第44話 友人
「そのあたりのことをもっとはっきりさせるためにも、意識不明の経験者から話を聞きたいんだけど……なかなか情報が集まらなくて困っているんだ」
湊の示した問題がどれだけ重大か、比呂にも簡単に理解できた。
《アンノウン》によって意識不明に陥った者の中で、回復した例は殆どない。みな、未だ病院で眠り続けているからだ。
比呂は辛うじてそこから意識を取り戻すことができたが、例外中の例外なのであまり参考にはならないだろう。もっと多くの情報を入手しなければ、原因を突き止めることも対策を練ることもできない。
「それなんですけど、僕、さっきこの病院内で桜庭さんに会ったんです」
比呂が切り出すと、三人は目を丸くした。
「え!?」
「本当か、比呂!?」
「はい。彼女もまだ入院していたみたいで……MEISヒーリング店に行ったこととか、話してくれないかと頼んだら、了承してくれました」
すると、柚と大介、湊の三人は興奮気味に目を輝かせた。
「すっごーい! 比呂くん、天才!」
「比呂、お前やるなあ!」
「桜庭さんは意識消失を起こしている上に《アンノウン》の被害にも遭った。彼女から話を聞けたら、いろいろと有益な情報が得られそうだね」
よほど情報収集に苦労していたのだろう。三人の喜びようは生半可ではなかった。その気持ちは比呂もよく分かる。
芽衣は蛾型の《アンノウン》の感染から回復した、唯一の『意識不明の経験者』なのだ。ネオ研のみなで力を合わせ彼女を助けたからこそ、情報を得る糸口を掴むことができた。
「桜庭さんにはここの場所や先輩たちのことを既に伝えてあるので、もうすぐ来ると思います」
そんな話をしていると、ちょうど桜庭芽衣がやって来るのが見える。芽衣の格好は比呂と同じ、入院用のルームウエアだ。比呂は手を振って芽衣に声をかけた。
「あ、来た来た! 桜庭さん!」
すると芽衣もこちらに気づいてやって来る。
「香月くん……!」
「僕たち、ちょうど桜庭さんの話をしていたんだ」
「そうなんだ」
「紹介するね。僕の先輩でネットオカルト研究部部長の冷泉柚先輩。それから同じネットオカルト研究部の部員の御剣大介先輩と二階堂湊先輩」
比呂がネオ研のメンバーの紹介を一通り終えると、さっそく柚がベンチの座面をぺしぺしと叩いて言った。
「よろしくねー、桜庭さん! ここ! ここ、座って!」
「あ……はい。ありがとうございます」
柚はその愛らしいルックスも相まってか、誰とでもすぐに仲良くなってしまう。実際、芽衣もこの場に柚がいることで、幾分かほっとしたようだった。何せ柚以外は男子ばかりなのだ。
芽衣がベンチに座ると、今度は湊が微笑む。
「わざわざ僕たちのために時間を取ってくれてありがとう」
「あ、いえ……入院中、特にすることも無かったので……気にしないで下さい」
芽衣は見知らぬ上級生に囲まれ、緊張した様子を見せつつも、気丈に自己紹介を始めた。
「……叡凛高校・一年A組の桜庭芽衣です。私が倒れた時、119番してくれたのがネットオカルト研究部の皆さんだと聞きました。本当にありがとうございました」
「礼なら比呂に言ってやってくれ。あんたのこと、一番に心配していたからな」
「……! そうだったんだ……」
大介にそう教えられ、芽衣はじっと比呂を見つめる。
「あ、いや……桜庭さんは迷惑かもしれないけど、やっぱりどうしても気になって」
照れながら答えると、芽衣は大真面目な顔をして首を横に振った。
「……ううん、迷惑だなんて、そんなことない」
彼女から、はっきりとそう告げられて、比呂は少し安心した。嫌われても構わないと思ってはいたけれど、それでも仲良くできた方がずっといいに決まっている。先ほど、自動販売機のところで話した時より、芽衣との距離がずっと近づいたような気がして、比呂は少し嬉しかった。
それから芽衣は、改めて決意を浮かべ、ネオ研のメンバーに申し出る。
「……分かりました。協力できることなら何でも話します。私に聞きたいことって何ですか?」
ネオ研の面々は比呂を含め、互いに視線をかわす。最初に口を開いたのは湊だった。湊は口調や物腰が穏やかで、相手に過剰なプレッシャーを与えない。こういった役に適任なのだろう。
「それじゃあ、さっそくなんだけど……桜庭さん、中学校は叡凛じゃないよね?」
