第34話 残された謎
しかし大介や湊と出会ってそれが変わった。
疎ましいとすら思っていた自分の能力が困っている誰かのためになることを初めて知った。
自分には本当は無限の可能性があって、誰からも干渉されることなく自らの意思で未来を選んでいいのだと初めて知った。
大介や湊が、そしてネットオカルト研究部が、それに気づかせてくれたのだ。
だから柚にとって大介や湊は大事な大事な友だちであり仲間なのだ。二人の前では『ギフテッド』ではなく冷泉柚でいられるから。
そしてそこに今、新たに新入生の比呂が加わった。みな愛すべきネオ研のメンバーであり、柚が何に変えても守りたいと思っているもの。
既に周囲は日が落ちて真っ暗だ。いったん部室へ戻ろうと校内を歩いていると、大介と湊、そして比呂の三人が柚を待ち受けていた。
春とはいえ、日が落ちるとまだ空気は肌寒い。そんな中、三人はずっと柚を待っていてくれたのだ。
大介たちも柚に気づいた。真っ先に飛んできたのは、白羽と黒羽だ。
「ユズ! 柚が帰って来タ!!」
「柚! ユズ!!」
それに続いて、大介や湊、比呂も柚の元に駆け寄った。
「みんな……待っててくれたの?」
「柚先輩、どうでしたか? 大丈夫でしたか!?」
比呂はひどく心配そうな顔をして、息せき切って尋ねる。
「大丈夫だよ。でも不正アクセスをした罰として、三日間の謹慎処分だって。みんなも多分、明日怒られると思うけど、処分を受けるのはわたしだけで済むと思う」
つまり、柚はネットオカルト研究部を守り切ったのだ。自らに対する三日間の謹慎処分という処罰と引き換えに。
「そうか……悪ィな、柚。お前にばかり背負わせちまって」
無念そうに両手を握りしめる大介の声は、心なしか震えていた。
「ううん、気にしないで。何たってわたしはネオ研の部長だもん! 怒られるのも仕事のうちだよ! それにこれくらい慣れてるからへっちゃらだしね。この程度の事で怖じ気づいていたら、とてもMEIS災害を防ぐことなんてできないもん!」
「柚先輩……」
柚の態度はあくまで明るい。
本当は辛いだろうし、心の内では悔しさや歯痒さを感じているだろう。比呂たちと同じように。しかしそれを、比呂たちの前では決して見せない。それは、柚がネオ研の部長としての責任を果たそうとしているからだ。
けれど、彼女が気丈に振舞う姿を見れば見るほど、比呂の胸にずきりと痛みが走るのだった。肩を落として比呂は言った。
「僕は……柚先輩の判断は正しかったと思います。でもそれを先生たちに理解してもらえないなんて悲しいし、悔しいです」
「それは仕方ないよ。先生たちには先生たちの立場や考え方があるから。こういう事は珍しくないよ。それに、不正アクセスは立派な犯罪なのに、三日間の謹慎処分で済ませてくれたのは、先生たちが最大限、配慮してくれたからだと思う」
「そうなんですか……」
「ネオ研の活動が嫌になった?」
柚の問いかけに、比呂はぶんぶんと頭を振る。
「いえ、決してそんな事はないです! むしろ桜庭さんを助けることができたことで、逆に自信がつきました! ネオ研のやっていることは、簡単には理解されないかもしれないけど、絶対に必要なことなんだって!」
即答すると、柚は心から嬉しそうに笑った。
「ありがと、比呂くん! 比呂くんがそう言ってくれると、わたしも頑張れるよ。本当に……ネオ研に来てくれてありがとね」
柚の瞳が一瞬、潤んだように見えたのは気のせいではあるまい。やはり柚も、もどかしさや悔しさを感じているのだ。決してそれを口にしないだけで。
そして、たとえどれだけ自分が傷つこうとも、MEIS災害対策チームであるネオ研や、比呂たちネオ研のメンバーを守ろうとしている。
そう実感すると、比呂も思わず涙が溢れそうになる。
「比呂、ユズ! ネオ研、みんな仲良シ!」
「一件落着、めでたしメデタシ!」
白羽と黒羽はカアカアと軽快に鳴いた。けれど、湊がそれに待ったをかける。
「いや、一件落着というにはまだ早すぎるよ。確かに桜庭さんの救出には成功したけれど、蓮水さんから頼まれた件はまだ何も解決していない」
「そういやそうだな。例の意識不明の生徒が続出してるってヤツか」
大介も腕組みをし、難しい顔をした。
桜庭芽衣が蛾型の《アンノウン》によって眠り続け目を覚まさなかったことと、意識不明の生徒が続出している件との間に関係があるかどうかは分からない。
ただ、二つの事件の時期が重なっていることを考えても、全くの無関係であるとは考えにくかった。真相を突き止めるには、更なる調査が必要だ。
(桜庭さんみたいな状況に陥っている人が、他にもたくさんいるのかな……?)
