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第38話 蛾型の《アンノウン》②

 ――ギャアアアアァァァ……ォォン……!!


 凄まじい咆哮を上げて蛾型の《アンノウン》は消滅していく。


 三回目の対戦とあって、対応するのもかなり慣れてきた。


 光子フィールドは厄介だが、《アンノウン》の大きさによっては破壊できることが分かったし、鱗粉攻撃も発動させさせなければさして脅威ではない。《アンノウン》に快勝したことで、比呂の自信はより深まった。


 けれど、大介と湊は浮かない表情だ。


「……やっぱり、桜庭さんや前田くんの時と同じ《アンノウン》だったね。光子フィールドを展開するところまで全く同じだ」


 湊が口元に手をやり、眉を寄せて考え込むと、大介もがしがしと頭を掻きむしる。


「どういう事なんだ? 同じ型の《アンノウン》がほぼ同時期に三体も出現するなんて、これまでなかったぞ! しかも被害者は全員、叡凛(えいりん)の学生だ!」


「確かに……何か、偶然とは思えませんよね」


 全く同型の大型・《アンノウン》が出現したのは、これで三度目だ。二度重なる事すら滅多にないというのに、三度も続けばそれは完全に必然、つまり何らかの要因によって引き起こされた不可避の結果という事なのではないか。


 《アンノウン》が消滅したことにより、再び通信環境が改善したらしい。柚の音声通信が聞こえてくる。


『みんな、連戦お疲れ! でも、たった一日でこんなに何体もの同型の《アンノウン》が出るなんて……確かにこれは異常だよ。絶対に何か起こっているとしか思えない』


「そういえば、蓮水さんが言っていた昏睡状態が多発している件も、被害者は学生だと言っていたね。やっぱり……これらは全部、繋がっているのかもしれない」


 湊は難しい顔をしたままで、声音もいつもより固い。それが事態の深刻さを一段と感じさせた。


 続出する全く同じ姿をした蛾型の《アンノウン》、そして多発する意識消失。双方に何らかの関係があることはほぼ確実だ。


 それはつまり、もしこれからも蛾型の《アンノウン》が出現し続けるなら、被害はどんどん増えていく可能性があるということだ。


(同じ姿をした《アンノウン》が三体、連続で出現したことはただの偶然じゃない。必ず何か原因がある。それを解決しなければ、混乱は広まるばかりだ……!)


 比呂はごくりと喉を鳴らす。


 何かがこの新世界市で起きている。その危機は知らないところで、けれど確実に比呂たちの生活を脅かし、そして蝕んでいるのだ。そう考えると、何か得体の知れないものに足首をがっちりと掴まれているような、気味の悪さを覚えるのだった。


 気が付いた時には手遅れで、その足首を掴む何かによって、一気に闇の底へと引き摺り込まれてしまうのではないか――


 荒唐無稽な妄想にすぎないが、何故だかリアルにその様が想像できてしまって、比呂はぶるりと身震いした。そして、慌ててその悪い考えを頭の中から追い払う。


 ふと第五音楽室の中を見回すと、倒れていた合唱部の部員たちが身動ぎをしているのに気づいた。


「湊先輩、大介先輩! 合唱部の人たちは無事みたいです!」


 比呂が声を上げると、大介や湊も合唱部員の元へ駆け寄ってきた。


「大丈夫か、お前ら!?」


「う……ううう……」


 うずくまっていた男子生徒や女子生徒はよろよろと起き上がる。未だ顔は血の気を失い、気分もひどく悪そうだが、体を動かす余裕は戻って来たらしい。


「あ、気分が楽になってきた……何だったんだ、今の?」


 それに続いて、意識を失っていた眼鏡の生徒も目を覚ます。それに気づいたもう一人の女子生徒が、慌てて眼鏡の女子生徒の顔を覗き込んだ。


「船本さん、大丈夫!?」


 眼鏡の女子生徒は船本という名らしい。


「は……はい。すみません、部長。何だか急に意識が遠くなって……」 


 男子部員も、ほっとした様子で、船本という名の女子生徒に声をかける。


「謝ることは無いよ。船本さんが大事に至らなくて本当に良かった」


 合唱部もまた柔道部と同じで、部員どうしの仲が良いのだろう。部長は自分もMEISに大きなダメージを負っているだろうに、船本の背をゆっくり撫でてやっている。


 男子部員もネガティブな言葉を口にすることなく、二人の部員を見守っている。その温かい光景を目にすると、比呂は彼らを助けることができて良かったと心の底から思うのだった。


