第35話 疑惑
翌日登校すると、比呂はさっそく担任の内藤先生に呼び出される。
職員室へ向かうと、内藤先生は呆れ交じりの口調で切り出した。
「香月くん、君、見かけによらずけっこう『行動派』なのねえ? てっきり大人しくて模範的な生徒だと思っていたのに……不正アクセスなんて、先生びっくりしちゃったじゃない」
「すみません」
「そのおかげで、倒れていた桜庭さんに気づくことができたのはせめてもの救いだけど、それでも君たちがルールを破ったことに変わりはないわ。今回のことについて反省文を提出すること。……いいわね?」
「はい。あの……内藤先生」
「何?」
「せっかく桜庭さんの住所を教えてくれたのに、こんなことになってしまって……ごめんなさい」
比呂は深々と頭を下げる。すると内藤先生は少しだけ表情を緩めた。
「桜庭さんね、ひどく弱っているけれど、幸い命に別状はないそうよ。もっとも、あのまま発見されなかったら、どうなっていたか分からないけど……。今はだいぶ落ち着いているみたいだから、何日か入院したら再び学校に登校にできるようになると思うわ」
「そうですか、良かったです。桜庭さん、入学した時からとても落ち込んでいたので……それがどうしても気になっていて」
「香月くんは本当に桜庭さんのことを気にかけているのね」
「桜庭さんは『失望した』と言っていました。何ていうか……僕には新世界市に来たことを後悔しているようにも聞こえました」
「そう……確かに新生活が始まったばかりだし、何かとストレスの多い時期だものね。他にも調子を崩している生徒が何人かいるみたいだし。この学校は遠方から来て一人暮らしをしている生徒も多いから……でも今年は、例年より不調に陥る生徒が多いそうよ」
「……! そうなんですか……」
「何にせよ、一番大事なのは桜庭さん本人から話を聞く事ね。いろいろ教えてくれてありがとう、香月くん。私も桜庭さんと直接、話してみるわ」
「いえ、僕の方こそ相談に乗っていただいてありがとうございました」
比呂は礼をし、職員室を後にする。内藤先生はそれを見送りつつ、独り言ちた。
「本当に素直でいい子なんだけど……そういう子に限ってとんでもないことを仕出かしたりするって言うし、最近の子は分からないわねー。ま、私達が若い頃もそう言われてたんでしょうけど」
そして小さく肩を竦めると、今日の授業の準備に戻る。
一方の比呂は、自分の教室に到着してひどく驚いた。桜庭芽衣の他に欠席者が二名もいることに気づいたからだ。
彼らの席にも芽衣と同様に、『本日欠席』の文字が浮かんでいるからすぐに分かったのだ。
(まだ新学期は始まったばかりなのに……)
因みに、欠席している生徒のうち、一人は萩谷という男子生徒で、もう一人は長野という名の女子生徒だった。比呂はすぐにあることに気づく。
(二人とも黒煤……《アンノウン》の幼生を大量に付着させていた生徒だ……!)
じわじわと嫌な予感が沸き上がってくる。彼らが休んでいるのは桜庭芽衣と同じで、《アンノウン》に大量汚染されていたことによる体調不良なのではないか。
まずは情報収集しなければ。
比呂は自分の席に着くと、ボイスチャットツールでクラスのみなに話しかけてみる。
『おはようございます、香月です』
すると、すぐに返事が返って来た。
『おっはよ~!』
『はよーッス』
『……っていうか、何で敬語? クラスメートなんだからタメでいいって』
『あ、ありがとう』
中学時代まであまり親しい友人がいなかった比呂は、あまりSNSの扱いにも慣れていない。正直なところ、ボイスチャットツールで話しかけるのもすごく勇気がいる。でも今は、そんなことで躊躇してはいられない。
『それじゃ、さっそくなんだけど……萩谷くんと長野さん、今日は欠席なんだね』
『聞いた話だと、入院したらしいよ』
「……!!」
比呂は仰天した。確かに黒煤にまみれていたとはいえ、二人とも昨日までは学校に登校していたのに。他のチャットメンバーにも動揺が広がるのが伝わってくる。
『え、それ本当?』
『大丈夫なのかな?』
『心配だね……』
『二人の入院理由、誰か知らない?』
比呂は尋ねてみるが、はっきりとした理由は分からない。
『さあ……?』
『まだそこまで親しいってわけじゃないから』
それも仕方ない。みな、まだ入学して間もないのだから。
(萩谷くんや長野さんもたくさん黒煤を身にまとっていた。もし二人の入院理由が桜庭さんと同じなら、原因は《アンノウン》だということになる)
