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第52話 高田求道

「そ、ソピアー・ジャパンの方が、僕のビジネスに興味を……!? まさか……夢じゃないよな……? いや、むしろ私の方がソピアー・ジャパンの今後のビジネスプランや優秀な人材に関する独自の獲得方法などについてどうかご教示いただきたいのですが!!」


 高田は蓮水がソピアー社の社員であると見るや否や、前のめりになって食いついてきた。蓮水も快く応対する。


「弊社に興味を持っていただいて光栄です。とはいえ、ソピアー・ジャパンはまだまだ発展途上にある企業だと私は思っています。ソピアー・ジャパンがこれからさらに飛躍し成長するためにも、新しいサービスはどんどん開拓したいし取り入れていきたい。もちろん、我々と高田社長、双方があくまでwin‐winとなることを前提に、です」


 そのような提案をされるとは思ってもみなかったのだろう、高田は目を輝かせる。


「そ、それはひょっとして、私のMEISヒーリング事業と業務提携をご希望だということですか!?」


 蓮水はにっこりと笑って頷く。


「ええ、MEISヒーリングにはそれだけの価値があると考えています」


 一方、比呂たちネオ研の面々は、高田と蓮水の会話をすぐそばで聞いていた。高田にはやはり、ネオ研の存在は見えていない。ボイスチャットを介しているので、声も聞こえていないだろう。それでも、会話をする時はつい小声になってしまう。


「それにしても、蓮水さんがこんなにちゃんとした会話ができるなんて思わなかったな」


「ホントそれな。どっからどう見ても一流企業の優秀なビジネスマンって感じだぜ」


 湊と大介がしきりに感心しながらそう囁くと、柚が二人をたしなめる。


「二人とも言いすぎだよ~。はすみんはもともと優秀だよ!」


「それは確かにそうなんだけど……蓮水さんって良くも悪くも子どもっぽいというか……気まぐれで純粋だからさ。意外だなって」


 湊の意見に比呂も強い共感を抱いた。普段の蓮水の言動を考えると、今の蓮水の姿や格好はもちろん立ち振る舞いも完璧で、社会人として一分の隙も無い。いささか出来すぎだとすら感じてしまうほどだ。


 すると、蓮水やネオ研のサポートをしてくれている冬城が、呆れ半分に口にした。


「そう、蓮水さんは子どもなんですよ。あの笑顔を見れば、彼が今どれだけ楽しんでいるかがよく分かります。おそらく、イタズラをしかけているノリなのではないかと」


「えっ……イタズラ? 蓮水さん、今イタズラをしてるんですか!?」


 事が露見すれば、蓮水の立場だって危うくなるというのに。それでも蓮水はこの潜入を楽しんでいるのか。比呂が仰天する隣で、大介が豪快に笑う。


「ハハハ! なるほどな、蓮水さんらしいぜ!」


 その間も蓮水と高田の会話は続く。


「それにしても、MEISヒーリング事業は随分と好調のようですね。目を瞠る成長ぶりだ」


「ええ。おかげさまで、大変、儲かっていますよ。今後、二号店と三号店も予定していて、将来的には新世界市のみならず全国に展開していくつもりです」


「それは素晴らしい! ……それにしても、成功の秘訣は何なのでしょうか? 是非、ご教示いただきたいのですが」


 蓮水が踏み込んだ発言をすると、高田は誇らしげに胸を張る。天下のB‐IT大企業、ソピアー社の社員に称賛され、あまつさえ教えさえ請われたのだ。さすがに喜びが隠せないらしい。アピールも兼ねてか、饒舌に説明し始めた。


「一つはコストをかける部分と削減する部分のメリハリをつけたことですね。いわゆる選択と集中というやつです。

 

 宣伝用の電脳マスコットや接客アルバイト、クーポンチケットなどにはしっかり元手を割く一方、店舗の方は敢えて資金を抑えました。第二区域・再開発地区は昔ながらの古い区画も多く残っており、確かに商業地としての価値は低い。しかし、逆に私は、そこに商機を見出したのです。


 新世界市は人工島であるため狭く、インフラも非常に発達しているので第二区域・再開発地区であっても決して利便性が悪いわけではない。適切なマーケットリサーチとプロモーションがあれば十分に戦える。むしろ、テナント料を考えると有利なくらいです。


