第51話 潜入作戦、実行
それからネオ研は再び《アンノウン》に追われる日々に戻った。授業の合間の休憩時間や放課後など、絶え間なく出現する蛾型の《アンノウン》の対処に追われ続ける。
最初の頃は校内のみに留まっていた被害も、徐々に新世界市全体で頻発するようになった。
第三区域・文京地区には他にも小学校や中学校、高校が集まっているし、第二区域・再開発区域も元から《アンノウン》が出現しやすいスポットであることもあるためか、蛾型の特殊な《アンノウン》が発生する率も高い。
かなり厳しい状態だが、それでもネオ研の面々は歯を食いしばって耐え、《アンノウン》と戦い続けた。ひたすら土曜日が来るのを待ち侘びながら。
そして、ついに土曜日がやって来た。
叡凛高校は、土曜日は午前中のみ授業がある。そして午後は帰宅する生徒が半分、部活動などに勤しむ生徒が半分だ。
あいにく朝から薄曇りだが、どうにか今日一日はもちそうだった。もし仮に降り出しても、潜入するパーティー会場は屋内であるため、大きな問題は無いだろう。ただ念のため、比呂は折り畳み傘を鞄に入れて登校することにした。
MEISは様々な不可能を可能にしてくれるが、そんな魔法の如きB‐IT技術をもってしても、まだ雨を防ぐことはできない。《電脳物質》は自然現象に対してはほぼ無力だ。
午前のみの授業が終わると、ネオ研のメンバーは揃って食堂で昼食を済ませ、その後、制服姿のままソピアー・ジャパン本社の蓮水の元へ直行する。もちろん、白羽と黒羽も一緒だ。すると先日と同じ、ソピアー・ジャパン総合技術研究所の第三研究棟へ通された。
ただし、さまざまな設備の取り付けられた実験室ではなく、今回は簡素な会議室だ。部屋の中に入ると、いつものように蓮水と冬城がネオ研の面々を出迎える。
もっとも、冬城がいつも通りのOLファッションであるのに対し、蓮水の方は劇的に様変わりしていた。パリッとスーツを着こなし、髪も整髪剤できちんと整えている。いつものもっさりした大学生風ではなく、どこからどう見てもいかにも仕事のできそうなサラリーマンだ。
「はすみん、すごーい! 別人みたい!!」
「本当だ、すごく仕事のできる人みたいに見えますよ」
「パーティー用の正装ですね。すごく格好いいです。老若男女にモテそう……!」
柚や比呂、芽衣が感心して褒めちぎると、蓮水は気を良くしたのか、気障っぽく髪をかき上げた。
「まっ、僕がちょっとばかり本気を出せばこんなものだよ!」
「でも、何つーか……何なんだ、この軽く詐欺にあった感は……?」
大介が呻くように呟く隣で、湊も苦笑する。
「大介の気持ちはよく分かるよ。僕たちはいつもの蓮水さんを知っているから、余計にそう感じるよね」
一方、冬城は浮かれる蓮水に喝を入れるかのごとく、あれこれと小言を言うだった。
「蓮水さん、招待状はちゃんと持ちましたか? 招待状が無ければ会場内に入れませんよ。それからパーティー会場でお酒を勧められてもきっぱりと断ってください。蓮水さんは無類の酒好きだから……誘惑に勝てるか心配です。外見がどれだけ立派になっても、蓮水さんは蓮水さんなんですから」
「だ、大丈夫だよ! 冬城くんはお母さんみたいだなあ……」
蓮水はどうやら冬城に頭が上がらないらしい。立場的には蓮水の方が上司であるはずだが、彼の自由奔放すぎる性格を考えると、部下である冬城にブレーキをかけてもらうくらいが丁度いいのかもしれない。
二人の会話を聞いていた柚は目を瞠った。
「招待状……? はすみん、招待状をもらってたの?」
「いや、同僚宛てに来ていたものを借りて偽造したんだよ」
蓮水はけろりとした顔でそう答える。
「ええ!? そんなことをして大丈夫なんですか!?」
「そうですよ! もしバレたら大変なことになってしまうんじゃ……!」
湊と比呂は慌てるが、蓮水はやはり先日と同じで天真爛漫に笑う。
「その時はその時だよ」
どうやら、彼は比呂が思っていた以上に豪胆で無鉄砲な性格のようだ。
マンションのセキュリティに侵入した柚が謹慎処分にされた前例もあるし、本当にそんなことをして大丈夫なのかという懸念は拭えないが、さりとて他に何か妙案があるわけでもない。ここは蓮水を信じるしかないだろう。
