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第33話 ギフテッド

「ギフテッド……確か、先天的に突出した能力を持つ人たちの事ですよね?」


 問いかけると、湊がそれに頷く。


「そうだね。柚はアクセス権が最高ランクの5であるのはもちろん、優れた《ダイバー》でありおまけに知能指数(IQ値)も著しく高い。普段は無邪気な性格を装っているけどね。ああ見えてすごく頭がいいんだ。どれか一つの条件を満たす人間はそう珍しくはない。ただ、その三つを全て兼ね備えている人間は非常に稀で、MEISに適合する人材が集まるこの新世界市においても柚くらいのものなんだよ」


(柚先輩がそんなにすごい人だったなんて……)


 でも実際に思い返してみても、柚の能力はずば抜けている。


 最新のセキュリティシステムを五秒も経たず突破してしまったし、みなが芽衣の部屋に溢れかえる黒煤――《アンノウン》の幼生(ラルバ)の大群で不調をきたす中、柚だけが何事も無いかのように平然としていた。


 みなが凄まじい重さのデータ量を処理しきれず、MEISに高負荷をかけられ身動きができない中、柚のMEISだけがそれを難なく処理しきっていた。


 聞けば、蛾の《アンノウン》を倒したのも柚だったという。そしておそらく、それらは柚が持っている能力のごく一部に過ぎないのだ。


(逆に言うと、柚先輩がいなければセキュリティシステムの不正アクセスもできなかったし、僕たちが桜庭さんの部屋に無断で侵入することも無かった。柚先輩さえいなければ、ネオ研が問題を起こすことはなかったんだ。だからこその『特別指導』というわけか。アネモネが柚先輩の事を《深海の魔女》と呼んで警戒するのも、あながち大袈裟な話じゃないのかもしれないな……)


 とはいえ、柚だけが呼び出され叱責されるのには、やはり納得がいかない。大介や湊の言う事が本当なら、柚に対する『特別扱い』はギフテッドである柚自身のためのものではなく、大人の勝手な都合なのではないか。どうしてもそんな疑問が頭から離れない。


 比呂は両手を握り締める。柚が嫌な目に遭うかもしれないのに、自分たちはただ見ているしかできないのか。理不尽な状況に黙って耐えるしかないのだろうか。


 あんなに頑張ったのに、どうして。


 すると、比呂の心中を察したのか、湊が静かに口を開いた。


「柚は自分が特別だってことをよく分かっているし、そこから逃げずに立ち向かっている。だからこそ、自らネオ研の部長に名乗り出たんだ。学校からの圧力が強まるのを承知で、それでも《MEIS災害対策チーム》の活動を続けるために」


 大介もそれに同意する。


「ネオ研の活動は誰にだってできるってわけじゃねえからな」


「柚先輩……」


「柚はさ、多分、自分に任せて欲しいって考えていると思うんだ。本当はすごく責任感が強い子だから」


「そうだな。柚がそのつもりなら、俺らはあいつを信じてここで帰りを待つだけだ」


 その時、比呂は気づいた。湊も大介も、とても苦しそうな表情をしている事に。


 湊や大介も本当は悔しいのだ。柚を一人で行かせたくはないし、彼女一人に責任を押し付けるような真似もしたくない。誰よりも柚のそばにいて、彼女を守ってあげたいのだ。みな、共にネオ研の活動を続けてきた仲間なのだから。


 けれど二人とも、それがネオ研にとって悪手であることを知っている。柚を庇えば庇うほど、反抗の意志があるのだとみなされてしまう。だから、ぐっと耐えているのだろう。


 大介と湊は、柚のことを思えばこそ、彼女に全てを託しているのだ。ネオ研のためを考え動いている柚の気持ちを考え、彼らもまた柚やネオ研にとって最善の選択をしている。柚ならこの危機を乗り越えてくれると判断して。


 大介と湊は柚を信じている。そして柚もまた、大介や湊を信じている。そうであるなら、比呂もまたみなを信じるだけだ。


 新入部員である比呂が感じる不満など、大介も湊も嫌というほど味わってきたのだろうから。


 どうやら大介と湊は先に帰るつもりは無いらしい。柚が戻るまでこの場で待つつもりなのだろう。比呂も一緒に柚が戻るのを待とうと心に決めた。白羽と黒羽もそれを悟ったのか、比呂の元へやって来る。


