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第67話 戻ってきた日常②

 すると、柚たちは顔を見合わせる。それから湊が最初に口を開いた。


「いや、比呂の入部祝いはしたけど、芽衣はまだしてないでしょ?」


「あ……そうですね。芽衣が入部してからすぐにMEIS災害が起きてしまって、バタバタしていたから……そういった余裕が無かったですもんね」


 比呂が答えると、柚がそれに続く。


「だから大ちゃんやみーくんと、めーちの入部祝いをしようって話をしてたんだけど、その時に詩織ちゃんのことを思い出したの。わたし達、実は大学病院で詩織ちゃんと知り合ったんだ。そして詩織ちゃんにいろいろ隔離病棟のこととか詳しく教えてもらったの。でも、せっかく知り合えたのに、あの時はゆっくり話せなかったんだよね。《アンノウン》を除去するのに必死だったし、全然時間なくて。だからもし、比呂くんたちさえ良かったら、めーちの入部祝いと詩織ちゃんの退院祝いを一緒にやったらどうかなって。大人数でわいわいやるの、きっと楽しいよ!」


 それを聞いた芽衣は嬉しそうに目を輝かせた。


「それ、すごくいいと思います! でも……確か詩織ちゃんは中学生なんですよね? 高校の部室棟に来るのは難しいんじゃ……」


「問題はそこなんだよ。かと言って、僕たちが中学校に押しかけるわけにもいかないし」


 湊も腕組みをして難しい顔をする。確かに詩織を含めるなら、高校の部室は難しいだろう。どこか皆で集まることができ、詩織も気軽に足を運べる場所はないだろうか。そう考え、比呂はふと閃く。


「だったら、僕の部屋でやるのはどうですか? それなら詩織も来やすいだろうし、学校からも近い。寮の外出許可も降りやすいと思います」


 ネオ研のみなも、「おお!」と目を見開く。部長の柚は比呂へ身を乗り出した。


「本当? いいの!?」


「はい、もちろんです!」


「比呂、ありがとう!」


 芽衣も感謝の言葉を口にする。


「ううん、こちらこそ……詩織はネオ研に興味を持っていたから、とても喜ぶと思う」


 比呂も詩織の退院祝いをしたいと思っていた。詩織は社交的な性格で大勢の人に囲まれるのが好きだから、ネオ研のみなでパーティーをしたらきっと喜ぶだろう。大介や湊たちはさっそく話し合いを始める。


「日にちはどうする? やっぱ平日よりは日曜の方がゆっくりできていいよな」


「そうだね。次の日曜でいいんじゃないかな?」


「よーし、いっぱい飾りつけするぞー! ……あ、でも詩織ちゃんはMEISへの拒絶反応で入院してたんだよね? だったら《電脳物質(サイバーマテリアル)》はあまり使わない方がいいかな?」


 柚は心配そうに首を捻る。比呂も顎に手を当てて考え込んだ。


「そうですね……確かにまだ退院したばかりだし、様子を見た方がいいかもしれません。日常生活ではそこまで気にしなくていいと言われているみたいですけど」


 詩織が中学校に入学するまでは、比呂と共に祖母の家で生活していた。祖母の家は田舎にあり、もともとMEIS通信でやり取りされる情報量は限られていたため、そういったこともあまり気にかける必要が無かった。


 けれど新世界市は人口の九割以上の人がMEISを搭載している。そこで日々、使用されているデータ量もかなりのものだ。だから一応、MEISへの負担を考慮し、注意しておいた方がいいかもしれない。


「そっか……うん、分かった! ちょっといろいろ工夫してみるね!」


 そう言うと、柚はむん、と両手を握り締める。


「宴じゃ、宴ジャー!」


「酒池肉林ジャー!!」


 白羽と黒羽も大はしゃぎだ。電脳ペットである二人は、食べられるものも限られている。酒池肉林と喜んでいるけれど、決して比呂たちと同じものを飲食することはできない。しかしそれでも、お祝いなどの盛り上がる催し物は大好きなのだ。


