第9話 フェスティバル
体育館内にデジタル花火が打ちあがり、それと同時にただの体育館はフェスやイベントの会場を思わせる派手な空間へと一変したのだ。
まずステージ上に、天井まで届くほどの巨大な電脳看板が三枚、三角形を描くようにして浮かび上がる。
それだけではない。上空には《電脳物質》でできた看板や垂れ幕がいくつも翻り、それぞれのクラブ活動や同窓会が我こそはとアピールをしている。
《電脳物質》製の紙吹雪や花びらがあちこちに舞い散り、七色の照明の光が屋内を照らし、空間にさらなる彩を添えている。
それに合わせ、わあっという歓声が飛び込んできた。周囲を見回すと、それまで無人だった観客席に、一瞬にして大勢の生徒が座っている。
――こんなにたくさん、一体いつの間に。
比呂は驚き、しかしすぐに気づいた。彼らは《電脳物質》で構成されたアバターなのだ。
おそらく本人の姿そのままのアバターを使っているのだろう、叡凛高等学校の制服を着たリアルな人間の姿をした者もいるが、アニメのキャラクターやマスコットのような姿をした者もたくさんいる。或いはアメコミのヒーローやゾンビ、魔女、メイドなどの格好をした者も。
まるでハロウィンのパレードみたいな賑やかさと華やかさだった。一見するとかなりのカオスだが、何故だか心地の良い無秩序さ。
『この部活紹介はMEIS通信で生配信しています! 会場に足を運んでくれた新入生の皆さんはもちろん、XXR参加も大歓迎です!! みんな、楽しんでくださいね!!』
その放送から察するに、体育館に集まっている生徒は新入生が多いが、二年生や三年生はアバター参加者の方が多いようだ。
アバター参加者の本体――つまり本当の彼らは体育館の外、或いは校外や自宅などで過ごしているが、MEIS通信によって電脳空間上で体育館に繋がり、同時にアバターを使って参加しているのだ。この体育館は今、メタバースと化しており、それが現実空間と完全に融合しているのだろう。
(そうか……アバター参加者のために、観客席は敢えて無人にしてあったのか)
みなMEISを搭載しているから、特殊な端末を操ったり装着したりする必要は無い。目を閉じてMEISで特殊なアプリを起動させるだけで、自分の望んだ分身を好きな場所に出現させることができる。
しかもそのアバターは《電脳物質》でできているため、実体こそ持たないものの触感が備わっており、設定次第では匂いを発する事さえできるのだ。
それはつまり、アバターを使って互いに接し合う事ができるということでもある。アバターどうしが手を繋げば、それを操る本人たちにも瞬時にその触感が伝わる。まるで、本人たちがそこにいるのと同じように。
現実と見分けがつかないほどのリアルな画像と音声、今やそれに触感と匂いまで加わった。おまけにMEISがあれば、本人とアバターは全く同じ情報や感覚を、遅延なく共有することができる。電脳空間と現実空間の境は、どんどん薄まっていくばかりだ。
これこそがXXR(Trans-cross Reality)。
仮想現実と呼ばれるVR、拡張現実と呼ばれるAR、複合現実と呼ばれるMR、代替現実と呼ばれるSR。それらをすべて内包しつつ、電脳空間と現実空間を極限まで融合させることを可能とする技術だ。
MEISが誕生したからこそ可能となった、現代における夢の最先端技術。しかもそれが定番となるのはもうすぐ、もはや時間の問題だというところまで来ている。
(来年の部活紹介は、僕もXXR参加してみようかな)
つくづく、BBMI(バイオ・ブレイン・マシン・インターフェース)・MEISは便利だと比呂は思う。ネットに簡単にアクセスできるし、メールや通話も気軽にやり取りできる。重たい端末は一切持ち歩く必要が無い。まるで超能力者みたいに、指先をちょっと動かすだけで、自分の知らない情報やニュースを引き出すことが出来る。
遠く離れた友人と端末なしに会話する様はもはや念話レベルだと言っていい。おまけにこうして、現実そのままの仮想空間と、仮想空間そのままの現実、その両方を楽しむことができるのだ。
