第21話 電脳幽鬼(サイバー・ファントム)
港と大介もそれに続く。
「《アンノウン》による不具合は『見えない』一般生徒からしたら心霊現象も同然だ。不可解なことが起こっているのに、彼らにはその原因が見えないし、分からないんだからね」
「だからこの際、俺たちが自らオカルトをうたって情報収集に役立てようと考えたってわけだ! 実際、昨日の部活動説明会の後にも、多くの奇妙な体験談や怪談もどきの噂話が集まった。まあ、中にはデマやただの噂話、イタズラもあるが、一方で『本物』もある。俺たちが求める、MEIS上の特殊バグ……《アンノウン》による不具合がな!」
(そうか……何故わざわざ叡凛高校MEIS災害対策チームという本当の名ではなく、ネットオカルト研究部なんて怪しまれかねない名を名乗っているのか不思議だったけど、そういう理由があったのか)
その方が効率的だというのは、比呂にも分かる気がした。B‐IT社会においても、オカルトや怪談、ネットロアは一定の人気があり、人々の興味をかき立てる。
実際、そういった噂も絶えることがない。人が人である限り、それらと完全に縁を切ることはできないのだろう。
《アンノウン》は、見えない者には絶対に見えない。《アンノウン》が引き起こす障害や不具合の影響を受けることはあっても、多くの人々はその原因を知ることは無い。
だから柚たちはそれを逆手にとって、本来はあり得ない現象であることを前提としているオカルトとして《アンノウン》事件を扱うことにしたのだ。それなら、《アンノウン》のことが見えずその存在を知らない生徒にも、情報提供を分かりやすく求めることができる。
それにMEISの不具合というとちょっと怖い感じがするし、身構えてしまうが、オカルトと表現されたらいくらか砕けた感じがして話しやすくなるという利点もあるかもしれない。
「あの……だったら、これまでにもネオ研には多くの怪談情報が集まっているんですよね?」
比呂は真向かいに座る柚に、慎重に尋ねた。
「うん、いろいろあるよ! その中で《アンノウン》に繋がっている情報はだいたい一割から二割くらいかな」
「それなら、死んだ人間がMEIS上に蘇ったという話は? 聞いたことがありませんか?」
更に質問を重ねると、柚は首を傾げる。
「んーと、それは人型の《アンノウン》ってこと?」
「いえ、《アンノウン》かどうかは分かりません。黒い粒子はあったけど、あんなに真っ黒じゃなかった。どちらかと言うと、死んだはずの人間が生前の姿そのままでMEIS空間上のみに甦るかんじで……《アンノウン》というより幽霊に近いかもしれません。一部では、《電脳幽鬼》と呼ばれているとも聞きます。《アンノウン》とどういう関係なのか、そもそも関係があるのかどうかも分からなくて……でも、少しでも情報が欲しいんです」
比呂は、あの夕暮れの中で最期に見た杏奈の姿を思い出しながら、一生懸命に説明した。すると湊は、さっそくMEISで《電脳幽鬼》について検索する。その結果はすぐにこたつの上に表示された。
「《電脳幽鬼》……か。オカルト系のBBSではちょっと名の知られた怪奇現象みたいだね。亡くなった人が生前の姿のまま、何食わぬ顔をして現れ、元の日常生活を送るようになる。……概ねそういった内容らしいけど。特徴的なのは、それがMEISを移植した人間にしか見えない事だ。つまり、電脳識海上のみに存在する幽霊……ということかな」
大介は腕組みをし、難しい顔をする。
「俺たちは《アンノウン》は多く退治してきたが、幽霊に出くわしたことはねえな。蓮水さん……ああいや、俺たちには協力者がいるんだが、その人は確かに人型の《アンノウン》が存在する可能性があるとは言っていたが。けど、その人型の《アンノウン》さえ、実際に見たことは無い。集まってくる情報にも幽霊ネタは今まで無かったはずだ」
「そう……ですか……」
あれだけネットで探し回っても、ほとんどその詳細が掴めなかったのだ。そう簡単に《電脳幽鬼》の情報が得られない可能性は考えていたが、手掛かりさえ得られないとは。覚悟はしていても、やはり落胆は隠せなかった。
肩を落とす比呂を不憫に思ったのか、柚は気がかりな様子で尋ねてくる。
「比呂くんはどうして、《電脳幽鬼》の情報を集めているの?」
