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第一話 唯

 村全体を、地鳴りが襲う。

 ブオン村の見張り台から、何度も鐘が鳴らされる。

 魔物の観測を伝える鐘が。

 

 時刻は夕暮れ時。

 一仕事終えて家でくつろぐ男衆も、夕食の準備を始める女衆も、手を止めて立ち上がる。

 

「様子を見てくる。念のため、すぐに避難できる準備をしておいてくれ」

 

 家の扉が開く。

 成人をした男たちが武器を持って、ぞろぞろと外へ出ていく。

 互いに顔を見合わせて意思疎通をし、見張り台の方へと急ぐ。

 

 見張り台に真っ先に到着したのは、村長であるベルヴェだ。

 ベルヴェは、見張り台の真下から、見張り台の上に立つ男たちへと叫ぶ。

 

「状況は?」

 

「アイアン・ウルフです! 確認できるだけで、三匹!」

 

 アイアン・ウルフ。

 名前の通り、鉄の体を持つ狼。

 全身の皮膚が鉄のように固く、全身の毛が針のように固く鋭いことから、その名がつけられた。

 並の剣では傷一つつけることができない、『剣殺し』とも呼ばれる魔物である。

 

「アイアン・ウルフか。最近、見ないと思っていたが」

 

 報告を受けたベルヴェは、スキンヘッド頭をガリガリと掻く。

 

 魔物たちが世界を支配していたのは、実に二年前のこと。

 魔物たちを従える存在――魔王が、勇者パーティによって討伐されてから、アイアン・ウルフを含む魔物たちが人里を襲うことはめっきりなくなった。

 森林の中で獣に混じって、静かに暮らすようになっていた。

 

 だからこそ、森林からアイアン・ウルフが姿を現すことは、奇妙な事態なのだ。

 

「村に向かって来そうか?」

 

「わかりません。ですが、何かから逃げるような素振りを見せています」

 

「なるほどな。さっきの地鳴りの影響か? それとも、森に何か異常でも起きたのか? どうあれ、引き続き監視を続けてくれ。何か動きがあれば、すぐに連絡しろ!」

 

「はっ!」

 

 ベルヴェは見張り台の男たちに指示を下した後、続々と集めって来た村の男衆の方を向く。

 

「村長! 何事ですか?」

 

「ああ。アイアン・ウルフが出たらしい」

 

「アイアン・ウルフが? 村に向かっているんですか?」

 

「いや、今のところは森から顔を出しただけのようだ。だが、警戒するに越したことはない」

 

 三十八歳のベルヴェは、決して村の最年長というわけではない。

 しかし、魔物たちが活発な時代に村を魔物から守り続けた功績で、若くして村長職についている。

 過去の戦績により、村人たちからの人望も厚い。

 

「一応、棍棒とグローブの用意をしておいてくれ。剣はいらん。役に立たんからな」

 

 ベルヴェは、万が一アイアン・ウルフが村を襲ってきた場合に備え、男衆に指示を飛ばす。

 村の男衆は当然のように頷き、何人が村の武器庫へと走る。

 

 その男衆と入れ違うように、一人の少女が走って来た。

 

「お父さん!」

 

「マイエラ」

 

 ベルヴェの娘であるマイエラは、長い黒髪が乱れるのも気にせずに走り、ベルヴェの前で息を切らしながら立ち止まる。

 そして、自前の小型の望遠鏡で村の外を覗く。

 

「アイアン・ウルフ?」

 

「そうだ」

 

「三匹もいるのね。戦うの?」

 

「わからん。だが、村を襲ってきたら、戦うしかないだろうな」

 

「その場合、私たちはどうすれば?」

 

「村の倉庫に隠れておいてくれ。アイアン・ウルフは、逃げる者を追う習性がある。村の外に避難するのは、逆に危険だ」

 

「わかった」

 

 マイエラは、次期村長となる存在。

 有事においても、次期村長として相応しいよう、村人を守るための振る舞いを心がける。

 スキンヘッドに筋肉質なベルヴェとは対照的で、黒い長髪に華奢な体ではあるが、心に秘める想いはベルヴェと遜色ない。

 親子の血が、そうさせる。

 

「何事もないことを祈るけど」

 

 マイエラとベルヴェが、東の森を眺める。

 森の前では、アイアン・ウルフの小さな陰がうろうろと歩き回っていた。

 どこか、落ち着かない様子で。

 

 

 

 瞬間、再び大地が揺れた。

 

 

 

