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第27話 見舞い

(もしかしたら、誰かが何かを知っているかもしれない。情報収集してみよう)


 とはいえ、いきなり対面で話しかけるのはハードルが高い。クラスメイトとはいえ、まだろくに言葉を交わしていない者がほとんどなのだ。


 そこで比呂はまず、クラスの生徒間で使用されているボイスチャットツールを使ってみなに尋ねてみることにした。


 話しかける心理的ハードルが下がることもあるが、いちどに大勢の生徒と話すことができるので、効率的に情報収集できるという利点もある。現在、ボイスチャットに参加しているのはクラスの三分の一ほどだ。


『あの、おはようございます。香月です。ちょっといいですか?』


 このアプリの特徴は、会話がチャットに参加している人間にしか聞こえない事だ。また、実際に口を動かす必要がないため、アプリを利用しつつも違和感なく周囲に溶け込むことができる。ながら作業にも最適だ。


 比呂が様子を窺っていると、すぐに反応があった。


『香月?』


『誰だっけ?』


『あ、思い出した! 文通が趣味の人だ! 香月比呂くん!』


『あ~、はいはい』


『でもさあ、文通が趣味って渋いよね。うちのおばあちゃんみたい』


『え、いいじゃん、文通。ロマンチックだよ~! ねえ?』


『っていうか、クラスメイトなんだから敬語使わなくてもいいよ』


 チャットに参加しているクラスメイトたちは、快く比呂を迎え入れてくれる。そこで比呂は単刀直入に質問してみることしにた。


『ありがとう。さっそくなんだけど、良かったら、今日、欠席している桜庭さんのことについて教えて欲しいんだ』


『桜庭さん?』


『確かに今日は欠席だね』


 比呂は更に質問を重ねる。


『どこか具合悪そうだったとか』


『さあ……』


『詳しくは知らないな』


『まだ、あんまり話したことないしね』


『どこの部活に入ったとか、放課後は何してるとか……誰か知らないかな?』


 辛抱強く尋ね続けると、それまで黙っていたチャットメンバーの一人が、ふと声を発した。


『あ、そういえば、きのう見たよ、桜庭さん。第二区域・再開発地区で』


『本当? 再開発地区のどのあたり?』


『えーと、ほら……最近、流行ってるじゃん。MEISヒーリングとかいうの? あのお店の近くだよ』 


 比呂はどきりとする。


(……! 桜庭さんが、MEISヒーリングに……!?)


 女子テニス部の先輩、三雲るりもMEISヒーリングに夢中になっているようだった。そして彼女もまた、《アンノウン》の幼生(ラルバ)に感染していた。


 これはただの偶然なのだろうか。今の段階では断定することはできないが、ネオ研のメンバーには報告をしておいた方が良さそうだった。


『いろいろ教えてくれてありがとう! 助かったよ!!』


『どういたしまして~』


 授業が終わり放課後がやって来ると、比呂は即座にネオ研へ向かう。すると、柚、大介、湊の三人が既に先に来ていた。白羽と黒羽も比呂を出迎える。


「比呂、ようやく来たゾ!」


「遅いぞ、比呂! 宴はもう始まっているゾ!」


 二羽とも、部室で問題なく過ごせたようだ。パタパタと元気に羽ばたいている。さっそくお気に入りの居場所もできたらしく、白羽は巨大なぬいぐるみの頭に、黒羽は大介の筋トレマシーンのフレームにそれぞれ着地した。


 一方、柚たちは部室の一角に設けられた座敷に座り、その上にある炬燵を三人で囲んでいた。


「やっほー、比呂くん!」


「うーっす」


「昨日、ソピアー社でかなり頑張ってたけど、筋肉痛とか大丈夫だった?」


「いや、ホントに大変でした。体中、痛くて痛くて……って、それどころじゃなかった! 大変なんです!」


 比呂も炬燵を囲む輪に加わると、教室で収集した桜庭芽衣の欠席情報や、三雲るりに昨日は無かった《アンノウン》の幼生(ラルバ)が付着していたことなどを掻い摘んで説明した。


 そして、二人が共にMEISヒーリングなるサービスを利用していたことも。


「MEISヒーリングぅ!?」


 比呂の報告を聞いた大介は、「何じゃそりゃ」とばかりに顔を歪める。


「知ってますか、大介先輩?」


「いいや、俺は聞いたこともねえ。柚や湊は知ってたか?」


 大介は他の二人に話を振る。すると、柚は腕組みをして眉根を寄せた。


「うーん、名前はちらっと聞いたことあるよ。でも、新種のネットカフェみたいなものだと思ってた。今までもそういう、よく分からない新しいサービスはいっぱいあったしね」


「そうなんですか?」


 困惑交じりに尋ねると、今度は湊が口を開く。


「この新世界市は国家戦略未来特区に指定されているだけあって、今までにない新しいサービスの認可が下りやすいんだ。特にMEISを用いたサービスは他の地域に比べて格段に展開しやすいと言われているね。


