第23話 サイバーウエポン
大手B‐IT企業の社員である蓮水には面白くない意見だろう。そう思ったが、意外にも彼は柔らかく微笑んだのだった。
「比呂くんはとても優しいんだね。MEISを移植していない人たちのことも考えることができる。それはとても素晴らしいことだよ!
確かにMEISに対する拒否反応が強い人に移植を強制するのは適切じゃない。MEIS未搭載のユーザーにも、搭載者と同じレベルのサービスを提供するのがソピアー社の社会的使命だ。
それに『共存』を考え実現するのは、B‐IT社会を切り拓いてきたソピアー社の責務でもある。我々人間……つまり生物と、機械の共存。そしてMEISを選んだユーザーと選ばなかったユーザーの共存。
いくらテクノロジーが進化したからといって、人を幸せにできなければ意味がない。さまざまな考えの人が互いに脅かされることなく共存し合う……それがB‐IT社会の理想であり理念だ。
もちろん、MEISの普及も進めているよ! MEISに対する誤解があるなら、まずはそれを解いてネガティブなイメージを払拭しなければならない。そして逆にMEISに対してポジティブで良いイメージを抱いてもらう必要がある。そのためのゲーム開発というわけさ!! そう、ゲームはこれからのMEIS社会の行方を握るとても重要なカギなんだよ!!」
「ゲームが……ですか?」
比呂が首を捻ると、蓮水は力強く頷く。
「僕たちはただ技術や社会を革新したいだけじゃない。楽しいこと、夢中になれること、心が温かくなること……そういった感動を提供したいんだ。
ユーザーの人生を豊かにし、社会を幸福で満たし、人類の明るい未来を切り拓く。それがソピアー社全体の共通理念だ。MEISはあくまでそれを実現するためのツールだよ。もちろんMEISは現時点で最高のインターフェースではあるけどね。
……ただし、MEISの良さを理解してもらうのに、ただその利便性や仕組みを説明して回るだけじゃ効果は薄い。新しいテクノロジーに対する抵抗感というのは、いつの時代も強烈に沸き上がるものだからね。
だから我々ソピアー社はゲームを通して、ユーザーに気軽にMEISへ触れてもらおうと考えているんだ。楽しくゲームを体験することで、MEISへの拒否感が大幅に減少する効果があると、マーケティング部の調査にもはっきりと表れている。
因みに、幣社がこれから注力しようとしているのはゲーム事業だけじゃない。音楽や映像……つまりドラマ、アニメ、映画などエンターテイメント全般に投資をしていく大規模な計画が立てられているんだ」
「まあ要するに、ゲームや娯楽で釣って取り込もうってワケだな」
大介の言葉には若干の皮肉が籠っていた。蓮水は敏感にそれを察したのか、ズビシと指さして反論する。
「大介くん、言い方! その言い方は美しくない!! ……でもまあ、つまりはそういう事なんだけどね」
そう言って蓮水はにっこりと笑った。
大人の事情はいろいろあるのだろうが、蓮水がMEISに大きな希望を抱いていること、そして先陣を切ってB‐IT社会を切り拓く開拓者としての自らの仕事に誇りを抱いているのは確かなようだった。その証拠に、MEISの事を話している時の蓮水はエネルギーに満ち溢れ、顔も輝いている。
それを見ていると、つられて比呂も前向きになれるような気がする。
「大まかなお話は理解できました。説明して下さってありがとうございます。でも、その……ゲーム事業を担う蓮水さんとネオ研には、一体どういう関係があるんですか?」
比呂は新たに沸き上がった疑問を口にした。蓮水はそれにも快く応じてくれる。
「成長し、成虫と化した《アンノウン》は《電脳物質》化するという話は聞いたかい?」
「はい、柚先輩たちから説明してもらいました」
「僕たちが漸深層や深海層から『漂流』してきた幼生に干渉することはほとんどできない。ただ、《電脳物質》化した成虫なら別だ。《電脳物質》は《電脳物質》で破壊することができるからね。
つまり成虫となった《アンノウン》には僕たち表層の世界の常識が通用するということさ! 詳しく説明すると、僕たちゲーム開発室は《電脳物質》で構成されたゲーム用の武器・サイバーウエポンを柚くんや大介くんや湊くんに貸し出し、《アンノウン》を除去してもらっているんだ!!」
サイバーウエポン――柚や湊、大介が《アンノウン》を倒す時に使用していた、魔法陣や大剣、弓の事だ。気づいた比呂に対し、湊が蓮水の説明を補う。
「僕たちがサイバーウエポンを使えば使うほど、データが蓄積されゲーム制作に還元される。つまり僕たちはMEIS災害を対策すると同時にサイバーウエポンのテストプレーヤーでもあるんだ」
