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第26話 異変

 大介があれほど筋トレに励んでいた理由がようやく分かった。


 戦闘そのものに体力や筋力が必要だということもあるだろうが、それだけではない。サイバーウエポンのスキルを発動させるには特定のモーションが必要だ。


 通常ではあまりしない激しい動きも多く、それらを安定的に発動させるためにも練習と基礎体力の向上が欠かせないのだ。


(でも、モンスターを倒した時にはすごく達成感があるし、チュートリアルを体験しただけでも自分がゲームの主人公になった感じがして楽しめる。だから、《Legend(レジェンド) of(オブ) Lux(ルークス)》は人気なんだな)


 今まであまりゲームには興味が無かった。最近のゲームはオンラインに対応したマルチプレイが当たり前となっており、中学時代、リアルでもネットでも孤独に過ごした比呂には縁が無かったのだ。


 だが、こんなに楽しいならいつかプレイしてみたいと思う。できれば、ネオ研の皆で。


 サイバーウエポンの最終調整を終えると、最後に蓮水が比呂たちネオ研のメンバーを一か所に呼び集めた。


「そうそう、君たちに伝えておきたいことがあったんだ」


「なに? はすみん」


 柚が首を傾げると、蓮水は眉根を寄せて深刻な顔になる。


「ちょっとおかしな噂を耳にしてね」


「噂……?」


「《アンノウン》関係ですか?」


 訝しげな表情をする柚や湊。大介も警戒した様子を見せる。蓮水は首を振った。


「いや、まだそうだと断定できる段階じゃない。ある筋から妙なうわさ話を耳にしただけだから」


「ある筋……ですか」


「ソピアー社はこの国家戦略未来特区である新世界市を、我が社におけるこれからの市場戦略の試金石になると考えている。だからこの街のあちこちにアンテナを張り、情報収集活動を行っているんだ。人とMEIS、両方を介してね。


 その『情報網』によると、叡凛の高校生や中学生の中で何人か突然、昏睡状態に陥った者がいるらしいんだ。健康状態は何ら問題がなく良好だった生徒が、ある日突然、深い眠りについて目を覚まさなくなってしまう。昏睡状態に陥る前のユーザーの精神状態には特に大きな問題が無く、身体及び神経系も何ら損害を負っていないことから、病気や疾患の類ではなくMEISの不具合の一種ではないかと疑われている」


「眠り姫ってわけか」


 比呂も真っ先に大介と同じことを考えた。ただ、その原因がMEISであるならかなり厄介だが。蓮水は肩を竦める。


「中には男子生徒もいるみたいだけどね。ただ、詳細がよく分かっていないんだ。というのも、昏睡状態に陥った学生のほとんどは医療機関に入院してしまったそうでね。当事者から当時の生活や行動パターンを聞き出したり、MEISの状態を調べたりしたいんだけど、今は彼らに接触することもできない。


 本社も調査チームを立ち上げて動き出しているけど、どうやらお手上げ状態みたいだね。さらに懸念されるのは、被害はこれからもっと増えるかもしれないということだ。特にこの件が《アンノウン》絡みだとしたら……誰もその原因すら突き止められず、『謎の事故』として放置されかねない」


「そいつは……確かに大ごとになりそうだな」


「その意識不明が《アンノウン》によって引き起こされているとしたら、元凶となる《アンノウン》を取り除かない限り、被害が収まることはあり得ないですもんね」


 大介と湊も腕組みをして難しい顔をしている。


「でしょ? もっとも、一連の学生たちの意識障害が《アンノウン》のものだという確証はまだない。だから自由に動ける君たちに真相を突き止めて欲しいんだ。僕たちもできるだけ情報収集に努めているけど、大企業の方が何かと動きにくいケースもあってね。君たちの力を借りたいんだよ。……もちろん、無理のない範囲でね」


 蓮水の言葉を受け、柚は大きく頷いた。


「うん、分かった! そんなに学生が被害に遭ってるなんて、一大事だもんね。それにもし《アンノウン》が原因なら、あたしたちMEIS災害対策チームくらいしか解決できない。調べてみるよ、はすみん!」


