第68話 パーティー
「とりあえず乾杯しようぜ、乾杯!」
大介が手を叩くと、柚は右手を挙手した。
「あ、わたしミルクティーがいい! めーちと詩織ちゃんは?」
「私はソーダがいいです」
「あたしはリンゴジュースで!」
「比呂は何にする?」
湊に尋ねられ、比呂はテーブルへ視線を向けた。
テーブルにはさまざまなペットボトルのドリンクが置いてある。他にもさまざまなお菓子が皿に盛りつけられ、キャンドルには炎まで灯っていた。比呂と芽衣が詩織を迎えに行っている間に柚たちが用意してくれたのだろう。
「ええと……今日はレモンスカッシュにします」
「そんじゃ、俺はコーラだな!」
「僕はジャスミン茶にするよ」
それぞれの飲みものを紙コップに注いでから、みなでテーブルの周りを囲む。各々が乾杯のスタンバイをしたところで、柚がひとり立ちあがった。
「えー、それではネオ研の部長のわたくし、冷泉柚が乾杯の音頭を取らせていただきまーす! めーち、ネオ研に入部してくれてありがと~! それから、詩織ちゃん、退院おめでとう!! かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
比呂たちは紙コップを触れ合わせ、みなで乾杯する。一気に空気が緩む中、一番に口を開いたのは大介だった。
「ありがとな、芽衣。ネオ研に来てくれて。ウチは部員が少ないからマジで心強いぜ」
次いで湊も芽衣に声をかける。
「何か、いきなりハードすぎてびっくりしてるかもだけど、普段はあそこまでじゃないから安心して。これから一緒に頑張ろうね」
「はいっ、ありがとうございます。頑張ります!」
芽衣は笑顔を浮かべ、快活にそう答えた。彼女が改めて張り切っている様子が伝わってくる。
蛾型の《アンノウン》に感染していた時は、顔色の悪さも相まってもっと大人しい性格かと思っていたが、意外と積極的で活動的な面もあるようだ。これが本来の芽衣の姿なのだろう。
一方、比呂も詩織に声をかけた。
「詩織も病気の治療、頑張ったな。お疲れ」
「ありがと、お兄ちゃん。って言っても、年に数度は入院してるし慣れちゃったけどね。でも、こうして学校に行くことができたりパーティーしてもらったり……すっごく嬉しい……! 入院中はこう見えてもけっこう落ち込んでたし、おまけにあんな大事件まであったから……本当に、今が夢みたい!!」
詩織はしみじみそう言うと、ふと涙を浮かべた。
幼いころから入退院を繰り返しているせいか、詩織はあまり自分の辛さを周りの人に見せない。心配をかけてしまうのが申し訳ないと思っているのだろう。
けれど何度、入院したって、その度に不安や歯痒さは感じるのだ。友だちに会えないのは淋しいだろうし、学校の授業について行けるかどうか心配になるに違いない。
「あ、ごめんなさい。つい……!」
「詩織ちゃん……」
慌てて涙を拭う詩織を、芽衣は痛ましげに見つめた。比呂は詩織の背中をゆっくりと撫でる。
「またみんなで集まろう。どんなに辛いことがあっても、楽しい事があれば何とか乗り越えられる。……そうだろ?」
「……うん」
詩織は涙を拭いつつ頷いた。今まで一人にさせてしまったが、これからは比呂がそばにいるし、いつでも会える。詩織は社交的な性格だから友だちもたくさんいるだろうけれど、家族にしかできない話もあるだろう。比呂は改めて、定期的に詩織と会って話そうと心に決める。
柚も詩織を励まそうと、身を乗り出した。
「あ、そーだ! 実はね、すっごいサプライズがあるんだ!!」
「……? サプライズ、ですか?」
比呂と芽衣は目を瞬いた。その話は初耳だ。一体、いつの間に。
比呂たちの驚いた顔を見た柚はにっこりと笑うと、傍らに置いてあった白い箱を取り出し、それを開封する。
「じゃーん!! ワンホールのイチゴのショートケーキでーす!!」
柚の言う通り、そこには丸いワンホールのショートケーキが鎮座していた。純白のクリームは芸術的な模様を描いており、イチゴは宝石のように瑞々しく輝いている。凝ったチョコレート細工の飾りもついており、とてもオシャレだ。
確かにおいしそうだが、そのぶん値段もかなり高いのではないか。いくら何でも、高校生がポンと買える代物ではないように思える。
「こ……これ、どうしたんですか!? えらく高そうですけど……」
比呂が尋ねると、柚はピースサインをしながら嬉しそうに答えた。
「はすみんが自腹でプレゼントしてくれたの! パーティーをするっていう話をしたら、MEIS災害に協力してくれたお礼がしたいって。メッセージももらってるよ。再生するね!」
そう言って、ノート型のタブレットを取り出す。MEIS疾患である詩織や、アクセス権が1の大介も一緒に見ることができるよう、持参したのだろう。
