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第19話 自己紹介

「ま、その辺はおいおい慣れていくだろ。そう気にするこっちゃねーよ」


 そう言うと、大介は比呂の背中をポンと叩く。みなの優しさと気遣いに、比呂は胸が温かくなるのを感じた。


「……はい」


 過去の事を打ち明けるのは不安だったし、怖くもあった。でも、ネットオカルト研究研の面々はそれを馬鹿にしたり、過剰に同情したりしなかった。それが何よりも嬉しい。


 ほっと胸を撫で下ろす比呂だったが、真向かいに座る柚はふと俯き、ポツリと呟く。


「そっかあ……比呂くんはおばあちゃん子なのか。わたしはおばあちゃんとの思い出どころか、お父さんやお母さんとの思い出もあまり無いから、家族との思い出があるって羨ましいな……」


「え……? それって、どういう……?」


「まあ……柚はいろいろと特別、だからね」


「……?」


 どういう事だろう。比呂は疑問に思うものの、それ以上は尋ねなかった。当の本人である柚が、その話題に触れて欲しくなさそうにしている気がしたからだ。


 大介は場を取りなすようにして話題を変える。


「おう、そーだ。柚、さっそく自己紹介していこうぜ。比呂は俺たちの名前くらいしか知らねーだろ」


 すると柚は一転して、明るい表情になった。


「あ、うん。それもそうだね。それじゃ、わたしから自己紹介いきまーす! わたしは冷泉(れいぜん)(ゆず)、十一歳。高校二年生でネオ研の部長でーす!! アクセス権は5! よろしくね、比呂くん!!」


「えっ……十一歳!? 柚先輩って十一歳なんですか? 十一歳ってまだ小学生じゃ……!?」


 アクセス権が5というのも十分に驚きだが、まさか十一歳だったなんて。思っていたよりずっと年下だ。仰天すると、湊が真相を教えてくれる。


「柚はいわゆる、飛び級なんだよ。アクセス権が5で学年模試も首席の、超・成績優秀者だから」


 MEISの登場で教育システムも大きく変わった。個人の能力はアクセス権によって決められると言っても良く、学力には以前ほどの価値が無くなってきている。


 アクセス権は電脳ニューロンを移植してから数ヶ月でほぼ決まり、一生を通してそれが固定される。アクセス権2の人間はいくら努力してもアクセス権3になることはない。そのため、無理にアクセス権を伸ばしたりすることに意味はなく、それぞれのアクセス権に合った教育を受ける事が最も重要だと考えられている。


 その結果、B‐IT時代では、それまで社会で長く行われてきた「横並び教育」が終焉を迎えつつあるのだ。


 今では、飛び級は決して珍しいことではない。叡凛は特に先進的な学校だから、飛び級も積極的に推進しているのだろう。とはいえ、柚のように十一歳で高校二年生になってしまう者はさすがに稀だ。


「そうなんですか……柚先輩はすごいんですね!」


「いやー、褒められると照れますなー!」


 柚はでれでれしながら頭をかく。ところが。


「何か柚先輩って、ちっちゃいなと思ってたけど……気のせいじゃなかったんですね」


 比呂が付け加えたその一言で、上機嫌だった柚は、があんとした表情になってしまった。


「わ、わたし……やっぱり、ちっちゃい……?」


「あ、すみません! つ、つい……!!」


 己の失言を悟り、比呂は慌てて謝った。だが、柚は悲しげな表情をしたままだ。


「わたしの方がちっちゃくて年下だから……比呂くんの先輩になるのはヘン……かな?」


 比呂は首を振り、きっぱりと言った。


「そんなことはないですよ! 大きさとか年齢とか関係なく、柚先輩は柚先輩です!!」


 たとえ年下であろうと、柚の方が経験豊かであることに変わりはない。実際、彼女は大介や湊と共にカマキリの《アンノウン》を倒し、比呂や白羽と黒羽を助けてくれた。


 それにネットオカルト研究部として陰ながら学校を守り、他の生徒の信頼も得ている。それだけでも、十分に尊敬に値すると比呂は思う。たとえ年下であっても、柚は立派な先輩だ。


