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第50話 一筋の光明

「新学期に入って急速に被害が広まったのも、このサービスの性質ゆえだろうね。新学期になれば新しい環境に身を置く者が増える。一年間で最も移動や引っ越しが多いのもこの季節だ。社会人でも緊張に晒されたり苦労するくらいだから、高校生ならなおさら強いストレスを感じるだろう。


 人間だけじゃない。新しい環境への適応時にストレスを感じ、一時的に弱体化するのは生物全般の宿命だ。MEISヒーリングはそれを悪用しているとしか思えない。つまりMEISヒーリング店は、生物としてのヒトの弱さを見事に突いているんだよ」


 蓮水のあとに、冬城の説明が続く。


「なお、たちが悪いのが、問題を抱えたMEISヒーリング店の利用客が全員、《アンノウン》に感染するわけではないという点ですね。利用客のうち、『症状』が出るのはクーポンチケットを生体(バイオ)ストレージに保存した者のみ。しかしこれは偶然によるところが大きく、被害の発覚を分かりにくくしていると言えます。


 クーポンチケットに幼生(ラルバ)ではなく(スポーン)を仕込んである点も同様ですね。(スポーン)であれば、《ダイバー》であるネオ研の皆さんでさえその存在を察知できなくなるようですから。やはり事件が発覚しにくくなる効果があると思われます」


 ネオ研のみなは沈黙し、蓮水や冬城の言葉を聞いていた。


 想像していたよりもずっと手が込んでいることに対する驚きが半分。そして残りの半分は、MEISヒーリング店やクーポンチケットの端々から溢れ出る、明確な悪意に対する戦慄だ。


 比呂は両手を握り締める。MEISヒーリング店やクーポン券が怪しいと、みなで何度も話し合った。それでも証拠が掴めず、出現した《アンノウン》をひたすら倒して回るしかなかった。


 比呂たちがここ数日、どれほど限界まで追いつめられたか。そして今もどれだけ大勢の生徒が目覚める事すらできず入院しているか。それを思うと、沸々と怒りが湧き上がってくる。


 MEISヒーリングを手掛けている店側はこのことを承知しているのだろうか。これだけたくさんの犠牲が出ているのを知っていて、それでも我関せずを貫き、ひたすら利益を貪っているのか。


 もしそうならあまりにも無責任すぎる。絶対に許せない。今もなお《アンノウン》によって苦しめられている生徒たちを救うためにも、必ずMEISヒーリング店の悪事を暴かなければ。


「何ていうか……聞けば聞くほど悪意を感じますね、この《アンノウン》。まるで僕たちをわざと混乱させ、苦しめるために存在しているかのようだ」


 比呂は込み上げる怒りを抑え、そう口にした。MEISヒーリング店のあくどい金儲けを支えているのは、間違いなくこの奇妙な《アンノウン》の存在だ。つまり、MEISヒーリング店を追い詰めるヒントはこの《アンノウン》にあるはずだ。


 すると蓮水は、瞳に鋭い光を宿して言う。


「比呂くんの指摘は正しい。決して気のせいなどではないよ。この《アンノウン》が引き起こした一連の出来事はどう考えても偶然の産物ではない。明らかに故意に仕組まれたものだ。入念に計画し、用意されたものなんだよ。そこから想像するに、この《アンノウン》もおそらく自然発生したものじゃない。事件を起こすように設計された、いわば人工の《アンノウン》なんだ」


 人工の《アンノウン》。


 蓮水のその言葉にネオ研のみなは震撼し、騒然となった。


 通常、《アンノウン》は電脳(でんのう)識海(しきかい)の深淵、つまり《漸深層(バシャール・レイヤー)》や《深海層(アビサル・レイヤー)》から現れ出でて《表層(クリア・レイヤ―)》へと流れつく。それらはいわば自然現象のようなものであり、人の意志でコントロールすることなどできない。


 街中で目にするそれら通常の《アンノウン》と、この蛾型の《アンノウン》は何かが根本的に違う。それはずっと感じてきたが、まさかその存在自体が人の手によって仕組まれたものだというのか。