会場にわざわざ足を運ばなくても、自分の気が向いた時、或いは手の空いた隙間時間に、気軽にイベントに参加することができ、退出も好きな時に一瞬でできる。しかも、その場の臨場感を、本物そのままに体験することができるのだ。この便利さに慣れてしまったら、もうMEISの無かったころには戻れない。
その利便性から、今や国内の四十パーセントの人々が電脳ニューロンを移植していると言われている。それでも他の先進国に比べれば、まだまだ遅れているらしい。
やがてステージ上にライトが集中し、司会者と共に吹奏楽部の楽団が現れ、軽快なマーチを奏で始めた。司会者は男子生徒と女子生徒が一人ずつ。司会者二人が挨拶をし、吹奏楽部の演奏に拍手を送った後、いよいよ部活紹介が始まった。
最初は体育系部活動の紹介が続いた。野球にサッカー、バスケットボールに卓球、バレーボール。実際に壇上でプレイを披露する部もあれば、去年のクラブ活動を映像にまとめて紹介している部もあった。
叡凛高等学校はクラブ活動にも熱心であるらしく、部活紹介も手が込んでいる。体操部などは、可愛らしいマスコットのアバターがアクロバット技を連発するという手の込みようだった。そのアバターは実際に現役の体操部員がリアルタイムで演じているのだという。
会場は大盛り上がりだ。
また、それらの詳細な様子はステージ上に浮かんだ電脳看板にも映し出された。観客席に座った生徒にも見やすくするためだろう。また、効果音や演出などにも工夫が凝らされていて飽きさせない。まさにお祭りみたいだ。
中にはテニス部の紹介もあった。テニス部は男子と女子に別れていて、女子を紹介するメンバーの中には先日、知り合った三雲るりの姿もある。クラブ紹介に合わせてだろう、テニス部のユニフォームを着用しているが、相変わらずよく似合っている。
「女子テニス部に入部をお願いしまーす!! 初心者でも大歓迎です!!」
映像を交えながらクラブ紹介をした後、三雲るりは他の女子部員と共に、観客席に向かって元気よく両手を振った。
(三雲先輩、はりきってるな)
確かにテニス部も悪くはない。入部すれば、きっと有意義な高校生活を送ることができるだろう。だが、比呂には他に目的がある。充実した高校生活を送ることより優先させなければならない、非常に重要な目的が。
一通り体育系の部活の紹介が終わると、今度は文科系部活動が紹介をする番がやってきた。
冒頭に演奏をした吹奏楽部の活動紹介から始まり、美術部、新聞部、茶道部、書道部、演劇部などが次々と壇上に立って部の魅力をアピールする。
文化部の活動も運動部に負けず劣らず盛んなようだ。美術部はアナログの絵画や彫刻はもちろん、デジタルアートにも力を入れているようだし、演劇部の披露した寸劇はXXRの効果も相まって迫力抜群だった。
文化部の活動の多くは芸術棟で行われており、施設や環境も充実しているという。
そうして七つの文化部の紹介が終わった後、放送部の司会進行役がひときわ大きく声を張り上げた。
「えー、それでは次はネットオカルト研究部の紹介です!」
(オカルト研究部……ついにきた!)
どれほど待ちに待っただろう。
その名を聞いた瞬間、比呂は小さく息を呑み、思わず身を乗り出した。
いよいよ、ネットオカルト研究部の紹介だ。叡凛中等学校に通っている妹の詩織もその名を知るほどの名物クラブであるようだが、具体的にはどのような活動を行っているのだろうか。
ネット上の怪異事件や都市伝説に詳しいであろう彼らからなら、母を探す貴重な手掛かりを得られるかもしれない。いや、どうかそうであって欲しい。
比呂は心臓の鼓動が速まるのを押さえつつ、ステージを凝視した。緊張と興奮のあまり、我知らず膝の上でこぶしを握り締める。
やがて壇上に一人の女子生徒が現れた。おそらくネットオカルト研究部の部員だろう。
でも、何か妙だ。何だかとても……。
(え……ちっちゃ!)
