表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/69

第40話 MEISヒーリング店・《エル・ドラード》

「この辺りはあまり店も充実していないし、特に学生に人気があるスポットというわけでもないからね。こんなに集まってるのは確かに珍しいよ」


「目的はMEISヒーリング……か」


 この人数だけ見ても、ネオ研が把握している以上にMEISヒーリングは広まっていそうだ。中には比呂も持っているクーポンチケットを手にしている者もいた。


「……っていうか、比呂。MEISヒーリングの店内に白羽と黒羽も連れて行くの?」


 湊は比呂の頭と肩に乗った白羽と黒羽を見て、意外そうな顔をする。


「はい。二人に店の中の様子を撮影してもらおうかと思うんです。そしたら、柚先輩とも情報が共有しやすいですし。アクセス権3の僕が動画を撮るより、ずっと確実できれいなんです」


「こいつら、そんなこともできんのか!? ハイテクペットだなぁ!」


 大介は感心しきりだ。白羽と黒羽は得意げに羽ばたくと、胸を反らせた。


「当然ダ! 電脳カラスは優秀なんだゾ!」


「者ども、頭が高イ! カカカカカカ!!」


「……。優秀かもしんねーけど、性格はあんまかわいくねー……」


 げんなりしてぼやく大介。一方、湊はにっこりと比呂に微笑んだ。


「比呂、それは良いアイディアだね。僕も一応、MEISで撮影するつもりだけど、資料は豊富な方がいいしね」


「よーし、取り敢えず中に入ってみようぜ!」


「そうだね」


「入口はこっちみたいです」


 ビルの玄関の奥まったところにエレベーターがあり、比呂たちはそれに乗り込んで四階へと上がる。


 エレベーターの扉が開くと同時に目の前に広がったのは、ネット喫茶によく似た空間だった。


 入ってすぐに《電脳物質(サイバーマテリアル)》でできた観葉植物の鉢が置いてあり、壁のバーチャル・クロスも木目のものを用いているためか、全体的に自然空間を意識してあるように感じる。照明も明るすぎず、ほどよく薄暗い。まさに癒しの空間だ。


 狭いエントランスの奥に受付があり、そこに若い女性が立っていた。年齢は大学生くらいだろうか。女性店員は比呂たちの姿を目にすると、すぐに声をかけてきた。


「いらっしゃいませー。当店のご利用ありがとうございます。コースはどれになさいますか?」


 湊がそれに対応する。


「すみません、僕たちこの店に来るの初めてなんですが」


「あ、そうなんですね。失礼いたしました。それでは、当店のサービスからご説明させていただきます。


 当店ではまず初めにカプセル型のベッドで横になっていただきます。そして同時にMEISによる脳の疲労を軽減させる特殊なアロマと音楽を用いた、最新鋭の感覚マッサージによって、普通の休息では完全に取り除くことができないMEIS疲労を最大で99.2%も回復させることができます。


 痛みや刺激がなく、特殊な装置の装着も必要ありませんので、大変お手軽です。コースは四種類あり、初心者の方にお勧めの十五分コースから三十分コース、四十五分コース、一時間コースとございます。お客様はどのコースになさいますか?」


「……どうする?」


 湊は比呂たちの方へ振り返り小声で尋ねた。大介は肩を竦める。


「まずは初心者コースでいいんじゃねえか?」


「僕もそう思います」


「それじゃ、三人とも初心者コースで」


「ありがとうございます。クーポンチケットをご利用の場合は初回無料となりますが、お持ちではありませんか?」


「あ、僕、持ってます」

 

 比呂はクーポンチケットを差し出した。すると、女性店員は比呂の肩に止まっている白羽と黒羽に気づく。 


「ええと……そちらは電脳ペットですか?」


「あ、はい。この二人も、一緒にMEISヒーリングを受けたいんですけど……駄目ですか?」


「少々、お待ちください」


 女性はMEISで誰かと連絡を取り始めた。それを見て、大介と湊は非公開の音声通信(ボイスチャット)で囁いている。メンバーである比呂にもその内容が聞こえてきた。


『この店員、アルバイトみてえだな』


『うん。他に事業主がいて、その人に確認しているんだろうね』


 通信を終えた女性店員はすぐに笑顔になる。


「お待たせしました。電脳ペットも同伴可能だそうです。カプセル型のベッドは大きさに限りがございますので、そちらに入るものでしたら持ち込みは可能とのことです」


「ありがとうございます。……だってさ。良かったな、白羽、黒羽」


 比呂が声をかけると、白羽と黒羽はカアカアとご機嫌に鳴いた。


「それでは奥にお進みください。当店の電脳マスコットがご案内します」


 女性店員から示された方に目を向けると、奥に続く廊下が見えた。その入口には見覚えのあるクマの姿をした電脳マスコットが浮かんでいる。


(あ、この電脳マスコット、確か第一区域・湾岸地区(ベイエリア)で見たな。この店の宣伝をしてたのか)


