第24話 テストプレイ
「冬城くん、君はどう思う? 比呂くんには何が合うかな?」
蓮水からそう尋ねられ、冬城は頷きを返す。
「そうですね……クラスは後から変更がきくので、まずは初心者用のクラスにするというのも一つの手です。或いは、親しみやすそうなものから始めて見るとか。香月さんは何かスポーツの経験はありませんか?」
「小学生の頃、剣道をしていました」
「そうですか。それでは、これはどうでしょう」
冬城は、手早くタブレット型の端末を操作した。すると、比呂の目の前に一本の剣が浮かび上がる。大介の愛用している大剣よりはずっと細身で短い。片刃で、刀身がやや湾曲している。
時代劇などでよく見る、侍が腰に差している刀そっくりだ。
「これは……日本刀、ですか?」
比呂が尋ねると、冬城は頷いた。
「そうです。サムライクラス用の片手剣です。《LOL》の全ウエポンの中でも比較的、操作性の難易度が低いものとなります」
確かに剣道をしていた比呂には、日本刀は馴染みやすいかもしれない。武器としての大きさも大きすぎず小さすぎず、扱いやすそうだ。
「いいんじゃねーか? 俺も最初は片手剣で慣らしてから両手剣や槍にクラスチェンジしたしな」
「わたしも最初は魔法の杖から入ったんだ。いろいろ試していくうちに、きっと自分に合うスキルやウエポンが見つかるよ!」
大介や柚のアドバイスで、比呂はついに決心を固めた。
「そうですね。……それじゃ、取り敢えずこの片手剣を使用する、サムライクラスにします!」
「それでは、サムライクラス・片手剣で登録します。空中の剣に触れてみてください」
比呂は冬城の指示通り、宙に浮いた片手剣の柄に触れ、実際に握ってみた。片手剣の握り心地はちょうど良い。太すぎず細すぎず、手の中にすっぽりと納まる感じだ。
ただ、意外とずしりとしている。そのまま軽く振ってみるが、やはり想像以上の重量感だ。
「お……重い……」
思わず呟くと、すぐさま冬城がそれに反応した。
「そうですか……ではこちらで少しウエイトを調整しましょう」
冬城が特殊なタブレットを操作すると、比呂の持つ片手剣がふと軽くなる。
「あ、少し軽くなった!」
比呂の気のせいではない。その証拠に、先ほどより簡単に片手剣を振り回すことができる。驚いていると、蓮水は笑って言った。
「サイバーウエポンも元をただせば《電脳物質》であり、原理は全く同じだからね。視覚的な情報や大きさはもちろん、体感できる重さもみな設定してコントロールすることができるんだよ。その片手剣ももっと軽くできるし、逆にすごく重たく感じられるよう調整することもできる。見た目のデザインも好きなように変更できるよ」
「な、なるほど……」
そう考えると、やはり《電脳物質》や、それを物体として感知させるMEISは本当に便利だ。自分に合ってないからといって、サイズや重さ、質感が違うものを別に用意する必要が無いのだから。
「それでは次に、片手剣を使って実際に戦ってみましょうか」
冬城が言うや否や、今度は部屋の中央に動物のようなものが二体現れる。ウサギに似ているが、ウサギにしてはとても狂暴そうな顔つきだ。大きさはちょうど中型犬くらいだろうか。
決して大きいわけではないが、爪や牙が鋭く光っていて、全身からいかにも獰猛そうな雰囲気を醸し出している。おまけに、実際に存在していそうなほどリアルな造形をしており、それが余計に恐怖を誘う。こちらが気を緩めれば、すぐにでも襲い掛かってきそうだ。
「う、うわ……!?」
比呂は片手剣を手にしたまま凍り付いた。間髪置かず、冬城が助言をしてくれる。
「安心してください。これはウルフラビットといって、《LOL》の最序盤に登場する低レベルのモンスターです。チュートリアル仕様になっていて、プレイヤーに危害を及ぼすことはありません。ここでは、このウルフラビットは《アンノウン》の代替だと考えてください。まずはその片手剣でウルフラビットを撃破してみましょう」
つまりこのウルフラビットを倒せなければ、《アンノウン》との戦闘など夢のまた夢ということだ。いかにも凶暴そうな見た目だからと言って、怖がっている場合ではない。《アンノウン》はこれより遥かに巨大で危険なのだから。
(よし……やるぞ!)