そして、本当に《アンノウン》が原因であるなら、どれだけ病院で治療を受けても萩谷や長野が目を覚ますことはない。それどころか、対処が遅れれば永遠に眠り続ける可能性もある。
これは、急がなければ本当に危ないかもしれない。比呂は必死で考えを巡らせた。
そして、あることを思い出す。
桜庭芽衣はMEISヒーリング店に行っていた。ひょっとしたら萩谷や長野も同じ店に行っていたのではと考えたのだ。比呂はさっそくチャットメンバーに問いかける。
『昨日、僕が質問した時、桜庭さんをMEISヒーリング店で見かけたって教えてくれた人がいたけど、もしかして萩谷くんや長野さんのことも同じように見かけてないかな?』
『いやー、分かんないね』
『確か、萩谷くんはバレー部で長野さんは卓球部のはずだから、それぞれの部で聞いたら何か分かるかも
な』
『そうなんだ、詳しいんだね』
『二人とも叡凛の中等部から上がってきた、いわゆるエスカレーター組みたいなもんだからな。因みにオレもだけどさ。萩谷くんも長野さんも中等部の頃から熱心に部活に励んでいたから、高校入学してすぐの春休み、新学期が始まる前からそれぞれの部活に参加してたぜ』
(バレー部と卓球部……か)
比呂は机の上で顎に手を当て、考え込んだ。MEISでざっと調べてみる。
バレー部と卓球部、見たところあまり共通点は無い。両方とも屋内スポーツだが、練習は別々の施設で行っているようだ。部室も一階と三階で離れている。とすると、萩谷と長野がそれぞれバレー部と卓球部に所属しているのは、ただの偶然か。
『でもまあ、けっこう大変そうだったな、二人とも』
先ほどの生徒がそう呟いたので、比呂は聞き返した。
『大変そう……?』
『ああ。そんなにやる気があるくらいだから、二人ともけっこう実力のある選手だけど、中学と高校のレベルって段違いだろ。練習について行くのに苦労してるみたいだったぞ。叡凛はスポーツ系の部は強豪が多いから、なおさらな』
『そっか……』
すると、今度は別の生徒が会話し始める。
『そういえば、MEISヒーリング流行ってるよねー』
『確かに、確かに!』
『うちの部も先輩たちがはまり込んでてさー。めっちゃ勧めてくるわ』
『……! MEISヒーリング、そんなに広まってるの?』
驚くと、みな口々に証言する。
『広がってるよ。特に二年生の間で流行ってて、誘われた一年生の中にもはまってる人がちらほらって感じ』
『俺の部にも先輩でメチャクチャのめり込んでいる人がいるんだけど、俺ら一年にも、部活の練習の後で一緒に行こうってしつこくてさ。悪い人じゃないんだけど、断るのすげえ苦労してる』
『断る……? どうして?』
『どうしてって……何かMEISヒーリングってヤバいもんな?』
『そうだよね。ヤバいし怖いって感じ』
『どういうこと……?』
重ねて尋ねると、チャットメンバーは困惑した様子でそれに答えた。
『だってMEISヒーリングにのめり込んでいる先輩たち、どう見てもはまり方がひどいもん』
『そうそう! いわゆる依存性ってヤツ? 何度も何度も異常なくらい店に通ってるし、クラブ活動中もずーっとMEISヒーリングの話ばっかしてるし』
『あれはなー。いくら効果があるって説明されても、ちょっと引くわー』
(依存性……か)
それが本当なら、MEISヒーリング店は比呂が想定していたよりずっと危険な店なのではないだろうか。《アンノウン》と関係があるかどうかは分からないが、注意しておいた方がいいかもしれない。
『みんな、いろいろ教えてくれてありがとう!』
比呂はクラスで情報収集したその結果を、ボイスチャットツールで大介と湊に報告した。
『MEISヒーリングか』
『実は僕たちもその事について調べているところだったんだよ』
大介と湊の言葉を聞き、比呂は驚いた。
『え、そうだったんですか?』
『蓮水さんに頼まれた件に関しては、今んとこ他に有力な手掛かりも無いし、何より比呂もMEISヒーリングの事をえらく気にしていたしな。MEISヒーリングが主に二年の間で流行ってるってんなら、なおさら一年の比呂より二年の俺たちの方が調べやすいだろ』
大介の言葉に、湊も続く。
『柚が戻ってきたら、すぐに動けるようにしておきたい。僕たちもできる限りMEISヒーリング店の情報を集めておくから、放課後、部室へ集合しよう!』
『はい、分かりました!』
比呂はボイスチャットツールを終えると、感嘆の溜息をついた。
(先輩たち、柚先輩が謹慎処分になって落ち込んでいるかと思ったけど、調査の事は忘れていなかったのか。さっそく情報収集していたなんて……頼もしいな。僕も落ち込んでいられない。気を引き締めないと……!)
