第10話 ネットオカルト研究部
一方、ネットオカルト研究部の部長、冷泉柚はステージを降り、体育館の裏手から外に出ると、ほっと胸を撫で下ろした。
そこは、これから部活紹介を控えた生徒や、既にステージに立ち終えた生徒たちでごった返している。
「はあー、緊張したあ! ねえ、みーくん。クラブ紹介、うまくいったかな?」
柚は隣に立つ男子生徒を見上げる。そこに立っているのは同じネットオカルト研究部の部員、二階堂湊だ。湊は知的で涼やかな目を細め、くすりと笑う。
「いったと思うよ。上手く笑いもとれてたし、マイクにおでこぶつけたのは最高だった。ナイス、ボケ!」
「あ……あれはウケ狙いじゃないってば!」
柚は慌てて反論する。しかし、湊はにこにこと笑ったまま取り合ってくれない。
「そう? 狙ってないなら天才だよ。さすが我らが柚!」
「んもう! みーくんのいじわる! そういう意地悪言う子はお仕置きなんだから!」
「あはは、それは参ったな。アクセス権4の僕じゃ、アクセス権5の柚には敵わないからね」
「もう、全っ然そんなこと思ってないくせに!」
柚はポカポカと湊を叩く仕草をする。湊は一見すると知的で優しそうだが、けっこう毒のある事を言うし、柚を揶揄うこともある。柚はその事をよく知っているのだ。
そこへもう一人の男子生徒がやってきた。アスリートのようながっしりとした体格に、鋭い眼光。三人目のネットオカルト研究部員、御剣大介だ。
「おう、何の話してんだ、お前ら?」
「助けて、大ちゃん! みーくんがいじめるぅぅ!」
さっそく大介に泣きつく柚。大介は湊をじろりと睨む。
「おい湊、柚をからかうんじゃねーよ」
「大ちゃん~!」
柚は大介が庇ってくれたことにいたく感動し、目を潤ませた。しかしそれも、次の一言で見事に粉砕されてしまう。
「ピーピーうるせえだろ」
「ひ、ひどいっ!! 大ちゃんのオニ、悪魔!!」
「お前に言われたくねぇっつーの、柚! 《深海の魔女》とかいう異名を持つお前にはな!」
「むうう……そのあだ名、わたし嫌いだもん!」
「んなもん、知るか!」
ぎゃあぎゃあと言い合いをする二人の間に、湊がやれやれとばかりに割って入る。
「まあまあ二人とも、不毛なやり取りはその辺にしとこうか」
「うっせえ、諸悪の根源め! もとはと言えば、お前が発端じゃねーか!」
「そーだ、そーだ! 異議なーし!!」
「あらら、結託しちゃった」
冷泉柚と、御剣大介や二階堂湊の間には、かなりの年齢差があるように見える。だが、三者の間に特別な隔たりはない。同じネットオカルト研究部に所属する叡凛高等学校二年生として、三人とも対等の関係を築いているのだ。
そんな彼らの目下の悩みは、ネットオカルト研究部が二年生のみで構成されていること、それから今のところ後輩が入ってくる見込みが殆どないことだった。柚はさっそく、その点を口にする。
「それはともかく……あとは、できれば一人でも新入部員が入ってくれるといいんだけどなー。あのメッセージ、伝わった子いるかな?」
大介はガシガシと乱暴に頭をかく。
「まあ……正直なところ、期待薄だろうな。現に俺たちの学年だって、俺ら以外にネオ研の適合者はいねえ」
「やっぱり無理かな?」
柚は消沈して溜息をついた。部長としては、何とかしてこのネットオカルト研究部を存続させたい。しかしネットオカルト研究部は、その活動の特殊性もあって、入部希望者は誰でもいいというわけではなく、下手をすると自分たちの代で廃部という危険の十分に考えられる。まさに危機的状況だ。
すると、湊は顎に手を当て、何やら思案しつつ呟いた。
「どうだろう……案外いるかもしれないよ、入部希望者」
「ほんと、みーくん? 何か心当たりあるの!?」
「心当たりっていうほどでもないけど、敢えて言うなら勘……かな?」
それを聞いた柚は途端に上機嫌になる。
「えへへ、そっかあ……みーくんの勘ってよく当たるもんね! もし新入部員が入ってきたら、わたし先輩になるんだよね? 『柚先輩』って呼ばれたいなあ……呼んでくれるかな?」
一方、大介は渋面になった。