比呂は覚悟を決め、両手で片手剣の柄を握った。右足を前に出し、左足は後ろへ。踵をわずかに浮かせ、左の脇を締めて肩に過剰に力が入らないように剣を構える。剣道の最も基本的な構え方である、中断の構えだ。
ここ数年は竹刀を握っていなかったが、小学校時代は六年間、ずっと剣道を習っていたので、体がそれを覚えている。
離れたところでそれを見守る蓮水たちは目を見開いた。
「お、なかなかいい感じだね」
そこへウルフラビットが飛び掛かってきた。思いのほか動きが素早い。おまけに跳躍力もあり、比呂の胸のあたりまで跳び跳ねる。
そして、何と言っても顔がとても怖い。ゲームの量産型モンスターとはいえ迫力満点だ。
警戒する比呂だったが、ウルフラビットが接近してくると、視界に青いサークルが浮かぶことに気づいた。サークルはウルフラビットにぴたりと重なっている。
「冬城さん、この青い円みたいなマークは何ですか?」
尋ねると、冬城からすぐに返答がある。
「それはターゲッティングカーソルと言って《プレロマ》のサポートシステムの一環です。接敵するとターゲッティングカーソルが青く浮かび、攻撃が有効な範囲に入るとそれが赤に変化します。カーソルが赤くなったら攻撃してください」
「は……はい、分かりました」
冬城の言った通り、ウルフラビットが近づいて来ると、それまで青い色をしていた円は赤い色に変わった。それと同時に、比呂は思い切って片手剣を振り下ろした。ヒットすると同時に、剣がモンスターを斬る感触が伝わってくる。
距離を取って、もう一撃。ウルフラビットは「ギキイッ!」と悲鳴を上げ、ガラスが砕け散乱するようなテクスチャーと共に消滅した。
(よし……まずは一体!)
残ったもう一匹のウルフラビットは、ちょこまかと逃げ回る。けれど、完全に遠くへは行かない。比呂と一定の距離を取り、様子を窺っている。まるでこちらを翻弄し、挑発しているみたいだ。
けれど、比呂はその挑発には乗らなかった。片手剣を構えたまま移動しつつ、じっと距離を取る。柚や大介が声援を送ってくれる。
「比呂、落ち着いていけー!」
「比呂くん、頑張れー!」
左右に跳躍していたウルフラビットは業を煮やしたのか、まっすぐ比呂に突進してきた。それを受け、比呂は待ってましたとばかりに大きく踏み出す。
(今だ!)
視界の中に浮かぶターゲッティングカーソルの色は赤。それを確かめると、大きく片手剣を前に突き出し、一撃でウルフラビットを仕留める。剣道でいうところの、突き打ちの動きだ。ウルフラビットの体は真っ二つになり、光の粒子となって砕け散った。
「おおー! 比呂くん、すごいすごーい!!」
「やるじゃねーか!」
「剣を扱うのに、ずいぶん慣れているね」
柚は興奮のあまりぴょんぴょんと飛び跳ね、大介や湊も大きな歓声を上げる。蓮水も比呂の活躍に目を瞠った。
「本当に《LOL》は未プレイなのかい? 信じられないよ」
「あはは、剣道は中学進学の時に止めてしまったんですけど……体が覚えてくれているみたいで良かったです」
一方、冬城はひどく冷ややかな目でこちらを凝視している。手元の特殊なタブレット型端末のディスプレイと比呂を交互に睨めっこだ。
「あの、冬城さん……?」
比呂が恐るおそる声をかけると、冬城は眉間にしわを寄せたまま答えた。
「……分かりました。では次にスキルを使ってみましょうか」
「スキル……?」
「スキルを使えば、モンスターをより効率的に倒す事ができます。これは《アンノウン》にも同様の効果を得られることが確認されています」
比呂は《アンノウン》と戦っていた時の大介の姿を思い出した。大介はただ大剣を振り回すだけでなく、凄まじい剣技で相手を圧倒していた。比呂も同じように威力のある剣技を使いこなせたら、《アンノウン》に対して高いアドバンテージを得ることができるだろう。
「でも、スキルなんてどうやって発動させたらいいか……」
すると冬城は淀みなく説明する。