大介と湊は事件解決のため、冷静に行動している。柚の謹慎処分にも腐らず、やるべきことを着実に進めている。その意志の強さと手際の良さには比呂も大いに勇気づけられた。
そうだ、ここで立ち止まってはいられない。柚が戻ってくるまでこの叡凛高校と新世界市を守らねば。
授業が終わり、用事を全て片付けてから、比呂はすぐにネオ研の部室へ向かった。
「こんにちは!」
すると、大介と湊は先に部室に来て、それぞれ活動を始めていた。湊はMEISで何やら資料らしきものをまとめ、大介は筋トレマシーンで体を動かしている。
お留守番の白羽と黒羽も比呂を出迎えた。
「比呂、やっと来タ!」
「比呂、遅いゾ!」
「まあまあ、二人とも。僕たちも今来たところなんだから」
「すみません、反省文を作成していたら遅くなってしまって」
鞄を置きながら告げると、大介は「あちゃー」という顔をした。
「あー、やっぱ怒られたか。つっても、俺らもモロ説教食らっちまったんだけどよ」
「一人で大丈夫だった?」
湊も比呂に向かって心配そうに尋ねる。
「あ、はい。注意はされましたが、代わりに桜庭さんが無事だという情報も得られたので……むしろ怒られに行って良かったです」
「ははは。けっこう肝が据わってんな、お前!」
大介は豪快に笑って筋トレマシーンから離れると、タオルで汗を拭った。
「それじゃさっそく、集めた情報の整理とこれからの方針の確認をしようか」
それから三人で昨日と同じく炬燵を囲んだ。ただ昨日と違って、柚がいない。その事が強烈な違和感としてのしかかってくる。
「何ていうか……今日は柚先輩、謹慎中だからいないんですよね? すごく寂しく感じます。柚先輩、元気かな……?」
比呂は肩を落とし、呟いた。すると、突如として柚の声が部室に響いた。
『わたしならここにいるよ~!!』
「うわあ!?」
ぎょっとして隣を見ると、いつの間にか柚が一緒にこたつを囲んでいた。もっとも、いつもの制服姿ではない。胸元にクマのキャラクターがプリントされた、ラフなルームウェアを着ている。
「ゆ、柚先輩!? 今日は学校に来ていないんじゃ……?」
『もちろん、わたしは家で大人しくしてるよー!』
柚は大真面目な表情をして敬礼のポーズをしたあと、そして屈託なく笑った。
「これはMEISによるXXR通信なんだ。柚の本体は家にいる。MEISがあたかもここにいるかのように、柚の姿を再現しているんだ」
湊が説明すると、大介も胸を逸らせ、訳知り顔で頷いた。
「要はアレだ。アバターとかVRとかAR? ……ってヤツだ!」
「MEISヒーリングの件は柚にも共有しておいてもらった方がいいと思って、オンラインで参加してもらったんだ」
『謹慎はしろと言われたけど、通信しちゃ駄目だとは言われてないしね。でもこれ、学校には内緒ね!』
柚はピースサインをしつつ、悪戯っぽくウインクする。
「な、なるほど……。でもこれだと、家にいようが学校にいようがあまり関係なさそうですね」
柚の姿はこれ以上ないくらいにクリアで、ノイズの一つも走っていない。本物そのものだ。これならもう、本人がその場にいようがいまいが関係ないのではないか。アバターさえあれば、『本物』の方はいらないのではないか。
ところが柚は唇を尖らせ、悲しそうな顔をする。
『そんなことないよー。通信じゃリアリティが全然違うもん。早く謹慎を終えて学校に行きたいよぉ!』
アクセス権が5である柚でさえそう感じるのか。比呂はそれを意外に感じ、そして同時に少しだけほっとする。
比呂はちゃんと柚本人に、この場にいて欲しい。どれだけMEIS技術が発展したとても、一人一人の存在はかけがえのないものであり、決して替えなどないのだから。
白羽と黒羽は柚の頭上を飛び回った。
「ユズ、早く学校、来イ!」
「柚がいないと、俺達もつまらなイ」
『ホント!? わーん、ありがとう二人とも!』
柚は両手を上げて喜んだ。白羽も黒羽も生意気なことを言ったり、からかったりすることもあるが、本当は柚を心から慕っている。それが柚にも伝わったのだろう。比呂も身を乗り出した。