「ありがとう。でも、くれぐれも無茶はしないでくれ。君たちもまだ学生なんだから」


 蓮水は念を押すが、大介と湊も柚と同様に意欲を漲らせている。


「大丈夫です。僕たちもそれなりに経験を積んでいますし」


「何か分かったら、連絡しますよ」


「ああ、よろしく頼むよ。他にもし何か困ったことがあったらいつでも気軽に訪ねてくるといい。全面的に協力するよ」


 蓮水はどことなくほっとしたように言った。無茶をするなと口では言っていたが、その実、この件にはよほど手を焼いていると見える。


 彼らになら任せて大丈夫。言葉にせずとも、蓮水からその気持ちが伝わってきた。ネットオカルト研究部の面々を心から信頼しているのだろう。


 その話を聞いたあと、比呂たちは学校の部室へ戻ることになった。


白羽(しろは)黒羽(くろは)。おいで、帰るよ!」


 白羽と黒羽は比呂たちがサイバーウエポンの調整を受けている間、ずっと部屋の隅にとまって大人しくしていた。呼びかけるとパタパタと飛んできて、比呂の肩や頭にちょこんと止まる。


 二羽にしてはやけに静かで、一言も喋らない。どこか調子が悪いのかと心配してしまうほどだ。


「白羽と黒羽、やけに大人しかったね」


 ソピアー社を後にしながら、湊が声をかけてきた。湊もまた白羽と黒羽の様子に違和感を抱いたらしい。


「ええ、こんなこと滅多にないんですけど……さすがにソピアー社は緊張したのかな?」


「へえ、白羽と黒羽も緊張することなんてあるんだねえ。何かおかしなものでも食べちゃったとか?」


 柚がからかい交じりの口調で言うと、白羽と黒羽は不意に口を開いた。


「緊張なんテ、してないゾ」


「そうだゾ。柚のへっぽこぶりヲ、眺めてたんダ」


 そう言うと二羽は、ぎゅむぎゅむと柚の頭にとまる。もっとも、二羽の態度かラすると、どちらかと言うと、踏んづけているという感じだ。柚は唇を尖らせ、二羽の電脳カラスを追いかけ始めた。


「もう、この子たちかわいくなーい!!」


「こ、こら! 白羽も黒羽も柚先輩に失礼だろ!!」


 比呂は慌てて注意するが、白羽も黒羽も反省する様子は全くない。


「ツーン」


「ほんとの事、言っただけだゾ」


「むー、どこまでも口が悪いんだから! そういう悪い子はお仕置きだよ! 待てーっ!!」


 空を飛び回る白黒の電脳カラスと、それを全力で追いかけ回す柚。大介は呆れてそれを眺める。


「柚も電脳ペットの言うことにいちいち腹立てんなよ」


「大ちゃんはちょっと黙ってて!」


 柚はよほど頭にきているのか、聞く耳なしだ。


「本当にすみません、柚先輩!!」


 比呂が謝ると、柚はようやく駆け回る足を止めた。


「や、やだなあ、わたし怒ってないってば! なんたって、先輩だもん! それより、はすみんの依頼、しっかり調べないとね!」


「そうだね。身の回りの知り合いや友達に、何か知っていそうな人がいないか情報収集をしてみよう」


「ネオ研の掲示板でも情報提供を呼びかけてみるわ」


 湊と大介も柚の意見に同意を示す。その中で比呂はただ一人、気まずくなって俯いた。


「あの……僕はまだ入学したばかりで、あまり親しい友達とかもいなくて……」


 すると、柚はにっこりと笑う。


「そっか、比呂くんは高校入学で叡凛に来たって言ってたから、周りに中学校時代の友だちもいない状態だもんね。だったら今は無理して動かなくていいよ。学校生活に慣れるのも大変だろうし、もし余裕があったら周囲をよく観察してみて。《アンノウン》に関わっていたら兆候が表れるから」


「あの煤みたいな黒い粒子……《アンノウン》の幼生(ラルバ)、ですね?」


 そういえば、クラスメートの何人かが黒煤を身にまとわせていた。


 彼らが蓮水の依頼してきた件に関わっているかどうかは分からない。でも、何人かはあまりにも黒煤の量が多く、気になっていた。


 たとえば、隣の席の女子生徒、桜庭(さくらば)芽衣(めい)とか。


 明日、学校に行ったらそれとなく探ってみよう。比呂はそう決意するのだった。




 ソピアー社を後にし、自動運転バスに乗り込むと、第三区域・文教地区まで戻ってくる。そして学校の部室へ向かい、今後の活動の予定などを再度確認してから、その日は解散となった。


 それから比呂は柚たちと別れ、下宿先であるマンションへと戻る。


 夕食をとり、シャワーを浴び、宿題をしたりしていると、あっという間に時間が過ぎていった。そろそろアネモネに手紙を書こうと思いつくが、手紙の「配達人」である黒羽と白羽の元気がない事に気づく。