「はい。もともと実家の近くの中学校に通っていて、叡凛は高校からです。三月の中旬に中学校の卒業式があって、それから引っ越しや入学の準備とかいろいろあって……三月の下旬に新世界市へ来ました」
「そっかあ……地元を離れるのは寂しいよね」
隣に座る柚が口にすると、芽衣は意外にも表情を強張らせた。
「いえ……むしろ、あまり向こうにいたくなかったので」
芽衣はその辺りの事情に関して妙に歯切れが悪かった。何やら地元にわだかまりがあるのか、あまり触れて欲しくなさそうだ。湊もそれを悟ったのか、すぐに話題を切り替えた。
「MEISヒーリングを始めたのはいつ?」
「新世界市に来た翌日です。第一区域・湾岸地区でクーポンチケットをもらったので、部屋を片付けたあと、街を散策するついでに寄ってみたんです」
「あ、湾岸地区で電脳マスコットがクーポンチケットを配っていたの、僕も見ました!」
比呂が口を挟むと、大介も逞しい腕を組み、眉根を寄せて呻った。
「なるほどな。あの辺りは人気スポットが多いし観光客も大勢いる。いろいろな店やイベントが派手に宣伝しているから、そん中に紛れ込んだってわけか」
「因みに、店にはいつも一人で?」
「はい。こっちにはまだ友達がいないから……MEISヒーリングは一人で時間を潰せるし、そういう意味でも便利だったんです。よく眠れるし……嫌なことも忘れられるし」
芽衣はそう言って俯き、両手を握りしめた。柚たちネオ研のメンバーはさり気なく互いに顔を見合わせる。やはり芽衣は何か事情を抱えているようだ。彼女がMEISヒーリングにはまった事と何か関係があるのだろうか。
「……質問を続けてもいい?」
湊は芽衣の様子を見ながら慎重に声をかける。
「はい、どうぞ」
芽衣もすぐに顔を上げ、頷いた。
「MEISヒーリング店には全部で何回くらい通った? 大体でいいんだけど」
「全て数えていたわけじゃないけど……三十枚のクーポンチケットがほとんど無くなりかけているから……少なくとも二十五回以上は行ってると思います」
「おいおい、先月の三月下旬に新世界市へ来てから二十五回っつったら、最低でも一日一回は行ってる計算にならねえか!?」
大介は驚きの声を上げる。確かに、いくらMEISヒーリング店が気に入り常連になったのだとしても、少し異常な数字だ。芽衣も自覚があるのか、気まずげに再び視線を伏せる。
「最近は一日二回、多い時には三回や四回、MEISヒーリングを受けて帰ることもありました。コースも初心者用の十五分コースから三十分コース、四十五分コースと、どんどん延びていって……」
「途中で体がしんどいなーとか、怠さがあるなーとか、疲労感が抜けないみたいな状態にはならなかった?」
今度は柚が尋ねた。芽衣は少し考え込んた後、それに答える。
「なりました。でも、まさかそれがMEISヒーリングのせいだなんて思いもしなかったから、ちょっと早めの五月病かな、くらいに考えていたんです。それにもし……MEISヒーリング店が怪しいと気づいていたとしても、やめられなかったと思います」
「どうして?」
「一度はまり込むとなかなか抜け出せなくなっちゃって、依存……みたいなかんじになっていたんだと思います」
大介と比呂は顔を見合わせた。
「依存……か。そういや、ちょいちょい聞くな。MEISヒーリング中毒みたいになってる奴がいるって」
「どうなんでしょう? 偶然なんでしょうか。それとも、まさか……故意に依存性を持たせているとか……?」
これだけ短期間の間にMEISヒーリングが人気を得たのも、その依存性によるものではないだろうか。
「分からないけど……もし仮にMEISヒーリングに依存性があって、故意にそれを利用してヘビーユーザーを獲得し儲けているのだとしたら、かなりの悪質サービスということになるね」
湊も眉間にしわを寄せ、深刻な表情をする。
「そんなの許せないよ、叡凛の生徒が餌食にされてるってことだもん! どういうカラクリになっているのか暴いて、悪事の証拠を見つけないと!」
柚にいたっては、怒りを露わにして拳を振り上げた。比呂や他のネオ研メンバーも気持ちは同じだ。
どう考えてもMEISヒーリング店は怪しい。確かに店そのものに不審な点はなかった。だが、この奇妙な《アンノウン》事件の中心にはいつもMEISヒーリング店がある。そのことを考えても、何らかの点で関係しているのは間違いない。
