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第45話 新入部員

「……そっか、親友だと思っていた友だちから絶縁されたら、確かにすごく辛いよね。わたしも謹慎処分でネオ研のみんなと三日会えなかっただけで、すごく落ち込んだもん」


 柚は謹慎していた間のことを思い出したのか、ひどく悲しそうな顔をする。そういう表情をするといつもの柚とは違って年相応に見え、本人には申し訳ないが少し可愛らしいと思ってしまった。まるで迷子になった子犬や子猫みたいだ。


 湊はいたずらっぽく笑う。


「僕たちも柚がいなくて寂しかったよ。なんせ驚くほど静かだし、部屋のお菓子もぜんぜん減らないし」


「そうだな。やっぱネオ研には柚の声が響いてねーとな。うるさくねえネオ研なんて、ネオ研じゃねえ!」


「そうだナ!」


「柚がいないと、からかう相手がいなくて、つまらないゾ!」


 大介が破顔して腕組みをすると、白羽と黒羽もバサバサと羽ばたきをして、慰めだか何だか分からない言葉を口にする。柚はぷう、と頬を膨らませた。


「もう、みんなひどーい! わたしは本気で言ってるのに!!」


 もっとも、柚は本気で怒った様子はない。みなが軽口を言いつつも、柚を励まそうとしているのを理解しているからだろう。


 一方、比呂は芽衣に尋ねる。


「やっぱり……その事が原因で、クラスのみんなと敢えて距離を取っていたんだね」


 芽衣は小さく頷いた。


「こんな気持ちになるくらいなら、初めから友達なんて作らない方がいい。裏切られるのも嫌だけど、裏切ったと思われるのはもっといや。そんなことになるくらいなら、最初から一人の方がいい……!!」


「いやまあ、どうしてもそれがいいってんなら、止めはしねえけどよ……」


 大介はがしがしと後頭部を掻く。その声には困惑が滲んでいた。何事も豪快で大雑把な彼には、芽衣の繊細な心の内を把握するのは難しいのかもしれない。


 けれど、比呂は芽衣の気持ちが分かる気がする。どうせ失うことになるのなら、最初から何も望まない方がよっぽどいい。失う痛みを知っているからこそ、そういう選択をしてしまう心理に共感できるのだ。


 そして、だからこそ想像がつく。その言葉が決して芽衣の本心ではないということも。


「……」


 比呂は束の間、沈黙していたが、やがて顔をあげて芽衣に一つの提案をした。


「ねえ、桜庭さん。ネオ研に……ネットオカルト研究部に入らない?」


「……!」


 芽衣は驚きに目を見開いた。柚や大介も、素っ頓狂な声を上げる。


「え!?」


「いや、そいつはマズいだろ、比呂!」


 大介の発した大声に、芽衣はさらにびくりと身を震わせた。


 ネオ研の活動――叡凛高校MEIS災害対策チームの仕事は、《アンノウン》が『見える人』にしか務まらない。大介はその事を案じたのだろう。


 けれど事情を知らない芽衣は、自分の存在が歓迎されていないと感じたようだ。体以上に表情を強張らせ、青ざめて俯いてしまった。


 湊はそれを察し、慌てて芽衣に説明をする。


「あ、いや……桜庭さんに、ネオ研に入って欲しくないとか、そういうわけじゃないんだ。ただ、うちの部は少し特殊で……」


 皆が思いも寄らぬ展開で慌てふためく中、比呂は微笑んで柚や大介、湊に告げる。


「多分、大丈夫ですよ。桜庭さんは『見える人』なので」


「何だと!?」


「比呂くん、それ本当!?」


「はい。……桜庭さん、そこの黒い煤みたいなの、桜庭さんにも見えているよね?」


 比呂たちの座っているベンチの近くには、ガーデンライトが設置されていた。今は昼間なので明かりはついていないが、夜になると中庭を幻想的に照らし出すのだろう。


 そのガーデンライトの一つに、微かに黒煤が付着していたのだ。


 もちろん、脅威度はとても低い。このまま放置しておいても何ら問題は無いし、そのうち霧散して消えてしまうだろう。芽衣は比呂の指さした方へ視線を向け、不思議そうな顔をする。