 村の建物がぐらぐらと左右に揺れて、森の木々が大きくしなる。

 見張り台に立つ男たちは、見張り台の柵にしがみ付き、降り落とされないように全身で踏ん張る。

 

 同時に、鐘が鳴らされた。

 

「どうした!?」

 

「アイアン・ウルフが増えました! 村に真っすぐ向かってきています!」

 

「何ぃ!?」

 

 見張り台からの報告に、ベルヴェは急いで森を見る。

 夕日に赤く照らされる大地に、十を超える影がゆらゆらと揺れる。

 

「多すぎる! 棍棒は!?」

 

「ま、まだ取りに行ったやつらが戻って来ていません!」

 

「ちっ! やむを得ん! 武器を持ってるやつは戦う準備をしろ! 迎撃する! 倒せないまでも、村に入らないように食い止めるぞ!」

 

「おう!」

 

 ベルヴェは腰の剣を抜き、天に掲げることで皆を鼓舞した。

 

 そんなベルヴェの邪魔をする気は、マイエラにはない。

 

「お父さん! 私は、村の皆を倉庫に集めるね!」

 

「頼んだ!」

 

 戦い以外は全て引き受ける、そんな勢いで、マイエラは村の奥へと走った。

 ベルヴェとマイエラは各々の役割を理解し、最善の行動を選んだだろう。

 

 

 

 瞬間、三度目の地鳴り。

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

 あまりにも大きな揺れに、走り始めたばかりのマイエラが足を絡ませ、転倒する。

 

「マイエラ!?」

 

「大丈夫! 転んだだけ!」

 

 マイエラを心配しつつも、ベルヴェの視線は森に向かったままだ。

 マイエラならばすぐに立ち上がれるだろうという信頼に加え、マイエラの擦り傷よりもはるかに危険な魔物の到来の前に、意識を逸らすことができなかった。

 

 ベルヴェが真っ先に気づいたのは、意識を逸らせなかったことが理由だ。

 

「……なんだ? いったい、何が起こっている?」

 

 ベルヴェは、近づいてくるアイアン・ウルフたちの表情が、恐怖で怯えているのを確認した。

 捕食する側ではなく、捕食される側の表情。

 これから村を襲おうという魔物の姿勢では、到底ない。

 

 ベルヴェの脳に違和感が生じ、違和感が背筋に冷たい物として流れる。

 

 アイアン・ウルフの行動は、アイアン・ウルフ以上に危険な何かが森の中に潜んでいることを暗に示していた。

 ベルヴェが視線を森に移すと、それはすぐに正体を現した。

 

 大きく揺れる木々の中から、一つの人影が跳んだ。

 人影は、大木よりも遥か高い位置まで飛びあがり、そのまま一匹のアイアン・ウルフに向かって落ちて来た。

 そして、着地と同時に逃げ惑うアイアン・ウルフの背中を殴りつけた。

  

「ギャウィン!?」

 

 地鳴りと共に、アイアン・ウルフの体は殴られた腰を中心に『く』の字に折れて、頭とお尻がぶつかった。

 アイアン・ウルフは口から血を吹き出して、びくびくと痙攣しながら息絶えた。

 

「まず一匹! ほらほら、もっと速く逃げないと死んじゃうわよ?」

 

 人影が大地を蹴ると、その姿は一瞬で別のアイアン・ウルフの背後にまで移動する。

 そして、アイアン・ウルフの頭を殴りつけ、その頭を爆ぜさせた。

 

「あはははは! これで二匹!」

 

 人影は、これを繰り返した。

 逃げるアイアン・ウルフに追いつき、殴り殺す。

 たったそれだけの単純作業を、合計十五回。

 

「あははははは!」

 

 いつの間にか、全てのアイアン・ウルフが死骸となって、村の周囲には静寂が戻って来た。

 静寂の中、人影の笑い声だけが響く。

 甲高い、少女の声。

 

「あれは、一体……」

 

 ベルヴェがつぶやくと同時に、人影がベルヴェの方へと向いた。

 返り血まみれの少女の顔がニイッと歪み、大地を蹴り、次の瞬間に少女はベルヴェの前に立っていた。

 

 突然目の前に現れた少女を前に、ベルヴェの口の中は一瞬で乾き切り、村長としての意地が一言だけ言葉を発した。

 

「き、君は……?」

 

 ベルヴェよりも小さな少女は腕を組み、ベルヴェを見下して笑っていた。

 大きく口角を上げた不気味な笑顔で、少女は言った。

 

 

 

 

 

 

ゆい。世界最強となる女よ」

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