫でた。

 つやつやと光る綺麗な黒髪はあっという間にぐしゃぐしゃになるも、マイエラは表情一つ変えない。

 村を守るという責任感が、マイエラの感情を行動から切り離す。

 

 唯はマイエラを撫でながら、周囲の男衆を見渡す。

 

「今から、こいつは人質。あたしに反抗的な態度を取れば、こいつも殺す。いいわね?」

 

 村人たちは、無言でうなずく。

 こいつ『も』という言葉の真意に気づいた村人の一部は、顔をさらに青くする。

 

 唯は撫でる手を止め、マイエラの手首を掴んで立たせた。

 そして、抵抗なく立ったマイエラの首を軽く掴む。

 アイアン・ウルフの頭部を一撃で潰すことのできる手だ。

 唯が首を握りしめれば、マイエラの頭と体が分かれることなど、誰もが容易に想像できた。

 

「まずは、生活の拠点が欲しい。私を家に案内しろ。村長の家ってことは、この村で一番豪華な家でしょ?」

 

「唯様にご満足いただけるかはわかりませんが、来客の歓迎場所も兼ねていますので、広さや物資は十分に御座います。ご案内致しますね」

 

「ええ、連れてって。村長、悪いけど家はあたしが使うから、あんたはどこかでてきとうに過ごしてね」

 

「わかりました」

 

 マイエラは、首を掴まれたまま歩き始める。

 誰も、唯とマイエラの歩みを邪魔する者はいない。

 マイエラを人質にさせまいと動いたグリゾリも、下唇を嚙んで血を流しながら、ただ見送る。

 

「あの、唯様」

 

 そんな中、ベルヴェが口を開く。

 

「何?」

 

「唯様の下僕となった我々は、いったい何をすれば?」

 

「うーん、そうね。あんたたちをどう使うかは決めてないから、後から指示するわ。それまで、いつも通り過ごしなさい」

 

「……かしこまりました」

 

「あ、そうだ。村から誰も逃げ出さないようにはしといてくれる? 何をするにせよ、労働力は多いに越したことはないし」

 

 唯はベルヴェの質問に答えた後、マイエラに案内されるまま村の奥へと歩いて行く。

 村の入り口から唯が離れたところで、家から出てきた一人の女が、現状を確認すべく男たちの元へと駆け寄ってきた。

 

「あ、あの、村長。……うっ!?」

 

 そして、頭部の潰れた死体を見て、思わずその場にへたり込んだ。

 周囲で跪いていた数人の男たちはすぐさま死体を隠すように動き、他の数人が女の元に駆け寄って体を支える。

 

「い、いったいこれは? それに、先程マイエラちゃんが首を掴まれたまま歩いていましたが……あの女の子はいったい?」

 

 女は体をよろけさせながらも、質問を続ける。

 

 目の前から死の恐怖が去ったことで、ベルヴェは全身から汗を拭きだしつつ、やってきた女に向き直った。

 

「女子供を全員倉庫に集めてくれ。今から向かって、事の顛末を話す。それと、何があろうとさっき見た女に逆らうな」

 

 この後、倉庫に訪れたベルヴェによって、村人たちはブオン村が唯の支配下に置かれたことを聞くこととなった。

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