比呂の感じた違和感は気のせいではなかった。彼女がステージに立ったその瞬間に、体育館全体が大きくどよめいたからだ。
特に、アリーナ席に座った新入生の動揺が激しい。比呂の周囲に座る生徒たちも、困惑交じりにひそひそと小声で囁き合っている。
「ええ……あの人、どう見ても高校生じゃないよね?」
「中学生くらいかな? それとも小学生? 叡凛には初等部や中等部もあるそうだから、そっちから迷い込んじゃったんじゃない?」
その反応も無理はなかった。ステージに立った女子生徒の身長は、高校生にしてはあまりにも小柄すぎる。体全体もほっそりとしていて顔つきも幼く、とても高校二年生であるようには見えなかった。
着用している制服は比呂たちと同じで間違いなく叡凛高等学校のものなのだが、どう見ても比呂より年下だ。おそらく、妹の詩織と同じかそれより年下なのではないか。
しかし当の少女はそういった雰囲気に慣れているのか、全く動じた気配はない。むしろ、堂々と落ち着き払っている。
それから間もなく、少女に続いてさらに二人の男子生徒が姿を現した。そちらは二人とも、ごく普通の高校生らしい背格好だ。
一人は背が高く体も引き締まっていて、どちらかと言うとスポーツ部の所属みたいな出で立ちの生徒だ。眉がきりっとしていて目つきも鋭いが、陰険な感じはしない。
もう一人は柔和で品の良い優等生タイプ。知的な目元は涼やかで髪も絹のように滑らかだ。女子生徒に人気がありそうな雰囲気をしている。
男子生徒二人と、小さな女子生徒一人。どうやらこの三人がネットオカルト研究部の部員であるらしい。
三人揃ったところで、真ん中に立つ小柄な女子生徒が口を開いた。
「一年生のみなさーん、こんにちはー! わたし達はネットオカルト研究部です! よろしくお願いしま……あだっ!!」
少女は勢いよく頭を下げ、その弾みでスタンドに設置されたマイクに頭をぶつけてしまう。観客席からどっと笑いが起こった。
「柚ちゃーん、頑張ってー!」
「リラックス、リラックスー!!」
「あたた……えへへ。みんな、ありがとー!」
女子生徒は観客席に向かってぶんぶんと両手を振り、声援に応える。彼女を温かく応援しているのは二年生や三年生だ。少女はどうやら在校生に人気があるらしい。
「えー、それでは改めまして自己紹介します! わたしはネットオカルト研究部、略してネオ研の部長、冷泉柚です! こっちは部員の御剣大介くん、もう一人は二階堂湊くん!」
中央の小さな女子生徒――冷泉柚は両隣りに立つ男子生徒を順に紹介した。それによると、スポーツマンタイプのきりっとした男子生徒が御剣大介、柔和な優等生タイプの男子生徒が二階堂湊というらしい。
すると、またもや観客席から歓声が上がった。
「二階堂くん、かっこいー!」
「今日もイケメンー!!」
「あはは、ありがと」
二階堂湊はにこやかに微笑んで、ひらひらと片手を振った。思った通り、やはり女子生徒の人気が高いようだ。一方、もう一人の男子生徒、御剣大介には、同じ男子生徒から愛のある野次が飛ぶ。
「大介、お前、愛想が無さすぎるぞ!」
「まさか、緊張してんのかー!?」
「うっせえ、放っとけ!!」
そして再び大きな笑いが起きる。これまでにない盛り上がり方だ。派手な演出も映像も無いのに、会場は大盛況だった。おそらく、ネットオカルト研究部そのものが生徒たちに好かれているからだろう。
比呂はそれを意外に思った。
(なんか、こう……思っていたのとずいぶん雰囲気が違うな。オカルトってもっと陰で、ひっそり嗜むものっていうイメージだったけど……)
