第37話 蛾型の《アンノウン》
「光子フィールドを破壊できた……!?」
まさか。驚きで目を見開く比呂。一方、湊はにっと笑う。
「やっぱり……大介が言った通りだ。この《アンノウン》は桜庭さんの時のものより規模が小さいから、及ぼす影響も少ない。展開する光子フィールドの硬度もずっと弱いんだ。だから、柚の強力魔法がなくても、僕たちだけで対処できる!!」
「うぉっしゃ、やってやろーじゃねえか!!」
大介は嬉々として大剣を担いだ。その豪快な一声で、比呂や湊も俄かにやる気を漲らせる。
最初に動いたのは湊だった。湊は弓専用スキル・《光芒》を発動し、強烈な一矢を放って《アンノウン》の動きを牽制する。
蛾型の《アンノウン》は再び光子フィールドを展開して、それを防御した。その隙に、《アンノウン》の右手に回り込んでいた大介が大剣を振るう。
それもまた光子フィールドで阻まれるが、大介は構わず大剣の技を連続で発動した。まずは敵に向かってダッシュで踏み込み、その勢いを利用して二連続の横回転切りを放つ《ストーム・スラッシュ》。さらに、縦横無尽に剣を振るい敵に大ダメージを与える《メガバースト》。
大剣は重量感がある武器であるにもかかわらず、大介はそれをものともせず比呂の片手剣並みに器用に操る。
《アンノウン》が反撃しようとしたり、光子フィールドを展開しようとすれば、すかさず後方から湊が矢を放つ。
二人からの猛攻を受け、とうとう光子フィールドは完全に破壊されてしまった。待ってましたとばかりに、湊と大介、それぞれの容赦ない一撃が《アンノウン》に叩き込まれる。
――ギャアアアアァァァン……!!
己の不利を悟ったのだろうか。金属のこすれ合うような凄まじい音と共に、《アンノウン》はほうほうの体で逃げ出した。そして、まっすぐに比呂の方へ突進してくる。
「比呂!」
「そっちへ行ったぞ!!」
「任せてください!!」
比呂は深呼吸をし、片手剣を握りしめた。
(相手は弱っている。落ち着いていけば、必ず仕留められる!)
蛾型の《アンノウン》の羽ばたきは弱々しく、飛行の高度も低い。これなら確実に攻撃を当てることができる。視界の中に浮かんだターゲッティングカーソルが《アンノウン》を捕らえ、それが青から赤に変わった瞬間、比呂はスキルを発動させた。
「《連撃斬》!!」
左右交叉に斬り付ける連続斬りは、蛾型の《アンノウン》から左右の翅を完全に斬り落とす。
さらに比呂は大きく踏み込み、まっすぐな突きで《アンノウン》の胴体を刺し貫いた。それがとどめとなり、とうとう《アンノウン》は消滅する。
湊と大介は笑顔で駆け寄って来た。
「比呂、ナイス!」
「いい動きになって来たじゃねーか!」
「無事にとどめを刺すことができて良かった……先輩たちのおかげです」
比呂は照れながらそう答えた。
《プレロマ》やグローブ型インターフェースの補助があったし、大介や湊の攻撃で《アンノウン》はかなり弱っていた。それでも、自分も役に立てたことがとても嬉しい。比呂はもちろん、大介や湊にも怪我はなく、その点に関しても一安心だ。
するとそこへ柚の音声通信が飛び込んできた。
『わーん、みんな大丈夫? 怪我はない!?』
「んな心配しなくても、そう簡単にやられやしねーよ」
大介は呆れ顔だ。
『そんなこと言ったって……あの蛾型の《アンノウン》がまた出たんでしょ!? 心配するに決まってるよ!』
「何だ、見てたのか」
『……うん。だって明らかな異常事態だもん。同じ型、しかも脅威度の高い《アンノウン》がこんな連続して出現するなんて……!』
そこは比呂も気になっていた。
「確かにさっきの《アンノウン》、桜庭さんのマンションに現れたのと全く同じでしたね。翅の形も触覚の長さも、胴体の形状も……大きさ以外は全く同じ」
湊も腕組みをして考え込む。
「柚の言う通り、こんなことは珍しいよ。《アンノウン》はどれも意外と個性があって、全く同型のものが連続して出現することはまず無いんだ。小型の《アンノウン》が群れで一斉に出現することはあるけど、あれは例外というか……群れそのものが一体の《アンノウン》を構成しているみたいなものだからね。それを除けば、単体で行動する大型の《アンノウン》で同じ型が連続して現れることはほとんどない。たとえば同じ蝶型でも、細部はモンシロチョウとアゲハチョウくらい違ったりするものなんだけど」