比呂はふと、MEISヒーリング店で対応してくれた女性アルバイトを思い出す。
「でも、お店の人は親切だったのに……」
すると、湊は首を横に振る。
「あの人はきっと、店側に雇われたただのアルバイトだ。意識消失のことや依存性のことなんて、何も知らされていないんだよ」
「そうだな。店の責任者を引き摺り出す、まずはそのための証拠集めだな!」
大介が左手の手の平に右手の拳を叩き込むと、比呂や柚、湊も大きく頷いた。それから湊は比呂と芽衣に向かって切り出す。
「比呂、それから桜庭さん。MEISヒーリング店のクーポンチケットをもらってもいい? 念のため、調べておきたいんだ」
「分かりました」
「どうぞ」
比呂と芽衣は、それぞれ使用済みのクーポンチケットを湊に手渡した。比呂はクーポンチケットを一枚しか使っていないのに対し、芽衣は本人も言っていた通りかなり使い込んでいる。
ここまでMEISヒーリング店に通わねばならなかったほどの嫌なこととは何なのだろう。
芽衣がそこに触れて欲しくなさそうなのは分かっていたが、避けては通ってはいけないような気がした。悩んだ末、比呂は思い切って芽衣に尋ねる。
「そういえば……桜庭さん、『嫌なこと』って何? 聞いてもいいかな?」
「え……?」
「MEISヒーリング店に通っていた理由、嫌なことを忘れられるからだって言ってたでしょ? 何かあったのかなって思ったんだ。ひょっとして……それが原因でクラスでも一人だったのかなって」
すると、案の定というべきか、芽衣は黙り込んでしまった。
「ごめん、嫌なこと聞いたかな? 辛かったら無理して話さなくてもいいから……」
比呂はそう付け加える。もし、言葉で表すことができないほどのトラウマを抱えているなら、比呂の質問はいたずらに芽衣を傷つけ、苦しめるだけだ。だから、もしそうなら無理に話そうとしなくていい。
比呂のその気持ちが伝わったのだろうか。芽衣は躊躇したようだったが、決心したように顔を上げ、口を開いた。
「その……私、中学生の時、すごく仲の良かった友だちがいたの。優しくて、真面目で努力家で……リーダーシップもあって、学級委員みたいなちょっと面倒臭い係の仕事も進んで手を上げるタイプだった。私とは正反対で、積極的で責任感溢れる性格だった。……彼女も私と同じ、叡凛高等学校への進学を希望していたの」
肩を落とす芽衣の姿を見て、湊は何かを察したらしい。静かな声音で芽衣に尋ねる。
「……でも、その子は桜庭さんと違って、叡凛高校の入試に合格することができなかったんだね?」
「……はい。入学テストの点数は私より彼女の方が上でした。アクセス権は私と同じ3だったんだけど、細かい数値はほんの少しだけ私の方が上で、彼女はそれが原因で試験に落とされたんじゃないかと思っているみたいでした」
そもそも、芽衣は最初、叡凛高等学校への入学を全く考えていなかったのだという。叡凛高等学校の名は知っていたが、自分には縁のない世界だと思っていた。ある意味で入学するのが難しい高校であるため、まさか自分にその資格があるなどとは思ってもみなかったそうだ。
そんな彼女が叡凛高等学校への入学試験を受験しようと考えたきっかけは、友人の勧めがあったからだそうだ。その友人が、叡凛高等学校で学びたいという強い希望を抱いていたのだ。
彼女に「一緒に叡凛へ行かない?」と誘われ、芽衣は叡凛高等学校への進学を考えるようになった。入学できる自信があったわけではないが、一生に一度しかないチャンスだし、駄目元で受験してみようと。
そうして、芽衣は友人と共に叡凛高等学校へ書類を送り、彼女と一緒に試験や面接も受けた。
そして合格発表の日。
芽衣は、その友人と共に、実家の近所の公園で合格結果を知らせるメールを受け取ったのだという。
比呂も受け取った、『新世界市・叡凛高等学校 20××年度入学試験合格通知』だ。
けれど、その結果は思いも寄らぬものだった。
芽衣が合格であったのに対し、友人が受け取ったのは不合格通知。
その結果にどれほど芽衣が狼狽したか、そしてくだんの友人がどれほどのショックを受けたか。想像に難くない。