 それから比呂たちはパーティーの段取りを話し合った。わざわざ比呂の家でやる以上、抜かりがあってはならないと考えているのだろう、みな真剣だ。


 《電脳物質(サイバーマテリアル)》を使えないという制限もあり、余計に普段より用意するものが多い。ここ最近は《アンノウン》も目立って出現していないのが幸いだった。ネオ研は暇を持て余しており、余計にパーティーの準備に打ち込むことができた。


 そして数日後の日曜日。


 いよいよ芽衣の入部祝い兼、詩織の退院祝いの日がやって来る。


 ネオ研のメンバーは予定時間に比呂の部屋に集まった。みな学校指定の制服ではなく、私服を着ている。そのせいか、いつもと違って何だか新鮮な感じがする。


 柚は私服になると、年齢相応でとても可愛らしい。ベレー帽がよく似合っている。


 大介はイメージ通り、スポーティーで動きやすそうな格好を好むようだ。


 一方の湊も、性格通りにファッションもきっちりしている。


 逆に芽衣は少し大人びた格好で、普段とのギャップに比呂は少しどきりとしてしまった。


 それから、比呂の部屋に到着するや否や、みな一斉にパーティーの準備を始めた。事前に作っておいた飾りつけを取り出したり、食べ物や飲み物を並べたり。比呂は芽衣と共に詩織を迎えに行く係だ。


 叡凛中学校に併設されている寮の玄関前まで歩いて向かうと、詩織が比呂たちを待ち受けていた。もちろん詩織も私服姿だ。比呂の目にしたことの無い服だった。長く離れ離れで暮らしていたので、それも仕方のないことかもしれない。


「お兄ちゃん!」


 詩織は元気よく右手を振る。比呂もそれに手を上げて応じつつ、詩織に駆け寄った。


「詩織、今日は体調いいのか?」


「うん、もうすっかり! そちらの人は?」


「芽衣は同じネオ研のメンバーだよ」


 紹介すると、比呂に追い付いて来た芽衣は詩織に向かって微笑んだ。


「桜庭芽衣です。よろしくね、詩織ちゃん」


「よろしくお願いします!」


 詩織はぺこりと頭を下げた後、比呂に向かってにんまり笑う。


「な……何だよ?」


「いや~、ついにお兄ちゃんにも友達ができたんだなーって。しかも、すっごくきれいな人じゃん! 清楚な美人さんってカンジ!」


「えっ……!?」


 芽衣は真っ赤になって固まった。比呂は慌てて詩織をたしなめる。


「ば……馬鹿! 兄貴をからかうなよ!」 


「あはは。そんなこと言って、お兄ちゃんもまんざらでもないくせに! 芽衣さん、うちの兄、ちょっと内向的なところあるけど仲良くしてやってくださいね!」


「し、詩織!!」


 語気を強める比呂だったが、詩織はそれに構わず比呂の両肩にとまっている白羽と黒羽に両手を伸ばす。


「白羽、黒羽、元気してた? 二人とも相変わらずかわいいね!」


「詩織も相変わらず、キュートだナ!」


「イケイケの、激カワだナ!!」


「あははは、ありがとー!!」


 詩織は二羽の電脳カラスと無邪気に戯れる。久々の外出ということもあってか、詩織もかなりテンションが上がっているのだろう。かなりのはしゃぎっぷりだった。比呂は呆れて溜息をつく。


「まったく……。ごめんね、芽衣。妹がおかしなことを言って」

 

 芽衣は変わらず頬を赤らめていたが、小さく首を横に振る。


「ううん、大丈夫。それより比呂と詩織ちゃん、兄妹仲がいいんだね」


「……そうかな?」


「うん。何だか羨ましい。私、一人っ子だから」


 そう言われると、やはり何だかんだで嬉しい。子どもの頃からいろいろあって、あまり一緒にいられなかったし、詩織はMEIS疾患を患っているからこまめに連絡も取れない。それでも詩織との間に壁ができないのは、ひとえに彼女の大らかな性格のおかげだろう。