 ただその一方で、審査が緩すぎるんじゃないかという指摘もある。スピードを重視するあまり、最近は科学的根拠が曖昧なものや、効果が実証されていないものが野放しにされてしまっている傾向があるんだ。もちろん全てがそういうわけじゃないし、ちゃんとしたサービスが大半だけどね。


 行政も悪質サービスの取り締まりに乗り出しているけど、いかんせん新規サービスの数が多すぎて手が足りてないみたいだ」


「……つまり、MEISヒーリングが悪質サービスである可能性は十分にあるということですね?」


 比呂は顎に手を当てて呟いた。


 昨日、声をかけた時の桜庭芽衣の様子が脳裏に浮かぶ。彼女はあまり比呂と話をしたくなさそうだった。


 望まれてもいないのに、関わり合うのは勇気がいる。


 でも、あれほど大量の不気味きわまりない黒煤――《アンノウン》の幼生(ラルバ)にまみれていたのだ。いくら嫌われていたとしても、気にするなという方が無理な話だった。


(桜庭さん……このまま放っておいても大丈夫なんだろうか?)


 その気持ちが表情に出ていたらしい。湊が比呂に問いかける。


「比呂はその、桜庭さんというクラスメートのこと、随分と気にかけているんだね」


「あ、いえ……ただ、桜庭さんは何か事情を抱えているみたいだったので、気になって。まだ入学したばかりとはいえ、いつも一人ぼっちだし。孤独が平気だという人もいるけど、桜庭さんの場合は辛そうだし悲しんでいるように見えたから……それがもし《アンノウン》のせいなら、何とかしてあげたいんです」


「比呂くん……」


 柚と大介、湊は顔を見合わせた。三人とも、桜庭芽衣の件に興味を持ってくれたらしい。真っ先に大介が口を開く。


「どう思う、柚? 例の蓮水さんから頼まれている件もあるだろ。謎の昏睡状態と何か関係があると思うか?」


「今の段階じゃまだ分からないけど、タイミングを考えても繋がりがある可能性はあると思う。でも、はすみんの依頼があろうと無かろうと、《アンノウン》の被害者を放ってはおけないよ。まずは比呂くんのクラスメート、桜庭さんの様子を探ってみよう!」 


 柚がそう言うと、大介と湊もそれに頷く。


「よっしゃ、決まりだな!」


「比呂、桜庭さんと連絡は取れる?」


「それが……桜庭さんはクラスで共有しているメッセンジャーアプリを登録していないみたいなんです。それどころか、誰ともアドレス交換をしていないらしくて」


 桜庭芽衣に関する大きな問題点の一つはそれだった。比呂はもちろん、他のクラスメートも彼女の連絡先を知らないので、気軽に具合を聞くことすらできない。大介は目を見開いた。


「はあ!? それじゃまるで、自ら孤立してるみたいなもんじゃねーか!」


「多分、何か理由があるんだと思います」


「理由?」


「はい。一応、声はかけてみたんですけど、拒絶されてしまって詳しいことまでは分かりませんでした。その拒絶の仕方も、何ていうか……ちょっと不自然だったっていうか……」


 すると柚は、じっと比呂の顔を見つめた。


「声、かけてみたんだ?」


「は、はい。やっぱり気になるじゃないですか」


 何かまずかっただろうか。緊張しつつそう答えると、柚はにっこり笑う。


「そっか……そっかぁ。比呂くんは本当に優しいねえ!」


「意外と面倒見がいいのな。結構ドライなのかと思いきや」


 大介も笑顔で褒めてくれ、湊も嬉しそうに微笑んだ。


「うん、やっぱり比呂、ネオ研に向いてるよ。そういう自分から動いていく行動力、MEIS災害の対策にはすごく必要だからさ」


「あ、いえ……そこまでは考えてなかったんですけど。つい動いてしまって……!」


 思わぬことで誉められ、比呂は計らずもはにかんでしまう。こういう風に、家族以外の誰かから面と向かって評価され、認められるなんて初めての経験だ。


 おまけに、比呂の熱意がネオ研のみなに伝わったらしい。柚は意気込んで立ち上がった。


「比呂くんがこれだけ気にしてるんだから、きっと何かあるよ。絶対に解決しよう! まずは桜庭さんに直に接触してみよっか!」


「でも、その桜庭って女子生徒、学校には来てないんだろ?」


 どうするんだと訝しむ大介に、柚はいたずらっぽくウインクをする。


「だったら、お見舞いに行けばいいんだよ!」


 生徒の個人情報は、顔認証などで公開されているものとされていないものがある。生徒の居住地に関する情報は後者だ。アドレス交換などして教え合えば別だが、住所は基本的に他の生徒には公開されていない。


