第36話 MEISヒーリングの謎
「さすがに滅多にない事態でね。当の運動部員たちも混乱しているみたいだったよ」
どうやら比呂の知らないところで、事態はどんどん深刻化しているらしい。
ひょっとしたらこうして話し合っている今この時も、どこかで体調を悪化させたり入院したりする生徒がいるのだろうか。そう考えると、決して楽観視はできない状況だ。
一刻も早く原因を突き止め、意識消失の原因を取り除かなければ。
「その原因不明の体調不良って、MEISヒーリングと何か関係があるんでしょうか?」
比呂はずっと引っかかっていた疑問を口にする。
「俺たちも気になって調べてみた。まず、二年で実際に入院が確認できた生徒は全部で19人。その全員が運動部の所属だ。MEISヒーリングにも熱心に通っていたらしい」
『男女の割合は?』
今度は柚が尋ねた。湊は先ほどMEISを使って作成していた資料を炬燵台の上に浮かべる。
「男子が8人で女子が11人。若干、女子が多いけど、そこまで大きな違いはないね。もっとも決してサンプル数が多いとは言えないから、断言はできないけど」
その資料には、入院したと思しき二年生の名前や性別、年齢、所属している部活動など、湊や大介が収集した情報が細かく記載されていた。湊はサンプル数が少ないと言っていたが、授業もある中、わずか半日でこれだけのことを調べ上げたなんて十分に凄いと比呂は思う。
「ただ、もっと気になることがある」
「何ですか?」
すると、今度は大介が説明を始めた。
「こういうのはできれば当事者から話を聞くのが一番だろ? だから俺と湊はMEISヒーリングの体験者からサービス内容について話を聞いたんだ。けど、あまりピンと来ねえっつーか……カプセルベッドに入ってユルい感じの音楽を聴いて眠るだけだって言うんだよ」
比呂と柚は目を瞬く。
『リラックスして音楽聞いて眠るだけ?』
「そう、眠るだけ。何かマッサージ機器を使うとか、体を温めるとか、薬やサプリメントを使ったり……そういったことも全く無いようだよ」
「ぱっと聞いたところ、無害な印象を受けますね」
「まあ、無害といえば聞こえはいいが……どっちかっつーとインチキっぽいよな」
そうぶっちゃける大介に、比呂もつい共感してしまった。
女子テニス部の二年生、三雲るりから事前に聞かされてはいたが、まさか本当にそれだけとは。はっきり言って子ども騙しのレベルではないか。ちゃんとした効果があるかどうか、とても疑わしく感じてしまう。
どうしてみんなそんな店に通うのか不思議なくらいだったが、逆にシンプルで分かりやすいからこそ受け入れられやすいという側面もあるのかもしれない。
「もっとも、そいつらはたまたま『軽症』だっただけって可能性もある。MEISヒーリングには謎の依存症があるって話も聞くしな。だから俺と湊はより『重症』の奴――体調不良を悪化させて入院した症状の重い生徒の中で、退院できた奴から話を聞こうと思って探したんだ」
「……ここでとんでもない事に気づいたってわけ」
そう言って湊はぐっと身を乗り出す。柚と比呂は顔を見合わせ、緊張しつつ湊へ尋ねた。
『どういう事……?』
「春休みの間から今日まで、入院した生徒は確認できただけでも19人。中には一週間以上前に病院へ運ばれた人もいるそうだ。でも、退院した生徒は一人もいない。入院した生徒は全員、今も病院の中にいるんだよ」
「どうして……そんなに退院が遅れているんでしょう?」
比呂は首を傾げた。
現代では他の科学技術同様、医療も飛躍的に発達しており、一週間以上も入院するなんて相当の重病だ。妹の詩織のように難病を患っているなど特殊なケースでもなければ、すぐに退院できるはずなのに。
すると柚は、ハッとして声を上げた。
『もしかして……意識不明から回復せず、ずっと眠り続けているんじゃないかな? だから退院したくてもできないんだ!』
「……!!」
まさか。慌てて湊へ視線を向けると、彼も柚の推測に同意する。
「僕たちもそう考えた。もっとも、確定するには情報が少なすぎる。入院している生徒の詳しい情報を入手することができたらいいんだけど……病院は個人情報の管理にはとても厳しいところだからね」
比呂は、柚と湊の会話を聞き、アネモネに会った時のことを思い出した。
アネモネは桜庭芽衣のマンションの姿を現した時、こう言っていた。芽衣の意識は識海の奥深くに沈んでしまっており、もう表層(こちら側)へ戻らないかもしれない、と。
比呂が芽衣の意識を呼び戻し、どうにか彼女は目を覚ますことができたが、誰にも呼び戻されることの無かった人たちの意識はそのまま識海の奥底に沈んだままなのではないか。
そう考えると、蓮水の情報にも合致する。彼は確かこう言っていた。「健康状態は何ら問題がなく良好だった生徒が、ある日突然、深い眠りについて目を覚まさなくなってしまう。昏睡状態に陥る前のユーザーは身体及び神経系に何ら損傷を負っていないことから、病気や疾患の類ではなくMEISの不具合の一種ではないかと疑われている」、と。
(そして、その意識不明になる引き鉄が、MEISヒーリング……?)