 その言葉を聞いた柚は瞳を潤ませ、大喜びした。


「ホント!? 比呂くん、ありがと~! わたし、頑張っていい先輩になるね!!」


「はい! 僕も頑張って、立派な後輩だと言ってもらえるようになりたいです!!」


「はは、二人は本当に相性がいいね」


 湊は向かい合う比呂と柚を微笑ましげに見つめる。一方、大介は身を乗りだし、自身を親指で指さして言った。


「おっし、それじゃ次は俺な。俺は御剣(みつるぎ)大介(だいすけ)、高二で(とし)は十八だ」


「え!?」


 比呂はまたもや驚いた。十八と言えば、本来であれば高校三年生なのではないか。大介もまたそういった反応には慣れているのか、事も無げに付け加えた。


「まあ、アレだ。いろいろあって他の奴らと一年ズレてんだ。因みに、アクセス権は1な」


「え……ええ!?」


 アクセス権における人口分布は2と3が一番多く、そこから離れるに従って少なくなる。5はもちろん珍しいが、逆に1というのもとても珍しいのだ。特に、脳の成長が終わり切った高齢者はともかく、十代の若者では。


「驚くのも無理ないよ。大介は柚とは逆の意味でいろいろと破格だからね」


 湊は笑ってそう言った。確かに大介がアクセス権1であるのも十分に驚愕の事実だが、さらに驚きなのはネットオカルト研究部に属し《アンノウン》と互角に戦っていることだ。


 つまり《アンノウン》が感知できるかどうかにアクセス権のレベルは関係なく、見える人には見え、見えない人はたとえアクセス権が5であっても見えないという事なのだろう。


「えっと、その……アクセス権1ってかなり情報通信に制限がかかるって聞いたことがあるんですけど……不便じゃないですか?」


 比呂は遠慮がちに尋ねた。スリーサイズなどと同様にアクセス権の値を気にする人もいるし、あまりズケズケと尋ねるのは憚られたが、有耶無耶にはしたくなかった。知らないことで相手を傷つけることもある。しかし大介は、あっけらかんと答えた。


「まあ、多少はな。でも今は、XR系の補助インターフェースもかなり発達してきてるし、慣れりゃどうってことねーよ。そもそも俺ぁ、ネットワークにアクセスしてどうこうするより、体を動かしてる方が性に合ってるしな!」


 確かにカマキリの《アンノウン》と対峙していた時、大介だけはXRヘッドマウントディスプレイとグローブ型のインターフェースを装着していた。そういった補助機器で、アクセス権の低さによるデメリットをカバーしているのだろう。


「大ちゃんはね、すっごいスポーツが得意なんだよ! 体もめっちゃ鍛えてるの!!」


 柚は我がことのように誇らしげに言う。


「ああ、なるほど……部室にたくさんある筋トレグッズは、大介先輩のものなんですね」


 比呂は部室を見回して言った。部屋の中には懸垂スタンドや腹筋マシーン、ダンベルなど、さまざまな筋トレグッズがあり、どれもよく使いこまれている。大介はニッと笑った。


「まーな! 興味があれば、いつでも貸すぜ!」


「へ!? い、いや、僕はその……!」


「そうだな、俺のおすすめは……」


 そういうと、大介はさっそくダンベルを取り出した。比呂の反応などお構いなしで、やたらうきうきしている大介に対し、湊は呆れた口調でたしなめる。


「やめなよ、大介。普通の人はそこまで筋トレに興味ないから。ほら、比呂もドン引きしてるでしょ」


「う、うるせー! ドン引きは言いすぎだろ、なあ!?」


「は、はは……」


 正直なところ、湊が助け舟を出してくれて比呂は大いにほっとした。何せ比呂はこれまで筋トレをやってみたいと思ったことはおろか、興味を抱いたことさえなかったからだ。


 大介に悪気がないことは分かっていたが、さりとて自分に筋トレが向いているとも思えない。だから、湊のさり気ない気遣いにはとても助けられた。


 その湊は、一番最後に自己紹介を始める。


「最後は僕だね。僕の名は二階堂(にかいどう)(みなと)。高校二年で年齢は十七。アクセス権は4だよ。何か困った事とか知りたいことがあったら、いつでも聞いてね」


 湊は穏やかに微笑んだ。彼は中性的で涼しげな目元をしており、最初は少しクールな印象を受けたけれど、そのイメージに反し実際はとても面倒見が良くて優しい。そこで比呂は、気になっていたことを質問してみることにする。


