第三十六話 喪失
領主室に戻った唯は、エルを床に座らせ、自身は椅子へどっかり腰かけた。
――お疲れ様です、唯様。
唯の耳に、エーザロの幻聴が聞こえてくる。
唯がこの世界に来て、最初に認めた実力者がエーザロだった。
最後まで唯に忠誠を尽くすことはなかったが、最も身近に置いていた存在。
ほんのわずかな喪失感を、唯が襲う。
「……御者!」
「は、はい!」
唯は、エーザロの代役として、ロマーノを呼び出した。
もしもマイエラがいればそちらを呼んでいたのだろうが、マイエラはブオン村を管理させている。
何の順かと言えば、忠誠度順だ。
「A級に与えていた下僕の管理権限を、あんたにいったん渡すから」
「はえ?」
「しばらくは、あんたがもろもろ管理して」
「えええええ!?」
「とりあえず、王都の様子を調査させてくれる? どうせ明日には、勇者パーティが負けたことを知るでしょ」
唯の指示に対し、ロマーノはおろおろとした表情で唯と扉を交互に見ている。
唯の指示に従わなければならないが、できることならばやりたくないというロマーノの内心が、唯には透けて見えていた。
「早く行きなさい!」
唯が机に拳を振り下ろすと、ロマーノは跳びはねて驚き、逃げるように部屋を出ていった。
室内に残ったのは、唯とエル。
エルは一切の拘束をされず、四肢も折られないまま立っていた。
「……何?」
「いえ、何もありません」
唯がエルに視線を向けると、エルは唯から視線を逸らした。
「はー、どうしようかしらね」
唯の次の行動は変わらない。
カルボナーラ王国王都への侵攻である。
だが、決まらないのは勇者パーティの扱いだ。
エルを除く勇者パーティのメンバーは、さしあたり牢へと閉じ込めている。
唯の目の届く範囲という点で、仏頂面町以上に適した監視場所はないが、五人全員を同じ場所に置いておくのは団結がしやすいという点でリスクも伴う。
逆に、勇者パーティのメンバーをそれぞれ異なる町の牢に幽閉すれば、団結はしにくいが唯の目からははずれてしまう。
そもそも、勇者パーティの魔法使いフーは、転移魔法の使い手だ。
転移魔法の前では、分散の効果も薄れる。
どこにいるかさえ分かれば、集まるのは一瞬だ。
「魔法使いだけ、あたしの監視下におく? でも、万一逃げられたら、あたしの手元に勇者たちが一人もいなくなる。なら、魔法使い以外を人質として手元に置いて、転移するばと脅しておく? いや、転移したことがあたしに伝わる前に、人質以外の四人を集めて、あたしに不意打ちを仕掛けて来かねない」
唯は椅子から立ち上がり、イライラとしながら部屋中を歩き回る。
作戦の大枠は、唯が決めていた。
だが、唯は個の戦闘能力に長けているだけであり、戦法においては素人同然だ。
事実、唯はエーザロを手に入れて以来、大雑把に立てた作戦や考えをエーザロに伝えることで細部を詰めさせていた。
「……御者!」
猫の手も借りたかった唯は、ロマーノを呼び叫んだ。
だが、ロマーノの足音は聞こえない。
唯が気配を辿ると、ロマーノは下の階で忙しそうに走り回っていた。
唯の声など届いていない。
エーザロであれば、唯の呼びかけに即座に応じ、唯の元へ走っていた。
一介の御者と、子爵の元で専属護衛をしていた人間の、技術の差。
「ちっ!」
唯は怒りのままに机を蹴り飛ばした。
机は窓ガラスを割って外に飛び出し、そのまま庭へと落下した。
「うわぁ!?」
「きゃあっ!?」
誰にもあたることはなかったが、庭を走り回っていた者たちは悲鳴を上げる。
「いいわ! 転移ができても、四肢が折れた状態なら何もできないでしょ! 僧侶を人質にして、後は他の町へ分散して投獄する! 魔法使いは村送り! あれだけ離れてたら、誰がどこにいるかなんてわかんないでしょ!」
さんざん悩んだあげく、唯が出した結論は願望が前面に出た粗末な物だった。
(まるで子供……)
そんな唯を、エルは冷ややかな目で見る。
傲慢で短気。
挙句の果てに夢見がち。
唯の姿はエルにとって、とても説得できる理性のある生物ではなかった。
「御者!!」
「はいぃ!?」
唯が再び叫ぶと、音の原因を確認するために領主室へ走っていたロマーネが慌てて入ってくる。
ロマーノは、腕を組む唯と破壊された窓を見て、何か怒らせてしまったのかと額に汗を滲ませる。
「勇者たちはどこ?」
「は、はい。唯様の指示通り、それぞれ別々の牢に入れて」
「予定変更! 魔法使いは村、剣士と格闘家と弓使いは手に入れた町の牢に別々で入れることにするわ」
「は、はあ」
「わかったら、馬車を四つ準備! 後、馬車を操縦する御者を四人呼んで! 奴隷の首輪つけて、勇者が逃げ出さないよう、逃げたら爆発するようにするから!」
「はいいいい!」
唯の指示を受けたロマーノは、逃げるように退室する。
唯は、エーザロを失ったことで増えた自身の仕事へのストレスで頭をガリガリと掻きむしる。
そして、エルの腕を掴んで牢へと降りていく。
「ど、どこへ?」
「騎士団長を閉じ込めてる牢! 模擬戦でもしてストレス発散しないとやってらんないわ!」
唯とパンチェッタのが模擬戦をしている中、四つの馬車が町と村に向かって出発した。