「君たちは《アンノウン》と戦う武器が手に入り、僕たちはその武器の性能を試す事ができる。まさにWin‐Winの関係さ!」
確かに、《アンノウン》に《電脳物質》が有効であると分かっていても、戦うのに適した形状のものが簡単に手に入るとは限らない。そもそもサービスとして市販されている《電脳物質》は、暴力行為に使用できないよう設定されているのが一般的だ。
ゲームなどで用いられる《電脳物質》の武器も同じで、決してゲーム以外では使用ができないよう制限がかけられている。柚たちの使用しているサイバーウエポンは街中で発生する《アンノウン》と戦う事ができるよう、ソピアー社から特別に許可されているのだろう。
つまり蓮水の手助けが無ければ、柚たちは《アンノウン》と戦う術を得られないのだ。
これで《アンノウン》と戦うネットオカルト研究部の活動に、ソピアー社のゲーム開発部門が関わっている理由はよく分かった。しかし、疑問は他にもある。
「あの……ちょっと疑問なんですけど、蓮水さんは《アンノウン》とは戦わないんですか? 識海のことにも詳しいし、《アンノウン》の存在も知っているんですよね?」
世界最大手のB‐IT企業であるソピアー社の社員であるからには、もちろん蓮水もMEISを搭載しているだろう。別に責めるわけではないが、自ら《アンノウン》と戦うつもりは無いのだろうか。比呂が尋ねると、蓮水は悲しげに答えた。
「……そうだね。もし僕に《アンノウン》を視る力があったら、喜んでそうするんだけどね」
それはどういう事なのか。目を瞬く比呂に、柚と大介が告げる。
「はすみんは『見えない人』なの」
「蓮水さんだけじゃねえ。ソピアー・ジャパンの社員さんのほとんどが『見えない人』なんだ」
驚く比呂に、蓮水が告げる。
「ただ、特殊な計測器をいくつも使ってデータ上で《アンノウン》を観測することはできる。だから柚くんや大介くん、湊くんに対し、知見に基づくアドバイスをしたり情報収集をしたりして協力することはできるけど、自ら戦うのは難しい。《アンノウン》の姿をほぼありのままに近い形で目視することができるのは、君たち《ダイバー》だけなんだ。
……今の人類の科学技術の発展段階では、たとえ高度なXRインターフェースゴーグルを開発したとしても、僕たち『見えざる者』が《アンノウン》の姿を捉えることはできない。できたとしても、いくつもの計測器を使ってやっとデータ的に捉えることができるのみだ。
情報の正確性にはやや欠けると言わざるを得ないし、情報のタイムラグも大きすぎる。要するに迅速な対応ができないのさ。何より計測には莫大な手間暇がかかるしね。
それらを加味しても、ぶっちゃけ実戦で役には立つとは言えないだろう。だからどうしても《アンノウン》の戦いを《ダイバー》である君たちに任せざるを得ないんだ」
つまり《アンノウン》はソピアー・ジャパンの社員ですら完全にコントロールできない存在なのだ。それどころか《アンノウン》を感知できない社員の方が多いため、MEIS社会にとっての脅威であるという認識すら共有されていない。
(今まで知らなかった。MEISって意外と完全じゃないっていうか……危なっかしいところもあるんだな……)
しかしその点のみを取り上げて、MEISは危険だと糾弾するつもりは比呂にはなかった。MEISにはその危険性を遥かに上回るメリットがあるからだ。
電脳ニューロンによって人々の脳が通信機器と一体化したことにより、情報のやり取りが格段にスムーズになった。街中の看板、バーチャル・スクリーンに向かってニューラルマウスの埋め込まれた指先で軽くタップすると、企業や商品にまつわる情報が網膜ディスプレイに表示され、その場で購入することすらできる。
家に入れば自動で照明や空調機器が起動し、その時の体調に合わせて明度や温度、湿度を勝手に変えてくれる。そして予約をすればいつでもドローンがホカホカの弁当を運んでくれる。部屋の管理、掃除や洗濯もみな自動だ。
比呂はまだ自動車を運転できないが、運転環境も快適になる一方だという。おまけに自動運転車両が増えても、交通網が混乱することはない。それどころか年々、交通事故は減少の一途を辿っている。
たとえ《アンノウン》という脅威が存在していたとしても、MEISにはマイナスよりもはるかにプラスの部分の方が大きいのだ。
(MEISは人々にたくさんの希望と恩恵をもたらしてくれている。でも、まだ新しい技術だからソピアー・ジャパンの人たちですら対応しきれていない部分があるんだ。だから《アンノウン》除去に特化したネットオカルト研究部――叡凛高校MEIS災害対策チームのような組織が必要なんだろう。ネオ研の負っている役割って、僕が思っていたよりももっと重要で、だからネオ研の責任も重大なんだな……!!)