 ここだけの話、あのMEISヒーリング店は古いカプセルホテルを買い取って改装したものなんですよ。おかげで随分と安く仕上がりました。同様の戦略を用いれば、最小限の投資で大きな利益を上げられます。現に今の店は年内にも黒字化予定ですよ」


「なるほど、それは頼もしいですね。ついでにもう一つの秘訣も窺っても?」


「もちろん! 二番目のポイントはターゲットを高校生に絞ったことです。もちろん、中学生や大学生も来店しますが、うちの主要なターゲット層は高校生なんです」


「ほう……しかし、こう言ってはなんですが、学生にはあまり金銭的余裕は無いのではないですか? 新世界市の学生は住居や生活などのサービス面で優遇されているとはいえ、裕福な者ばかりではない。ビジネスにおけるターゲット層としてあまり優良な顧客になり得るとは思えないのですが……」


「確かに仰る通りです。しかし、高校生には高校生の良い面があるものですよ。彼らは新しいものが大好きで、常に刺激に飢えている。おまけに流行に流されやすいんですよ。大人と違ってコミュニティが狭いぶん、宣伝の拡散効率もいい。話題作りにさえ成功すればあとは勝手に広めてくれる。


 特に体育系部活動の部員などは人間関係の繋がりが強いから、一人捕まえればそこから口コミが広がって大勢をゴッソリ釣り上げることができますよ。要は余計な手間が省けるんです。


 初回を無料にし、入口を広げればそれだけで客寄せになる。なにしろ『タダ』というのは最強の釣り文句ですからね。


 そうしてとにかく回数を重ねさせ、ヒーリングの心地良さにズブズブとはまらせてそこから抜け出せないようにしてやれば、何もしなくとも向こうからじゃんじゃん金を落としてくれるという寸法ですよ。ね、意外と簡単でしょう?」


 事業を成功させているのだという自負からか、高田は得意げになってやたらとぺらぺら喋る。


 比呂たちは思わず眉を顰めた。高校生をターゲットにしたサービスを展開すること自体は構わない。だが、どう考えても高田は学生を客としては捉えておらず、金儲けのカモにしているだけなのではないか。

 

 一方、蓮水もそう感じたらしく、ワインの注がれた手元のグラスを揺らし、すっと目を細める。


「確かに……意外とシンプルなのですね。そういえば、MEISヒーリングというのは科学的効果が実証されているものなのですか?」


「さあ……実のところ、私は科学の方はさっぱりでしてね。ただし子ども相手ならその点も安心ですよ。大人と違って知識が無いからいくらでも誤魔化せるし、訴えられることもない。たとえMEISヒーリングに科学的効果が無かったとしても、それが実証されるまでは時間がかかるでしょうし、浸透さえしてしまえばこちらのものですよ……!」


 高田は小声で囁き、ニヤリと醜い笑みを浮かべた。


 比呂は確信する。彼は客のことを考えMEISヒーリングを提供しているのではない。金さえ稼げれば何でもいいのだ。


 だからMEISヒーリングに効果があろうと無かろうとどうでもいいし、自社のサービスが健康被害を広げていることにさえ関心がない。それどころか、金儲けができる限り、そういった負の側面には目を瞑り続けるのだろう。


 つまりこのまま何もせず高田求道に任せていては、この《アンノウン》事件は永遠に終わらないという事だ。


「何だコイツ……MEISヒーリングが胡散臭いと分かった上で店を経営してるってのか!? 完全に確信犯じゃねーか!!」


 大介が声を荒げると、芽衣も激しい憤りを見せる。


「ひどい……ひどすぎます!! 私たちを搾取するための家畜くらいにしか思ってない……!!」


「こんな奴、放っておいたら被害が増えるばかりですよ!!」


 比呂も怒り心頭だった。これまで一体、何人の叡凛の生徒が犠牲になったか。MEISヒーリングのせいで体調を崩しただけではなく、未だに意識を取り戻していない生徒さえいるというのに。普段は、滅多なことでは激昂することが無い比呂も、さすがに腹立ちを抑えることができない。