「そろそろ戻ろうか」


「うん、先輩たちも待っているしね」


 芽衣とそう言葉を交わしてから、比呂は詩織に声をかける。


「詩織、行くよ!」


「はーい! お兄ちゃん、あたしのこともいいけど芽衣さんをちゃんとエスコートしてあげてね。今回のパーティーは、あたしの退院祝いであると同時に、芽衣さんの入部祝いでもあるんだから!」


「はいはい、分かってるって」


「ホントにぃ~?」


 疑いの目を向ける詩織に、芽衣はくすくすと笑って言う。


「心配しなくても大丈夫だよ、詩織ちゃん。比呂は私にもとても優しくしてくれるから」


「本当ですか? 良かった!」 


 相好を崩した詩織は、それから比呂にこそっと囁く。


「お兄ちゃん、少しはやるじゃーん!」


「ふ、普通だろそれくらい。芽衣はネオ研の大事な仲間なんだから」


「ほうほう……本当にそれだけ?」


「それだけだよ」


「ふーん、そうなんだ?」


 詩織はやたらとニマニマしている。どうやら本当に比呂と芽衣が特別な仲ではないかと勘繰っているらしい。大いなる誤解だが、それも詩織が常日頃から比呂のことを心配しており、仲の良い異性ができたことを喜んでいるゆえだと知っているので、あまり強くは反論できない。


(まあ、いいか。誤解はあとでゆっくり解けば。これからはいつだって会えるんだから)


 やがて比呂たちは叡凛高校の近くを通りすがる。


 日曜日だが、グラウンドでは部活動が再開されており、多くの生徒が練習に励んでいた。その中には女子テニス部員の姿もある。テニスコートでラケットを振り、黄色いボールを打ち合っている。


 コートの外で給水をしているのは三雲るりだ。三雲はグラウンドのそばを歩く比呂たちに気づくと、駆け寄って来た。


「あ、香月くーん!」


 比呂はフェンス越しに返事をする。


「三雲先輩! もう体調の方はいいんですか?」


「うん、もうバッチリ!」 


「それは良かったです。でも、ついこの間まで入院していたんだし、あまり無理せず休んだ方がいいのでは……」


「そうも言ってらんないよ。大会はもうすぐだしね。でも、心配してくれてありがと!」


 その言葉通り、三雲るりはいつもの明るく溌剌とした調子に戻っていた。顔色もいい。《アンノウン》の幼生(ラルバ)も付着させていない。それを確認して比呂はほっとする。無理は禁物だが、過剰に慎重になる必要も無さそうだ。


「るりー! 練習の続きしよー!」


 他の女子テニス部の部員がるりに声をかけてくる。


「うん、すぐ行くー! ……それじゃあね、香月くん!」


「はい。練習、頑張ってください!」


 るりは手を振って、テニスコートへと戻って行った。彼女の後頭部でポニーテールが元気いっぱいに跳ねる。《アンノウン》の影は、もうどこにも無い。それを見ると、改めて脅威は去ったのだと実感する。


「比呂、あの女子テニス部の先輩、もしかして……」


 芽衣が小声で尋ねてきた。敏い彼女は、比呂とるりのやり取りだけですぐに気づいたようだ。


「うん。例の事件で入院していたんだ。でも、すっかり元気になったみたいで、本当に良かった」


 一方の詩織はわけが分からず不思議そうな顔をしている。比呂は詩織に「なんでもないよ」と告げ、マンションに向かって歩き出した。


 白羽と黒羽が比呂たちを先導するように、軽やかに羽ばたいていく。街中には自動運転のバスやタクシーが整然と走り、電脳看板(バーチャルサイネージ)が彩を添えている。何もかもすっかり元通りだ。