そういえば、以前、部室でネオ研が除去してきた《アンノウン》の映像を見せてもらったことがある。そこでは、さまざまな形状をした《アンノウン》が映し出されていたが、一つとして同じタイプのものはなかった。
「逆に、何で大きさは違ったんだ?」
『うーん、何か条件があるとか……』
大介と柚も首を捻るばかりだ。二人にも何が何だかさっぱり分からないらしい。
桜庭芽衣のマンションで出現したのと全く同じ姿をした《アンノウン》。攻撃に鱗粉を使うところや、光子フィールドを展開するところまで全く同じなのに、大きさだけは何故か違う。
その違いはどこから来るのか。そして同じタイプが出現することは滅多にないはずなのに、どうして今回に限って同型の《アンノウン》が連続して出現したのか。
これはただの偶然なのだろうか。謎は深まるばかりだ。湊や大介の反応を見ても、今まであり得なかったはずの事態が起こっているのは間違いなかった。
ただ、考えても分からないことに時間を割くのは性に合わないらしい。大介は早々に思案するのをやめ、沈黙を破った。
「とにかく、前田の手当てをしてやらねーと」
すると、畳の上に倒れていた生徒が目を覚まし、身動ぎをした。
「う……ううん……?」
「おい、前田! 気が付いたか!?」
大介は前田と顔見知りらしい。駆け寄って声をかけると、前田は目を見開いた。
「あれ……? 御剣と二階堂じゃないか、ネオ研の。ここで何をやってるんだ? っていうか、俺は一体……!?」
「前田くん、柔道部の練習中に意識を失ったんだよ。覚えてない?」
湊の説明を聞き、前田は驚いたようだったが、やがてバツが悪そうに頭をかいた。
「そうか……やっぱ俺、最近気がたるんでたんだな」
「何か心当たりがあるのか?」
「いや、それが……俺、今年から副部長に指名されてな。重圧を感じて、ついリラックスしたくて……MEISヒーリングにのめり込んじまったんだよ。でも、一瞬はリラックスできるけど、徐々にこう……疲労感や倦怠感が蓄積していってさ。これはマズいなと思ったけど、やめられなかったんだ」
比呂たちは息を呑み、互いに顔を見合わせる。
「MEISヒーリング……!?」
「お前、MEISヒーリング店に通ってたのか!?」
「だ、誰にも言うなよ? 最初は好奇心だったんだ。クーポン券をもらったからさ」
「クーポン……? クーポン券って……ひょっとしてこれですか?」
比呂はテニス部女子の先輩、三雲るりからMEISヒーリング店のクーポンチケットをもらったことを思い出し、MEIS内にある生体ストレージからそれを取り出した。《電脳物質》で構成されたクーポンチケットを見て、前田は表情を緩める。
「ああ、それそれ! やっぱ初回無料はお得だもんな~」
「比呂、お前そんなもん持ってたのか」
「あ、はい。実はこれ……」
比呂は大介にクーポンチケットを入手した経緯を説明しようとした。しかしその時、他の柔道部員が顧問指導員と担架を携えて戻ってくる。
比呂たち三人は《プレロマ》を操作してサイバーウエポンを消滅させた。いくら《電脳物質》とはいえ、武器になるようなものを持ち歩いていることを大人に知られるのはいろいろとまずいからだ。
柔道部員たちは、身を起こしている前田を目にし、歓喜を浮かべて集まってくる。
「前田!」
「意識を取り戻したのか!!」
「いやあ、良かったな! 心配させやがって、もしもの事があったらと冷や冷やしたぞ!」
「すまん……心配させて悪かったな、みんな。俺はもう大丈夫だ」
「でもまあ、一応、念のために病院には行っておけよ、前田。病気や怪我が隠れている可能性も無いとは言いきれないからな」
顧問指導員の助言を受け、前田は「うス!」と元気の良い返事をする。彼の体を覆っていた黒煤も、今はもう影も形もない。《アンノウン》の脅威は去った。前田はきっと、もう心配ないだろう。
柔道部員のみなが安堵し、集まって前田の無事を喜びあう中、最初に大介が声をかけた大柄な柔道部員がネオ研に近づいて来た。他の部員と比べひときわ体格が良く、大人びた顔立ちをしている。どうやら柔道部の部長らしい。彼は比呂たちに小声でこそっと告げる。