その蓮水は、改めて他の面々に向かって言った。
「ともかく、君たち用意はいいかい? ……それじゃ出発しようか」
ネオ研のメンバーと冬城は揃って頷く。それからいよいよ計画が実行へと移された。
まず、蓮水は自動運転のタクシーを呼び出し、一人で第七区域・中心市街地へ向かう。目的地はパーティー会場である新世界市国際ホテルだ。比呂たちネオ研のメンバーもバーチャル通信でそれに同行する。
もっとも、ネオ研メンバーの本体はソピアー・ジャパンの総合技術研究所・第三研究棟にある会議室で冬城と共に待機している。
代わりにMEIS通信を介して電脳識海に再現した比呂たちのアバターが蓮水について行くのだ。ちょうど、柚が謹慎中に使っていた、《電脳物質》で構成されたアバターと同じだ。
とはいえ、柚の時と違って比呂たちの姿は非表示になっているため、周囲の人々には姿が見えていない。また、《電脳物質》特有の、「脳に張り巡らされた電脳ニューロン(MEIS)に、体に触れたという感覚情報を伝える」という機能もオフになっているため、仮に比呂たちのアバターが誰かに触れてもその存在を知られることはない。比呂たちの姿が見えるのは蓮水だけだ。
一方で、ネオ研どうしは互いの姿が見ることができ、触れることもできる。これらはまだ、一般には展開されていないサービスだ。蓮水と冬城の計らいで、ネオ研だけ特別に利用できることになった。
ちなみに大介は、頭部に半透明のXRヘッドマウントディスプレイを装着している。アクセス権1である彼は、サービスによってデジタル機器の補助を受ける必要があるのだ。
やがて蓮水の乗る自動運転タクシーは目的のパーティー会場である新世界市国際ホテルに到着した。新世界市国際ホテルのエントランスは既にたくさんの人でごった返している。次々とタクシーや高級車がやって来て、蓮水と同じフォーマルな服装に身を包んだ老若男女が下車すると、吸い込まれるようにしてホテルの中へ入っていく。
これから比呂やネオ研も蓮水と共にあの中へ入るのだと思うと、俄かに空気が張り詰めた。
「うう、緊張してきた……!」
柚が心細げに首を縮めると、芽衣も両手で自分の二の腕をさすった。
「私、こういう場所は初めてです」
「僕もだよ。周りは大人ばかりだし、みんなとてつもなくすごい人みたいに見えてしまうな」
比呂も立派なホテルの建物を見上げ、呟いた。
雲がどんよりと立ち込めているせいか、余計に迫力を感じた。いつもなら白羽と黒羽がそばにいてくれるが、今はどういうわけかソピアー社総合技術研究所の会議室の隅で大人しくしている。いつもの小憎たらしいお喋りもなく、奇妙なほどだんまりだ。
二人はソピアー社に来ると、何故かいつも急に大人しくなってしまう。
「冬城さん、この中に例の高田という経営者はいますか?」
ホテルに続々と入っていくパーティー客を見つめながら湊が冬城に尋ねた。ネオ研と蓮水、冬城の会話はMEISのボイスチャットで行われ、他の面々とも共有されている。
「いいえ、ざっと確認したところ見当たりませんね」
冬城はみなのMEISに現時点で判明している高田求道の個人情報や顔写真を送ってくれた。ネオ研はそれを元に、みな目を皿のようにして該当の人物を探す。
MEISの探索アプリを使うと、特定の箇所、たとえば注目した人物の顔のみを自動で拡大してくれる。また、相手の顔データがはっきりと得られた場合には、顔認証システムで該当の人物と同一であるかを判断してくれる。
比呂たちはその機能を使って、やって来たパーティー客の顔を逐一チェックしていった。だが、その中に高田求道はいない。
「確かに、いねーな」
「きっともう、会場の中に入っちゃったんだよ」
大介や柚と同じで、比呂もMEISヒーリング店の経営者を見つけることはできなかった。彼はすでに会場の中へ入ってしまったのかもしれない。
「それじゃ僕たちもいよいよ会場の中へ潜入と行こうか!」
蓮水はそう言うと、ホテルのエントランスに向かって歩き出した。比呂たちはごくりと喉を鳴らし、それを追いかける。
ここで招待状が偽物だと露見してしまったら。また、比呂たちネオ研がこっそり同行していることがバレてしまったら。全てが台無しになってしまうどころか、下手をすると大騒ぎになりかねない。心臓がどくどくと早鐘を打つ。