「……! それは……」
「《電脳幽鬼》のことを知ってどうするつもりなのかな?」
一方の湊は、どこか観察するような冷静な視線を比呂に向ける。比呂が《深海の魔女》という言葉を口にした時に見せた、何かを探るような目だ。
これ以上、ネオ研のみなに隠し事はできない。それに、柚たちを欺くようなことはしたくないという気持ちもあった。
「……。僕、八歳の時に母を亡くしていて……」
比呂が思い切って切り出すと、柚はさっと表情を硬くする。
「あっ……! そうだったんだ、無神経なことを聞いてごめんね」
「いえ……。ただ……僕はもう一度、母さんに会いたい。そして母さんを取り戻したいんです。そのために、《電脳幽鬼》のことを調べているんです」
「……」
柚と大介、湊は互いに視線を送り合う。そして比呂には悟られないよう、三人だけの非公開の音声メッセージを飛ばし合った。
決して比呂を仲間外れにしようと思ったわけではない。比呂が複雑な事情を抱えていることを知り、軽はずみな言動で傷つけてしまうことを恐れたからだ。
まず会話の口火を切ったのは大介だった。
『おい……どういうことだ? つまり比呂は母親を亡くしていて、その母親と再会する方法を探してるってことか!? 死んじまってこの世にはいない母親と!?』
『多分ね。何かいろいろと事情があるみたいだけど』
湊はいくぶん冷静に答えるものの、大介はなおも激しく捲し立てる。
『いや、ムリだろ! 《アンノウン》と幽霊は別モンだぞ! そもそも会えたとして、それは本当に比呂の母親なのか!? このB‐IT時代においても、死者は生き返る事なんてできねーんだぞ!?』
大介は驚きを滲ませており、その声は狼狽しているようですらあった。《アンノウン》などという未知の存在と日々、対峙している彼にさえ、比呂の言葉はあまりにも常軌を逸していたのだ。
大介にしてみれば、比呂の言う「死んだ母親に会いたい」という話はまさにオカルトそのものだ。しかしネオ研はオカルトの名を冠してはいるものの、実際にはオカルトとは関係がない。つまり比呂の望みはネオ研では解決ができないどころか、完全にお門違いだという事になる。
ところが柚は、意外にも比呂の言葉を否定しなかった。
『そうとは言い切れないよ。だって《アンノウン》はその名の通り、まだまだ未知の部分が多いんだよ? 《電脳幽鬼》も……こちらはどちらかと言うと、単純にMEISの不具合な気もするけど、まだ原因は解明されていないみたい。ほとんど何も分かっていないんだから、結論を出すのは早すぎるよ』
湊も柚の意見に同意を示す。
『そうだね。この手の話なら、蓮水さんの方がいろいろ知っていると思う。それにまず蓮水さんに、新しいネオ研のメンバーとして比呂を紹介したい。いろいろ鑑みても、話の続きはソピアー・ジャパンに行ってからした方がいいんじゃないかな?』
――そういうものなのか。大介は目をぱちくりさせたが、柚や湊に反論はしなかった。もともと深く考えるのは苦手な性質だ。柚と湊がそう判断したなら、反対する理由がない。
それに部室でうだうだと話し合いばかりしているより、さっさと行動する方が性にも合っている。
『そうだな。それが早いか』
『だね』
『さんせーい!』
意見が一致したところで、三人は非公開の音声メッセージによる通信を終了させた。それから部長である柚が比呂に声をかける。
「ねえ、比呂くん。残念だけど、わたし達は《電脳幽鬼》についてはほとんど何も知らないんだ」
「……! そうですか……」
「でも、何か知ってそうな人は知り合いにいるよ! さっき大ちゃんが言ってた、はすみん……じゃなかった、『蓮水さん』という人なんだけど。その人はMEISにもすごく詳しいから《電脳幽鬼》の事も教えてくれるかも! 何たってはすみんは、ソピアー社の社員さんだから!!」
柚の口から思いも寄らぬ大企業の名が飛び出してきて、比呂は目を見開いた。
「え、ソピアー社って……あのアメリカ企業のソピアー社ですか!?」
「うん! 今からソピアー社に行って、はすみんに聞いてみよ! はすみんはわたし達、叡凛高校MEIS災害対策チームの活動をいろいろサポートしてくれてるの!!」
「あ、あの世界的大企業に、今から……!?」
何だか信じられない。唖然とするばかりの比呂に、湊は微笑む。