柚も比呂と同じことを考えたらしい。
『うう~ん……一連の状況を考えると、やっぱりMEISヒーリングと意識不明には関係があるんじゃないかな?』
しかし、湊は首を横に振るのだった。
「ところが、そうとも言い切れない。何故なら、中にはMEISヒーリングに通っているにもかかわらず、体調不良にも陥らずぴんぴんしている生徒もけっこういるからだ」
「まとめると、MEISヒーリングにはまってる奴の中には体調不良を訴える奴が多く、中には意識不明にまでなるやつも者もいるが、必ずしも皆がみなそうなるわけじゃないってことだな」
大介は肩を竦めてそう言った。比呂はますます頭を悩ませる。桜庭芽衣のケースといい、三雲るりのケースといい、MEISヒーリングと意識不明には何かしら関係がありそうなのに、確かな繋がりが見えないし、今のところ証拠も出てきていない。
何か怪しいのは間違いないのに。
(どういう事だろう……? MEISヒーリングを受けた生徒の全員が体調を悪化させているわけじゃない。でも黒煤をたくさん付着させていた生徒はみなMEISヒーリング店に通っていた……その点を考えても、全く関係がないとも思えない。つまり、MEISヒーリングへ行ってさらに黒煤を付着させていた生徒が、体調不良や昏睡状態に陥っている……?)
MEISヒーリング店へ行き、さらに何らかの理由で黒煤――《アンノウン》の幼生に汚染された生徒が昏睡状態になっているのかもしれない。
MEISヒーリング店へ行った生徒の全てが意識不明に陥っているわけではないことを考えると、おそらく意識消失に至るファクターが何か他にもあるのだろう。
そのファクターによって、黒煤に汚染されるケースとされないケースが発生しているのだ。
(意識不明とMEISヒーリングと蛾型の《アンノウン》……繋がりがありそうな感じはするのに、はっきりとした確証はない。まだ情報が足りないのかもしれないな……)
湊や大介、そして柚の表情を見ても、それは明らかだった。みな何かが起きていること、そしてその中心にMEISヒーリング店があることは感じ取っているが、確証が得られず手詰まり感を感じている。束の間の沈黙の後、部長である柚が口を開いた。
『とにかく、今はたくさん情報を集めないと……』
ところがその時、急に通信が不安定になる。そして、柚の姿に激しいノイズが走り、動画のエラー状態みたいになると、何の前触れもなくふっと消えてしまった。
「あれ……柚先輩? 柚先輩、聞こえますか!?」
比呂は吃驚して柚に声をかける。しかし応答はない。
「変だな、通信が繋がらない。まさか……!?」
湊が呟いたその瞬間、今度は停電が起こった。部室の照明はもちろんのこと、他の家電類もみなバチッと音を立てて止まってしまう。
部屋が急に薄暗くなり、余計に不安をかき立てる。さらに、白羽と黒羽も部室の中を飛び回って騒ぎ立てた。
「ヤバいゾ!」
「奴らが来るゾ!!」
「奴ら……?」
何の事を言っているのだろう。眉根を寄せる比呂の隣で、大介と湊が勢い良く立ち上がった。
「この通信障害……おい、湊!!」
「ああ、間違いない。《アンノウン》が出現したんだ! しかもすぐ近く……おそらく校内で!」
「《アンノウン》が……!? 学校内で!?」
どきりと心臓が跳ねあがる。無意識のうちに学校は安全で、守られているのだと思っていた。だから《アンノウン》に脅かされることも無いのだと。
しかし、大介は真剣な表情をして比呂に告げる。
「珍しい話じゃねえ。奴らは電脳識海に繋がる場所ならどこでも湧いて出るからな!」
「でも、今日は柚先輩がいないのに……!」
思わず尻込みをしてしまう比呂だったが、湊はそれを励ますように毅然とした声で促した。
「行こう! たとえ柚がいなくても……《アンノウン》が出たなら、叡凛高校MEIS災害対策チームとして見過ごせないからね」
「は……はい!!」
大介と比呂はそれぞれXRヘッドマウントディスプレイやグローブ型インターフェースを装着する。もちろん、サイバーウエポンを起動させるための指輪型端末装置、《プレロマ》を指に嵌めるのも忘れない。