「おいこら、湊! 適当なこと言って余計な期待させんなよ。一人も新入部員がいなかったらどうするんだ? しかも現実にはそっちの方が限りなく可能性が高ぇんだぞ!」
「大介は悲観的すぎるよ。世の中は意外とうまくいくようにできているものだよ」
「そいつはどうだか」
湊はよほど自信があるのか、余裕のある態度を崩さない。けれど大介はそれほど楽観的にはなれないらしく、どこか投げやりな口調で吐き捨て、端末を取り出した。
その画面を目にした彼の瞳は、興奮とともに俄かに大きく見開かれる。
「……って、お! 見ろよ二人とも!」
「え、何なに!?」
「ネオ研の公式サイトに続々と書き込みが増えてるぞ。やっぱ宣伝は効果あるな!」
柚と湊もすぐさまMEISでサイトを開く。二人の目の前に、サイトの画面が浮かび上がった。さらに指先のニューラルマウスでその感想欄をスクロールしていく。
「わー、ほんとだ! でも、いたずら目的の書き込みも結構あるっぽいね」
「すぐにアルゴリズム解析して、『本物』を探そう。これまでの《アンノウン》の出現パターンと照会すれば、『いたずら』を排除し、『本物』を特定することができる」
湊は自分のMEISで、さっそくその作業に取り掛かった。数分後、彼は無数に寄せられた感想の中から全部で三つの書き込みを取り出す。
「……出た! 『本物』はこれだ!!」
柚と大介もそれぞれのMEISや端末を使い、その三つの投稿に目を通した。内容はどれも、夜中に突然、街灯が消えたとか、誰もいないはずの空間で物音がしたとか、怪奇現象とも呼べない些細な話ばかりだ。MEISで解析しなければ完全に見落としてしまっていただろう。
「第二区域・再開発地区の旧天ヶ淵町、あと渚通りにある無人コンビニか」
大介が鋭く囁くと、柚も大きくうなずいた。
「確かに再開発地区の辺りは、古いネットワークやインフラがかなり残っているから、電脳識海の構造も複雑で、《アンノウン》が発生しやすいスポットだもんね。《アンノウン》が影響を及ぼしている可能性は十分にあるよ! 行ってみよう、大ちゃん、みーくん!」
「そうだね」
「よっしゃ、新学期そうそう『バグ退治』とは、幸先良いぜ!」
三人は顔を見合わせると、一斉に走り出した。
できるなら今日中、夕暮れまでにはこの『仕事』を片付けてしまいたい。『問題』が発生した際は早期発見、早期対処するに限る。それが叡凛高等学校の生徒のため、ひいては新世界市全体のために繋がるのだから。
「そういえば……部室のセキュリティは万全だよね?」
湊はふと足を止め、柚に尋ねた。柚はピースサインをしてそれに答える。
「もちろんだよ、任せて! 暗証番号がないと絶対に開かないように設定してるから」
『入部希望者は部室棟の三階南廊下にある消火器に触れてね!』――そうメッセージを発した彼らではあるが、まさかそれを読み取れる者が存在するなどとは夢にも思わない。従って、自分たちの留守中に訪問者があるなんて、考えつきもしなかった。
先を行く大介がこちらを振り返り、大声で呼びかける。
「おい、お前ら! 早く行こうぜ、《アンノウン》の幼生が成体になっちまうぞ!」
「ほーい」
そしてネオ研の三人組は、体育館を離れ、校門の外へ向かうのだった。
✽✽✽
ネットオカルト研究部が叡凛高等学校を飛び出して行ったちょうどその頃、比呂は部室棟の三階、南廊下へ向かっていた。
叡凛高校は部室棟もとてもきれいだ。建物が美しく掃除も隅まで行き届いていて、どこかの部活の道具が廊下に放置されているといったこともない。
ただ、文科系の部活と、体育系の部活で部室棟が分かれていて、少々迷った。おまけに、それとは別に芸術棟まであるのだ。しばらく彷徨ってみて、自分が探している部室棟は文化系部室棟の方だと分かった。
三階建ての部室棟に足を踏み入れると、さまざまなクラブの部屋が整然と並んでいる。扉の間隔から察するに、部屋の広さもそれなりにあるようだ。今はまだ体育館で部活紹介が行われているためか、生徒の姿はあまり見かけない。
(『入部希望者は部室棟の三階南廊下にある消火器に触れてね!』……か。ここのどこかに、ネットオカルト研究部の部室もあるのだろうか……?)