 三人の合唱部員の様子が落ち着いた頃を見計らって、湊が彼らに近寄っていく。そして、穏やかな口調で船本に声をかけた。


「船本さん、ちょっといろいろ聞きたいんだけどいいかな?」


「あ、はい」


「ひょっとして、MEISヒーリングに通っていなかった?」


 湊のその問いを聞き、比呂と大介はハッとする。


 確かに、桜庭芽衣にしろ柔道部の前田にしろ、蛾型の《アンノウン》に感染した生徒はみなMEISヒーリング店に通っていた。その経緯を考えると、船本もMEISヒーリング店に通っていたのではないかと考えるのが自然だ。


 比呂たちは緊張した面持ちで船本に視線を向ける。すると彼女は、あっさりと頷いた。


「行ってました。ここ一週間ほど、毎日」


「何でそんなに!? MEISヒーリングもただじゃねえだろ!」


 大介は声を荒げた。驚いた弾みで、つい声を張り上げてしまったのだ。


「え、えっと……あの……すみません!」


 船本は気が弱い性格らしい。大介に怒鳴られ、すっかり委縮してしまった。よほど怖かったのか、涙まで浮かべている。湊は大介をたしなめた。


「大介、もっと穏やかに。相手は一年生なんだから」


「わ、悪ィ。つい……」


 大介の気持ちも分かる。比呂たちはMEISヒーリング店と《アンノウン》の関係を知っているから、何故そんな危険なところに何度も通ってしまったのかと疑問を抱く。


 だが、船本や他の生徒は、そもそも《アンノウン》の姿さえ見ることができないのだ。


 合唱部の部長は、船本の背中に手を添え彼女に寄り添う。それに励まされたのか、船本は怯えつつも口を開いた。


「えっと……陸上部の友人がいて、クーポンチケットをもらったからあまりお金はかかりませんでした」


「陸上部……」


 《アンノウン》の黒煤に感染して欠席した比呂のクラスメートは卓球部とバレー部だったし、先ほど《アンノウン》が出現した場所は柔道部の活動場所である武道館だった。


(そういえば、MEISヒーリング店のクーポンチケットをくれた三雲るり先輩は、女子テニス部員だ)


 どうやら、MEISヒーリングは運動部を中心に広まっているらしい。運動部は文科系のクラブに比べ、集団で動くことが多い。団体競技が多く、そのぶん強い団結力が求められるからだろう。


 比呂の中学時代を思い返しても、部活動後に大勢で行動したり遊んだりするのは大抵、運動部だった印象だ。その事が影響しているのだろか。


「……私、まだあまりクラスに馴染めなくて、それが不安で……。実家は離れているし、中学の時の友だちとも離れてしまったから、余計にこのまま一人ぼっちになってしまったらどうしようと考えてしまって。だからMEISヒーリング店に行ったんです。MEISヒーリングは気持ちをリラックスさせてくれるし、嫌なことも忘れさせてくれるから……」


 船本は俯き、胸の内を打ち明けた。彼女はひどく追い詰められた様子をしていて、胸元で握った右手は小さく震えていた。 


 確かに新学期が始まったばかりで、新しい環境に馴染めない生徒がいてもおかしくはない。かくいう比呂も、まだクラスに完全に馴染めたとは言えない状況だ。


 特に叡凛高校は実家や地元を離れ、下宿している生徒が多いから、人知れず悩んでいる生徒は多いだろう。彼らは、表面上は平静を装っているだけで、内心では激しい苦悩と葛藤を抱えているのだ。


 それを聞いていた女子部員と男子部員は、互いに顔を見合わせると、揃って船本に励ましの声をかけた。


「焦ることないよ、船本さん。まだ新学期は始まったばかりなんだから」


「そうだよ。もし、どうしてもクラスで友達ができなくても、僕たち合唱部がついてるぞ。だから心配するな」


「部長……、副部長……! うう、ありがとうございます……!!」


 船本はよほど不安だったのか、とうとう泣き出してしまった。


 ひょっとしたら彼女は自分の気持ちを誰にも相談できず、一人で苦しんでいたのかもしれない。MEISがあれば、遠く離れた家族や友達と会話することはできる。それも、実際に会って話をしているかのように臨場感たっぷりに。