「柚先輩の代わりに、僕たちがたくさん情報を集めますね!」
『うん、頼りにしてるよ比呂くん!』
柚にそう言われると、改めてやる気が沸き上がってくる。新入部員である比呂ができる事には限りがあるかもしれないけれど、自分にできる限りのことがしたい。せめて期待を裏切らないようにしなければ。
一通り会話が終わったのを見計らい、湊が口を開いた。
「それじゃ今まで分かっていることをざっとおさらいしよう。
僕たちネオ研は昨日、比呂のクラスメイトである桜庭さんが、マンションの自室で意識不明に陥っているのを発見した。彼女は周囲から孤立しており、叡凛高校での交友関係は無いに等しく、そして入学した当時から大量の《アンノウン》の幼生に汚染されていた。
その幼生は集まって蛹となり、そしてとうとう桜庭さんを意識消失に陥らせる。やがて蛹から羽化した《アンノウン》は、他に類を見ないほどの巨大な成虫となった。僕たちが除去した、巨大な蛾型の《アンノウン》だね。
桜庭さんがどうして《アンノウン》に感染したのか、そして出現した《アンノウン》が何故あれほど巨大化したのか。その理由はまだ判明していない。ただ、桜庭さんに関してはMEISヒーリング店での目撃情報がある。MEISヒーリングは何らかの理由で強い依存性があると見られることから、何度も通っていたのではないかと推測できるね」
湊に続き、大介も眉根を寄せて言った。
「そのMEISヒーリングってヤツ、最近えらく流行ってるみたいだな。特に体育系の部の奴らの間で人気みたいだ。最初に二年の間で流行って、それが一年にも広まってるってかんじだな」
「そうだね。他にも比呂のクラスではバレーボール部の一年男子と卓球部の一年女子が同じように幼生に大量感染していて、今日になって二人とも欠席、病院に入院している。僕と大介で調べてみたんだけど、バレー部と卓球部でもMEISヒーリングがすごく流行っているらしいんだ。その一方で、両方の部で原因不明の体調不良も続発しているらしい」
『体調不良……? 一体どういう症状なの?』
柚が尋ねると、それに大介が答える。
「最初は軽い疲労感や倦怠感を覚えるくらいらしいが、それがどんどん悪化してついには虚脱状態になっちまうんだそうだ。本人の体はいたって健康そのものだが、それでもあまりのキツさに起き上がれなくなるらしい」
それを聞き、比呂は首を捻った。
(あれ……? 最近、似たような症状をどこかで聞いた気がするな。確か、女子テニス部の三雲るり先輩が似たような症状を訴えていたような……)
るりは地区大会で良い成績を出すため、一生懸命に部活動に取り組んでいるようだった。ダブルスを組んでおり、エースチームであるため余計に期待がかかっているらしい。練習の疲れを取るためMEISヒーリング店に通うようになったが、疲労感や倦怠感がなかなか抜けなくて困っているとこぼしていた。
(そういえば、三雲先輩もいつの間にか《アンノウン》の幼生をたくさん身に着けていた。やはり《アンノウン》とMEISヒーリングは何か関係があるのか……?)
考え込む比呂の隣で、柚や湊、大介の会話は続く。
『ふうん……風邪に似ている気もするけど、それとは違うんだよね、みーくん?』
「ああ、そうだね。風邪にありがちな発熱や咳、腹痛、吐き気などの症状はまったく現れないそうだからね」
「……しかもそれだけじゃねえ。バレー部と卓球部には、比呂の同級生の他にも、体調悪化をこじらせて入院した部員がいるそうだ。何でも眠り込んだまま、意識が戻らないんだと」
「それって、桜庭さんと同じ……!?」
比呂が息を呑むと、湊も鋭い眼差しをして頷く。
「それに蓮水さんの言っていた、多発しているという意識消失の件にも似ているね」
「ひょっとして、僕のクラスの萩谷くんや長野さんも!?」
「可能性はあるかもな。一年で入院した奴も増えてるって話も聞くぞ」