身支度を整えるや否や、比呂たちは部室を飛び出した。部室棟の廊下では、通信障害に気づいた他の部の生徒が戸惑った表情で当たりの様子を確認したり、不安げに身を寄せ合ったりしている。
「でも、《アンノウン》は校内のどこにいるんだろう……?」
通信障害のせいで既にネットも繋がらず、何も調べられない。当然、《アンノウン》がどこで発生したのかも分からなかった。叡凛高校は施設が充実しており敷地も広い。それが逆に裏目に出ようとは。
一方、大介は周囲をぐるりと見回すと、不意に一点を睨みつける。
「……こっちだ!!」
そう叫ぶと、大介は突然、走り始めた。
「大介先輩!?」
何を根拠にそう断言するのだろう。それとも、大介には比呂には感知できない何かが見えているのだろうか。混乱する比呂だったが、湊までもが大介に続いて走り出す。
「大介を追いかけよう。きっとその先に《アンノウン》がいる!!」
「え……あ、はい!」
比呂も湊と共に走りながら尋ねた。
「それにしても、どうして大介先輩は《アンノウン》の居場所が分かるんですか?」
「さあ? 多分、勘なんじゃないかな」
「勘……ですか!?」
「でも、よく当たるんだよ。大介は『野生児』だからね」
湊はそう言って、にっこり笑う。
校内はあちこち大混乱に陥っていた。通信が繋がらない、MEISが使えないなどの不具合が起きており、そのせいでみなとても不安そうにしている。
それに実際、困っている者も多いようだった。それはそうだろう。現代においてMEISは生活必需品だ。
照明や空調はもちろんのこと、音響機器や映像機器など部活動で必要とされる設備のほとんどはMEISで操作する仕様になっている。また、音楽室にあるメトロノームや競技用のホイッスル、記録をつけるためのボードやタッチペンなどの備品の多くが《電脳物質》で構成されており、MEISに不具合が発生すればそれらもみな使用できなくなる。
時計もまた《電脳物質》で表示されることが多いため、通信障害が起きると時刻さえ分からなくなってしまうのだ。
今やMEISは、それが無ければもはや生活が成り立たないほど重要なツールとなっている。早く通信障害の原因を取り除かなければ、混乱はどんどん広まり、深刻化するばかりだ。
やがて比呂たちは大介に導かれ、武道場に辿り着く。
そこもやはり騒然としていた。柔道着を身に着けた部員たちが右往左往している。何か重大なトラブルがあったらしく、他の部活動よりはずっと緊迫感に包まれている。切羽詰まった様子の大声も聞こえてきた。
「おい、救急車はまだか!?」
「駄目っス、先輩! 通信が全く繋がりません!!」
比呂たちは上履きを脱ぎ捨て、武道場に飛び込んだ。大介が大柄な柔道部員に声をかける。
「おい、何があった!?」
「お前ら……ネオ研の御剣と二階堂か! 実はうちの二年が突然、基礎練中に意識を失ってな。外部と連絡を取りたいんだが、何故か全く繋がらないんだ!」
確かに武道場の畳の上で生徒が一人倒れている。その体には桜庭芽衣の時と同じ、黒煤の塊が大きな瘤のようになって付着していた。《アンノウン》の蛹だ。
蛹には既に割れ目ができており、今まさに成虫へと羽化するところだった。
「湊先輩、大介先輩! あれを見てください!!」
比呂が指さすと、湊と大介もすぐに事態の深刻さに気付いた。
「まさか……桜庭さんと同じ……!?」
「やっぱりな、何か感じが似ていると思ったんだ! だが……こんなことってあり得るのか……!?」
大介はひどく狼狽している様子だった。それは湊も同じだ。とても信じられないという顔をして《アンノウン》を見つめている。
何故、二人がそんなにも動揺しているのか、比呂には分からない。柚がいない中で、あの蛾型の《アンノウン》と交戦するのは負担が大きいというのは分かるが、二人の驚きはそれが理由ではないように見える。
ともかく、一刻も早く《アンノウン》を除去しなければならない。
