第三十五話 後始末
エーザロの剣が風を起こし、風が唯の首筋をくすぐる。
「殺気が隠せてないわよ。馬鹿ね」
唯はエーザロの方へと振り向き、エーザロの剣に齧りついて受け止める。
そのまま首を動かしてエーザロの剣をへし折り、咥えたままの刃でエーザロの喉元を掻き切った。
「サ……サンターガ……様……」
エーザロの首から、血が噴き出す。
エーザロはそのまま倒れ、唯によって頭を踏みつけられた。
「A級。あんたのことは側近として、信用してたんだけどね。許可なくあたしの命を狙うなら、もういらないわ」
「かたき……を……」
「さよなら」
そして、そのまま頭部を踏み砕いた。
血と脳が周囲に撒き散らされ、唯の足を汚す。
「仕える主がいなくなっても、主への忠誠は消えないのね。王都を落とせば騎士団長が下僕になるかもってのは、安直すぎたかもしれないわ」
唯はぶつぶつと呟きながら、足を地面にこすりつけて、靴の裏についた汚れを落とす。
「だから将棋は嫌いなのよ」
唯が物思いにふけっていると、唯に首を絞められたままのエルが金切り声をあげた。
どうしてそんなに容易く人を殺せるのか。
早く仲間を助けさせてくれ。
痛い、苦しい、辛い。
あふれ出す感情が、エルの言葉をごちゃまぜにして、ただの音となっていた。
「わかったわかった。五月蠅いから泣かないで」
唯がエルから手を離すと、エルは地面にドスンと落ちた。
そして、目の前に立つ唯に向かって回復魔法をかけた。
唯の斬られた腕が再生する。
唯の潰された目が再生する。
全身の火傷どころか服の穴まで治り、唯は戦いが始まる前の健康な姿を取り戻した。
「すごいわね、これ。今まで見たどの魔法よりも強力じゃない」
エルは唯の治療が終わるや否や、急いでフーの元へと駆け寄った。
フーの体に開いた穴に手をかざし、フーの全身を治していく。
「ケホ……コホ……」
正常に呼吸ができるようになったフーを見て安堵する時間も惜しみ、エルはイカリの方へと走り出す。
瞬間、ゴキンボキンとフーのいた場所から何かが折れる音がした。
エルが立ち止まって振り返ると、そこにはフーの両手両足を踏み、骨を折る唯が立っていた。
「な、何をやってるの!?」
「へ? 五人全員が両手両足なんて動かせたら、またあたしに襲い掛かって来るでしょ?」
「治療させてくれるって!?」
「治療させてあげたでしょ? 治ったから、死なない程度に壊したのよ」
「そん……なの……!」
エルは必死に言葉を発したが、イカリの致命傷を治すのが先だと再び走り出した。
後方から唯が着いてきているのも気にせずに、エルはイカリの元に辿り着き、回復魔法でイカリを直した。
「ぬおおおおお!!」
怪我の治ったイカリは目を開き、立ち上がったかと思えば唯に向かって拳を振るう。
「ね? こうなるでしょ?」
が、唯は一対五を制したのだ。
今更一対一で負ける気などなかった。
拳を躱し、イカリの腕を掴んでへし折った。
「ぐう!?」
腕一本の後は、もう一本。
だらりと下がった両腕を前に、二本の膝も蹴り砕いて、完全にイカリの動きを停止させる。
ばたりと倒れたイカリの頭を、唯はグリグリと踏みつけながらエルを見つめる。
「後の二人は、治さなくていいの?」
エルは下唇をグッと噛みしめながら、残り二人の方へと走る。
唯も当然後をついていき、エルの治したスミヤキとジビエの四肢をへし折った。
治療を終えたエルは、その場に膝をつく。
命こそ救えたが、決して望んでいない現状に、絶望を隠せない。
「さ、下僕の証明として、これをつけてくれる?」
そんなエルに、唯は奴隷の首輪を差し出した。
エルは死んだ目で首輪を受け取り、恐る恐る口を開く。
「これは、つけられません?」
「何で?」
「これは、私には意味がないからです」
「どういう意味?」
「奴隷の首輪は、一定の強さを持つ人間であれば、自力で外すことができるんです。少なくとも、A級以上には意味を成しません」
「あー、それでかあ」
エルの言葉に納得した唯は、遠くで死んでいるエーザロを見た。
どうやってエーザロが奴隷の首輪を外したのかという唯の疑問は、エルの一言で解決した。
同時に、奴隷の首輪を黙って受け入れたA級剣士であるパンチェッタのことを思い出し、握る拳に力が入る。
「つまり、騎士団長もあたしの寝首をかく気満々だったってことね。町に戻ったら殺しとかなくちゃ」
「か、必ずしもそう言うわけではないと思います! 首輪を外すことはできますが、命令違反による爆破を防ぐことはできません! A級であっても、外し方を間違えれば致命傷です!」
騎士団長が誰を指しているか朧げなエルではあったが、自身の言葉で誰かが唯の手にかけられると気づき、急いで釈明をする。
唯は納得できない表情でエルを見た。
「ま、いいわ。理由については、後で本人に聞くから」
そして、四肢を負った他の勇者パーティのメンバーと、それを取り囲むように立ち止まる兵たちを見た。
「あんたたちも投降しなさい? 一人でも反抗したら、みせしめに勇者パーティの誰かを殺すからね」
勇者パーティの存在は、世界にとってあまりにも大きい。
少なくとも、兵一人分の人生よりも。
唯は、兵たちが手から武器を落としていくのを見て、満足そうに笑う。
エルを担ぎ、悠々とブッチーノ町へと戻っていく。
町の中には、武器を持った町人たちが控えていた。
「勇者たちを牢に運びなさい。全員、別々の牢にね」
唯の命令が下る。
町人たちは、勇者パーティの四人を回収に動いた。
立ち尽くす兵たちの目の前で。