「人工の《アンノウン》……!? おいおい、それじゃ《アンノウン》が人の手で生み出されたってことかよ!?」


 さすがに黙ってはいられなかったのだろう。大介は衝撃も露わに大声を張り上げた。


「……」


 一方、柚はある程度予想していたのか、眉根を寄せて俯いている。


「でも、そんなことって……本当に可能なんでしょうか? 《深海の魔女》である柚でさえ、幼生(ラルバ)の段階にある《アンノウン》に干渉するのは難しいのに……! もし蓮水さんの仮説が本当なら、その何者かは僕たちでさえ感知できない《アンノウン》を(スポーン)の状態で生み出し、コントロールできる力を持っているという事になります! そんなこと……現段階のBBMI技術では絶対に不可能だ! どう考えたってあり得ない!!」 


 湊に至っては動揺を通り越し、狼狽すら浮かべていた。いつも冷静な湊がそこまで激しく取り乱すところを、比呂は初めて見た。そこからも、人工の《アンノウン》というのがどれほどあり得ない話なのかがよく分かる。


「そ……そうだよな。確かに《アンノウン》の幼生(ラルバ)は集まって成長すれば成虫(イマーゴ)になるが、今まではほとんどが自然の成り行きで変化していた。成虫(イマーゴ)の出現は完全にランダムで、だからこそ俺らも事後対応するしかなかったワケだしな。そこに人の手が介在できる余地なんてあるはずがねえんだ!」


 大介もまた、そう力説する。彼はどうしても人工の《アンノウン》が存在するという事が受け入れられないのだろう。もっとも、信じられないのは比呂も同じだった。


「そもそも、ソピアー社の人たちでさえ公式には認めていない《アンノウン》を自ら生み出したり加工したりすることができるなら、その人物はソピアー社の社員とは比べ物にならないほど電脳識海に精通していて、しかも《深海の魔女》と呼ばれる柚先輩を遥かに超えた能力を持つという事になります。本当にそんな人間が存在し得るのでしょうか……?」


 しかし、当の柚は首を横に振る。


「でも、はすみんの言った仮説でないと、今回の事件は起こり得ないよ。たまたまMEISヒーリング店で使っていたクーポンチケットに、たまたま《アンノウン》の(スポーン)が仕込まれていて、たまたま付着していた依存性で精神的に弱っている利用客をヘビーユーザーにし、たまたま《アンノウン》に汚染させ意識を消失させたの? それはあり得ないよ」


「それは確かにそうなんだけど……」


 困惑し、言い淀む湊を、柚はなおも説得する。


「確かにわたし達は《アンノウン》のことをよく知っている。でも、その知識は完全じゃない。今までの経験に縛られて、本当のことを見失うべきじゃないよ」


 湊と大介、そして比呂と芽衣は、みなで顔を見合わせた。


 ネオ研の部長である柚がそこまできっぱりと断言するのだ。俄かには信じられないからといって、簡単に拒絶するべきではないのかもしれない。むしろこれからは、今まで起こり得なかったことも念頭に置いて動かなければならないのかもしれない。


「それじゃ本当に《アンノウン》を人為的に生み出し、それを操る奴がいるってのか? 信じらんねえ……。(スポーン)の存在といい、一体何がどうなってやがんだ……!?」


 湊や大介は《アンノウン》と何度も戦ってきているから、今回のこの《アンノウン》がいかに異質で異端であるかもよく理解している。だからこそ、比呂や芽衣よりも余計に驚き戸惑ってしまうのだろう。


「本当に……これが全て計算されていたとすると、もはやMEISの不具合というより悪質なウイルスやマルウェアに近い気がします。もし悪意を持った人が《アンノウン》を簡単に操作する方法を見つけてしまったら、今後はこういった事件やMEISの通信障害、果てはMEIS災害までが、どんどん増えてしまうのでは……?」


 比呂が恐るおそる口にすると、大介は乱暴に頭を掻く。


「くそっ、考えたくもねーな……!!」


 柚の言った通り、比呂たちはまだ《アンノウン》の全てを理解しているわけではない。だからこそ、恐怖を感じずにはいられなかった。


 もし今回の事件の犯人のように《アンノウン》を自在に操る者がいたとして、()がその気になれば、いくらでもMEISに高負荷をかけることができるし、通信障害も好きなだけ起こし放題だ。(スポーン)を仕込むなどという回りくどい方法を使わずとも、もっと直接的に他者のMEISへ干渉するといった事もできるようになるかもしれない。


 つまり、BBMI技術ではタブーとされている『ヒト‐ヒト間直接干渉』が可能となってしまうのだ。


 それは言い換えると、アクセス権の強い者の意思がアクセス権の弱い者の意思を直接支配する、完全支配型社会が到来するという事でもある。考えただけで背筋が凍りつく、恐ろしい世界だ。