「ユズ、帰り待ツ!」


「ユーズよ来イ、はーやく来イ。あーるき始めた、ミイちゃんガ~♪」


 校内は一段と暗くなり、やがて照明に明かりが点いた。クラブ活動を終えた生徒たちが、比呂たちの目の前をぞろぞろと歩いていく。


 やがて彼らも去り、あたりは静まり返った。残っているのは比呂と大介、湊の三人のみだ。


 みな、一言も発しない。肌寒くなり闇が濃くなろうとも、ただ、全員で柚の帰りを待ち続けた。



 ✽✽✽


 

 一方、柚は校長室に到着する。


 扉をノックし、中に入ると、二人の先生が柚を待ち受けていた。


 目の前の机に就いているのは叡凛(えいりん)高校の校長、冴島(さえじま)充希(みつき)先生。その隣で厳しい表情をして立っているのは、教頭である柿崎(かきざき)智幸(ともゆき)先生。


 柚が挨拶をして校長室に入ると、すぐに校長先生が口を開いた。穏やかだが、厳しさを含んだ声だ。


「冷泉さん、どうして私たちがあなたを呼び出したか……分かっていますね?」


「校長先生……」


 落ち着いた様子で切り出す校長先生とは対照的に、教頭先生は苛々とした様子を隠しもせず、金切り声を上げた。


「君は一体どういうつもりかね!? あろうことか同じ叡凛高校の生徒の下宿先であるマンションのセキュリティシステムに不正アクセスし、勝手に開錠してしまうとは!! まったく、強盗とやっていることが同じではないか! 我が叡凛高校の生徒たる者が世の中のルールすらも守れんとは!! 君は情報科の授業で一体何を学んできたのかね!?」


「……ごめんなさい」


「そもそも、ネットオカルト研究部などというわけの分からない部活動を黙認してきたから、こんなことになるんです! 校長、いい機会ではありませんか。この際、活動実態の分からない怪しい部は取り締まるべきです!!」


 いくら怒られて当然のことをしてしまったとは言え、さすがにネットオカルト研究部に規制をかけるべきという教頭先生の言葉は聞き捨てならなかった。柚はすかさず反論する。


「待って下さい! 確かにわたしは社会のルールを破りました。でもそれは、桜庭さんを助けるためだったんです! 桜庭さんのお見舞いに行って、インターフォンを押しても全然反応が無くて……昨日から顔色が悪かったと聞いていたので、わたし達は心配になりました。それで電脳ペットを使って桜庭さんの様子を探ったんです。そうしたら桜庭さんは部屋で倒れていました」


「だから不正アクセスで鍵を開け、中に入った?」


 尋ねる校長先生に、柚は頷く。


「……はい。でも、そうすべきと判断したのは部長であるわたしです。ネオ研のみんなはそれに従っただけ……だから何も悪くありません!」 


 しかし、教頭先生は、柚の説明にとても納得がいかないようだった。


「おかしな言い訳はやめなさい! 桜庭くんのバイタルデータは正常だったそうじゃないか。内藤先生からもそう報告を受けているんだぞ!!」


「教頭先生の仰っていた情報科の授業では、こうも習いました。たとえどんなに技術が発達しても、完全無欠のシステムなど存在しないと! 現に桜庭さんはひどく衰弱していました。ヘルス管理システムはその異常を検出することができなかった。わたし達はただ、彼女を助けたかっただけです!!」


「く、口ごたえをするのかね!? 君は反省をしていないのか!? だいたい、桜庭くんが倒れているのに気づいたなら、不正アクセスなどせずその場で救急車を呼べばそれで済む話じゃないか!!」


「それは……」


 柚は《アンノウン》の事は二人に黙っておくことにする。『見えない人』にいくら説明しようとしたところで、話がややこしくなるだけだと経験で知っているからだ。かと言って、ネットオカルト研究部の活動を制限されるのも困る。


(今は部長として、ネオ研のみんなを守らなきゃ……!!)


 柚は校長先生と教頭先生をまっすぐに見つめ、慎重に口を開いた。決して反抗しているようには見えないように、けれど主張はきちんと伝わるように。


「わたし達も最初は救急車を呼ぼうとしました。でも何故か、ひどい通信障害が起きていて外部と連絡を取ることができなかったんです」


「確かに今日の夕刻、第二区域で大規模な通信障害が発生したそうですね。通信事業者から先ほど発表があったわ」


「それは……私も耳にしましたが」


 教頭先生が口ごもると、校長先生がさらに思わぬことを柚に告げた。


「さらにソピアー・ジャパンから我が校に連絡がありました。ネットオカルト研究部のおかげで一人の尊い命が救われた、そもそもは通信障害が原因であり、あなた達ネットオカルト研究部には何ら非がなく、どうか寛大な処遇をして欲しいと」


(はすみんだ……!)


