表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/69

第二話 ブオン村

 ベルヴェは、努めて冷静でいた。

 魔物との戦いで何度も命の危機に瀕した経験のあるベルヴェは、窮地こそ冷静さが必要だと知っていたからだ。

 素手の一撃でアイアン・ウルフを葬ることができる少女――唯。

 そんな恐怖を前にして、立ち続けた。

 

 ベルヴェは改めて、唯を観察する。

 見た目はマイエラと同じ、十六歳くらいと若い。

 赤い長髪をツインテールにまとめているのが特徴的で、口角の上がり過ぎた笑顔と全身が返り血塗れでさえなければ、どこにでもいる普通の少女だ。

 筋肉質だとか、全身傷だらけだとか、女戦士に見られる特徴もない。

 

 ただし、唯の服装は別だ。

 ベージュのブラウスに、ブラウンのセーラーカラーとスカートのセーラー服。

 髪を止める黒いヘアゴム。

 上から下まで人生で見たことのない服装に、ベルヴェは目を止める。

 

(この辺りでは見ない服だ。外国の服か? 生地も、かなり上等なものだ。外国の、王族か貴族か? いや、そんな高貴な身分の人間がこんな辺境の村まで、まして一人で来るなんてことはあり得ない)

 

 ベルヴェは、服装から唯の正体を推測する。

 思考を巡らせるベルヴェの視線は、自然と唯の全身を巡る。

 

「何? あたしの体をじろじろ見て。変態さん?」

 

「ああ、いや。失礼した」

 

 そんなベルヴェの視線を、当然半分不快半分で受け取った唯は、吐き捨てるように言った。

 苦言を呈した唯の言葉にベルヴァ我に返り、視線を唯の顔へと戻す。

 

「唯さん、と言いましたね? この度は、この村を救っていただき、感謝します」

 

 ベルヴェは、アイアン・ウルフを一撃で倒す正体不明の少女に対し、感謝を選択した。

 唯を感謝する対象であると明言することで、自分たちに唯への敵意がなく、かつ唯のことを味方だと信用しているとアピールした。

 頭を下げて急所である首を見せ、その信用を形にする。

 

「別に助けたわけじゃないわ。ただの力試しだったのよ。あたしが鍛えた力が、こっちじゃあどれくらい通用するかのね」

 

 一方の唯は、そんなベルヴェの態度に対して敬意を払う気はなかった。

 むしろ、戦う意思がないことを残念そうにさえしていた。

 

 ベルヴェが頭を上げると、唯の赤い瞳が冷たく刺さる。

 依然、捕食者の目。

 自然と、ベルヴェの背がぞくりと震える。

 

「ち、力試しとはいったい」

 

「そんなことより、あんたたちはこんだけ束にならないと、あの獣に勝てないってこと?」

 

 唯はベルヴェの言葉を無視して、ベルヴェの後ろに立つ武器を持った男たちを見回した。

 

「そうなりますね」

 

「あたしは、それを一人で倒したってことよね」

 

「はい」

 

「つまり、このあたしが! 唯が! この中で最強ってわけだ!」

 

 突然叫んだ唯に、ベルヴェが目を丸くする。

 いや、ベルヴェだけではない。

 集まっている男衆もマイエラも同様だ。

 唯の言葉の真意が、この場にいる誰にも理解できなかった。

 

 まるで時が止まったような空間。

 唯だけが、スポットライトを浴びたように活き活きと動いていた。

 

「この世の理は、弱肉強食! 頂点に立つのは、いつだって最強! いい? たった今から、あたしがこの村を支配する!」

 

 唯の言葉をすべて聞いてなお、唯の言葉の真意が、この場にいる誰にも理解できなかった。

 通常ならば、馬鹿馬鹿しいと一蹴できる唯の一言。否、妄言。

 だが、ベルヴェは次は一言の言葉を必死に考えた。

 

 その妄言を吐いたのが、五歳の子供ではなく、アイアン・ウルフの群れを単独で滅ぼした強大な力なのだから。

 

 いや、ただの強者ならばまだいい。

 ベルヴェの瞳に映った唯は、アイアン・ウルフを仕留める際の拳に一切の躊躇(ためら)いがない獣だった。

 誰しも暴力を行使する時、加害をすることや殺害をすることに対して抵抗感を抱き、拳に迷いが生じるはずなのだ。

 兵の訓練は、その迷いを消すことから始まる。

 だが、唯にはそれがなかった。

 本能的に暴力の行使を厭わない人間であると解釈した。

 

 ベルヴェが最も恐れたのは、暴力への躊躇いのなさが、果たして魔物だけに向けられるのか、それとも人間にも向けられるのかだ。

 

 対話とは、理性のある生物間でのみ可能である。

 ベルヴェは、唯の理性に疑問を抱いていた。

 

「ふ、ふざけるな!」

 

 回答に悩むベルヴェの代わりに答えたのは、村の少年だ。

 手に持った剣を唯に向け、怒りの形相で叫ぶ。

 

「よせ!」

 

「突然来て、村を支配するとか、何を訳の分から」

 

 ベルヴェが制止しきるより先に、少年の言葉が止まった。

 否、言葉を発するための口を失った。

 

 唯は少年の口を掌で塞ぎ、驚く少年をそのまま地面に叩きつけた。

 少年の頭部は破裂し、周囲に脳と血がぶちまけられる。

 

「きゃああ!?」

 

 マイエラが目を閉じる。

 たった一瞬の出来事だった。

 男衆は唯から離れるように後退し、中には恐ろしさでこけ、尻もちをつく者までいた。

 

 唯がぐちゃぐちゃになった頭部から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。

 掌からは血が垂れ、服にこびりついた返り血の数がさらに増えていた。

 

「二度言わないわ。選べ! 死ぬか! あたしの下僕になるか!」

 

 唯が周囲を見渡し、選択を迫る。

 その表情は、下僕を強制するものではなく、どちらでもあたしは構わないという余裕が見て取れた。

 

 村人たちの視線がベルヴェへと集まり、唯もまたベルヴェを見た。

 ベルヴェは、音を立てて乾いた唾を飲み込んだ。

 

「降伏する! ブオン村村長ベルヴェの名において、ブオン村一同、唯様の下僕となることを誓います!」

 

 唯が、人間に対しても暴力を向けることを躊躇わない。

 その答えが出た時、ベルヴェは即座に跪いた。

 村全体の指針を独断で決めるという越権行為とも言えるが、村の男衆は誰一人口を挟まなかった。

 挟めなかった。

 

 それほどに、唯が刻みつけた傷跡は大きかった。

 頭部の潰れた村人の死体が、有無を言わさぬ圧力を放っていた。

 

 唯はベルヴェの元まで歩き、跪くベルヴェの頭の上に足を乗せた。

 下僕と主人。

 その関係性を、屈辱と共にベルヴェの体に刻みつけた。

 

 実の父親を足蹴りにされたマイエラは、心の中で怒りの炎を燃やすが、ベルヴェに倣って唯に跪いた。

 

 一人。

 また一人。

 男衆は武器を置き、唯に向かって跪いていく。

 

「喜べ! お前たちは、あたしがこの世界に来てから最初に会った異世界人だ! あたしに従う限り、その命を保証しよう!」

 

 唯の高い笑いが、村に響く。

 

 家の扉がそっと開けられる。

 避難の準備を進めていた女子供が、何事かと顔を覗かせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