 だが、どれだけMEISが発達しようとも、伝えられないものもあるのだ。


 他の女子生徒と男子生徒――合唱部の部長と副部長は、それ以上は何も言わず、船本の気持ちを受け止めている。


 やがて照明が戻ってきて、第五音楽室の中が明るくなった。大介は天井を見上げ破顔ずる。


「お、インフラ環境も無事に回復したな」


『通信も問題なく繋がるよー!』


 再び、柚の音声通信も聞こえてきた。柚の通信はネオ研のみに共有されているため、合唱部には聞こえない。


 異変が収まったことに気づいたのか、第五音楽室の外に出ていた他の合唱部員も戻ってきた。


「部長、副部長!」


「良かった、船本さん気が付いたのね?」


「教室の照明や通信環境も元に戻ってるぞ!」


「びっくりしたあ……何だったんだろう?」


「でも、ともかく良かったね。元に戻って。これでまた合唱の練習ができる」


 合唱部のメンバーはそれぞれ、安堵や喜びの表情を浮かべている。先ほどまでの恐怖や怯えは、もう影も形もない。


 《アンノウン》の脅威は去った。これ以上、ネオ研がこの場に留まる理由もない。合唱部のメンバーが高揚に包まれる中、湊は小声で比呂と大介に囁いた。


「……僕たちも一旦、部室へ戻ろう」


 それから比呂たちは合唱部の活動の邪魔にならぬよう、そっと第五音楽室を後にする。すると後ろから追いかけてくる声があった。


「あ……あの! ネオ研のみなさん、何というか、その……ありがとうございました!」


 振り返ると、第五音楽室の入口に船本が立っていた。船本は比呂たちに向かってぺこっと頭を下げると、音楽室の中へ戻っていく。


 比呂と大介、湊は顔を見合わせると、誰からともなく笑顔になった。感謝されるためにネオ研の活動をしているわけではないが、こうしてお礼を言われるとやはり嬉しい。頑張って良かったと心から思う。


「行こうか」


 芸術棟の廊下は、先ほどまで不安げな生徒で溢れ返っていたが、通信障害が収まった今、その数は半分以下に減っていた。合唱部と同じようにみな部活動に戻ったのだろう。


 芸術棟には再び平穏が戻って来た。その中を歩く比呂たちネオ研メンバーの足取りも、最初とは違い、のんびりとしていて穏やかだった。


 ネオ研の部室に戻ってくると、留守番をしていた白羽と黒羽がパタパタと羽ばたきながら飛んで来る。


「みな、帰って来タ! 無事だったカ!?」


「我らは暇だったゾ! 一緒に行きたかっタ!」


 白羽と黒羽は比呂たちの様子を心配しつつも、どことなく不満そうだ。


「ごめんな。校内では電脳ペットが禁止されているから、白羽も黒羽も連れていけないんだ」


「むむ……電脳ペットは、肩身が狭イ……!」


 比呂が宥めると、二羽は唇ならぬ、(くちばし)を尖らせる。


『白羽と黒羽も部室でお留守番かあ。わたしと同じだね。あーあ、早く謹慎が解けないかなあ……』


 周りに他の生徒の姿がないからか、柚のアバターが浮かび上がった。服装は全く変わらないが、先ほどより幾分か落ち込んでいるように見える。責任感の強い柚は、《アンノウン》との戦闘があったにもかかわらず、家でじっとしていなければならないのが苦痛に感じるのだろう。


 一方、大介は椅子を引き、どかっと座って背もたれに背を預けた。部室の中央には洒落たオフィスデスクとチェアのセットが、座敷の炬燵テーブルとは別に置いてあるのだ。


「やれやれ、それにしても今日はとんでもねー日だぜ」


「でもまあ、いろいろ詳細は掴めてきたね」


 湊は座敷の端に腰を掛け、ペットボトルの水を飲む。冷蔵庫の中には飲みものが常備してあり、比呂もいつでも好きな時に飲んでいいと伝えられている。


「やっぱり、MEISヒーリング店は怪しいです!」


 比呂が身を乗り出すと、柚もぐっと両手を握りしめた。


『それと、クーポンチケット!!』


「だな!」


 大介が柚に人差し指を向けるその奥で、湊も頷いた。


「クーポンチケットに関しては今までノーマークだったけど、どれだけ利用されているのか、もう一度、調べ直した方がいいかもしれないね」


『これだけ重なってるんだもん。MEISヒーリングは多発する意識消失と絶対に関係がある。それからきっと、蛾型の《アンノウン》とも。でも、どうして《アンノウン》の大きさに大小があるんだろう? そこが謎だね』