大介が、比呂が『見える人』だと分かった時、何故あんなにネオ研の入部に慎重になったのか、その理由が分かった気がした。ネットオカルト研究部――叡凛高校MEIS災害対策チームは、ただ《アンノウン》が見えるといだけでは務まらない。強い責任感や使命感が必要なのだ。
その途方も無さに、比呂は思わず黙り込んで俯いた。蓮水は真顔になり、静かに尋ねる。
「……比呂くん、君はどうするかい? これ以上、《アンノウン》に関わるのはやめておく?」
「いえ、僕がもし《アンノウン》除去の一助になれるなら、先輩たちと一緒に頑張りたいです!」
毅然と顔を上げる比呂だったが、蓮水はさらに問いかける。
「危険もないわけじゃない。もちろんそうならないよう僕たちも最大限バックアップするけど、《アンノウン》が何であるかその全てを解析できているわけじゃないから、何が起こるか分からない危険性は常につきまとう。それでも、かい?」
「……はい。もし、《アンノウン》のせいですごく悩んでいて、誰にも相談できずに一人ぼっちで苦しんでいる人がこの街のどこかにいるなら……僕がその人たちの孤独を癒すことができるなら、この『見える力』をそのために使いたいです」
それは比呂のまごうことなき本音だった。一人ぼっちがいかに辛いか、誰にも気持ちを打ち明けられないことがどれだけ苦しいか、比呂はよく知っている。《アンノウン》を除去することで誰かが抱えるその孤独を取り除けるなら、比呂はそのために頑張りたいと思う。
「比呂くん……」
柚や大介、湊も比呂を見つめる。みな、改めて比呂の決意の固さに触れ、心を打たれたようだった。蓮水も満面の笑みを浮かべる。
「そうか、僕の質問は無粋だったな。それじゃさっそく、本題に入ろう! 冬城くん、ちょっと来てくれ!」
蓮水がMEIS通信で呼びかけると、比呂たちのいる個人ブースに一人の女性が入ってくる。
やって来たのはクールな雰囲気をまとった女性だった。眼鏡をかけ、長い髪を後頭部で一つにまとめている。しわ一つないシャツや、よれの無い真っ直ぐなネクタイが彼女の几帳面そうな性格をよく表していた。
「紹介するよ。彼女は冬城千風くん。ゲーム開発デザイナー部でモーションプログラムを担当してくれているんだ」
「初めまして、冬城千風です」
見た目の印象通りの、きびきびとした口調だった。
「香月比呂です、よろしくお願いします!」
比呂が頭を下げたあと、蓮水が冬城に用件を切り出す。
「冬城くん、比呂くんは叡凛高校MEIS災害対策チームの新メンバーで、新たなテストプレイヤーになってくれるそうだ。さっそくだけど、彼にクラスとウエポンの設定をしてあげてくれ」
「分かりました。ではこちらへ」
冬城千風に促され、比呂たちはみな別室へと向かった。そこは、先ほどの開放的なオフィスルームとは違い、室内の四方が全て壁で囲まれている部屋だった。
とはいえ非常に広く、学校の教室の二つ分くらいはある。天井や壁には何やら機材らしきものがたくさん設置してあるが、床には何も置かれていない。スタジオやダンスフロアを思い起こさせる部屋だ。
その部屋の真ん中で、冬城は比呂に手を差し出した。
「それではまず、香月さんへこれをお渡ししておきます」
手渡されたのは、リング型の装置だった。ちょうど指に嵌めるのにぴったりの大きさだ。
「これは……?」
比呂が尋ねると、蓮水が自分の右手を掲げて言った。彼の右手の人差し指にも同じリング型の装置が嵌めてある。
「我がソピアー社が開発した指輪型ウェアラブルデバイスだよ。《プレロマ》というんだ。これがあれば、簡単にサイバーウエポンを起動することができるし、君たちがサイバーウエポンをどのように使ったか、そのデータを逐一記憶することもできる。体に優しい設計になっているから、長時間、身に着けても負担にはならないはずだよ」