 丸みを帯びたクマの姿をした電脳マスコットは、比呂たちに気づくとすぐに話しかけてきた。


『ようこそ、MEISヒーリング店へ! 当店のサービスのご利用方法について説明が必要ですか?』


「頼むよ。僕たち、この店に来るの初めてなんだ」


『それではご案内します』


 湊が答えると、クマの電脳マスコットは宙に浮かんだまま移動を始める。その後をついて行くと、廊下の先はさらに何本かの狭い通路に分かれていた。


 その通路の両側にたくさんの小さな部屋が接しており、中にはカプセルに入ったシングルベッドが設置してあった。


 ベッドはとてもシンプルなつくりで、余計なものは一切ない。マットの上に枕があるのみだ。通路側が足、頭が奥になるように設置してある。全体的にカプセルホテルに似た雰囲気だ。


 壁の電光表示板を見ると、すでに半分以上が利用者で埋まっている。


 電脳マスコットはその小部屋の一つを指し、機械的な口調で説明を始めた。


『まずはこちらのカプセルの中に入り、横になってください。当店で開発しましたアロマと音楽でMEISの疲れを癒すひと時をご提供します。ヒーリング中にもし体調不良などございましたら、緊急脱出ボタンを押してください』


 確かによく見ると、カプセル型のベッドの枕元にはボタンがついていた。網膜ディスプレイにより詳細な情報が浮かぶ。このボタンを押せば強制的にカプセルが外部放出され、脱出できる仕組みらしい。網膜ディスプレイに浮かんだ情報には、それぞれに割り当てられたベッドの番号も表示されていた。


「俺のベッドはA‐41だな」


「僕はC‐27だ」 


「僕はD‐11です」


 通路はそれぞれアルファベットで番号分けしてある。つまり比呂たちのベッドは、みな別々になってしまったということだ。


 それに若干の不安を覚えたのは比呂だけではないらしい。湊は疑問を口にする。


「ヒーリングを体験している間、MEISで通信し合うことはできるのかな?」


「さあ……受付のねーちゃんは何も言ってなかったな。一応、XRヘッドマウントディスプレイは持ってきてるが……」


「もし通信が可能だったら、何かあった時は連絡を取り合おう」


「そうだな」


「分かりました」


 それから比呂たちはそれぞれのベッドへ向かった。


 比呂のベッドはD‐11。Dの通路は既に八割が埋まっていた。カプセルの扉は透明で外から内部が見えるようになっているが、使用中のベッドはその扉がデジタル遮光スクリーンモードによって不透明になっているのですぐに分かる。


 D‐11のベッドの近くに行くと、カプセルの扉が自動で開き、ベッドが通路にせり出してきた。白羽と黒羽は不思議そうに首を傾げた。


「この中に入るのカ?」


「そうだよ。白羽と黒羽もぎりぎり入れそうだね」


「まるで穴蔵だナ! 何でわざわざこんなところに入りたがるのか、人間はよく分からんナ!」


「嫌なら黒羽は外で待ってる?」


「う、嘘だヨ! 置いていかないデ!!」


 実際、ベッドの中に入ってみると思っていた以上に狭い。どこかにセンサーがついているのか、比呂が横になると同時にベッドがカプセルの中へ自動で収納されていく。


 因みに、白羽と黒羽は比呂の胸の上にとまっている。その直後に湊からMEISで通信が入ってきた。


『比呂、聞こえる?』


『はい、聞こえます』


『こっちも通信良好だぜ』


 大介の声も聞こえてくる。カプセルの中でもMEIS通信は問題がなさそうだ。


『良かった、これなら少し安心だね』


『何か起こったら、二人ともすぐに知らせろよ』


『了解』


『了解です』


 通信が終了すると、すぐにMEISヒーリングの音声ガイダンスが流れて来た。


『本日は当店をご利用いただき、ありがとうございます。これよりMEISヒーリングを開始いたします』


 そして、枕もとの両脇にある小さな噴出口から風のようなものが吹き込んでくる。それと共に、ふんわりといい香りが漂ってきた。ほのかに甘く桃に似た香りで、濃厚すぎず、ちょうどいい。ゆったりとした音楽も流れてくる。


(あ、いい香りだな。アロマって言ってたけど、そんなに癖がない。何かの果物みたいな、甘酸っぱい匂い……)


 心地良い香りに包まれ、比呂は徐々に眠気に襲われた。耳朶をくすぐる音楽がそれをより一層、加速させる。


 白羽と黒羽も二人揃って翼をたたみ、比呂の胸の上で丸まって、くうくうと眠り始めた。途中からの記憶はない。気づけば、アロマと音楽は止まっていて、先ほどの音声ガイダンスが流れてきた。


『これでMEISヒーリングを終了します。当店へまたのお越しをお待ちしております』


(あ……僕、眠ってしまっていたのか。全然気づかなかった……!)