 疑問点は、柚の指摘する《アンノウン》の大きさだけではない。


「意識不明に陥る人の、症状の度合いも違いますよね。桜庭さんみたいに入院が必要なほど衰弱する人もいれば、柔道部の前田先輩や合唱部の船本さんみたいに一時的に意識を失う程度で済む人もいる」


 比呂が指摘すると、大介は眉根を寄せ、天井を見上げて考え込む。


「そこは単純に、あれじゃねーか? 汚染された《アンノウン》の大きさによって変わるんじゃねーか? 《アンノウン》がでかけりゃでかいほど、宿主へのダメージもでかいんだろ」


「大介の指摘は正しいと思うけど、何故、同じ型の《アンノウン》に大小が生じるかの理由はけっきょく分からないままだよね」


 大介や湊の言う通り、桜庭芽衣や柔道部の前田、合唱部の船本の例を考えても、《アンノウン》の大小と汚染による被害規模は比例していると比呂も思う。《アンノウン》によるダメージは前田が最も軽く、桜庭芽衣が最も深刻だった。そして感染していた《アンノウン》の大きさもまた前田が一番小さく、芽衣のものが最も巨大だったからだ。


『うーん……。あとみんな、けっこう不安を抱えていたみたいだね。新学期だからかな?』

 

その場に姿はなくとも、柚はMEISを用いた通信でおよその事情を把握しているらしい。言われてみると、柔道部の前田は新しく副部長に抜擢されたことで重圧を感じていたし、合唱部の船本も新しい環境に馴染めておらず不安やストレスを抱いていた。


「確かに桜庭さんも、何か複雑な事情を抱えているみたいだったし、入院していることが分かったクラスメートの萩谷くんと長野さんも新しい環境で苦労していると聞きました」


 比呂がそう口にすると、湊もそれに同意する。


「そういう、ストレスを多く感じている人たちがMEISヒーリングにはまりやすいのかもね」


「でもよ、MEISヒーリングに通い過ぎると、かえって不調になるって話じゃねえか。それを自覚しつつもやめられないってのは相当ヤバいだろ。依存性はかなりのものだぞ。絶対に何かカラクリが潜んでいるに違いねえ!」

 

 大介が鼻息を荒くして吐き捨て、柚もこくりと大きく頷いた。


『そうだよね。でも今は、何ひとつ確証がない。推測ばかりじゃ、どのみち、いずれ行き詰まっちゃう! MEISヒーリングと意識消失と《アンノウン》、この三つの相関関係をはすみんにも調べてもらおう!』


「僕たちも収集したデータをもう一度よく洗い出してみよう。被害生徒の学年、アクセス権、出身地、生活環境、あと部活の種類などから何か法則性が見つかるかもしれない」


 湊はそう言うと、さっそくMEISで作成した資料を浮かべ、それに追加事項を記入し始めた。今日、発生した《アンノウン》による通信障害の詳細をまとめるつもりなのだろう。そうして細かく記録を取っておくことで見えてくるものもある。


『あと一つ、気になっていることがあるんだ』


 柚が切り出すと、再びみなの視線が彼女に集まる。


「何だ、柚?」


『どうしてこの時期にこの事件が起こったのかなって』


「どういう事ですか?」


『みんなが戦闘している間にちょっと調べてみたんだけど、第二区域・再開発地区にあるMEISヒーリング店は今年の一月には既に開業していたみたいだよ。だから二月や三月の間に意識不明者が出たり、蛾型の《アンノウン》が発生していても全然おかしくなかったのに、実際は何もなかった。《アンノウン》が出現すればMEIS環境に影響が出るからすぐ分かるもんね』


 大介はオフィスチェアの上で肘をつき、顎を右手で覆う。


「実際に意識不明者が現れ、《アンノウン》が発生したのは、ここ数日……新学期になってから……ってか。確かにそりゃ妙な話だな」


『そこに何か意味があるような気がするんだけど……むわーっ! 分かりそうで分からないーっ!!』


 柚は唸り声をあげ、くしゃくしゃと頭をかきむしる。


(そういえば……担任の内藤先生が言っていたな。この時期は調子を崩す生徒が多いけど、今年は特に多いって)


 もともと、この時期は誰でも不安的になりやすいだろう。新しい生活や新しい環境に馴染まなければならないからだ。


 しかし今年は、それに《アンノウン》事件が重なってしまった。不安に陥った生徒が《アンノウン》に感染してさまざまな不調を起こし、最悪の場合、意識消失にまで至ってしまうのではないか。


 謎はまだ多く、それだけでは説明しきれないが、全くの見当違いでもないだろうと比呂は思う。


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