 一様に不安の表情を浮かべるネオ研の面々だったが、蓮水は、「ただし、ここで注意が必要だよ」と釘を刺す。


「MEISヒーリングのサービス設計者は明らかに《アンノウン》の(スポーン)の性質を理解し、それをクーポンチケットという形でサービスの中に取り込んでいる。ただ、経営者が全てを余すところなく理解し、把握していたかについては疑わしいと僕は思っているんだ。


 先ほども言ったけれど、いわゆるアンノウン・データ……非表層(インビジブル・レイヤー)のデータについては、その筋の専門家でさえ完全には解明していない。何せBBMI技術自体がまだ誕生して日が浅く、まだまだ未知の分野だからね。ひょっとしたら(スポーン)が何なのかよく理解もせず、軽微な不具合という程度の認識で放置していたという可能性も完全には捨てきれない」


「はすみん……」


 確かにMEISヒーリング店の経営者に悪意があると決めつけるのは早計かもしれない。けれど、被害者が大勢出ているのは事実だ。それなのに、故意ではないからと言って、ただ手をこまねいているしかないのか。みながもどかしげな表情をする中、蓮水はニッと笑う。


「だが、だからと言って放っておくわけにもいかないね」


 ネオ研のメンバーも沸き立った。やはりそう来なくては。


 《アンノウン》絡みの事件は、いくらソピアー社や行政機関、あるいは警察機関といえども、その存在を感知できない者には解決できない。ネオ研――叡凛高校MEIS災害対策チームしか対応することができないのだから。


「どうするんですか?」


 さっそく湊が尋ねると、蓮水はある人物の画像を浮かべながら言った。三十代ほどの、見知らぬ男性の画像だ。


「冬城くんに詳しく調べてもらったところ、MEISヒーリング店の経営者はこの画像の人物、高田(たかだ)求道(もとみち)というらしい。今の商売を拡大したいと考えているのか、第七区域・中心市街地(セントラルシティ)の高級ホテルなどで行われているパーティー会場に、頻繁に出没しているそうだよ。資金集めや人脈づくりが目的だろう」


「それって、まさかMEISヒーリング店の二号店を出店するつもりだってことか⁉ 冗談じゃねーぞ!!」


 大介は声を荒げた。比呂や他のメンバーも気持ちは同じだ。ただでさえたくさんの犠牲が出ているのに、これ以上MEISヒーリング店を増やされてはたまらない。


 蓮水も同意見であるらしく、好戦的な瞳をして続ける。


「そうだね。それを阻止するためにも、高田という経営者に直に接触してみようと思う。ちょうど次の土曜日に、新興企業の経営者や起業家を中心としたパーティーが中心市街地(セントラルシティ)の新世界市国際ホテルの会議場で開かれる。大企業の幹部層や官公庁職員、政治家なども招かれる、かなり気合いの入った催しになるようだ」


「そのパーティーに潜入するんだね!? ……でも、わたしたち子どもでも入れるのかな?」


 柚が首を傾げると、冬城が表情を曇らせて告げた。


「それは……さすがに難しいかと思います。要人も多数、出席することから、警備もかなり厳重に行われるでしょうし」


「そうですよね。私たち高校生は場違いな上、目立ちすぎるし、そうなったら潜入は完全に失敗ですよね……」


 芽衣もそう言って肩を落とす。MEISヒーリング店の経営者に接触し、MEISヒーリングを止めさせることができれば、新たな犠牲者が出ることだけでも防ぐことができるのに。


 ホテルに入ることができないなら、出入口で待ち伏せするしかないか。だが、大勢の人が出入りするであろうパーティー会場の入り口で、確実に高田求道を捕まえられる保証もない。ネオ研のみなが悔しさで歯噛みをする中。蓮水は意気揚々と胸を仰け反らせた。


「そこで、だ! この僕がMEIS災害対策チームを代表して、そのパーティーに出席してくるよ!!」


 ネオ研の面々は、ぽかんとする。


「えぇ……蓮水さんがぁ……?」


 と、困惑の表情を浮かべる大介。


「その……大丈夫ですか?」


 比呂もつい心配の言葉を口にしてしまう。それも無理はなかった。普段の蓮水は服装も適当だし、頭もぼさぼさという出で立ちだ。今だって癖だらけの髪にパーカー、そしてデニムパンツという、就活期前の大学生みたいな格好をしている。


 おまけに社会人らしからぬ奇妙な言動も多い。蓮水のそういう常識にとらわれない自由なところは決して嫌いではないが、大人としての威厳や品格は皆無であるのは事実だ。正直、パーティーに出席する姿が全く想像できなかった。