 激怒し騒然となる面々だったが、柚が冷静にみなを制した。


「みんな、落ち着いて。今はまだ行動を起こすわけにはいかないよ。こいつから意識不明や蛾型の《アンノウン》に対処する方法を聞き出さないと。ここはもう少し蓮水さんに任せよう」


 その蓮水は相変わらずにこやかな笑みを浮かべているが、先ほどと少し雰囲気が変わった。高田の傲慢な物言いに、彼もまた許せないという感情を抱いたのだろう。そしていよいよ反撃に転じる。


「あなたの考えはよく分かりました、高田社長。ところで、私どもも独自に御社や御社の展開しているサービスについて調査させていただいているのですが、御社のMEISヒーリングによってMEISに重大な不具合を発生させた未成年が続出しているという噂が出回っているのを小耳に挟みましてね。中には意識の消失にまで至り、何日も入院している子どももいるとか。かなり深刻な事態になっているようです。ご存知でしたか?」


 それを聞き、高田は眉根を寄せた。


「いえ……何ですかそれは? 聞いたこともない!」


「おや、ご存じない? 現に多くの若者が叡凛大学附属病院で治療を受けています。問い合わせをしたらすぐに分かる」


「い……いやいやいや! それが事実だとしても、うちのMEISヒーリングが原因だとは限らないでしょう! 出鱈目も良いところですよ!!」


「そうであれば良いのですが……もし噂が本当なら、大変なことになりますよ。高田社長は相手が子どもであればいくらでも騙せるというお考えのようですが、このB‐IT社会下で不正を隠し通すなどほぼ不可能です。それらが表面化するのも時間の問題でしょうし、SNSで拡散されればやがてマスコミも嗅ぎつけるでしょう。


 MEISヒーリングが『悪事』として世間に広く暴露されれば、さすがの被害者も憤り、最悪、訴訟沙汰になることも考えられます。そうなれば経営に大きなダメージとなるのでは?」


「ま、まさか……!」


「いえ、それどころかMEISヒーリングによる損害の賠償を請求され、巨額の負債を抱えることになるかもしれませんね。御社がそれに耐えきることができればいいのですが……」


 蓮水は瞳に冷ややかな光を宿し、高田を見つめた。その視線を真正面から浴び、高田は表情を一変させて蒼白になる。蓮水の指摘が現実となったらどうなるか。その様がようやく想像できたのだろう。


 けれど、すぐにそこへどす黒い怒りが加わった。


「い……いい加減にしてください! イチャモンをつけるのはやめてくれ!! あなたの言ったことは全て何の証拠もないただの『噂』じゃないですか!! それを、よくも……!」


 高田は周囲の目を気にしつつも蓮水に詰め寄った。体格が良く、派手な風貌をしている高田は怒るとかなり迫力がある。しかし蓮水は全く動じない。


「証拠ならありますよ、ここに」


 そう言って蓮水は、サイバーストレージからMEISヒーリング店のクーポンチケットを取り出した。そしてそれを高田の目の前に突き付ける。


「これに見覚えはありますね?」


「そ……それは、うちが配布しているクーポンチケット……!?」


「その通りです。あなたはご存知ですか? このクーポンチケットに不審なバグプログラムが仕込まれていることを」


「な……何だって……!?」


「そのバグプログラムは、いわば悪質なウイルスやマルウェアのようなものです。ユーザーがこのクーポンチケットを自身のMEISの生体(バイオ)ストレージに保存することで、そのウイルス――つまりバグプログラムに感染してしまうのですよ。あなたはそれをご存知なのですか?」 


「……!!」


「我々の研究室ではすでに複数回にわたって実験を行い、MEISの不具合の発生原因や意識不明へと至る経緯など、そのほとんどを解明済みです。我々はいつでもそれらの実験結果を然るべき機関へ提出する用意がある。もう言い逃れはできませんよ、高田社長!!」


 それを聞いてさすがの高田も動揺し、慌てふためいた。MEISヒーリングによる被害が公になったらどれほどの騒ぎになるか。比呂でさえその様を簡単に想像できる。


 もはや言い逃れはできない。たとえ高田がどれほど知らん顔をしようとも、誰も彼を逃がしはしない。


「ま、待ってくれ! 私は何も知らないんだ!! そのクーポンチケットを用意したのは私じゃないし、そもそもMEISヒーリングも私のアイディアではない!!」


 高田は取り乱し、激しく狼狽した。そして、懇願するように蓮水へ訴える。これ以上、誤魔化しがきかないのであれば、どうにかして責任逃れだけでもしようという腹積もりなのだろう。