「黒羽、白羽? どうしたんだ、元気がないな」


 電脳ペット用の餌もいつもに比べるとあまり食べていないし、本当にどこか具合が悪いのではないか。比呂が心配すると、白羽と黒羽はやはりいつものような悪態をつくことも無く、それぞれお気に入りの場所に飛んでいってしまった。


「今日は疲れタ」


「肩が凝ったナ」


「もう寝るゾ。おやすみ、また明日」


「ZZZ……」


 言うや否や、さっそく背中の羽に頭を埋めて眠ってしまう。どうやらかなり疲れがたまっているらしい。それを見て、比呂は苦笑を漏らした。


「……なんだ、やっぱりソピアー社に行って緊張したんじゃないか」


 白羽と黒羽にしてはらしくない事態だが、この二羽にも苦手な場所があるのだと思うと、何だか少しおかしい。


(『配達係』が休業なら仕方がない。今日はアネモネに手紙を出すのはお休みだな)


 疲れているのは白羽と黒羽だけではない。比呂も強い疲労感を感じる。明日も学校だ。そのため、早めに就寝することにした。


 ベッドの上に横たわると、すとんと眠りに落ち、翌朝まで爆睡だった。


 次の日、比呂は身支度を整えると、いつものように学校へ向かう。天気が良く、とても風の爽やかな日だった。


 けれど、体はどうにも重い。何度となく通ったはずの、通学路の距離が、妙に長く感じられる。


「あだだだだ……やっぱり筋肉痛になったか。昨日、ソピアー社でウエポンの練習をした時、普段は使わない筋肉を酷使したからな」


 白羽と黒羽は、昨日はやけに大人しかったが、一晩寝てすっかり元気を取り戻したらしい。比呂の周りを飛び回って囃し立てる。


「比呂、ダサいゾ!」


「比呂、運動音痴! 運動音痴!」


「う、うるさいぞ、二人とも! 本気で体を動かすのは久しぶりだから、まだ調子が掴めないだけだ!」


 二羽が本来の調子を取り戻したのは素直に嬉しいけれど、こういう時は柚と同じ気持ちになってしまう。「こいつら、可愛くない!」、と。


 学校に向かうその途中、女子テニス部の先輩、三雲るりが前を歩いているのに気づいた。


 るりは一人だ。しかし心なしか、いつもの快活さがなく、足取りがトボトボしているように見える。どうしたのだろう、何かあったのだろうか。不思議に思いつつも、比呂はるりに近づいて行って声をかけるた。


「三雲先輩!」


「あ、香月くん……おはよー……」


「おはようございます。……どうしたんですか? 何だか元気が無さそうに見えますけど……」


 三雲るりは、冴えない表情で自らの肩を揉む仕草をする。


「うーん、それがね。どうにも疲れが取れないんだよねー。何かこう……肩が重いし背中もバッキバキだし」


「テニス部の練習がキツすぎるんじゃないですか? 試合の前に体調を崩したら、意味が無くなっちゃいますよ」


「それは分かってるんだけど……部活の疲れじゃないと思うんだよね、この倦怠感」


「どうしてですか?」


「だって、部活の練習が厳しいのは今に始まったことじゃないから。あたし、中学の時からテニスやってるんだけど、こんなに疲労感を感じたこと今まで無かったもん。……変だなあ、MEISヒーリングにも行ったのに」


 比呂はぎょっとする。


「えっ、昨日もMEISヒーリングに行ったんですか?」


「うん。だってクーポンだってまだ残ってるし、もったいないじゃん? 何より結構、効果があるし!」


 そう言って、るりは無邪気に笑う。


 その時、比呂は初めて気づいた。紺色の制服の色にまぎれて目立たなかったが、彼女の肩や腕、背中に独特の黒い煤がたくさん付着していることを。


 しかし、当のるりはそれに気づいた様子がない。


(これは、《アンノウン》の幼生(ラルバ) ! 一体どこで……昨日まではこんなもの、付いていなかったのに!)