皆が見える場所にそのタブレットを設置すると、柚はメッセージ動画を再生させた。
映し出されたのは、冬城の顔だった。撮影機材を調整しているらしく、何やら真剣な表情で手を動かす気配が伝わってくる。やがて調整が終わったのか、冬城はカメラから身を離した。撮影場所はおそらくソピアー・ジャパン本社の社内だろう。タイル調の白い壁を背景にした冬城の姿が映る。
彼女は何やら画面の外に視線を向け、声を発した。
「あ、蓮水さん! 録画が始まりますよ!」
「はいはーい、いま行きますよ~!」
やがてすぐに蓮水も画面の中に現れた。新世界市国際ホテルに向かった時のきちんとした格好ではなく、いつものボサボサ頭をした大学生風だ。でも、何となくこちらの方が蓮水らしくてしっくりくる。
そして蓮水と冬城の二人は肩を並べ、こちらへ向かって喋りはじめた。
「ネオ研のみんな、やっほ~。元気してるかな? いつも僕たちの手助けをしてくれてありがとう。特に今回の事件では君たちの活躍にたくさん助けられたよ。僕は肝心な時に現場にいられなかったから、余計にね。お詫びと言っては何だけど、ささやかながらプレゼントをさせて欲しいんだ。そのケーキは新世界市で一番人気の洋菓子店で売っているものだよ。もっとも注文してくれたのは冬城くんだけどね」
「蓮水さん、興味の無い事に関しては、まったく良し悪しが分からないんですから……本当に困ったものです」
「ははは、そう言われると耳が痛いなあ」
蓮水は困った顔をして頭を掻く。冬城はそれを見てくすりと小さく笑うと、再びこちらへ視線を向けた。
「それはそうと、ネオ研のみなさん、落ち着いたらまたいつでもこちらに来てくださいね。皆さんのサイバーウエポン、私がしっかり調整しますから」
「そうだね、落ち着いたらいつでもおいで。僕も待ってるよ。それじゃあ、またね~!」
手を振る蓮水と冬城。そこで録画映像は終わった。
蓮水も冬城も、どことなく顔に疲れが見えるのはのせいではないだろう。大規模通信障害が終わっても、二人には通常業務が待っている。そんな中、ネオ研にわざわざメッセージを送ってくれたのだ。
芽衣は感激した様子で呟く。
「いい人ですね、蓮水さんも冬城さんも。蓮水さんたちソピアー・ジャパンの人が、一番大変だったはずなのに……」
「次に蓮水さんに会ったら、お礼を言おう」
「ああ、そうだな」
湊と大介も頷き合った。ネオ研の活動は《アンノウン》と切っても切れない関係にある。今はまだ大規模通信災害が収まったばかりで《アンノウン》たちも大人しくしているが、やがてすぐに活動を活発化させるだろう。だから、蓮水や冬城に会う機会もそう遠くない日にやって来るに違いない。
それから柚はケーキナイフを取り出し、両手で構えた。
「それじゃ冷泉柚、ケーキカットいきまーす!」
「おー、行け行け!」
声援を送る大介に対し、湊は心配の眼差しを向ける。
「柚、大丈夫? 責任重大だよ」
「う、うん、大丈夫! わたし、ネオ研の部長だから! みんな、見てて!!」
柚はグッと親指を立てた。しかしその表情は心なしか強張っている。そして、これ以上も無く真剣な表情をし、ケーキナイフの刃をケーキに当てる。
「……どう? こんな感じでいいかな?」
「あー、ちょっとずれちゃってますね……」
芽衣の指摘を受け、柚はナイフの位置を少しだけ修正した。
「ホント!? むむ……じゃあこのあたりかな?」
「ああ、ちょうどいいんじゃない?」
湊はゴーサインを出すが、柚はあくまで慎重だ。
「うう……めっちゃ腕がプルプルする……!」
「大丈夫だ、柚。そのままガッといっちまえ!」
「えいっ!」
大介の掛け声に合わせ、柚は一気にケーキをカットした。ナイフは丸いケーキを見事に真っ二つにする。それを見て安心したのか、柚も大きく息を吐いた。
「あー、緊張した……! 詩織ちゃん、イチゴ好き?」
「はい、大好きです!」
「めーちは?」
「私も好きです。ケーキにのっているイチゴって格別に美味しいですよね」
「じゃあ、二人のはイチゴ多めにするね!」
柚は六等分に切り分けられたケーキをそれぞれ皿に盛ってみなに配る。スポンジに挟まれた部分にもイチゴがたっぷりで、断面も美しい。フォークでケーキを口に運ぶと、さっぱりとしたクリームの甘みとイチゴの酸味が口の中いっぱいに広がる。
「ん~! おいしい~!!」
「スポンジがフワフワ!」
「イチゴも甘酸っぱくておいしいです! クリームとよく合うっていうか……」
柚や詩織、芽衣が歓声を上げる一方、湊も目を見開く。
「確かに良い生クリームを使っているね」
比呂はケーキをあまり食べたことが無いが、確かに美味しいと思った。ほどよく甘くて、しつこくない。何より、喜ぶ詩織や芽衣、みんなの姿を目にするのが嬉しい。