「ありがとな、ネオ研。お前らが前田を助けてくれたんだろ? 本当に助かったよ」
「いいって事よ、気にすんな」
大介は笑って柔道部部長の肩を叩いた。部長もまた笑って頷くと、他の柔道部員や顧問指導員の方へ立
ち去っていく。
思わぬ言葉に、比呂は感動に包まれた。胸がいっぱいになり、同時に心の中がじんわりと温かくなるのを感じる。
「何ていうか……感謝されるためじゃないって分かってるけど、こうしてお礼を言われるとやっぱり嬉しいですね。頑張った甲斐があったというか……」
《アンノウン》は殆どの人間には感知することができない。だから、理解されないこともあるのは仕方がない事なのかもしれない。けれどネオ研の活動は、一部の生徒からは一定の理解と信頼を得ているようだ。感激する比呂に、湊も柔らかい微笑を浮かべる。
「ふふ、そうだね。比呂の気持ち、よく分かるよ」
『でも、安心するのはまだ早いよ! 確かに《アンノウン》は倒したけど、通信障害の方は完全に回復していないみたい』
確かに、柚の音声通信には時おりザザッという不快なノイズが交じる。まだMEIS環境が完全に回復していないのだろう。
「……! 本当だ……《アンノウン》は除去したのに、どういう事なんでしょう?」
比呂が眉根を寄せて尋ねると、湊はすっと目を細めた。彼の目つきはいつになく鋭い。
「簡単だよ。近くにもう一体、《アンノウン》が出現しているんだ。そいつが通信障害を起こしている」
「もう一体……!? 《アンノウン》ってそんな一度に複数体、出現するものなんですか!?」
ぎょっとして声を上げると、大介も苦々しげに顔をしかめた。
「まあ、んなこた滅多にねえな」
「あっ……! まさかその《アンノウン》も蛾のタイプじゃないですよね……?」
「それは接触してみないと分からないけど……いやな予感がするね」
せっかく《アンノウン》を倒したと思ったのに、これでは一難去ってまた一難だ。さっきまでの感動や晴れ晴れとした気持ちは吹き飛び、再び不穏な雲行きに不安が首をもたげる。
すると、比呂たちの会話を聞いていたのか、柔道部の部長が声をかけてきた。
「そういや、なんか芸術棟の方が騒がしかったぞ」
比呂たちは顔を見合わせ、頷き合う。とにもかくにも、まずは行ってみるしかない。湊と大介は柔道部の部長に礼を言った。
「芸術棟か。ありがとう、行ってみるよ!」
「じゃーな!」
「おう! ネオ研、気をつけろよ!」
比呂たちは、今度は芸術棟へ急行した。芸術棟は美術や書道、音楽など、芸術科目に関する教室がずらりと並んでいる施設だ。
渡り廊下から芸術棟へ入ると、中は既に真っ暗になっていて、インフラ機能は明らかに停止している。そのせいか、廊下には多くの生徒が集まり、不安そうな顔をして騒めいていた。MEISが機能していないため、情報が全く取得できず、中には恐慌状態に陥っている者もいる。
その奥から、確かに悲鳴が聞こえてきた。続いて、助けを求める叫び声。「大丈夫!? しっかりして!」とか、「意識が無いよ!!」とか、「通信が繋がらない!」などと、かなり切迫した様子が伝わってくる。
比呂たち三人は、廊下を埋め尽くす生徒たちの間を掻き分けるようにして、進み続ける。その奥に、黒煤の漂っている教室が見えた。比呂たちにしか見えない、《アンノウン》の幼生だ。
「あそこだ! 第五音楽室!!」
「急ぐぞ!」
第五音楽室は、芸術棟の突き当りにあり、防音処理が施されている。確か、合唱部の活動場所になっているはずだ。
比呂たちが近づくと、一人の女子生徒が「私、先生を呼んで来る!」と叫びながら飛び出してきて、比呂たちとは反対方向へ走り去っていった。彼女の形相から、深刻な事態が発生していることが伝わってくる。
第五音楽室の中へ駆け込むと、部屋の真ん中で眼鏡をかけた女子生徒が倒れているのが視界に飛び込んできた。やはり彼女の身体には、大きな黒煤の塊――《アンノウン》の蛹がへばりついている。
もっとも蛹の中身は既に空で、羽化した成虫が悠々と音楽室の中を舞っていた。思っていた通り、桜庭芽衣の時と完全に同じ形をした、蛾型の《アンノウン》だ。
倒れた眼鏡の女子生徒を助けようとしたのだろう、別の男子生徒と女子生徒が一人ずつ苦しげな様子でうずくまっている。