だが、武道場にはまだ多くの柔道部員が残っていた。他の生徒には《アンノウン》が見えていないため、脅威がすぐそこにあることに気づいていないのだ。
しかしそんな彼らも、《アンノウン》の影響は免れない。蛹から成虫へと羽化するのに伴って、武道場の照明が一斉に放電し、次々と割れていく。
「うわっ!?」
「な、何だ……!?」
「うう……頭痛ぇ……!」
「すげえ、気分悪くなってきた……!!」
倒れた柔道部員に付き添っていた他の部員たちも、みな膝を折ったり、両手を畳についたりして苦しそうにし始めた。彼らのMEISは《アンノウン》の高負荷に対し、比呂たち以上に耐性がないのだ。それを目にし、湊は叫ぶ。
「大介、もう時間がない!」
「分かってる! ……おい、お前ら! 今すぐ武道場から離れろ!!」
「いや、でも……前田が……!」
どうやら《アンノウン》に感染し、意識を失って倒れている生徒は前田というらしい。他の柔道部員たちは、前田のことが心配でそばを離れられないようだ。
「お前らがここにいたら、いろいろと邪魔なんだよ! クラブ顧問を呼びに行ったり、担架を運んできたり……いろいろとやることがあるだろ!!」
大介が指摘すると、柔道部員は蒼白になった顔を見合わせた。この異常事態に自分たちでは解決できない何かが進行していると悟ったらしい。
「わ……分かった。前田を頼む!」
「おう、任せとけ!」
そして柔道部の部員がみな武道場から去ったのとほぼ同時に、蛾の《アンノウン》がとうとうその翅を大きく広げ、空中に浮かび上がった。武道場に残った、比呂たちネオ研のメンバーに緊張が走る。
見覚えのある真っ黒なシルエット。翅や触覚の形、腹部の大きさなど、細部に至るまで全て芽衣のマンションで見たものと同じ形状をしている。
「やっぱり……桜庭さんに取りついていたのと同型の《アンノウン》だ!」
湊の声には、やはり信じられないという驚きが滲んでいた。もっとも、芽衣のマンションで見た《アンノウン》とは違う点もある。
「でも、あの時の《アンノウン》に比べると、半分くらいの大きさしかありませんね」
比呂が指摘する通り、今回のアンノウンはやけに小さい。とはいえ、その全長は、比呂が両手を広げたくらいはあるのだが。大介は警戒しつつも微かな希望を抱いたようだった。
「この程度の規模なら、柚がいなくても俺たちだけで何となるかもしれねえ……湊、比呂! やるぞ!!」
「うん、そうだね!」
「了解です!」
ネオ研の三人は《プレロマ》を介して、それぞれのサイバーウエポンを出現させた。比呂は片手剣、大介は両手持ちの大剣、そして湊は弓矢だ。
さっそく蛾型の《アンノウン》が羽ばたきをして鱗粉を振りまいた。ふわふわとした黒い粒子が大量に漂う。
「気を付けて、比呂! あの鱗粉に触れると、サイバーウエポンが効かなくなるよ!」
「はい!」
湊と大介は、蛾型の《アンノウン》から距離を取り、鱗粉が及ばない位置まで後退した。比呂もそれに倣って、後ろに下がる。それから最後方に位置する湊が、サイバーウエポンの弓で矢を射った。
ところが、蛾型の《アンノウン》の翅脈に赤い光が走ったかと思うと、その前面に光子フィールドが浮かび上がった。矢はその光の防壁によって簡単に弾かれてしまう。桜庭芽衣の時と同じように。
「ああ、光子フィールドが……! 湊先輩の攻撃が効かない!」
比呂は悲痛な声を上げるが、大介は湊に向かって叫んだ。
「構わねえ! 湊、どんどん撃て!!」
「ああ、分かった!」
湊は大介の言う通り、スキルを交えつつ、どんどん矢を放った。その全てが光子フィールドによって阻まれ、《アンノウン》本体には届かない。だが、それでも構わずに矢を撃ち続ける。
やがて、とうとう光子フィールドにひびが入った。どうやら同じ《アンノウン》でも、光子フィールドの硬度はそれぞれ違うらしい。
湊がさらに二矢、三矢と矢を放つと、ついにパアンとガラスが割れるような音がして、光子フィールドが砕け散った。




