第25話 蓮水(はすみ)春薫(あつゆき)
他のネオ研のみなも冬城を信頼しているようだ。柚がさっそく冬城に相談をする。
「ちーちゃん、魔導書の魔法発動、もう少し早くならないかな~?」
「そうですね……《スターダスト》や《シューティング・スター》など、攻撃力の低い魔法に関しては改善の余地があると私も思います。ただ、《ギャラクシー》や《スーパーノヴァ》級の高位魔法はまだ実装されたばかりで、実戦で用いたデータが少ないこともあり、改良はしばらく難しいですね」
「《ギャラクシー》や《スーパーノヴァ》は効果抜群だけど、そのぶんデータが重くて環境への負荷もすごいもんね」
「できるだけ快適さが保てるよう、調整してみます」
それから冬城は湊へ視線を向けた。
「二階堂さん、弓の方はどうですか? 前回、矢の飛翔角度で悩んでいると伺いましたが」
「はい、最近は劇的に命中率が上がってきました。特に冬城さんに調整してもらってから、まっすぐ飛ぶようになりましたよ。あとは飛距離をもう少し伸ばしたいんですけど……」
大介も待ちきれないらしく、冬城へ口を開く。
「千風さん、俺、そろそろ他のクラスにも挑戦してみてえんだ。比呂がチームに入るから、もうちょい防御に特化したクラスにも慣れておいた方がいいんじゃねえかと思って」
「その考えは私も賛成です。ちょっと待って下さい。御剣さんのフィジカルに合ったクラスをAIに算出させますので」
冬城の対応は的確で丁寧だった。みなの相談や提案にも熱心に耳を傾けている。ちょっと無愛想に見えるけれど、コミュニケーション能力そのものは高いようだ。
(さすが、あのソピアー社の社員さんだな。先輩たちの熱意もすごい。僕もできたら、もう少し片手剣の練習をさせてもらおう。次はいつ《アンノウン》と遭遇するか分からないけど、その時までにはしっかり動けるようになっておきたい……!)
柚や大介、湊は冬城と熱心に話し合っている。比呂はみなの邪魔にならないよう、離れたところで《連撃残》の動きを練習することにした。いずれは、インターフェースなしでも動けるようにならなければならない。
MEISにアプリをダウンロードすれば、インターフェースが無くても体そのものは指示どおりに動くようになる。アクセス権3に対応した簡易アプリもあるだろう。
だが、実際に体がついて行くかどうかは別問題だ。動作を可能にするだけの筋肉が無ければならないし、動きに慣れていないと、いざという時に自ら判断して対応することができない。
いくらアプリの補助があろうとも、動くのはあくまで比呂自身なのだから。
比呂は素振りをしたり、剣技の動作を練習したりしながら、冬城の手が空くのを待った。するとそこへ蓮水が近づいくる。
「頑張ってるね、香月くん」
「蓮水さん」
「君が柚くんたちのMEIS災害対策チームに入ってくれるのは僕たちとしても嬉しい事だけど……本当に良かったのかい? これまで僕たちが観測したデータによると、《アンノウン》の成虫は我々の世界に対して攻撃意思を示すことが多いんだ。実際、柚くんたちも何度か危険な目に遭ってきた。おそらく君も《アンノウン》と戦えばそうなるだろう。それでも……君はチームに入ることを望むかい? ……怖くはない?」
比呂は少し俯いたものの、すぐにまっすぐ蓮水の顔を見て答えた。
「分からないですけど……それが誰かのためになるなら、やってみたいです」
「なるほど、とても前向きな考えだね」
「蓮水さんは、どうしてわざわざ僕にそんな助言をしてくれるんですか? 僕……頼りなさそうに見えますか?」
比呂に対して何がしかの不安を感じているから、蓮水はこのように念押しするのではないか。そう推測したのだが、蓮水はにこっと邪気の無い笑顔を見せる。
「はは、気を悪くさせちゃったかな? 他意はないんだ。ただ君はゲームとかやらないみたいだし、敵を倒すのが好きな好戦的なタイプにも見えない。かと言って、負けず嫌いだとか使命感が強いようにも見えないから、ちょっと不思議に思ったんだ。君には柚くんや大介くん、湊くんの三人と違って、《アンノウン》と戦う強い動機みたいなのが感じられないなってね」
(《アンノウン》と戦う動機……)
全くないわけではない。最初はとにかく、《電脳幽鬼》の手掛かりが欲しくてネットオカルト研究部に近づいた。《電脳幽鬼》となり、今も電脳識海のどこかにいるかもしれない母を探すために。
その後、ネットオカルト研究部の活動内容を知るにつれ、純粋に彼らの役に立ちたいという気持ちが強くなっていったのだ。
(そういえば、柚先輩が言ってたな。MEISを開発したソピアー社の社員である蓮水さんなら、《電脳幽鬼》について何か詳しい事を知っているんじゃないかって)