「え……うん。見えるけど……香月くんにも見えているの?」


 その返答を聞いたネオ研のメンバーは騒然とした。


「マジか!」


「桜庭さん、《アンノウン》が見えるんだ!?」


「《アンノウン》……?」


「うん、この小さな(バグ)の集まり! わたしたちは《アンノウン》って呼んでるんだ! ……桜庭さんは以前から《アンノウン》が見えていたの?」


 柚は目をキラキラさせ、興奮のあまり身を乗り出した。芽衣はその勢いに押されつつも、質問にははっきりと答える。


「いえ、地元で暮らしている時は全く見えなかったし、新世界市に来たばかりの頃も見えませんでした。でも、この病院に入院して目が覚めてから、時どき視界の中に黒い汚れというか……煤、みたいなものが入るのに気付いたんです。


 最初はMEISの不具合か、網膜ディスプレイの一部が破損しているのかのどちらかだと思いました。でも、医師(せんせい)に相談して検査してもらったら、どちらも問題ないと言われてしまって……その時、香月くんに出会ってネットオカルト研究部のことを思い出して。もしかしたら何か分かるかもって思ったんです」


 やはり比呂の想像通りだった。数日前、教室にいた時の芽衣には自身を覆う《アンノウン》が見えていなかった。それは彼女の言動からも明らかだ。けれどこの病院――叡凛大学付属病院で意識を取り戻してから、《アンノウン》が見えるようになったのだ。


 湊も大きな衝撃を受けたらしく、顎に手を当て考え込んだ。


「なるほどね。でもつい最近までは見えなかった《アンノウン》が急に見えるようになるなんて、そんなことがあるんだな。僕は子どもの頃、電脳ニューロンを移植してからすぐに《アンノウン》が見えていたから、《見える人》はだいたいそうなんだと思ってた。《見える人》……いわゆる《ダイバー》になるかどうかは、アクセス権と同じでMEISに対する適性の一種だから、後天的に備わるものではないというか……」


「そういえば、わたしもずっと小さい時から《アンノウン》が見えてたよ」


 柚がそう言うと、大介も同意する。


「俺もだな」


「僕は……どうだったかな。やっぱり物心がついた時から、いろいろ不思議な体験をしていたと思います。もっとも、その時は《アンノウン》という存在を知らなかったけど……」


 とはいえ、比呂がはっきりと《アンノウン》を認識したのは、この新世界市に来てからだ。比呂が元もと住んでいたところは田舎で、MEISを搭載している者も少数派だった。だから、《アンノウン》も少なく、認識する機会が無かったのかもしれない。


「そうだよね。僕が思うに、桜庭さんのケースは非常に(レア)なんじゃないかな。今まで見えなかったものが急に見えるようになった、そのきっかけは何だろう? やっぱり《アンノウン》に感染し、意識を失ったことと関係があるのかな?」


 湊の主張に柚が異議を唱える。


「その理屈だと、《アンノウン》に感染した人間はみな《見える人》になるということになるよね? でも、他にそういった例は聞いたことが無いよ」


「ううん、どういう事なんだろう……?」


 顎に手を当てたまま考え込む湊。まるでオーギュスト・ロダンの『考える人』みたいだ。彼が何かを深く考え込む時、そのようなポーズになる癖があることを、比呂は最近気づいた。それに対し、大介は興味なさげに肩を竦める。


「別に、原因なんてどっちでもいいだろーが。現にこうして見えてるんだからよ」


「いや、普通は気になるでしょ。大介は相変わらず大雑把だなあ」


 湊は大介のぞんざいさに呆れ返る。行動力に長けているが考えるのが苦手な大介と、思考力に長けているが慎重すぎるところのある湊。二人の短所と長所がうまくバランスを取り、柚を支えてきたのだろう。


 その柚は比呂に向かって尋ねた。


「……それにしても、比呂くんは桜庭さんが《見える人》だってよく気付いたね」


「僕自身が《アンノウン》が見えることもあってか、何となく身のこなしや仕草で分かったんです。ひょっとしたら、桜庭さんにも《アンノウン》が見えているんじゃないかなって」


 それから比呂は、再び芽衣の方をまっすぐに見て口を開いた。


「桜庭さんの、これ以上、誰にも裏切られたくないっていう気持ちは僕もよく分かるよ。桜庭さんはきっと、友達をすごく大切にする性格で、だからこそなおさら深く傷ついているんだと思う。でも……せっかく新しい街、新しい学校に来たんだから、自ら可能性を閉ざしてしまうのはすごくもったいない事だと思うんだ。だから、僕たち友だちになろうよ。……どうかな?」


 今までの比呂だったら、こういう風に自分の方から誰かを誘うなんて絶対にしなかっただろう。でも今回は、多少の無理をしてでも積極的にならなければと思った。芽衣をこのまま一人にしてはいけないと、改めて強く思ったからだ。