 そういった個人情報を全て把握しているのは担任教諭など一部の教師のみだ。つまり桜庭芽衣の住所を知りたければ、担任の内藤先生から教えてもらうしかない。


 内藤先生の担当する科目は国語だ。とすると、普段は職員室か国語準備室にいると考えられる。


 比呂たちはまず、国語準備室へ行ってみることにした。すると幸いなことに、廊下を一人で歩いている内藤先生を見つけることができた。比呂たちネオ研のメンバーは物陰に隠れ、内藤先生の様子を窺う。柚が小声で比呂に尋ねた。


「比呂くんの担任って、あの先生?」


「はい、内藤(ないとう)文歌(ふみか)先生です」


「あんま見ない先生だな」


「確か今年、新しく赴任してきた先生だよ」


 それは比呂も知らなかった。湊は校内の事情に詳しいようだ。それを聞いた大介は不意にニヤリと笑う。まるで悪だくみをしているガキ大将みたいな笑みだ。


「そりゃ都合がいい」


「……? どういうことですか?」


 何だか嫌な予感がして比呂はネオ研の面々を見回した。そもそも、内藤先生に声をかけるのに、どうしてこんなコソコソしなければならないのだろう。つい柚たちに行動を合わせてしまったが、よくよく考えてみると、あまりにも不自然すぎる。


「えっとね、先生方の中には、ネオ研の事を快く思っていなかったり、警戒している人もいるの」


 案の定というべきか、柚は気まずげに頬を掻いた。


「まあ、それだけのことをしているから仕方ないけどね」


 湊もわざとらしく視線を逸らす。


「でも、新任の先生なら俺らのことも詳しくないだろ? 簡単に情報が手に入るってワケだ」


 大介だけは相変わらず自信たっぷり、やる気満々だ。


 つまりそれは、内藤先生を騙して情報を引き出すという事なのではないか。比呂の中で嫌な予感がどんどん膨らんでいく。


「あの……僕たちの活動はあくまで合法、なんですよね? 大丈夫なんですよね!?」


 するとネオ研の三人は、どう見ても大丈夫ではなさそうな物騒な笑みを浮かべ、ぐっと親指を立てるのだった。


「もちろんだよ」


「そんなの当り前じゃない、比呂くん!」


「今のところはな」


「え……えええ!?」


「ほら、行くぞ!」


 本当に大丈夫なのか。尻込みする比呂を引き摺るようにして、ネオ研の面々は内藤先生へと近づいていく。そして、国語準備室の中に入る寸前で先生に声をかけた。


「……え、桜庭さんのお見舞いに行きたい?」


 内藤先生は、突然、登場した比呂たちに戸惑いの表情を浮かべる。


「はい。桜庭さん、ずっと顔色が悪かったので心配なんです」


 比呂はそう訴えるものの、内藤先生は訝しげな顔をして首を傾げた。


「確かに緊張はしていたみたいだけど……体調は悪くないんじゃないかしら? 現に送られてくるバイタルデータには、軽度の発熱以外の問題は特に見当たらないし、プリント類はMEIS通信で送信してあるし」


 下宿先での生徒のバイタルデータは学校側も共有している。一人暮らしの生徒が多く、学校や教師には彼らの管理責任が生じるためだ。


 つまり、桜庭芽衣の欠席は発熱が原因だが、それ以上の深刻な体調不良は今のところ無いらしい。少なくとも、MEISによって送られてくるバイタルデータ上は。


「桜庭さんの体調がそれほど悪いわけじゃなくて良かったです。でも、僕たちはまだ入学したばかりだから、桜庭さんもまだ友達がいないんじゃないかと思って……ひょっとしたら一人で辛い思いをしているかもしれません」


 比呂がさらに頼み込むと、柚も身を乗り出す。


「先生、駄目かな? 同じ叡凛の先輩としても、後輩を放ってはおけないよ」


 あまりにも比呂たちが熱心に懇願するからか、内藤先生も徐々に心を動かされたようだった。


「そうね……桜庭さんもまだ下宿生活に不慣れだろうし、不安かもしれないわね。……分かったわ。そういう事なら桜庭さんの住所を教えてあげるけど、情報は絶対に外部へ漏らさないこと。それから、騒いで下宿先に迷惑をかけたりしないこと。この二つをちゃんと守るようにね」