思えば、比呂はちょうど蓮水と二人きりだ。冬城やネオ研の皆は、離れたところでサイバーウエポンの調整を行っている。今こそ、《電脳幽鬼》について聞いてみるチャンスなのではないか。そう考えた比呂は、慎重に口を開いた。
「あの……蓮水さんは幽霊って信じてますか?」
その質問には、さすがの蓮水も面食らった顔をする。
「幽霊!? ……えらく唐突だね」
「幽霊って言っても心霊現象の方じゃなくて、MEIS上で起こる現象のことです。ネットの一部では《電脳幽鬼》と呼ばれているとか」
「ああ、聞いたことあるよ! 死んでしまった人が火葬や納骨を済ませた後に、ふらりと家に戻ってきて何食わぬ顔で生活を始め、そしていつの間にか再び消えていた……と、概ねそういう話だね」
「よくご存じですね」
「実は僕、けっこうオカルトネタやネットロアが好きなんだ。といっても、ガチのオカルトではなく、主にMEISや電脳識海を舞台にしたサイバーオカルトの方だね」
「そうなんですか。実は僕もなんです」
「へえ、奇遇だねえ!」
蓮水は嬉しそうに笑った。『同志』が得られたことを純粋に喜んでいるようだ。この反応なら、より具体的な情報を何か教えてくれるかもしれない。比呂はさらに踏み込んだ質問をする。
「ソピアー社では《電脳幽鬼》に関して、何か情報を得ていないんですか?」
ところが、途端に蓮水の表情は曇ってしまった。
「残念ながら、何も。我が社でも幾度かサイバーオカルトの真偽について調査しているが、『ユーザーの気のせい』とか『ユーザーが精神的ショックのせいで幻を見た』とか、ほとんどがサイバーオカルトを体験したと主張する者の精神状態に原因があるとする調査報告ばかりだよ。
《電脳幽鬼》もまたしかりさ。そもそも、そういったサイバーオカルト現象――大半はMEISの不具合によるものだと考えられるけど、その引き金となる《アンノウン》の存在ですら信じていない者が大半だからね」
「そうですか……」
「知っての通り、ソピアー社は巨大なB‐ITベンダーだ。大勢のいろんな考えを持った人間が働いていて、数えきれないほど多くの企業や組織と取引きがある。僕はある事情があって《アンノウン》の存在を信じているけど、そうでない社員の方が圧倒的に多い。どれだけ証拠を突き付けても、頑なに存在を否定するんだ。そんなものあってもらっては困ると言わんばかりに。
特にシステム開発やシステム運用・保守に関わる部署は、この手の話を極端に嫌がる。ま、仕方がない面もあるけどね。何せ《アンノウン》の姿は大半の人間には感知できないんだから。誰だって怪談もどきの噂話に自分の仕事を邪魔されるなんて嫌に決まってる。《電脳幽鬼》も同じような扱いというわけさ」
「それは……よく分かります。でも僕は、《電脳幽鬼》は本当に存在すると思っています」
「やけに自信たっぷりだね。どうしてそう言い切れるのかな?」
「この目で見たからです」
蓮水は比呂を見つめる。今までの、『子ども』の相手をするような態度とは違う。始めて『香月比呂』という『個人』を認識したという眼差しだ。
比呂もまた負けまいとして蓮水を見つめ返す。比呂の言ったことは嘘ではない。それを信じてもらうために。
やがて蓮水は破顔した。
「ははは、君はなかなか面白い事を言うね!」
「僕の言うこと、信じられませんか?」
「いいや、信じるよ。何故なら……僕も『幽霊』を見たことがあるから」
「え……そうなんですか?」
虚を突かれ目を瞬く比呂に、蓮水は顔を近づける。まるで、秘密を打ち明けるかのように。
「ああ。《アンノウン》は虫の姿をしていることは、既にネオ研のみんなから聞いているだろ?」
「……はい」
「そう……確かにこれまで観測された《アンノウン》は昆虫の形状をしたものが圧倒的に多かった。でも僕はね、電脳識海のどこかにはヒトの姿をした《アンノウン》がいるんじゃないかと思っているんだ」
「人型の《アンノウン》……!? まさか……!」
比呂はそのさまを想像し、妙にぞくりとしてしまう。
何故か、交通事故で他界し、その後に甦った母の杏奈のことを思い出してしまった。あの日……母と子、たった二人だけで過ごした夕暮れの、切なくも不思議な時間。けれど母の杏奈は体の一部が真っ黒になってしまった。ちょうど、あの闇色の粒子で構成されている《アンノウン》のように。
蓮水が言っている人型の《アンノウン》も同じようなものなのだろうか。
(人型の《アンノウン》……か。もしそんなものが存在しているとしたら……確かに《電脳幽鬼》に見えなくもないかもしれない。でも、どうなんだろう? 本当に《アンノウン》と《電脳幽鬼》には何か関係があるのかな?