「えっと……それじゃ湊先輩、さっそく聞いてもいいですか?」


「もちろんだよ。すぐに質問が出てくるなんて、比呂は好奇心が旺盛だね」


「あの、《深海の魔女》ってご存知ですか? 新世界市にいる要注意人物だって聞いたんですけど」


 アネモネは手紙の中で比呂に忠告していた。『《深海の魔女》に気をつけろ』と。他ならぬ彼女の忠告だ。軽視しない方がいいと思った。すると、柚が驚いた声を上げる。


「えー、比呂くんどこでその名前を知ったの?」


「……! 柚先輩、《深海の魔女》について何か知ってるんですか!?」


「もちろんだよ。だってそれ、わたしのことだもん!」


「え……!?」


 息を呑む比呂の隣で、大介がスナック菓子をバリバリと頬張りながら言う。


「柚はアクセス権5で、昔から天才児扱いされてきたからか、妙なあだ名がついてるんだよな」


「わたしはあまり、そのあだ名のこと好きじゃないんだけどね」


「……」


 どうやら、柚が《深海の魔女》であることに間違いはないらしい。それを悟り、比呂は動揺を隠せなかった。


(柚先輩が……《深海の魔女》……!?)


 アネモネは比呂への手紙で言っていた。《深海の魔女》は警戒すべき人物だから、接触しないよう細心の注意を払え、と。


(アネモネはこれまで、僕に嘘をついたことは一度もなかった。つまり僕は、本来ならあまり柚先輩に近づくべきじゃないし、ネオ研にも入部しない方がいいのかもしれない……!)


 しかし、母のことを知る手がかりを得るなら、ネットオカルト研究部に所属していた方が断然有利だ。ただでさえ《電脳幽鬼(サイバーファントム)》の情報は入手が難しい。このまま一人で孤軍奮闘していても、何の成果も得られないであろうことは明らかだった。


 それに何より、比呂はネオ研のメンバーのことを好きになり始めていた。


 柚も大介も湊も、みな個性豊かで、アクセス権も年齢もばらばらだ。でも喧嘩することなく互いのことを尊重し合い、認め合っている。


 比呂のことも受け入れ、歓迎してくれた。ネオ研のメンバーと共に高校生活を送ることができたら、楽しくて充実した日々を送ることができるだろうという確かな予感がある。


 それに、他の誰にも相談できずに孤立し、困っている学生の手助けをするというネオ研の活動内容にも、やりがいがありそうだと感じていた。比呂自身も、誰にも悩みを打ち明けられず孤立した幼少期を送ってきたから。


(アネモネはああ言っていたけど、《深海の魔女》という言葉の意味もまだ分からないし、もう少し様子を見て判断した方がいいかもしれない)


 できるなら、《深海の魔女》についてもう少し詳しく知りたい。更に質問を重ねようとする比呂だったが、その時、湊がじっとこちらを見つめていることに気づいた。


「比呂、柚の異名をよく知ってたね。でも、《深海の魔女》なんて言葉、どこで聞いたの? 比呂はまだ新世界市に来たばかりだよね?」


 心なしか、探るような視線。比呂はどきりとし、慌ててそれに答えた。


「あ……じ、実は僕の妹、叡凛の中等部にいるんです! といっても、今は入院中なんですけど……。その妹から叡凛高校のこと、いろいろ聞いていたから……」


 もちろんそれは、出まかせの嘘だ。詩織はネオ研の話はしていたけれど、柚の話まではしていなかった。


(どうしよう……ネオ研の先輩たちを欺いてしまった……!)