アネモネは言っていた。桜庭芽衣の意識は識海の奥深くに沈んでしまっており、《表層 》へ戻らないかもしれない、と。
芽衣の場合は、どうにかそこから救い出すことができた。だが、意識不明に陥った生徒の中には、そういった深刻な状況に陥って身動きが取れなくなっている者もいるのかもしれない。
「……そうだね。いろいろ気になることはあるけど、今日はもう遅いし、とりあえず解散しよっか。これからの事は明日以降に相談する……みんなそれでいい?」
柚が提案すると、大介や湊もそれに賛同した。
「そうだな。学校に残ってあれこれやったところで、目ぇつけられるだけだし、今日のところは大人しく帰るか」
「明日、また部室に集まろう」
そして比呂たちはそれぞれ帰宅の途に就くことになった。
校門でネオ研のメンバーと別れ、そのまま徒歩で自宅に向かう。第二区域・再開発地区にある下宿先のマンションに辿り着いた頃には、比呂はへとへとに疲れ切っていた。
昼間に、桜庭芽衣のマンションを訪れ《アンノウン》と戦っている間は気づかなかったが、自覚していたよりもずっと疲労が溜まっていたらしい。食事や着替えなど、必要最低限のことをどうにか済ませると、俯せでベッドに倒れ込んだ。
「あー、疲れた……!!」
今日はいろんなことがあり過ぎた。桜庭芽衣に取りついていた巨大な蛾の《アンノウン》。ネオ研のみなで対処し、どうにか芽衣の救助には成功したが、そのせいで柚が校長先生に呼び出されてしまった。
ネオ研が人助けをしているのは間違いないが、やり方には十分気をつけないと不法集団と見られかねない危険性もある。その事を痛感させられた。
(それでも……僕は柚先輩の判断は間違ってなかったと思う。『見えない人』に《アンノウン》の事を知ってもらうのは難しいのかもしれないけど、いつかネオ研の活動がちゃんと理解される日が来るといいな)
もう一つ、比呂にとって驚きだったのは、芽衣の部屋にアネモネが現れたことだ。
アネモネが窮地に陥った比呂を助けに来てくれたことは間違いない。そう考えると、柔らかな羽毛に包まれているかのような、心地よさと温もりを感じるのだった。
彼女のことについてはまだ理解が追い付かない部分も多いが、それでも比呂がアネモネのことを好きなことに変わりはなかった。
アネモネは、比呂にとって辛い時期をずっとそばで支えてくれたのだ。そんなアネモネを、比呂たちと違うからといって嫌いになるなんてあり得ない。
(アネモネはいつも僕の事を見守ってくれているんだな。そして僕の身に危険が迫ったら必ず駆けつけてくれる。……僕は一人じゃない)
改めてそれを実感する。
心が温かさで満たされ、幸福感に包まれる。
こんなに満ち足りた感覚になるのは、いつ以来だろうか。
新世界市に来るまでは辛いこともたくさんあった。何より比呂は孤立し、誰とも分かり合えなかった。
でも今は白羽や黒羽も一緒にいるし、ネオ研のみなとも仲良くなれた。これからはいつでも妹の詩織にも会いに行ける。クラスのみなとも、打ち解けられそうな予感がある。
比呂はもう、以前のような孤独な子どもではない。
(新世界市に来て本当に良かった……!)
自然と笑みが零れる。
アネモネは難色を示したが、いつかネオ研のみなに彼女のことを紹介したい。そしてアネモネと一緒にたくさん楽しいことを経験したい。今まで辛いことが多かったぶん、これからは充実した高校生活を送るのだ。
(大丈夫、きっとうまくやっていける。母さんの事も……きっと取り戻して見せる……!)
決意を新たにしていると、餌を食べ終えた白羽と黒羽が比呂の元に飛んできた。
「比呂、お疲れだナ!」
「マッサージをしてやるゾ!」
そう言って、白羽と黒羽は比呂の背中をちょんちょんと歩き回る。
「はは、二人ともありがと」
比呂の背中は二羽のカラスが歩き回る感触を感じ取るものの、それがマッサージの効果を発揮するかどうかは不明だった。何故なら、白羽と黒羽には実体がなく、サイバー空間上のみに存在する情報生命体だから。
でも何故か、それなりに癒される。
(そういえば……)
比呂はふと思い出す。
(癒されると言えば、同じクラスの人が言ってたな。桜庭さんをMEISヒーリングの店の近くで見たって。女子テニス部の三雲先輩もMEISヒーリングにはまっているって言ってたし、けっこう広まっているみたいだけど……何か引っかかるな。どんな店なんだろう? 桜庭さんや三雲先輩に付着していた《アンノウン》と、MEISヒーリングの間には、何か関係があるんだろうか……?)
桜庭芽衣の救出に成功したという大きな達成感を得た一方で、さまざまな謎は解決されることなく残ったままだ。
ネオ研の部長である柚は謹慎中であるため、しばらくネオ研の活動には加われない。その間に何か良からぬことが起きなければいいのだが。
そんなことにならないためにも、先輩である大介や湊と共に力を合わせることが重要だ。
どこか心地よい疲労と少々の不安を覚えつつ、比呂は気づけば電脳識海の奥深くに吸い込まれるようにして眠りについていた。
この時の比呂はまだ知らなかった。
今日の出来事がまだ大事件の序章に過ぎないことに。