「XXR系のゲームにおいては、主にモーションがスキル発動スイッチの役目を果たします。特定の動きをすれば、その動きに合わせたスキルが放たれるというわけです。香月さんはXXRゲーム未経験者なんですよね? そして、アクセス権は3」
「は、はい」
「それではインターフェースを使って練習をしてみましょうか」
そして、グローブ型インターフェースを取り出し、比呂に手渡した。
「俺が使ってる奴だよ。こうやって手に装着するんだ」
大介が近づいてきて、グローブ型のインターフェースの装着の仕方を教えてくれた。材質は、ぴったりとフィットするタイプのゴム手袋に似ている。指なしタイプなので、既に指に装着してある《プレロマ》を操作する際にも全く邪魔にならない。ただ、裏と表があるらしく、大介に教えてもらわなければ間違って装備していただろう。
準備が終わると、再び冬城が口を開く。
「装着を終えましたか? ではこちらで用意した片手剣スキルのモーションプログラムを香月さんの《プレロマ》に送ります。《プレロマ》とインターフェースは連動しているので、インターフェースが片手剣のスキルモーションをサポートしてくれます。香月さんは片手剣を構え、できるだけ身体から力を抜いてリラックスしていてください。最初は戸惑うかもしれませんが、すぐに慣れると思います」
「はい!」
「それではいきますね。まずは《連撃斬》です」
すると、片手剣を握る比呂の両手が勝手に動き出した。同時に足も動き、大きく前に踏み出し中腰になる。まるで、誰かに手取り足取り導かれるように。
比呂はそれらに逆らわず、身を委ねた。
次の瞬間、比呂の体は片手剣を二連続で交叉するように、ビュンビュンと勢いよく振っていた。ゲームの仕様のままなのか、剣技に合わせて派手なエフェクトが散る。
(わ……体が勝手に……!!)
その動作に、比呂の意思は全く関与していない。《プレロマ》やグローブ型インターフェースがMEISを介して比呂の脳に作用し、動かしているのだ。
この機能を使えば、どんなに運動に自信が無い者でも、たちどころにそのコツを掴むことができるだろう。運動中の体のフォームはもちろんのこと、ラケットやバットなどの握り方、振り方を自然に身つけることができるからだ。
さらに柚のようにアクセス権が高いと、専用のアプリを脳内のMEISにダウンロードすることができるので、インターフェースを装着する必要すらないのだという。
「次は《旋風刃》と《波動一閃》を順に挑戦してみましょう」
冬城の指示で、比呂は次の剣技を発動させてみることにした。
《旋風刃》は体を横に回転させ、その勢いで敵に斬りかかる回転切り。広範囲の敵にダメージを与えることができるのが特徴だ。
一方、《波動一閃》は攻撃力の高い斬撃と共に衝撃波を放つ技であり、その衝撃派を利用すれば、距離の離れた敵にも攻撃を当てることができる。
やはり《プレロマ》とインターフェースの補助があるからか、初めて行う動作のはずなのにスムーズに体が動く。おまけに、網膜ディスプレイにそれぞれのスキルの特徴やコツなどの説明が浮かぶので、より理解がしやすい。技を放つと共に繰り出される派手なエフェクトが、気分を盛り上げてくれる。
(すごい……本当にゲームの登場人物になったみたいだ……!!)
テストプレイだけでもこれだけの手応えがあるのだ。《LOL》というゲームに人気があるのも分かる気がする。
「お、いいぞ、比呂!」
「比呂くん、かっくいー!!」
「このまま、落ち着いて行こう!」
柚や大介、湊たちの声援がとても心強い。冬城はタブレットの画面を操作し、次のチュートリアルへと移る。
「いいですね。ではもう一度、ウルフラビットを使って実際に試してみましょう。いけますか?」
「はい、いけます!」
「ウルフラビット、エンカウントします」
再び三体のモンスターが浮かび上がった。さっきのウルフラビットと同じ姿をしているが、色違いでやや大きい。見るからにさっきのよりは強そうだ。
視界に青いターゲッティングカーソルが浮かび上がり、ウルフラビットを捕らえると、やがてそれが赤に変わる。
(まずは《連撃残》!)