 やがて比呂のマンションが見えてきた。詩織は目を丸くする。


「わー、あれがお兄ちゃんの部屋が入っているマンション? まだ新しいね!」 


「うん、けっこう広いし、備え付けの家具や家電も最新のものだから、かなり住み心地がいいよ」


「いいなー、あたしは中学生だから強制的に寮生活だし、それはそれで楽しいけど、高校生になったら一人暮らしに挑戦してみるのもいいかも!」


「芽衣のマンションの部屋もだいたい同じかんじだよね」


「うん。でもうちはベランダが少し狭いかな。手入れや掃除は楽だけどね」


 そんな会話を交わしていると、比呂の視界に柚のアカウントの3Dアニメアイコンが浮かび上がった。二頭身をしたクマのキャラクターがぴょこぴょこと元気よく跳ねている。それをニューラルマウスの埋め込まれた指先でクリックすると、MEISのボイスチャットアプリで通信が始まった。


「あ、もしもし比呂くん? 今、どこ?」


「もうマンションのエレベーター前です。あと数分で部屋に到着すると思います」


「ほーい、了解でーす! それじゃこっちも準備しとくね!」


 通信が切れると、比呂は詩織に説明する。


「今のが柚先輩だよ」


「うん、知ってる。病院で少しだけ話したから。なんだかとても楽しそうだね。ワクワクしてきちゃった……!」


 比呂と芽衣は顔を見合わせ、笑みを零した。実際、今回のパーティーはかなり気合が入っている。詩織が心ゆくまで満喫してくれたら良いのだが。


 エレベーターに乗って五階で降り、比呂の部屋へ向かう。玄関の扉を開くと、パーティーの準備を終えた柚たちが比呂や芽衣、詩織の帰りを待ち受けていた。


「やっほー!! 比呂くん、めーち、おかえりー! あーんど、詩織ちゃんおめでと~!!」


 比呂の部屋は柚たちの手によって華やかに飾り付けられていた。《電脳物質(サイバーマテリアル)》を使う事ができないので、全部手作りだ。


 カラフルなティッシュで作ったティッシュフラワーや、『CONGRATULATIONS!』と書かれた賑やかなガーランド、紙テープや風船やなど。前もって皆で用意したおかげで、かなり豪華な感じに仕上がった。詩織と芽衣は大喜びだ。


「わああ……かわいい! これ、《電脳物質(サイバーマテリアル)》じゃなくて本物なんですよね!?」


「レトロな雰囲気がすっごく素敵です! 画像を撮っても良いですか?」


「もちろんだよ!」


 柚が頷くと、詩織はさっそくタブレット型の携帯端末を取り出した。MEIS疾患が悪化した時のために、いつも持ち歩いているようだ。


 芽衣も網膜ディスプレイを介して、MEISで動画を撮影している。親指と人差し指を使って画像の大きさなどを調整しているので、そうだと分かるのだ。


「作る方は大変だったけどな。特に俺は、チマチマした作業が苦手だから参ったぜ」


「《電脳物質(サイバーマテリアル)》なら一瞬で飾りつけできるからね」


 大介と湊はそう言って苦笑した。確かに、《電脳物質(サイバーマテリアル)》なら一瞬で飾りつけができるし、片付けも必要ない。とても便利で快適なサービスだ。けれどこうして、一から丁寧に自分たちの手で作り上げるのも、時には悪くないと比呂は思う。


「先輩たち……私たちのためにありがとうございます」


 芽衣が頭を下げると、柚が慌てて顔を上げるよう促した。


「んもー、かしこまらないで! 今日の主役はめーちと詩織ちゃんなんだから!」


 一方、白羽と黒羽も部屋の飾りが気になるようだった。もっとも、二羽は飾りつけに対して何故か敵意を抱いているらしく、威嚇行動を見せる。《電脳物質(サイバーマテリアル)》には慣れていても、実物の飾りには違和感を感じるのだろう。


「何ダ、これハ!?」


「フン、フンフン!」


 しきりに(くちばし)でつつくが、電脳ペットである彼らにはリアルな空間に存在する物質に干渉することができない。くちばしがスカスカと飾りをすり抜けるのみだ。


「ムキーッ! 俺様を無視するナーッ!!」


「俺は負けン! 何度でも立ち上がル!! ウラアアァッ!!」

 

 不毛なバトルを繰り広げる二羽はさておき、比呂たちはさっそくパーティーを始めることにする。


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