しかし、かと言ってここで勇気を出して乗り込まねば、永遠にMEISヒーリング店の経営者を捕まえることはできないかもしれない。
蓮水はホテルのエレベーターに乗り、パーティー会場のある三階で降りる。すると、目の前にはふわふわの絨毯が敷かれた廊下が広がっており、壁には品が良く値の張りそうな花瓶や絵画などが飾ってあった。《電脳物質》ではなく、どれもみな本物だ。
そして、その壁の向かいにある重厚な扉をしたパーティー会場の入り口では、受付のスタッフが入場者を待ち構えていた。全部で十人近くいるだろうか。
蓮水は何食わぬ顔でスタッフの一人に近づいていくと、招待状を渡し、受付名簿にチェックを入れ、《電脳物質》でできたパンフレットを受け取る。
比呂たちは息を詰め、蓮水の真後ろでそれを見つめていた。だが、十人近くいる受付スタッフの誰も比呂たちの存在に気づいていない。彼らは蓮水にしか視線を向けておらず、笑顔で入場を促すのだった。
蓮水がパーティー会場へ入っていくので、比呂たちも急いでその後を追う。それに気づいた者、咎め立てる者はやはり皆無だった。
最初に沈黙を破ったのは柚だった。小声で恐るおそる口を開く。
「ひょっとして……潜入、成功?」
会話はボイスチャットを介して行われていて、蓮水や冬城、ネオ研のメンバーのみに共有されている。必ずしも声を潜める必要は無いのだが、緊張からついそうしてしまったのだろう。
「多分……ね。誰も僕たちを気にしていないみたいだ」
柚に釣られてか、湊も声を忍ばせて答えた。パーティー会場内の人々も受付スタッフと同様で、誰もネオ研に視線を向ける者はいない。それを確かめてから大介が大きく息を吐いた。
「はーっ、肝が冷えたぜ」
「ホントですよー」
「見つかったら逮捕されちゃうのかと……!」
比呂と芽衣も、安堵の息を吐く。その中でただ一人、蓮水だけがあっけらかんとしていた。
「はは、みんな意外と心配性なんだなあ。僕の言った通り、大丈夫だったでしょ?」
ただ、比呂たちだけでは、こういった違法すれすれの潜入はできない。あくまでMEISによる通信回線を介し、尚且つ蓮水による厳重な権限管理の元だからこそ可能なのだ。透明人間となってどこでも自由に入り込めるわけではない。そうでなければ、悪用して犯罪を起こし放題にすることも可能となってしまう。
蓮水は得意満面だったが、冬城がすかさず念押しする。
「蓮水さん、油断しないで下さい。潜入作戦の本番はこれからですよ。まずはMEISヒーリング店経営者・高田求道を探してください」
「はーい、了解ですよー」
蓮水はパーティー会場の中をぐんぐん進んでいく。比呂たちもそれに続いた。
会場は思っていたよりずっと広い。バーチャルクロスによって、華やかながらも高級感のある空間が演出されている。
鮮やかな照明を煌びやかなシャンデリアが飾り、美しい植物や花束の飾り付けがそこかしこに彩を添えている。一見すると高級感のある豪華な会場だが、装飾品のほとんどは《電脳物質》、つまりデジタル情報だ。
だから設定を変更すれば、この華やかなパーティー会場は一瞬のうちにして厳かな結婚式場になるし、或いは分科会セミナーや講義などを行うための格式ばった会議場や、展示会場にもなる。人力で内装を変えたりする必要は無く、改装にかかる費用も労力も最低限で済むのだ。
華やかなパーティー会場内にはたくさんの人々が詰めかけており、互いに挨拶をしたり談笑したり、《電脳物質》でできた名刺を交換したりしている。立食パーティーの形式であるらしく、あちこちにテーブルが設置してあるが椅子は殆どない。壁際にいくつか休憩用に設けられているだけだ。料理もビュッフェスタイルで、色とりどりのメニューがずらりと並んでいる。実に壮観な眺めだった。
その豪華な会場内をバンケットスタッフが華麗な動きで移動し、客に料理やドリンクを勧めている。比呂たちは高田求道の姿を探した。例の探索アプリも利用するが、いかんせん会場が広く人も多いのでなかなか見つからない。
「うーん、いないねー」
「パッと見は見当たらねえな」
柚と大介がぼやくと、湊も周囲に視線を走らせながら溜め息をついた。