比呂は《プレロマ》とインターフェースの指示に体を預けた。とはいえ、ウルフラビットと適切な距離を取ったり、どのスキルをどのタイミングで使うかは自分で判断しなければならない。ターゲッティングカーソルは、あくまで攻撃可能な範囲を教えてくれるだけだ。それでも、無いよりはずっと助かるが。
さっそく、一体のウルフラビットが跳躍しながらこちらへ近づいて来た。比呂はそのウルフラビットに対し自ら踏み込んでいくと、最初に教えてもらった技、《連撃残》を発動させた。
素早い連続切りによって、一体を撃破。
けれど、油断はならない。横に跳躍したその瞬間に、もう一体のウルフラビットが脇を掠めて行ったからだ。
チュートリアル仕様なのでダメージは全く無いが、死角から飛び出してきたので、冷やりとする。しかし比呂はそれにも冷静に対処した。
(次は《旋風刃》……!)
ウルフラビットを避けると間髪入れず、比呂は《旋風刃》を発動させた。広範囲に攻撃可能な回転切りだ。そして難なく二体目を撃破した。
(そして最後は、《波動一閃》だ!!)
《波動一閃》はスキルを繰り出すまでに、何秒か溜めの時間が必要となる。ほんの短い時間だが、攻撃を敵に当てるのにタイミングを合わせる必要があり、少し難易度の高い技だ。
その分、攻撃力は他の技より強く、衝撃波を放つことができるので離れたところにいる敵にも有効だ。
比呂は、ちょこまかと動き回るウルフラビットを通常の斬り攻撃で遠ざけた後、《波動一閃》発動のモーションに入る。
ターゲッティングカーソルが青から赤に変わり、ウルフラビットが飛び掛かってくるその寸前、《波動一閃》のスキルを発動。剣先から放たれた衝撃波はウルフラビットにクリティカルヒットした。
ウルフラビットは光る粒子のエフェクトを撒き散らしながら消滅していく。
「や……やったあ!」
比呂は思わずこぶしを握り締め、ガッツポーズをした。相手はゲーム序盤で登場するレベルの弱い量産型モンスターだし、《プレロマ》やグローブ型インターフェースの補助もあった。とはいえ、一発も攻撃を受けることなく倒すことができたのだ。爽快感や達成感はかなりのものだった。
ウルフラビットが消滅すると共に、柚たちネオ研のメンバーが走り寄ってくる。
「比呂くん、お疲れー! よく頑張ったね!!」
「けっこう筋がいいんじゃねえか? スキルも全て、難なく発動できてたし」
「《アンノウン》との実戦までにはもう少し調整する必要があるだろうけど……この分だとすぐに戦力になるんじゃないかな」
大介と湊にも褒められ、比呂は嬉しくなった。しかし最後に近づいてきた冬城は、やはりとても険しい表情だ。
「香月さん、どうですか? 違和感や痛みなど、気になるところはありませんか?」
「あ、大丈夫です。ごめんなさい、僕いろいろ初めてで慣れなくて」
謝ると、冬城は初めて微笑んだ。
「そんなことないですよ。何かあったらいつでも言ってください。MEIS災害対策チームのみんなを支えるのが私の仕事なので」
冬城は笑うととても優しそうだった。先ほどまでの厳めしい顔つきとはまるで別人みたいで、比呂はつい呆気に取られてしまう。
「……」
「……? どうかしましたか?」
「いえ……僕、冬城さんに怒られているのかと思ってました」
「そういうわけでは……すみません。私、作業に没頭すると眉間にしわが寄る癖があるんです。そんなに顔、強張っていましたか?」
すると柚や大介たちが口々に冬城を庇った。
「ちーちゃんはいつも、ウエポンをすごく使いやすいように調整してくれるんだよ!」
「《プレロマ》で集めた俺たち個々の身体能力や、動きのクセなんかのデータも、みな丁寧に解析しフィードバックしてくれるんだ」
「確かに最初は表情が分かり辛いかもしれないけど、怖がることはないよ。千風さんはクールビューティーなだけだからさ」
最後の湊の言葉に、冬城は顔を赤らめる。
「もう……大人をからかうんじゃありません!」
言われてみると、タブレットと睨み合いをしていない今の冬城は、最初の印象と比べるとずっと表情豊かだ。比呂をじっと睨んでいるように見えたのは、モーションの調整に集中していたからだろう。
それだけ責任感が強い性格なのかもしれない。決して比呂のことを怒っていたわけではなかったのだ。
良かった――比呂は大きく安堵する。