 《アンノウン》が見えるという事は、きっと彼女も比呂と同じで「『深淵』の影響を受けやすい」ということだ。だからなおさら一人にならない方がいい。もし仮にネオ研に入部しなかったとしても、境遇を同じくするネオ研のメンバーとコンタクトを取っていた方が、彼女自身にとっても安全なのではないか。


 比呂は真剣な表情で芽衣を見つめた。芽衣は目を瞬いたあと、少し頬を赤らめて頷いた。


「わ、私で良かったら……よろしくお願いします」


 それを聞き、比呂はホッとした。比呂がいくら芽衣のためを思っていたとしても、芽衣にとってそれが迷惑であるなら意味がない。けれど、どうやらそれは比呂の杞憂だったようだ。


 喜んだのは比呂だけではない。大介や柚たちも大歓喜した。


「おおーっ、グッジョブじゃねーか、比呂!」


「わたし達とも仲良くしてね、桜庭さん!」


「こちらこそ、よろしくです!」


「あ、でも『桜庭さん』じゃ、ちょっとよそよそしいよね。んーと……それじゃ、めーち! めーちって呼んでいい!?」


「は、はい!」


「柚、ネオ研の説明も忘れずにね」


 湊にさり気なく促され、嬉しさで有頂天になっていた柚はようやく我に返るのだった。


「あ、そうだった! それじゃあ恒例のあれ、いきまーす!! ……わたし達の活動は、普段は日常で起きるサイバーオカルト現象を調査するネットオカルト研究部! だがしかーし、それは世を忍ぶ仮の姿! その実態は新世界市のMEIS災害を影ながら阻止する、叡凛高校MEIS災害対策チームなのでーす!!」


 そして柚は、比呂にしたのと同じ説明を芽衣にもする。《アンノウン》の正体とは何なのか、そして《アンノウン》と電脳識海との関係、ネオ研の具体的な活動内容など。MEISを用いたバーチャル映像を交えながら分かりやすく芽衣に伝える。


 芽衣は最初、それらの内容にとても驚いていた。これまで《アンノウン》という存在すら知らなかったのだから、無理もない。だが、それでもネオ研の活動には興味を覚えたらしく、次第に真剣な表情になっていく。


「……とまあ、こういうわけなんだけど。……どうかな? 興味ない?」


「ネオ研は万年、人手不足で悩んでいるんだ。いかんせん、誰もが気軽にできる活動じゃない。少なくとも《アンノウン》を見ることができる人間でないと務まらないんだ。桜庭さんが入部してくれるなら、僕たちとしてもすごく助かるし、大歓迎だよ!」


 柚に続いて、湊も力説する。彼も冷静を装ってはいるが、内心では芽衣に入部して欲しくてたまらないのだろう。何せ芽衣はとても貴重な《見える人》なのだ。


 芽衣はついに決意を固めたらしく、強い口調で宣言した。


「……分かりました。私、ネオ研に入ります」


「本当!? 入ってくれるの!?」


「はい。私、中学校を卒業してからずっと落ち込んでいたので、高校に入って何しようとか全然考えてなくて、入る部活とかも全く決めていないんです。だから……こうしてネオ研のみなさんと出会ったのも何かの縁かなって。それに私自身、ネオ研に助けてもらったから」


「わーん、ありがと~!!」


 柚が両手を上げて万歳をすると、大介も嬉しそうにガッツポーズをする。


「うおっしゃ! まさか新入部員が二人も入ってくるなんて、思いもしなかったぜ!!」


「これからよろしくね、桜庭さん」


「よろしく!」


 湊と比呂もそれぞれ芽衣に歓迎の言葉をかける。すると、芽衣は気恥ずかしげにしつつも微笑んだ。


「私のことは芽衣って呼んでください。子どもの頃からそう呼ばれていたから」


「それじゃ、芽衣の退院はいつ? 会ってもらいたい人がいるんだ」


 湊が切り出すと、柚も慌ててそれに続いた。


「そうだ! めーちにも、はすみんやちーちゃんを紹介しないと!」


「看護師さんからは、明日の午前中には退院できると聞いています」


「それじゃ明日の放課後、学校の校門の前で待ち合わせしよう!」


 そして柚たちと芽衣は明日の予定の細かい打ち合わせに入った。芽衣の入院期間はほぼ四日間。《アンノウン》の幼生(ラルバ)で煤まみれになっていた頃のことを考えると、まさに奇跡的な回復だ。柚たちと熱心に話し込む芽衣の姿を見つめつつ、比呂は胸に迫るものを感じた。