「これだけ参加者がいるんだ。そう簡単には見つからないよ。地道に探すしかない」
比呂もその意見に頷く。
「そうですね。幸い、僕たちの姿は他の人に見えないから遠慮なく人探しをすることができる。こういう時は便利です」
一方、芽衣は驚きの声を上げた。
「あっ、すり抜けられる……!」
本当だ。芽衣の体はパーティー客の身体をすり抜けている。比呂も試しにそばを通りがかったバンケットスタッフへ手を差し出してみたが、やはりその手は彼に触れることなく半透明になって潜り抜けてしまった。何だか自分が幽霊になってしまったような不思議な気分だ。
(MEISを用いたアバターは、大抵、《電脳物質》で構成されるから、良くも悪くもMEIS(電脳ニューロン)を搭載した相手に干渉してしまう。でも、そうならない設定も存在するんだな。MEISって本来はもっといろんなことができるのかもしれない。ただ、まだサービスとして実装されていないだけで……)
ともかく、今はMEISヒーリング店の経営者を探し出さねばならない。
「よし、手分けして探そうぜ!」
「はすみん、こっちは任せて!」
そう言って大介や柚たちは会場で別行動をとり始めた。
「ああ、頼んだよ」
その蓮水は若い新興IT企業の経営者に捕まって挨拶されている。蓮水がソピアー社の社員だと分かると、相手はたいそう驚き、そして喜んだ。それからバンケットスタッフを呼び、グラスワインを蓮水に勧める。さっそく冬城がボイスチャットで釘を刺した。
「……蓮水さん?」
「わ、分かってるよ。酒はほどほどに、だろう?」
けれど、若手のIT企業社長はしつこく蓮水に絡む。あの様子だと、暫く蓮水は解放されないだろう。それならなおさら、ネオ研が頑張らねば。
やがてパーティーの主催者によって開会宣言が行われた。それに開会の挨拶や乾杯が続く。その間も比呂たちは手分けして高田を探し続ける。
そしてパーティーが食事・歓談へと移った時だった。
「あ、いた! みんな、あそこにいるよ!!」
湊が声を張り上げた。他のネオ研の面々も湊の元に集まってくる。湊が指し示す方向へ目をやると、確かに冬城から見せてもらった画像と同じ姿をした人物が立っていた。グラスに注がれたシャンパンを手にし、何やら恰幅の良い壮年の男性と会話を交わしている。
高田求道は髪を金髪に染め、ひげを蓄えた三十代後半の男性だった。体格が良く肌を小麦色に焼いており、いかにもサーフィンなどのアウトドアスポーツをしていそうな風貌だ。
こういった場にはあまり慣れていないのだろう。そのせいか、高そうなスーツを無理して着ている印象を受ける。
ネオ研のメンバーは高田求道の周囲をぐるりと取り囲んだ。もちろんその姿は、高田求道には見えていない。
「確かにこの人ですね」
比呂が口にすると、大介も興奮した様子で頷いた。
「ああ、間違いねえ!」
「はすみーん、発見したよー!!」
柚はボイスチャットでそう伝えつつ、蓮水に向かって手を振る。
「ああ、分かった。いま行くよ」
蓮水はその肩書のせいか、やたら他の客から声をかけられる。それらをやんわりかわしながら、ようやく手を振るネオ研の元へやって来た。そして、ネオ研が見つけ出した人物が高田求道本人であることを確認すると、そつのない笑顔を浮かべ、彼に声をかける。
「すみません、ひょっとして第二区域・再開発地区でMEISヒーリング店を経営なさっている高田求道社長ですか?」
「そうですが……あなたは?」
高田は表面的には笑顔を装っているが、どことなく怪訝そうだ。値踏みするような視線で蓮水を見つめた。対する蓮水は、その視線に臆した様子も無い。
「僕はソピアー・ジャパン、経営企画本部・営業戦略課の蓮水春薫と申します。実はずっとあなたにお会いしたいと思っていました。MEISヒーリングは実に素晴らしいアイディアだ! その卓越した発想とアイディアの原点を是非お伺いしたい!」
そして蓮水は手馴れた仕草と共に、《電脳物質》でできた名刺を差し出した。
その名刺には、名前と共に『経営企画本部・営業戦略課』という所属部署が書き込まれているが、おそらく今回の潜入に合わせて用意した偽物だろう。蓮水の本来の所属はソフトウェア・サービス事業本部・エンターテイメント企画部だからだ。