 何が原因でこんなことになってしまったのか、それは分からない。当然のことながら、比呂はるりの行動の全てを把握しているわけではないからだ。


 ただ、彼女がのめり込んでいるMEISヒーリングというサービスの事は気になった。


(僕が以前、住んでいたところは田舎だったから、あまり当てにはならないけど……それでもMEISヒーリングなんて言葉、新世界市の外では聞いたことないんだよな。新しいサービスで、まだ広まっていないだけという可能性もあるけど……)


 比呂が最初にMEISヒーリングのことを知ったきっかけは、第一区域・港湾地区(ベイエリア)でクマの姿をした電脳ペットが宣伝をしているの目にしたことだ。あの時は面白そうなサービスだと興味をかき立てられた。けれど今は、どうにも嫌な予感がしてならない。


 比呂はるりにある提案をしてみることにした。


「あの……三雲先輩。MEISヒーリングは少しやめた方がいいと思います」


「え、何で?」


「理由は……うまく言えないんですけど。でも、体調不良が最近始まったなら、MEISヒーリングが原因かもしれません」


「えー、それはないよ。だってテニス部の友だち、みんな効果あるって言ってるもん」


(テニス部の他の部員も通っているのか。けっこう広まっているんだな)


 その事に驚きつつも、さらにるりを説得する。


「みんなが良いと言うものが、必ずしも三雲先輩にも良いとは限りませんよ。もし先輩だけが疲れを感じやすくなっているなら、MEISヒーリングが先輩には合っていないのかもしれません。新しいサービスは少し待てば、アップデートされて快適になることもよくあるし、それを待ってから利用を考えてもいいんじゃないですか?」


 比呂は熱心にそう説いた。るりは少し驚いたようだったが、悪い気はしなかったらしい。


「へえ~、そこまで心配してくれるなんて、香月くんは優しいんだねぇ~!」


 からかうような気配を含んだ上目遣いで、比呂の顔を覗き込んだ。


「え!? い……いえ、その……」


「大丈夫、だいじょーぶ! きっと大会を前に緊張しちゃってるだけだと思うからさ! でも、いろいろアドバイスしてくれてありがとね!」


 るりはそう言うと、ようやくいつもの溌剌とした笑顔を見せた。しかし黒煤――《アンノウン》の幼生(ラルバ)を身にまとわせているせいか、比呂にはどうにも顔色が悪く見えてしまう。


 さらに口を開こうとしたその時、後方から別の女子生徒の声が聞こえてきた。


「るりー、おはよー!」


「それじゃあ、またね、香月くん!」


 そしてるりは手を振ると、その声の主の元へと走り去ってしまう。


「三雲先輩……本当に大丈夫かな……?」


 比呂は不安を感じつつも、るりを見送った。


 るりが《アンノウン》の幼生(ラルバ)を付着させていることは事実だが、その原因がMEISヒーリングだという確固とした証拠はない。そうである以上、あまり強く止めるわけにもいかない。しばらくは様子を見るしかないだろう。


 登校すると、比呂は真っ先にネットオカルト研究部の部室へ向かった。部室に白羽と黒羽を預けるためだ。柚たちはいないが、部室の扉を開く暗証番号は教えてもらっている。


「おお、ここが我らの新しい城カ!」


「天国じゃ、天国ジャ!」


 部室の扉を開けるや否や、白羽と黒羽は中へ飛び込んでいく。そしてそれぞれ、さっそくお気に入りの場所がないかと物色し始めた。


「白羽も黒羽も、放課後になるまでここで大人しくしているんだよ」


「ラジャー!」


「任せとケ!」


 思った通り、二羽はネオ研の部室を気に入ってくれた。比呂としても、校外で待機させているよりはずっと安心だ。白羽と黒羽が落ち着くのを待ってから、比呂は教室へ向かう。


 ところが、教室に到着するとさらなる事態が待ち受けていた。まだ新学期が始まったばかりだというのに、隣の席の桜庭(さくらば)芽衣(めい)が欠席していたのだ。


 彼女の席には、《電脳物質(サイバーマテリアル)》でできた、『本日欠席』という表示プレートが浮かんでいる。赤い光を放つそれを目にし、比呂はどきりとする。


(桜庭さんは多くの《アンノウン》の幼生(ラルバ)を付着させていた。黒煤をまとっている生徒たちの中でも明らかに異常だと言えるほどに。タイミングを考えても、蓮水さんが言っていた件に関係があるかもしれない。本当に大丈夫なんだろうか……?)


 どうにも気になって仕方がなかった。


 ひょっとしたら、比呂が懸念するほどのことではないのかもしれない。ただの風邪かもしれないし、明日になったらまた何事も無かったかのように教室に姿を見せるかもしれない。


 でももし、あの大量の《アンノウン》が欠席の原因だったら。


 或いは蓮水の言っていた意識障害と何か関係していたら。


 桜庭芽衣は長きにわたって、原因不明の昏睡状態に陥ってしまうかもしれない。そうなってしまってからでは遅いのだ。


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