「この新世界市は国家戦略未来特区に指定されていることもあって、さまざまな企業や施設、研究機関を誘致しているからね。その中にはソピアー社の日本支社、ソピアー・ジャパンも含まれているんだ」
「ソピアー・ジャパンがあるのは第五区域・先端技術研究地区……自動運転バスを使えばこっからすぐに行ける場所だ。思い立ったが吉日、さっそく行ってみようぜ!」
大介は威勢よくそう言うと、真っ先に立ち上がる。
「は、はい!」
比呂も慌ててそれに続いた。随分と長い間、話し込んでいたような気がしたけれど、時間を確認するとまだ四時にもなっていない。
グラウンドでは他の部がランニングをしたり練習をしたりしている。その光景を横目に見ながら、比呂はネットオカルト研究部のメンバーの皆と共に校門へ向かった。
校外へ踏み出すと、いつも通り白羽と黒羽が一目散に比呂の元へ飛んで来る。
「比呂、ヒロ!」
「遅いゾ、待ちくたびれたゾ!!」
「わ、悪かったよ二人とも。今日はネオ研の先輩たちと、大切な話があったんだ」
申し訳ないとは思うものの、校内には二人を連れて入ることができないのだから仕方がない。白羽と黒羽は柚や大介、湊の姿に気づくと、今度は三人の周りを歓迎するように飛び回った。
「ダイスケ、ミナト!」
「柚、ユズ!」
二羽は特に柚がお気に入りのようだった。並んでちょこんと彼女の頭にとまる。柚も大喜びだ。
「わあ、もうわたしの名前を覚えてくれたんだ! 嬉しい! ……でも、どうしてカラスくんたちを校外に待機させてたの?」
「他の部の先輩から、校内ではペット禁止だと聞いたので……」
比呂が答えると、湊は顎に手を当てて考え込む。
「確かに、校舎の中にペットを持ち込むのは禁止だけど、部活棟にはそういった制限は無かったはずだよ」
柚は妙案を思いついたとばかりに、ぱちんと両手を叩いた。
「あ、それならさ。授業の間、カラスくんたちをネオ研の部室に待機させておいたらいいんじゃない?」
「え、いいんですか?」
すると大介も豪快に破顔する。
「遠慮すんなよ。比呂はもうネオ研の一員なんだからな」
「ありがとうございます!」
一方、当の白羽と黒羽はしきりに首を傾げている。
「ネオケン……ネオケンって何ダ?」
「さア? 食えるのカ? 美味いのカ?」
ともあれ、白羽と黒羽を部活棟の部室に放しておけるのはとてもありがたかった。比呂にとって二人は家族も同然だ。白羽も黒羽も通行人などにいたずらをしたり、悪さをするような性格ではないが、「家族」を長時間、外にほったらかしにしておくのはどうにも気が引ける。白羽と黒羽もきっとネオ研の部室を気に入るだろう。
それから比呂を含めたネオ研のメンバーは、白羽と黒羽を連れソピアー・ジャパンを目指して移動を始めた。第三区域・文教地区の叡凛高等学校前で自動運転バスに乗り込むと、ほどなくして第五区域・先端技術研究地区に到着する。
そこには文教地区と全く違った光景が広がっていた。
立ち並ぶモダンで洗練された大きな施設の数々。それらがきれいに区画整備された街の中に、ずらりと並び立っている。あまりに施設の数が多く、簡単には数えきれないほどだ。
でも一つ一つの敷地が広いので、第七区域・中心市街地みたいに建物が犇めいている感じはしない。むしろあちこちに街路樹が植えてあったり芝生が敷き詰められていたりするので、とても緑豊かでエコロジカルだ。
第五区域は中でもB‐IT分野を担う研究施設が集まっているようだった。どの施設でも最先端の技術を扱っているだけあって、警備が非常に厳重だ。環境に対する配慮からか、それとも大型機器の搬入出などで必要とされるからか、道路がかなり広くとってある。その広々とした路上を、警備ロボットや無人の輸送車などが走り回っている。
それらの施設の前を通り過ぎるたび、MEISを介して網膜ディスプレイ上に施設名や企業の看板ロゴなどが浮かび上がった。有名な企業や大企業の施設も少なくない。まるで未来世界の街を歩いているかのようだ。
その中でも特に威容を放っているのがソピアー・ジャパンのビルだった。
「これは……まるでSF映画に出てくる建物ですね……!」