 柚はピンときた。おそらく蓮水は柚たちの置かれている状況を察し、少しでも処罰が軽くなるようあらかじめ手を回してくれたのだろう。


 柚の表情がわずかに明るくなったのを察したのか、校長先生は探るような視線を向ける。


「……彼らとずいぶん親しくしているようね?」


「ソピアー・ジャパンの人たちはとても親切で、最新の技術も分かりやすく説明してくれるし、体験させてくれます。すごく勉強させてもらっています」


「そう……」


 一方、教頭先生はあからさまに疑わしげな瞳を柚に向ける。


「本当にそれだけかね? ソピアー・ジャパンのような海外の巨大B‐IT企業こそ、将来を担う優秀な人材を欲しているだろう。彼らとて全く下心がないわけではあるまい? 冷泉くん、君もそれは理解しているだろう? 君はギフテッド……この国の繁栄を支える人材として大きく期待されているんだ。その自覚をしっかり持ってもらわなければ困るよ」


 するとその途端、校長先生は表情を厳しくして教頭先生に反論した。


「……教頭先生、それは言い過ぎというものです! 我々教育者が生徒の将来を縛りつけるような発言は厳に慎むべきです!!」


「しかしですね、校長先生! 現実問題としてこの新世界市は国家戦略未来特区に指定されており、我が校もさまざまな民間企業、或いは公的機関から多大な支援をいただいているのです! そうである以上、我々には国家の未来を担う人材を育成し守っていくという使命を達成する義務が……」


 しかし校長先生はぴしゃりとそれを遮る。


「話が少々、脱線してしまったようですね。……冷泉さん、あなた達のおかげで桜庭さんが事なきを得たのは事実です。ですが、あなたが不正アクセスというやってはならない手段を用いてしまったのもまた事実。『ルール違反』をした者はそれ相応の罰則を受けなければなりません。それが社会の決まりなのですから」


「……はい」


「冷泉さん、不正アクセスを行った罰としてあなたを明日から三日間、謹慎処分にします。それから今回の件に関する反省レポートを提出するように。分かりましたか?」


「分かりました。ルールを破ってごめんなさい、校長先生。もう二度と不正アクセスはしないようにします」


「教頭先生もそれでよろしいですわね?」


 普段は穏やかな校長先生からきっぱりとそう告げられ、教頭先生もさすがにそれ以上、追及することはできなかったらしい。渋々ながらも、頷いた。


「ええ、まあ……校長先生がそこまで仰るなら異存はありません。もっとも、性懲りもなく繰り返すようであれば、ネットオカルト研究部の存在そのものを根本的に見直すべきだと思いますがね」


「その時のことはその時に考えましょう。冷泉さん、よく分かりましたね? お話は以上です。戻ってもいいですよ」


「校長先生、教頭先生、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。失礼します」


 柚はぺこりと頭を下げ、その場を退出する。そうして、柚はようやく校長室から解放されたのだった。


(あー毎度のこととはいえ、何かすっごく疲れた……)


 あの場に大介や湊、何より一年生の比呂がいなくて心から良かったと柚は思う。 


 柚にとってこういった扱いは決して珍しくなかった。


 自分の能力に合わせた教育を受けられるという事自体は素晴らしい制度だし、恵まれている自覚もある。実際、昔の学校教育では飛び級など、何があっても許されなかったという。


 けれど柚の場合、その『特別扱い』の度合いがあまりにも極端すぎた。


 ギフテッドとしての才能を伸ばすため、毎日、怒涛の量のカリキュラムを課され、両親とのんびり家族団欒の時を過ごすことさえ許されなかった。ギフテッドであるが故に期待も大きく、そのせいでしばしば不当かつ過剰に行動を抑制され、こうすべきと押し付けられ、息の詰まるような環境に押し込められてきた。


 まるで、大事な大事なお花を育てるかのように。


 自分がギフテッドであることを恨んだことも幾度となくある。


 それどころか、いつしか自分の未来に対して虚無感を抱くようになっていた。


 わたしは将来有望でも何でもない。ただ、ギフテッドという名の堅牢な鳥籠に閉じ込められているだけ。どうせこれからも、わたしの人生は誰かが勝手に決めてしまうのだと。


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