 心臓が早鐘を打つ。罪悪感はあったけれど、それでも本当の事は言えなかった。事実を口にしたらアネモネのことまで説明しなければならなくなるからだ。


 比呂はこれまで他の誰かにアネモネのことを打ち明けたことはない。妹の詩織さえ、アネモネの存在は知らない。いや、比呂自身でさえ、アネモネが何者であるか知らなかった。


 彼女がどこの誰なのか。誰かのアバターなのか、それとも、もっと違う『何か』なのか。


 気になったことはあるものの、確かめたことはない。知ってしまったら、アネモネがどこか遠くへ行ってしまうような気がしたからだ。


 そして、そのまま二度と会えなくなってしまうのではないかという、ひどく曖昧で根拠もないが、それでいて不思議と強固な確信があった。


 だから、アネモネの全ては今なお謎に包まれている。それでも比呂は、アネモネとの関係を続けてきた。比呂にとってそれだけアネモネが特別だからだ。


 そして、これからも彼女のことを誰にも明かさず秘密にしておくつもりでいる。たとえ、誰かを傷つけ裏切ることになっても。


 けれど、ネオ研のメンバーはそれを特に不審には思わなかったらしい。柚は途端に心配そうな表情になる。


「そうだったんだ……比呂くんの妹さん、どこか悪いの?」


「はい。ちょっと持病があって……子どもの頃から良くなったり悪くなったりなんです。今は叡凛大学付属病院に入院しています」


 それを聞き、大介と湊も、神妙な面持ちになる。


「そうか……そいつは大変だな。妹、早く良くなるといいな」


「……はい」


 嘘をついたり隠し事をしたりするのは心苦しい。ネオ研のみなは本気で詩織のことを案じてくれているから尚更だ。


 こんな事なら本当はアネモネの助言に従うべきなのかもしれないが、比呂はもっとネオ研のことが知りたかった。当面は状況を見守り、判断を下すのはそれからでも遅くないのではないか。何せ比呂はネオ研のことも柚のことも、まだ何も知らないのだから。


 一方、柚は急にそわそわとし始めた。


「それにしても、比呂くんが《深海の魔女》のことを知っていたなんて驚きだね。ひょっとして、けっこう中等部にも広まっているのかなあ~?」


「かもな」


 大介は肩を竦める。


「うう、恥ずかしいよう……異名持ちなんて、イタい人だと思われたらどうしよう?」


 柚は真っ赤になり顔を両手で覆った。湊は苦笑する。


「まあ、それを言うならネオ研がそもそも、色モノ扱いをされているわけだからね。……諦めるしかないんじゃないかな?」


「ふぇーん!」


 柚はよほど《深海の魔女》という異名に抵抗があるらしい。その年齢や容姿からどうしても人目を惹きがちだが、本人はそれほど目立ちたがりではないのかもしれない。


「んなもん、今さらだろーが。それより話を進めよーぜ!」


「そうだね。比呂、昨日のこと覚えてる?」


 大介が話題を切り替えると、湊が比呂へ視線を向ける。


「はい。無人コンビニの前で、煤みたいな黒い粒子がたくさん集まっていて……それが巨大なカマキリみたいな姿になった、あの件ですよね?」


「比呂くんはああいうの、よく見るの?」


 柚から尋ねられ、比呂は少し考え込んだ。


「ええと……昔から時どき、不思議な体験はしていたと思います。でも、ああいう形のものは初めて見ました。ましてや、昨日のカマキリみたいに巨大で、攻撃までしてくるのに出会ったのは初めてです」


「うーん……やっぱり比呂くんは《見える人》なんだね」


「《見える人》……? どういう意味ですか?」


「そうだね……それじゃまず、《アンノウン》が何なのか、XXRを用いながら説明しようか」


 湊が言うと、大介はXRヘッドマウントディスプレイを頭部に装着する。そして次の瞬間、部室の風景が一変した。部活紹介の時の体育館みたいに、MEIS通信で仮想化したXXR空間と繋がった(ダイブした)のだ。


 比呂たちは昨日の無人コンビニがあった通りに立っていた。第二区域・再開発地区の中にある、少し古い商店街の中だ。


 比呂たちの目の前ではあの巨大カマキリの姿が再現されていて、比呂のそばにいる柚や大介とは違う、別の柚や大介が戦っている。非常に精緻な映像で、カマキリだけでなく風景もリアルに再現されていた。昨日に時計の針が戻ったかのようだ。


「これは、昨日の……」


「リアルでしょ? 柚が記録しておいてくれたんだ」


 つまり比呂たちは今、柚の脳内記憶をみなで共有し、追体験しているのだろう。比呂は目を瞠った。


「それにしても、再現度がすごいですね。もはや完全にタイムリープだ」


「えへへー、わたしアクセス権5だから、こういう事は得意なんだー!」


 アクセス権が最高レベルの5である柚は、高性能CPUを搭載しているも同然で、動画サイズの大きな映像や解像度の高い映像を高精細・高画質で再現(再生)することができる。


 同じことをアクセス権3の比呂が行ってもノイズの多い粗い映像再現にしかならない。何がしかの映像記録装置を用いれば別だが、そうでなければあまり役に立つとは言えないだろう。


(こうして改めて目の当たりにすると、本当に凄いな、アクセス権5の人たちって。まるで現代の魔術師だ)


 アクセス権が違うだけで、できる事が全く違ってくる。比呂にしてみれば、柚は超能力者か魔法使いみたいだ。


 もっとも、生体素子(バイオデバイス)を移植していない人たちにとっては、MEISを搭載している比呂も同じように見えているのかもしれないが。


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