 そんなネオ研の空気を察したのか、蓮水は唇を尖らせる。


「君たち……ひどいよ! 僕のこと何だと思ってるの!?」


「ええとね、みんな忘れているかもだけど、蓮水さんはこれでも、かの有名な大企業、ソピアー・ジャパンの社員さんなんだよ」


 湊がさり気なく小声で指摘すると、柚もようやくその意図に気づき、俄かに目を輝かせる。


「そうか、ソピアー・ジャパンの社員さんなら何も怪しまれないし、むしろ大歓迎されるよね!」


 確かに蓮水個人の性格はともかく、B‐IT企業の最大手であるソピアー社の社員であればば信頼を得るのは難しくない。それどころか他の企業から注目を浴びるだろうし、中には積極的に声をかけてくる者すらいるだろう。情報収集にはもってこいだ。


「肩書はこういう時に上手く使わないとね」


 蓮水はそう言ってウインクする。


「問題は、はすみんにちゃんとした社会人の演技ができるかどうかだね……」


 柚がムムム、とおでこに(しわ)を寄せると、蓮水はお手上げのポーズをして肩を竦めた。


「もう、信用ないなあ。そんなに心配なら、君たちも一緒に来るかい?」


 それを聞き、ネオ研のメンバーは瞠目して身を乗り出す。


「え、マジっすか」


「いいんですか?」


「もちろん、物理的な同行は無理だけど、アバターを用いたMEIS通信であればリアルタイムで情報を共有できる。パーティーの主催者にバレなければ問題は無いんじゃないかな?」


「もしバレたら?」


「その時はその時さ!」


 蓮水はあっけらかんと笑った。そこには失敗(リスク)に対する恐れや警戒は微塵もない。良くも悪くも大胆不敵で、まるで遊び盛りの子どものようだ。


「何つーか……蓮水さんって俺ら以上に無謀だよな」


 大介を始め、みな呆れ半分で蓮水を見つめた。だがネオ研としても、せっかくのチャンスを逃す手はない。


「でも、MEISヒーリング店の経営者に接触する方法は、それが一番、確実かもしれないね。今は彼の住所を割り出したりする手間も惜しいし、そもそも新世界市の中に住んでいるとは限らない」


 湊は大いにやる気を見せている。


「そうだね。それに……こんな事件を起こした黒幕の姿を、わたしも実際に見てみたい! みんなで高田ってヤツの顔を拝んでやろうよ!!」


 柚もまた、他のネオ研の面々に向かって大きくガッツポーズをした。部長である彼女がそこまで意気込んでいるのだ。同じネオ研のメンバーとして、その意見に乗らない理由はいかなかった。


「そいつはいいな!」


「はい、私も興味あります!!」


「是非、みんなで乗り込みましょう!」


 大介や芽衣、比呂、みんな大賛成だ。一刻も早く、眠り続ける生徒たちを救いたい。そして誰も倒れることの無い、穏やかな日常を取り戻したい。そのためにも、ネオ研が自らの手でこの事件に引導を渡さねば。


 蓮水は胸元で両手をパンと打ち鳴らす。


「それじゃ、次の土曜日、学校が終わったらもう一度ここに集合だ。それまで《アンノウン》は出現し続けるだろうけど、みんな何とか耐えてくれ。僕たちも最大限、バックアップするよ」


「はい!!」


「任せて、はすみん!」


「よし、やってやろーぜ!」


 湊や柚、そして大介は、かつてないほどの高揚を見せている。その影響を受けてか、普段は落ち着いている芽衣も、心なしか気分が高ぶっているようだった。


「何か、ドキドキするね。成功するかな? ちょっと心配」


「うん……そうだね。これでこの事件が解決するといいんだけど」


 新世界市を脅かし続けてきた《アンノウン》事件の解決に向けて、ようやく一筋の光明が見えてきた。


 これでやっと、この混沌とした日々を終わらせることができる。そう思うと安堵と希望に満たされ、胸に清々しさが広がっていく。


 真っ暗だった視界が一気に開け、晴れ渡っていくような感覚だ。


 けれどその一方で、心の隅では言い知れぬ不吉な予感がしこりとなって残っていた。どれだけもう大丈夫なのだと自分に言い聞かせても、その不穏な気配を比呂の中から消し去ることができない。


 それが何故なのか、その時の比呂には分からなかった。



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