『何よこれ……結局、大事なのはアクセス権なんじゃない! どれだけ頑張って勉強に励んだとか、どれだけ意欲的に学校の活動に参加したかとか、そんなことはどうでも良くて、結局は電脳ニューロンに対する適性が全てを決めるんじゃない!! 努力とかコツコツとか……ほんと、馬鹿みたい!!』
『さ、彩月 ……!』
『いいよね、芽衣は。私よりアクセス権が上だから、テストの点が低くても学級委員にならなくても、志望校に合格できた! 良かったね、これからもきっと何も努力しなくても、私より多くのものを手に入れられる……! だけど私はこれから先、どんなに頑張っても芽衣より幸せにはなれない!! アクセス権がほんの少しだけ低い、たったそれだけのせいで!!』
『そ、そんなこと……!!』
『……ごめん、芽衣。私、もう芽衣のことを友達だとは思えない』
彩月という友人の衝撃と怒りはすさまじかった。叡凛高等学校に憧れを持っていた自分が受験に落ち、さして興味も抱いていなかった芽衣が合格してしまったのだから、その気持ちも分からなくはない。
そんな経緯もあってか、彼女の負の感情は全て芽衣へと向かってしまったのだ。
芽衣は当時のことを思い出したのか、動揺も露わに声を震わせた。
「その直後でした。友人……彩月は、全ての通信アプリから私のアドレスを削除してしまったんです。どんなに手を尽くしても全く連絡がとれないし、別の友人を介してもう一度だけでも話したいと伝えても、徹底して無視されてしまって……。
結局、合格が決まってから一度も会えませんでした。本当に、すごくショックで……どうしていいか分からなくて。私は彩月のことを親友だと思っていたから、余計に辛かったです。この春から一緒に叡凛高校に通えたらって、あんなに楽しみにしていたのに……!
こんなことなら叡凛高校なんて受験しなければ良かったと心の底から後悔しました。すっかり気分が落ち込んでしまって、新しい友達を作る気にもなれなくて……それで一人になれるMEISヒーリング店に通っていたんです」
(そうか……『失望した』って、そういうことだったのか……)
芽衣も、最初は彩月という友人と共に叡凛高等学校へ通えることを楽しみにしていたのだ。「一緒に叡凛へ行かない?」と誘われ、志望校を地元から遠く離れた叡凛高等学校に決めてしまうほど、その友人のことが好きだったのだ。
その期待が大きく裏切られたどころか、大切な親友までも失ってしまい、大きな『失望』へと繋がったのだろう。
一方、大介は芽衣の話に納得がいかないらしく、声を荒げた。
「いや、その友だちって奴の言い分、どう考えてもおかしいだろ! そいつが落ちたのは桜庭のせいじゃねえんだし、責められるいわれは全くねえだろ! そもそもアクセス権の優劣が全てにおいて優先されるなら、アクセス権1の俺は叡凛にはいねえっつの!」
「確かに……あくまで肌感覚ですけど、叡凛の生徒のアクセス権は1から5まで、わりとまんべんなく分散してますよね。そこは言うほど重視されていないというか……」
もっとも、MEIS搭載者にアクセス権2とアクセス権3が最も多いため、必然的に学校の生徒にもアクセス権2とアクセス権3が最も多くなっているという偏りは多少ある。だが、特にアクセス権の高い生徒が優遇されているとか、逆に学力の高い生徒ばかりといった、特定の要素が突出している印象は受けない。それが比呂の正直な感想だ。
「聞いたところによると、叡凛の入学試験は志望者の学力やアクセス権のみならず、主体性やコミュニケーション能力、生活態度など全てにおいて細かく数値化されていて、AIが独自に採点し合否を決めているそうなんだ。だから選考結果がアクセス権や学力一辺倒に偏らずにすむ一方で、合否の原因が分かりにくくなっている弊害も生んでしまっているね」
情報通の湊はそう説明する。
AIが入試の採点をしているというのは、比呂も初耳だった。おそらく、一般的には知られていない情報のはずだ。
もっとも、あくまでAIは採点をしているだけでその基準は人間が設定しているのだろう。
とはいえ試験はともかく、主体性やコミュニケーション能力、生活態度などもAIで採点されているとなると、反発や誤解を招きそうだ。
それもあって、採点内容やその基準などが一般には伏せられているのかもしれない。