「はい、分かりました」


「ありがとう、先生!」


 そして、ようやく比呂たちは内藤先生から桜庭芽衣の住所を教えてもらうことに成功した。場所は第二区域・再開発地区だ。


 白羽と黒羽も連れ、ネオ研のメンバー全員ですぐに直行する。


 桜庭芽衣の下宿先はまだ真新しいマンションだった。同じ第二区域・再開発地区の中にあるだけあって、比呂の住んでいるマンションの近所だ。


 十五階建ての大きなマンションが二棟、120度ほどの角度で扇形に並んでいる。その二棟のマンションに挟まれる形で、公園が広がっており、学校帰りと思しき小学生が数人ほど遊具で遊んでいるのが見えた。


 芽衣が住んでいるのはその十五階建てマンションのうち一番館の六階、605号室らしい。


 玄関(エントランス)はやはり比呂のマンションと同様、豪華で洗練されている。その一角にある管理人室へ行って管理人に事情を話すと、特別にマンション内へ入れてくれた。


 エレベーターで六階まで上がり、外廊下を進んで芽衣の部屋へ向かう。605号室へ辿り着くと、部長の柚がインターフォンを押した。


 しかし芽衣は出てこない。しばらく待ってみるが、やはり何の物音もしなかった。


「うーん……反応がないね」


 柚は困惑して比呂たちの方を振り返る。


「その桜庭って女子生徒は、本当に部屋にいるのか?」


 大介が半信半疑の様子で頭をかくと、湊も戸惑いの表情を浮かべる。


「内藤先生の元には、朝からずっと彼女のバイタルデータが送られ続けているそうだから、少なくとも僕たちが先生と話していた時点では在宅していたはずだよ。学校が使ってるヘルス管理システムは、家電や住宅環境を管理するシステムと連動しているし、外出したらすぐに先生方にも分かるようになっているからね」


 学校が体調を管理しているのは、あくまで芽衣のような病欠している生徒だけだ。全ての生徒を管理しすぎると、監視のようになってしまうし、管理されすぎると生徒の自主性も育たない。


 裏を返すと、今現在、桜庭芽衣は細かく体調をチェックされており、何か異変があれば必ず学校側がそれを把握できるようになっているのだ。つまり、彼女の具合が急変したり不審な外出をしていれば、必ずそれが担任の内藤先生に知らされる仕組みになっている。


「ひょっとすると、桜庭さんは眠っているのかもしれません。僕たちが来たことに気づいていないのかも」


 比呂が指摘すると、大介や湊は腑に落ちたという表情をした。


「あー、体調不良ならその可能性のが高そうだな」


「どうしよう? 出直そうか?」


 撤退ムードになる比呂たちだったが、柚が鋭い声を発してそれを呼び止める。


「ちょっと待って、みんな見て!」


 そのただならぬ様子に、比呂たち三人は驚いて柚に注目した。


 当の柚は足元を睨んでいる。いつになく真剣な表情だ。


 それで比呂たちも足元の異常に気づいた。


 玄関の扉と床の隙間から、黒い煤が漏れ出している。光を全く反射せず、不気味に蠢く真っ黒い粒子。


 《アンノウン》の幼生(ラルバ)だ。


「こいつは……!!」


「まさか……この部屋の中に《アンノウン》が!?」


 大介と湊も血相を変えた。


 その間も、《アンノウン》の幼生(ラルバ)はじわじわと扉の下から溢れ、徐々に比呂たちの足元を漂っていく。


 白羽と黒羽は地面に降り立つと、それらの黒い粒子をくちばしでツンツンとつついた。


「この、虫けらどもメ!」


「ごみ掃除ダ!!」


 ところが、白羽と黒羽が黒い煤をつついた瞬間、黒煤(ラルバ)は爆発的に膨れ上がって外に一斉に溢れ出す。まるで、ちょろちょろと水の滴っていた蛇口を最大まで捻って、突然、水が大量噴射したみたいに。


「うわあっ!?」


「危ねえ、下がれ!!」


 大介が叫び、柚や湊、そして比呂も慌てて玄関前から離れる。


 白羽と黒羽もさすがに驚き、ギャアギャアと鳴きながら一斉に飛び立った。


 しかしそれでも、扉の下から大量の黒煤が放出され、拡散していくのは止まらない。


 そのせいで、周囲の環境にも影響が現れ始めた。マンションの外廊下に取り付けられた電灯が突如チカチカと瞬き、バチッと放電したかと思うと、ひとりでにパリンと割れる。


 それも一つだけではない。電灯はいくつも、立て続けに砕け散っていく。



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