あの日、戻って来たお母さんは《アンノウン》に似ている部分もあったけど、ちゃんと顔や人格があった。その点は明らかに《アンノウン》ではなかったし、どちらかと言うと《電脳幽鬼》に近いと思う。もっとも、判断をするには情報が少なすぎるけど……)
考え込む比呂だったが答えは出ない。一方、蓮水は比呂から顔を離すと、まるで独り言のように呟き続ける。
「っていうか、実際に見たんだよね、僕。ずっと、ずーっと昔に。あれは確かに表層のデータじゃなかった。漸深層や深海層からやって来た『ヒト』だった」
「……。それが幽霊(《アンノウン》)だったんですか?」
「確証はない。でも僕はそう思っている。もっとも、その存在を証明するのはひどく難しい。何せ人間を、電脳ペットみたいな情報生物化する技術すら、未だに確立されていないんだ。技術そのものが難しいというのもあるけど、倫理的な是非も問われていて、実現の目処は全く立っていない。そんな中で人型の《アンノウン》なんて、まさにオカルトや都市伝説並みにあり得ないというわけさ。……今のところはだけど、ね」
「そう……なんですか」
比呂はふとアネモネのことを思い出した。
人型をした電脳ペット――つまり《電脳物質》で構成された『ヒト』は現段階では存在しない。とはいえ、実現するのは決して不可能ではないのだろう。
現代ではAIは著しい進化を遂げており、既に人間と遜色ない会話もできる。ソピアー・ジャパンの受付係アンドロイド、クリスが良い例だ。
だが、その前には倫理的な問題が立ちはだかっている。そして往々にして、倫理的問題は技術的な問題よりもよほど越えられない大きな『壁』になりがちだ。比呂たちがヒトである以上、それは守らねばならない絶対のルールだからだ。
(つまりアネモネは、誰かのアバターである可能性が一番高いという事か……)
理論的に考えるならそれが最も確実だ。けれど比呂は、それに強い違和感を抱いた。
何故かは分からない。ただ一つはっきりしているのは、アネモネはそんな単純に説明できるような存在ではないという事だった。
彼女はいつだって神秘的で謎だらけ、全てを見透かしているかのように超越的であるのに、それでいて子どものように純粋な面も持ち合わせている。まるで、ヒトの世界に初めて触れた異邦人のように。
比呂にとってアネモネはアネモネで、他の何者でもない。彼女に『中の人』がいるなんてとても想像ができないのだ。
黙り込んだ比呂を気遣ったのが、蓮水は遠慮がちに声をかけてくる。
「すまないね、がっかりさせてしまったかな?」
「あ、いえ……」
「しかし、それでも僕は、人型の《アンノウン》はいると確信しているんだ」
蓮水は妙にはっきりと断言する。
「でも……もし仮にいたとしても、蓮水さんは《アンノウン》を見ることができないんじゃ……?」
蓮水の口調に引っかかりを覚えて、比呂はつい問い返してしまった。
「そう。けれど、あの時は……あの時だけは確かに見えたんだよ! そして……みんなを連れて行ってしまったんだ! 僕、一人だけを残して……!!」
(……? 『みんなを連れて行ってしまった』……?)