「ううう……頭……痛……!!」
「何だこれ……動けない……!?」
二人に《アンノウン》の姿は見えていない。しかし《アンノウン》によるMEISへの激しい負荷は直撃している。そのため、身動きが取れなくなってしまったようだ。
二人とも蒼白になって床に倒れ込み、肩を上下させている。上半身を起こしているのがやっとという状態だ。
「やはり例の蛾型の《アンノウン》ですね」
嫌な予感は的中してしまった。比呂が呟くと、大介はうんざりした様子でぼやいた。
「おいおい、どうなってんだ? 何でこの蛾はこうも次から次へと発生しやがる!? 俺たちに何か恨みでもあんのか!?」
「それは分からないけど……取り敢えず、大きさはまあまあだね。桜庭さんのよりはだいぶ小さいけど、柔道部の前田くんのよりは大きいみたいだ」
湊の言う通りだった。目の前の《アンノウン》は、先ほど武道場で出現した蛾型の《アンノウン》に比べると若干大きく、教室の中で戦うにはどうしても手狭に感じてしまう。
だが、第五音楽室はグランドピアノ以外に楽器や大型設備がなく、合唱部の活動に合わせて机や椅子も壁際に寄せてあるため、何とか戦えそうだ。
「っつーか、いちいちサイズが違うのには何か意味があるのか……?」
「それも分からないね。ひどく嫌な感じがするのは間違いないけど」
大介や湊の反応を目にすると、比呂もさすがに不安を感じてしまう。
「先輩たちにも分からないなんて……何だか不気味ですね。一体何が起こっているんでしょうか?」
「正直、ネオ研の活動をしてきて、こんなことは初めてだ。僕たちも戸惑っているよ。……ともかく、細かい検証は後にしよう。まずはこの《アンノウン》の除去だ」
湊のかけ声で、比呂たちは《プレロマ》でサイバーウエポンを出現させ、《アンノウン》と対峙した。
ふと教室の入口の方を振り返ると、十人ほどの女子部員と五人ほどの男子部員が固まって震えていた。彼らは《アンノウン》から離れているからか、それほど深刻な影響は受けていない。
倒れた生徒たちの様子を気にしているものの、強い恐怖と怯えに駆られ、行動に移せないようだ。《アンノウン》が見えないことが余計に彼らを混乱に陥らせ、パニックになってしまっている。
大介はそんな合唱部員に向かって、一喝した。
「おい、お前ら。危ねえから外に出てろ!」
「で、でも……!」
「部長や船本さんたちが……!!」
「大丈夫、あとは僕たちに任せて。すぐに終わるから」
湊は合唱部員たちを安心させようと、敢えて笑顔を見せた。すると、合唱部員は少し緊張が緩んだらしい。顔を見合わせ、頷き合う。
「わ……分かりました」
「行こう」
合唱部員たちは残ったメンバーのことを気にしつつも、第五音楽室を退出していった。
一方、《アンノウン》は窓の方へと移動し始める。比呂たちが現れたのを察知し、早々に立ち去ろうとしているのだろう。大介は大剣を構え、蛾型の《アンノウン》を睨みつける。
「逃がすか! 比呂、同時に行くぞ!!」
「はい!!」
「湊、援護を頼む!」
「了解!」
大介と比呂は同時に駆け出し、《アンノウン》へそれぞれスキルを同時に叩き込んだ。大介は大剣専用のスキル・《グラヴィティ・ブレイク》、比呂は片手剣専用スキルの《波動一閃》。どちらも強力な威力を誇る技だ。
しかし案の定、どちらも光子フィールドに攻撃を防がれてしまった。
「光子フィールド……!」
「手を止めるな、比呂! 連続攻撃でこいつをぶち破るんだ!!」
「わ、分かりました!」
比呂は光子フィールドで攻撃が阻まれるのも構わず、スキルを連続で繰り出す。湊も、後方から弓専用スキルの《千輪》で援護をする。《千輪》は標的に着弾すると同時に爆発して大きなダメージを与える、特殊な矢を放つ大技だ。
比呂と大介に挟まれた《アンノウン》は周囲に球状の光子フィールドを展開して猛攻に耐えていた。
だが、とうとうそれも限界に達したらしい。ガラスが割れるような音が響き渡り、光子フィールドは粉々に砕け散る。
そして、暗闇色をした巨大蛾の姿が露わになった。
「よし、今だ!」
湊が連続して放った矢が《アンノウン》の胴体に命中する。
続いて大介と比呂のスキルが四枚の翅を引き裂いた。