ソピアー・ジャパンの日本本社は高層建築であるにもかかわらず、曲線を多用したデザインになっている。どういう構造になっているのか外から見ただけでは想像もつかないが、こうして実際に建っているということは少なくとも日本の建築基準はクリアしているのだろう。
感嘆の声を上げる比呂に、湊が説明してくれる。
「ソピアー社は世界企業の中でも今、最も勢いのあるB‐IT企業だからね。すでに世界中の国や地域に進出していて、手掛けている事業も多岐にわたる。インターネット・オンライン事業やソフトウェアサービス、ハード事業、自前のドローンを用いた小売り事業、そしてMEISの開発を担うバイオ・インターフェース事業」
「比呂んとこにも毎日、ドローンがメシを運んでくれるだろ? あれもソピアー社のサービスなんだぜ」
大介に指摘され、比呂もその事を思い出した。
「あ、言われてみれば、お弁当のトレイにソピアー社のロゴマークがついていたような……」
「ソピアー社はこれから、日本の小売り事業や宅配事業にも乗り出していく予定らしい。そのための事業化テストをこの新世界市で行っているんだ。他にも、新世界市の中で提供されているサービスの中には、全国の他の地域ではまだ本格的に導入されていないものがいくつもある。この新世界市は新しいサービスやシステムのテスト場なんだ。新世界市が『実験都市』とも呼ばれる所以だね」
「新世界市にはMEISを搭載した人が他の地域よりずっと多いですもんね」
湊の言う通り、MEISを前提としたサービスを試すなら、新世界市はもってこいの街だ。環境が整っているためさまざまなデータが得られやすく、市民の新しいサービスに対する関心も高い。新世界市も、その点を企業誘致の際のアピールポイントにしているくらいだ。
けれど、それに対して大介の発した言葉は、少々、辛辣だった。
「まあ、あれだ。言い方はアレだが、俺たちは叡凛の生徒であると同時に、実験体でもあるってことだな」
すると、すぐさま湊が反論する。
「そこは考え方次第だよ。新しくて便利なサービスを他の地域より早く、しかもほとんど無料で試すことができるというメリットもあるわけだからね」
大介と湊、どちらの主張が正しいかはそれぞれの考え方次第だろう。どちらの言い分も間違いではない。問題はどこに重点を置くかだ。
新しいサービスをいち早く受けることができてラッキーだと考えるのか、それとも自分たちは企業によって利用されているのだと考えるのか。
とはいえ、大介も叡凛高校に在籍し続けていることを考えると、さほど不満があるわけではないのだろう。嫌なら転校するなりして新世界市を離れれば良いだけだ。ただ大介はアクセス権が1であるため、企業の提供するMEISのサービスを100%完全な形で受けることができない。だから、少し斜に構えてしまうところがあるのかもしれない。
一方、比呂たちの数メートル先を走っていた柚は、こちらを振り返り、体全体を使ってぶんぶんと両手を振る。
「大ちゃん、みーくん、比呂くーん! 早くはすみんのとこに行こーよ!!」
「落ち着けって、柚。あんまはしゃぐと、すっ転ぶぞー!」
「そんなに転ばないもん! ……って、あだっ!!」
「ほら見ろ、言わんこっちゃねえ。大丈夫か?」
尻もちをつく柚に、駆け寄る大介。湊や比呂もそれに続く。
「ゆ、柚先輩! 大丈夫ですか!?」
白羽と黒羽も柚の周りに集まってきて、カアカアと飛び回る。
「ユズ、転んダ!」
「柚がコロコロ、どんぶりコ!!」
その余計すぎる一言に、柚はカチンときたらしい。両手の拳を振り上げて抗議する。
「転がらないし、ドングリじゃないし、そもそもそこまで小さくなーい!!」
そして元気よく立ち上がると、猛然と二羽の電脳カラスを追いかけ始めた。柚は真剣だが、いかんせん相手は電脳ペットとはいえカラスで、しかも空中を飛び回っている。白羽と黒羽も己の圧倒的有利を悟ってか、ククク、ケケケ、と鳴いて柚を翻弄している。何とも不毛な追いかけっこだ。
湊は思わず苦笑を漏らす。
「やれやれ、慌ただしいな。……僕たちも行こうか、比呂」
「……はい!」
そして比呂たちは、いよいよソピアー・ジャパンのビルの中へ足を踏み入れた。
その先には、宮殿かと見まごうばかりの巨大なエントランスホールが待ち構えている。間違いなく、これまで比呂が遭遇してきた中で、最も巨大で豪勢な建物だ。