 ネオ研の打ち合わせが終わる頃には、六時近くになっていた。柚たちは一度、学校に戻って例の蛾型の《アンノウン》が出現していないか確かめてから帰宅するという。


「それじゃーね、めーち! また明日ねー!!」


 柚は両手をぶんぶんと大きく振る。


「比呂もゆっくり休めよ!」


「また連絡するから」


 大介と湊も片手を上げた。


「はい、ありがとうございます!」


 ネオ研のメンバーが去ると、中庭には芽衣と比呂の二人だけが残された。そうすると、辺りが急に静まり返ったような感じがする。


 新世界市に来るまでは、比呂の世界は灰色の静寂が当たり前だった。でも今は、ネオ研のみなと一緒にいるのが楽しくて、静けさなど感じる暇が無いし、時間もあっという間に過ぎてしまう。


 芽衣にも同じくらい充実した時間であればいいのだが。比呂はそう思いつつ、芽衣に声をかけた。


「ネオ研のことびっくりしたでしょ、桜庭さん」


「芽衣でいいよ、香月くん」


「それなら、僕のことも『比呂』って呼んでよ」


「分かった」


 そして芽衣は少し視線を俯けたあと、ポツリと呟いた。


「……ありがとね、比呂」


「え?」


「比呂は私に声をかけ続けてくれたでしょ? そのおかげでこうしてネオ研と出会うことができたから。


 ……彩月(さつき)のことがあってから、私はずっと一人でいいと思っていた。もう誰も傷つけたくなかったし、傷つけられたくない。そんなことになるくらいなら、一人のままの方がいいって思ってた。


 けれど、いざ自分の居場所ができたら、何というか……心の底からほっとしたっていうか……すごく心が軽くなった感じがする。それで気づいたんだ。本当は私、一人でいいなんて思ってたわけじゃないんだって。ただ……怖がっていただけなんだって。だから……背中を押してくれてありがとう」


 やはり芽衣は、一人ぼっちでいる状態を良しとしているわけではなかったのだ。決して自ら望んだ孤独ではなく、中学時代の友人とのいざこざの結果そうなってしまったに過ぎない。ただ、友人を失ったショックで、本人も自分の本当の気持ちを見失ってしまっていただけなのだ。


「そっか、そう言ってもらえたら嬉しいよ。勇気を出して誘ってみて良かった」


 比呂が照れながらそう言うと、芽衣は意外そうな顔をする。


「勇気……出したの?」


「それはまあ……同い年の女子とあんまり話したことなかったから」


「そう……そうなんだ」


 芽衣はおかしそうに笑った。積極的に声をかけてきた比呂の、思わぬ真の姿を知り意表を突かれたのだろう。でもそれに対し、失望したとか幻滅したとかそういうネガティブな感じはしない。むしろ、好感を抱いたように見受けられる。それは比呂の思い過ごしだろうか。


「僕も……芽衣がネオ研に入ってくれて良かった。これから一緒に頑張ろう!」


「うん、そうだね」


「芽衣、よろしくナ!」


「比呂と仲良くしてやってくレ!」


 白羽と黒羽もカアカアと鳴いて、芽衣を歓迎した。


「この子たち、さっき自販機のところで会った時も連れてたね。電脳ペット?」


「うん。白い方が白羽で、黒い方が黒羽っていうんだ」


「そうなんだ、可愛いね。……私の方こそよろしくね、白羽、黒羽」


 芽衣の表情はこの中庭に来た時と比べ、随分と明るくなった。本人も言っていた通り、ネオ研との出会いがプラスに働いているのだろう。


 やはり芽衣をネオ研に誘って良かった。比呂は心からそう思う。何度も拒絶されたが、諦めなくて本当に良かった。


 春とはいえ、黄昏時の風は冷たい。それから比呂と芽衣はどちらからともなく病院の中へと入る。そしてエレベーターの前で分かれた。


 白羽と黒羽を伴って病院の廊下を進み、自分の病室を目指す。病院の壁には部屋番号が表示されており探せば院内地図もあるが、叡凛大学附属病院は大きな建物なのでつい迷ってしまいそうになる。


 それらの表示を確認しつつ歩いていると、白羽と黒羽が話しかけてきた。


「比呂、友達ができて良かったナ!」


「良かっタ、良かっタ!」


「うん、そうだね。信頼できる先輩ができて友だちも作れて……僕、新世界市へ来て本当に良かったよ」


 比呂はしみじみ呟く。


 正直なところ、新世界市に来たばかりの頃には不安も少しあった。


 中学時代のように友達ができなかったらどうしよう。あの、限りなく黒に近い灰色の世界から、永遠に脱出することができなかったら。そう考えると、恐怖すら感じることもあった。

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