 だが、それはこちらにとってもチャンスだった。高田を追い詰めた今なら、さらなる詳細を聞き出せるかもしれない。蓮水もそう考えたらしく、高田の背中に手を添え小声で移動を促した。


「……そのお話、もう少し詳しくお伺いしたいですね。場所を変えましょうか、高田社長。ここでは何かと都合が悪いでしょうから」


 パーティー会場は多くの人々が会話に耽っており、とても賑やかな雰囲気だ。今のところ蓮水と高田のやり取りに注目する者はいない。だがもし高田が暴れたり激しく抵抗したりしたら、さすがに目立ってしまうだろう。


 それは素性を偽って潜入している蓮水にとっても都合が悪い。


 高田もまた、ここでMEISヒーリング店の悪評を広められたらたまらないと考えたようだ。大人しく蓮水の誘導に従った。歩きながら蓮水は高田の耳元で囁く。


「MEISヒーリングのサービスを発案し、設計したのは誰ですか? クーポンチケットに手の込んだバグプログラムを潜ませたのは誰ですか? そもそもあなたは誰の差し金で動いているのでしょう?」


 高田は気まずげに視線を逸らす。蓮水はさらに詰め寄った。


「正直に話した方が身のためですよ。下手に隠し立てすると、あなた一人が全ての罪を被ることになってしまう。本当にそれで良いのですか?」


「くっ……!」


 歯を食いしばる高田の頬を、冷や汗が滴り落ちていく。あの様子だと、全てを白状するのも時間の問題だろう。真実が明らかになるまで、あともう一押しだ。大介は蓮水に感嘆の眼差しを向ける。


「蓮水さん、意外とやるじゃねーか! 見直したぜ!!」


 確かに、高田を理路整然と追い詰める蓮水の姿は、普段の彼とは見違えるようだった。


「そうだよ、はすみんはできる人なんだよ!」


 柚も興奮気味にそう口にした。今回の《アンノウン》事件解決の糸口が見えてきたからか、彼女の声は弾んでいた。


「僕たちも二人の後を追おう!」


 湊の言葉に他のネオ研の面々も頷いた。そしてみなで移動する蓮水と高田の後を追う。


 比呂もそれに続いたが、すぐに芽衣がついて来ていないことに気づいた。後ろを振り返ると、芽衣はただ一人、俯いて立ち尽くしている。


「芽衣……大丈夫?」


 比呂は芽衣の元へ戻って声をかけた。芽衣は両手を握りしめ、肩を震わせていた。


「私たち、利用されていたんだ……私たちの悩みも苦しみも、孤独感も全部……全部、食い物にされていたんだ!! 許せない……絶対に許せない!!」


 芽衣の怒りは比呂にもよく分かった。


 MEISヒーリング店のシステムは、人の弱みにつけ込むことで成り立っている。悩みや苦しみが深いユーザーほど、MEISヒーリングにズブズブとのめり込みそこから抜け出せないようになっているのだ。


 そして最後には、《アンノウン》の(ピューパ)に取り付かれ、二度と目覚めないほどの深い眠りについてしまう。


 その悪質性を考えれば、誰だって怒りを禁じえない。平常心を保てという方が無理な話だ。


「……うん、そうだね。あの人は絶対このまま逃がしちゃいけない。何としてでも意識不明を治す方法を吐かせて、みんなを助けよう!」


 比呂の言葉に芽衣は大きく頷いた。比呂にも、高田にはそれ相応の罰を受けて欲しいという気持ちはある。だが何よりも、まずは意識消失に陥った生徒たちを助けなければ。


 蓮水と高田が移動したのは、パーティー会場の隣に設けてある休憩室だった。


 喫煙も可能であるらしく、小さな部屋にはいくつかのアンティーク調のテーブルと椅子、そして灰皿が置かれている。今は無人で、蓮水と高田の他に人影はない。比呂たちネオ研のメンバーも、二人と共に中へ入る。


 もちろん高田はその事に気づいていない。気づいているのは蓮水だけだ。



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