偏見と言われればそうかもしれない。だが、B‐ITが当たり前となった現代社会においては、科学技術は日進月歩で発展し、逆にオカルトや都市伝説はますますその居場所を無くしているのが実情だ。
特に叡凛高等学校はB‐IT教育に力を入れていると言われている。それなのに、科学とは真逆の存在であるオカルトや都市伝説を扱った部がこうして堂々と存在していて、しかも人気を博しているなんて。やはりどうしても不自然さを感じずにはいられない。
それとも、何か特別な事情があるのだろうか。
首を捻る比呂だったが、そう簡単に答えが出るはずもない。その間もネットオカルト研究部の部活紹介は続けられる。部長の冷泉柚は、声こそ幼いものの、はきはきとした口調で言った。
「えーっと、わたし達ネオ研は、叡凛高校ひいては新世界市で発生する、通常のMEIS環境ではあり得ない謎の怪奇現象を調査し、研究しています! そのため、研究対象である怪奇現象の情報を広く募集しています! 新入生のみなさん、もしオカルトや怪談の噂を耳にしたり体験したりしたら、是非、わたし達に情報提供してください。どんな些細な情報でも構いません。どしどしネオ研の公式サイトに書き込んでくださいね! お待ちしてまーす!!」
冷泉柚がそう言うや否や、男子部員の二人が空中に大きくサイトのアドレスを表示する。その説明を聞いた新入生たちは、さらにざわざわとざわめいた。
「オカルト? 怪談!? このB‐IT時代に……あり得なくない!?」
「ないない、きっと冗談か何かだろ。幕間の余興だよ」
誰もネオ研の演説を本気にしていない。もっとも、現代の科学技術のレベルや、彼らの年齢を考えると、それらはいたってごく普通の反応だろう。現代に怪奇現象なんてあるはずがない。それが当たり前の常識で、その存在を信じている方が『異常』なのだ。
しかしただ一人、比呂は笑わず、食い入るようにネオ研のメンバーを見つめた。
(あれは……!!)
冷泉柚の頭上に黒い粒子が集まり、文字を象っている。
そこには、『入部希望者は部室棟の三階南廊下にある消火器に触れてね!』とあった。
しかし、比呂以外の生徒がその黒い粒子で作られている文字に気づいた様子はない。その証拠に、誰も文字の内容には言及していない。
その黒い粒子は、よく見ると小さな虫の群れみたいにぞわぞわと蠢いている。比呂が新世界市にやって来てから幾度となく目にした、黒い煤状のものと全く同じだ。
あの黒煤は何なのだろう。どうしてネットオカルト研究部は黒煤を用いてあのようなメッセージを残したのだろう。『部室棟の三階南廊下にある消火器』のところまで行けば、何か分かるのだろうか。
しかし、司会者がステージ上に上がって来て、無情にもネットオカルト研究部の部活紹介の終了を告げる。
「はい、ネットオカルト研究部のみなさん、ありがとうございました! 次は生物部の紹介です!」
ネットオカルト研究部はステージを去り、それと入れ代わりに生物部の部員が壇上に登場する。比呂は周囲の様子を窺うが、立ち上がったり移動したりする生徒は皆無だった。
やはり、他の生徒には先ほどの黒い粒子でできた文字が見えていないのか。それとも、単にネットオカルト研究部に興味がないだけか。
(部室棟の三階、南廊下に設置してある消火器……か)
どうにも気になって仕方がなかった。不思議な興奮と高揚感に包まれ、とてもじっとしてはいられない。
予感があった。
これから何か、今までの自分では想像もつかないことが起こるのではないか。
思いも寄らなかった、未知の世界へと至る扉が開かれるのではないか。
考えれば考えるほど、胸の高鳴りが抑えきれない。
比呂は頃合いを見計らって体育館を抜け出し、さっそく部室棟へ向かうのだった。