 比呂たちの選んだ初心者コースはたった十五分だが、それでもぐっすりと眠り込んでしまった。目を擦っていると、白羽と黒羽も、くああ、と欠伸をしながら羽ばたきをする。


「うむ、もう朝カ?」 


「よく寝たナ!」


 湊や大介もMEISヒーリングを体験し終えたのだろう、さっそく通信が入ってきた。


『大介、比呂、二人とも終わった?』


『ああ、意外とぐっすり眠っちまったぜ』


『僕もです。途中までは覚えているんですけど、そこから記憶が無くて……気づいたら終わってました』


『実は僕もだよ。何か眠気を強く誘発する、特殊な香り情報や音情報を使っているんだろうね』


『ヒーリング中、何か異常を感じたか?』


『いえ、何も……』


『僕も特におかしいと感じる部分は無かったよ。むしろ店員さんの対応も親切だし、店内の内装もとてもおしゃれで電脳マスコットの性能までいいんだから、イメージが良くなる要素しか見当たらない』


『そうですね。依存性があるかどうかはこれだけじゃ分からないけど、通いたくなるようなお店ではありますよね。落ち着いてて、サービスが良くてお手軽で、おまけにクーポンチケットまであるし』


『うーん、よく分かんねえな……取り敢えず、いったん部室に戻って撮れた映像の確認をしようぜ』


『そうだね。そうしようか』


 ベッドの外に出て、湊や大介と合流する。それから揃ってMEISヒーリング店を後にした。


 これまでのところ、特に体への異常は感じられない。手の平を軽く握ったり開いたりしてみるが、感覚がおかしいという事もない。


(何というか……普通すぎてちょっと拍子抜けだな。ただいい香りを嗅いで、優しい音楽を聴いて、十五分ぐっすりと眠っただけ……ヒーリングの効果は分からないけど、少なくともMEISに負担をかけるものではないみたいだ。それから、僕にはもちろん大介先輩や湊先輩にも《アンノウン》の黒煤(ラルバ)はついていない。まだ一回目だから……かな? 桜庭さんや三雲先輩は何度もこの店に通っていたみたいだった)


 ただ、もし何度通ったとしても、何かが起こりそうな気配は感じられない。それほどMEISヒーリングはシンプルだった。


 特殊な機材を装着することも無ければ、薬を用いたりというようなこともない。敢えて気になる点を上げればアロマや音楽だが、どちらもどこにでもありそうな印象を受ける。やはり奇異な点は無い。


(それとも、そもそもこの店は一連の意識不明や《アンノウン》とは何も関係もないのか……?)


 MEISヒーリング店の実態はだいたい分かったが、比呂たちネオ研としては何とも言えない結果となった。取り立てて不審な点や怪しげなところが無かったのは一安心だが、MEISヒーリングが叡凛高校の生徒を襲っている数々の異変と関係ないとなれば、調査は振出しに戻ってしまうことになる。


 この店は本当に、比呂たちが調べている意識消失事件や蛾型の《アンノウン》とは無関係なのだろうか。


 大介や湊も比呂と同じ感想を抱いたのだろう。完全に肩透かしを食らい、黙り込んでいる。あまりの呆気なさに、どう感想を述べたらいいものかと悩んでいるように見える。


 しかし、MEISヒーリング店の入っているビルを後にし、通りに出た時だった。


 不意に比呂は足元がフワッと浮き上がったような感覚を覚えた。


(あれ……?)


 白羽と黒羽が敏感にそれに気づいた。


「比呂、どうしタ?」


「大丈夫カ、比呂?」


「ああ、うん。だいじょ……」


 ところが、比呂の体はそのまま傾く。


 体勢を整えなければならないのに、思った通りに体が動かない。視界が急激に狭くなっていき、周囲の音もどんどん遠くなっていく。


 目も耳も、そして手や足も全て、自分のものではないみたいだった。何かが強制的に介入してきて、比呂の身体を乗っ取っていく。そんな感覚だ。


(変だ……体に力が入らない……!)


 何か――何か変だ。心臓が、どっどっと早鐘を打った。全身から汗も噴き出してくる。


 このままではいけない。助けを求めなければ。脳の奥で激しい警告音が鳴り響くが、体は全くいう事を聞かない。まるで神経をぶつりと断ち切られたかのように、指一本動かせない。


 やがて視界がグラグラと揺れ、定まらなくなった。音も膜が張ったみたいにくぐもって聞こえてくる。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、全て闇に包まれ、呑み込まれていく。


 前を歩く大介と湊も比呂の異変に気付き、慌てて駆け寄ってきた。


「……比呂!?」


「おい、比呂! どうした!? しっかりしろ!!」


(大介、先輩……、湊……せんぱ……い……)


 比呂は湊や大介に向かって手を伸ばそうとした。しかし、やはり体は比呂の意思を無視し、全く動かない。


 二人の姿がどんどん遠のいていく。何かが比呂の意識に絡みつき、奥底の世界へ強制的に引き摺り込もうとしている。


 それに抵抗する術は、比呂にはない。


 その場で膝をつき、地面が間近に迫ってきたところまでは覚えているが、後はもう何も分からなくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