よく見ると、柚や大介、湊も、指に指輪型ウェアラブルデバイス――《プレロマ》を装着していた。蓮水の説明から察するに、この《プレロマ》が無ければ生活空間上でサイバーウエポンを使うことはできないのだろう。
「ありがとうございます!」
比呂はさっそく《プレロマ》を指に嵌めてみた。メタリックカラーで何だか格好いい。サイズもちょうどぴったりだ。
《プレロマ》を嵌めた手を開いたり握ったりして、装着具合を確かめると、さっそく起動させてみた。人差し指に装着し、親指でリングの腹を撫でて操作する。すると、すぐに《Legend of Lux》のスタート画面が空中に浮かび上がった。
もっとも、それはあくまで網膜ディスプレイに浮かび上がった、バーチャルウインドウだ。《プレロマ》はMEISともリンクしているらしい。それを待ってから冬城が本題に入る。
「それではさっそくですが、香月さん、希望のウエポンタイプはありますか?」
「え……えっと……すみません。僕、まだ《Legend of Lux》をやったことが無くて……仕組みがよく分からないんです」
《Legend of Lux》だけではない。比呂はゲームそのものにあまり触れて来なかった。別にゲームが嫌いというわけではなく、単に接する機会がなかっただけだ。
何だか申し訳ない気持ちになったが、蓮水は気分を害した様子もなく、親切に解説してくれる。
「ああ、そうなのか。《Legend of Lux》――《LOL》はゲーム開始時にクラスとウエポンを選ぶことができるんだよ。選択したクラスで使用するウエポンが決まるんだ。もちろん、後でクラスを変更することもできるよ」
「因みに、わたしのクラスはメイジで、ウエポンは魔導書だよ!」
柚はそう言うと、《プレロマ》を起動し、《アンノウン》で戦った時に発動させていた魔法陣を足元に浮かべた。青白い光が独特の模様を描き、床を照らし出す。
「俺のクラスはソードソルジャー、ウエポンは両手剣だな」
「僕は、クラスはアーチャーでウエポンは弓だね」
大介と湊も、それぞれ大剣と弓を装備する。どちらも《電脳物質》でできたサイバーウエポンだ。
「他にはどういうクラスがあるんですか?」
比呂が尋ねると、冬城は手にした特殊なタブレット型の端末を操作して、次々に武器のサンプルを宙に浮かべる。
「ナックルを主に使うグラップラー、槍を主に使うランサー、爆弾使いのボマー、暗器使いのアサシン、銃を使うガンナー、タロットカードを使うスターシーカー。あとそれから、電脳ペットを戦わせるビーストテイマーなんてクラスもありますよ。クラス数は現時点で、全部で十五種類あり、これからさらに増やしていく予定です」
「ううーん……多すぎて選べないな……」
「ビーストテイマーとかどうかな? 比呂くん、電脳ペットが好きなんだろ?」
蓮水は上を見上げて言った。そこには白羽と黒羽の姿があった。比呂たちから離れ、天井にひしめく機器の一つにとまってこちらを見下ろしている。まるで比呂を見守るかのように。
「好きですけど……白羽と黒羽は家族だから、危険な目に遭わせるのは抵抗があります」
比呂が頼めば、白羽と黒羽は案外ノリノリで協力してくれるかもしれない。しかしそれでも、比呂は彼らを巻き込みたくなかった。ましてや、武器として扱うなどもっての外だ。正直に気持ちを告げると、蓮水は何やら意味ありげに目を細めるのだった。
「なるほど……君は深淵に祝福されそうな性格をしているね」
「え……?」
「……いや、何でもないよ。今のは忘れてくれ」
蓮水はにっこりと笑ってそう言ってから、何事も無かったかのように冬城の方を振り返る。