(蓮水さんには本当に感謝しなきゃだな)
改めて、今度、蓮水にあったら礼を言おうと強く思う。ひとしきりケーキの話題で盛り上がった後、詩織がふと切り出した。
「そういえば、ネオ研って普段、どういう活動をしているんですか? お兄ちゃんはネットのオカルト情報を集める部だって言っていたけど、本当ですか? 大規模通信災害が起こった時、どうして大学病院にいたの?」
詩織は好奇心いっぱいの様子で、瞳をキラキラと輝かせている。柚や大介、湊たちは顔を見合わせた。
「うーん……どうしよう?」
腕組みをする柚に、湊は意外にも楽天的な発言をする。
「別に話してもいいんじゃない? 《見える人》以外に本当の事を話してはいけないという決まりがあるわけでも無いし」
「まあ、完全に『信じるか信じないかはあなた次第』ってヤツだけどな」
大介も肩を竦めた。本人が信じるかどうかはともかく、話すこと自体には賛成であるようだ。
確かに、家族や身近な人には、《アンノウン》の存在やネオ研の本当の活動内容を知っておいてもらった方がいいかもしれない。もし万が一、何かあった時のためにも。
みなの同意を得、柚もますます張り切った。
「だよね! それじゃ、詩織ちゃんだけに話しちゃう! っていうか、しおるんって呼んでいい? いいよね!?」
「え? うん、いいよ!」
それから会話は《アンノウン》やネオ研の活動実態を中心に盛り上がった。柚はネオ研での体験を詩織に語って聞かせる。以前、比呂にXXRを使って説明してくれたものと内容は全く同じだが、今回は口頭での説明のみだ。詩織はMEISに対して拒絶反応を示すことがあるので、それに配慮してくれたのだろう。
とはいえ、柚の語り口が軽妙であるためか、小難しい話も聞いていて全く負担にならない。詩織ものめり込むようにして耳を傾けている。
全てを聞き終わった後、詩織は両手を胸のあたりで握りしめ、身を縮めた。
「ひえええ……知らなかった! この電脳識海上には《非表層 》のデータ、《アンノウン》というのがいて、それがMEISやシステムに高負荷をかけて通信障害を引き起こしていたなんて……! お兄ちゃんにも《アンノウン》が見えていたの?」
「うん。多分……小さい頃からいろいろあり得ないことを経験していた。もっとも、具体的に《アンノウン》の存在を知ったのは新世界市に来てからだけど」
「そっかあ……家族なのに全然気づかなかった」
「仕方ないよ。見えている僕ですら、何なのかよく分からなかったんだし、離れ離れになっている期間も長かったし」
それに、詩織が闘病の辛さをあまり周囲に見せないように、比呂も奇妙な体験をしてもそれを誰かに打ち明けたりしなかった。比呂もまた、他の人に心配や迷惑をかけたくないという気持ちが強くあったのだ。詩織もその事は理解してくれている。
「うん……しかもその《アンノウン》、お兄ちゃんには見えるのに、あたしには全然見えない……電脳識海ってまだまだ奥が深いんだね」
「確かに、見えてる俺らにもまだ分からねえことだらけだな」
大介が相槌を打つと、湊も頷いた。
「そうだね。でもだからこそ、ネオ研の活動をするやりがいも感じるかな。全てにおいて、僕たちが第一発見者みたいなものだしね」
「へえ……それは確かに面白そう! あたしに《アンノウン》が見えたら、絶対にネオ研に入るのに!」
詩織は自分の目にすることのできない《アンノウン》の話を聞いても、疑ったりしないし嘘だと決めつけたりもしない。むしろ、素直にネオ研の活躍を称賛している。それに気を良くしたのか、柚はさらに身を乗り出した。
「えへへ……この間のMEIS災害についても聞きたい? あの時、この街で何があったのか、わたし達や比呂くんが何をしていたか」
「うん、聞きたい聞きたい!!」
それから話題は今回のMEIS災害へ移った。奇妙な蛾型の《アンノウン》が何度も姿を現したこと。やがて、その《アンノウン》に感染し、意識を失う者が現れ始めたこと。そして、通常ではあり得ない巨大・《アンノウン》との死闘の数々。
詩織は興味津々でそれを聞いている。
比呂は盛り上がる仲間たちや詩織を見つめ、心から思った。
(詩織や芽衣が楽しそうで本当に良かった。蛾型の《アンノウン》の除去に追われていた頃は、再びこんな風に穏やかな日常が戻ってくるとは思いもしなかった。これもそれも全部、アネモネが僕たちに残してくれたんだ)
アネモネのことを思い出すと、無性に彼女に会いたくなった。
しかし今、どうやってもそれは叶わない。触れることはおろか、もう言葉さえアネモネには届かない。
次に会うのはいつになるか、そもそも再会は叶うのか。
それすらもまだ分からないのだ。