みんなとは誰の事だろう。その人たちはどこへ連れて行かれてしまったのだろうか。比呂には分からないことだらけだ。
ただ、蓮水の瞳は妙な熱を帯びている。ギラギラとした、狂気にも似た光。知的好奇心という範疇を軽く超え、妄執じみたこだわりさえ感じさせる。その異様さに、何となくそれ以上のことを聞くのは躊躇われた。
「……」
ごくりと喉を鳴らす比呂。しかし、蓮水はすぐに元の彼に戻る。
「ま、他の人には内緒なんだけどね」
そしていたずらっぽく付け加えると、比呂に向かってウインクをした。それを見た比呂もほっとし、つられて笑顔を見せる。
彼にどんな事情があるのかは分からない。けれど、蓮水は比呂に嘘を言ったりからかったりしているわけではないようだ。それだけで十分だった。特殊な事情があるのは比呂とて同じだ。
比呂の探す《電脳幽鬼》と蓮水が言うところの「人型の《アンノウン》」に何か関係があるか、それとも全くの別物なのか。今のところは分からない。だが、どちらも人型であること、存在しないはずのものがMEISによって見えるという点は共通している。蓮水もそれに気づき、秘密を打ち明けてくれたのかもしれない。
「ああ、そうそう。《電脳幽鬼》の話だったね。ソピアー社では不具合として公式に認められてすらいないし、今のところネットの掲示板などで囁かれている噂にすぎない。でももし本当にそんな不具合があったとしたら大変だ。《電脳幽鬼》そのものが無害だったとしても……ユーザーに何かしらの不利益を与えるかもしれない。こちらでも調査を行ってみよう。もし何か新しい情報が分かったら、コンプライアンスの許す範囲で香月くんにも教えるよ。それでいいかな?」
「あ、ありがとうございます!!」
比呂は目を輝かせ、勢いよく頭を下げた。《電脳幽鬼》に関して、今日の収穫は皆無だったと言っていいだろう。だが、今後は期待ができるかもしれない。それだけでも比呂にとっては大きな前進だった。
「はは、そんなかしこまらなくてもいいよ。でも、香月くんは面白いというか……興味があるな。僕が『幽霊』の話をしても笑わなかったし」
「そんな……僕の方こそ《電脳幽鬼》のことを真剣に聞いてもらって嬉しかったです。今までずっと何の手掛かりも得られなかったので、この新世界市で何か分かるといいんですけど」
「希望は持てるんじゃないかな。何せこの新世界市はMEISの普及率、全国№1だ。そのぶん発見される不具合や《アンノウン》の数も他地域に比べ、桁違いに多いからね」
「だから、《電脳幽鬼》に遭遇する確率も高くなる……?」
「そういうこと!」
そう言って蓮水は朗らかに笑う。風変わりでいろいろと謎の多い人物だが、蓮水が比呂に好感を抱いているのは間違いなさそうだ。
(最初は何ていうか……ちょっと変わっている人だと思ったけど、親切でいい人だな、蓮水さん。柚先輩たちが信頼して慕っているのもよく分かる)
やがて柚や大介、湊、冬城の四人も比呂たちの方へやって来た。どうやら、それぞれのウエポンの調整が終わったらしい。
その後、比呂は冬城に頼んで、何度かウルフラビットと戦わせてもらった。インターフェースの指示する動きにだいぶ体が慣れてきて、スムーズに戦闘を行えるようになってくる。
冬城はタブレット型端末を操作しながら、比呂に声をかけてくる。
「香月さん、最後の方はかなり良い動きになっていましたね」
「はい。インターフェースのおかげで、スキルの動き出しのタイミングも掴みやすいです」
剣道をやっていたからこそ、よく分かる。インターフェースの補助が無ければ、スキルの習得にはかなりの練習が必要だっただろう。それを聞いて冬城は微笑んだ。
「そのインターフェースはしばらくお貸しします。次に弊社へ来た時、《プレロマ》と一緒に調整させてください」
「はい、よろしくお願いします!」
答えつつ、比呂は心の中でひっそりと呟く。
(でも多分、これ……明日には筋肉痛だな)
MEISにアプリをインストールしたら、痛みを緩和するくらいはできるかもしれないが、肉体への負荷を根本的に解決したり、無かったことにすることはできない。体力づくりと練習が必須だと痛感する。