確かに三階の南廊下へ向かうと、消火器が設置してあった。しかし肝心の部室は見当たらない。あるのは壁ばかりで、おまけに消火器の奥も段ボール箱などが積み重なり、完全に物置きと化している。
廊下の隅であるため照明が届かず、何だか薄暗い。雑然としていて、埃っぽく感じる。
部室棟の他の場所はどこもピカピカだから、余計に落差が激しく感じた。何か特別な用が無ければ、高校を卒業するまで近づくことはなかっただろう。
(本当にここなのかな? どう見ても、ただの物置きにしか見えないけど……あのメッセージは見間違いだった、とか……?)
見たところ、比呂以外の生徒がこの場にやってくる気配もない。しんとした廊下に一人佇んでいると、何だか急に不安になってきた。ひょっとして、全ては自分の勘違いだったのではないかと。しかし比呂はすぐに気を取り直す。
(いや、諦めるのはまだ早い。もう少し調べてみよう。ネットオカルト研究部が発していたあのメッセージには必ず何らかの意味があるはずだ。それを解いて、僕は必ずネオ研に入部するんだ……!)
比呂は取り敢えず、メッセージにあった通り消火器に触れてみる。すると積み重なっていた段ボールの山にノイズが走り、一斉にぱっと消えてしまった。そして、その奥にあった壁から浮き上がるようにして扉が現れた。
扉の電子プレートには、はっきりと『ネットオカルト研究部』と表示してある。
(そうか……段ボールの山は《電脳物質》で、更に本物の扉の上に偽物の壁――バーチャル・クロスを張り付けていたんだ!)
バーチャル・クロスは通常の壁の上にさまざまな壁紙のレイヤーを張り付けることができるネットサービスだ。色や柄はもちろんのこと、木目調やレンガ調、タイル調など、質感も多数そろえられており、無数にあるサンプルの中から自分の好きな組み合わせを選ぶことができる。手軽に一瞬で部屋の模様替えをすることができるので、最近、人気がある。
ネットオカルト研究部はその技術を応用し、扉の存在を隠していたのだ。
良かった、部活紹介で目にしたネットオカルト研究部のメッセージは、決して見間違いでもなければ、ただの思い込みでもなかったのだ。安堵するのも束の間、比呂は疑問に思う。
(でもネットオカルト研究部は、どうしてこんなことをしてまで部室を隠したかったんだろう……?)
何か特殊な事情があるのだろうか。確かにこのB‐IT社会でオカルトというのは場違いな感じがしないでもないが、叡凛高校の生徒からは好かれているみたいだったのに。
(いや、一介の部活動に過ぎないネオ研にそこまで秘匿性が必要だとは思えないし、ましてやその権限が学校のそれを超えたりするなんて考えられない。だとしたら、むしろ目的はここを訪れる者の『選別』……?)
改めて周囲を見回してみるが、やはり他に人の姿はない。ネットオカルト研究部のメッセージを読み解き、それに興味を抱いた入部希望者はいまのところ比呂だけのようだ。
それは何故か。そんな変わり者は比呂だけだからか、それとも――やはり体育館で感じた通り、そもそもあのメッセージを見ることができたのは比呂だけなのでは。
そうだったとしても不思議はない。メッセージの文字を構成していた黒煤は、これまで新世界市のあちこちで目にしたが、いずれの時もその存在に気づいたのは比呂や白羽と黒羽だけだった。
誰も――あの黒い粒子を身にまとっている本人たちでさえ、そのことを認識していないようだった。
(ともかく、肝心なのはここからだ。……僕は知りたい。十年前、自分の身に何が起こったのか。どうして死んだはずの母さんが甦り、僕の前に現れたのか。そして……母さんは今、一体どこにいるのか。ネオ研に入れば、何か手掛かりが得られるかもしれない。……僕は絶対に母さんを迎えに行く。そして母さんを取り戻すんだ……!!)
これまでも比呂は、幾度となく母親を取り戻す方法を探って来た。しかし、当然のことながら収穫はゼロ。B‐IT社会になったからと言って、死んだ人間は生き返ったりなどしない、それが世間の常識だからだ。
現実空間と電脳空間が極限まで融合した現代においても、ヒトが死を克服することはなく、あの世の存在すら証明できていない。旧時代の頃と同じように。
だからこの世に幽霊など存在するわけがなく、あるとしたらオカルトの世界――つまり『お伽噺』の中だけだ。一般的な感覚で考えると、死者を取り戻そうとしている比呂の考えは常軌を逸した異常な発想なのだ。
だがネットオカルト研究部に接触すれば、何か情報が手に入るかもしれない。何しろ、彼ら自身が常日頃から怪奇事件やオカルトを調査していると明言していたのだから。
比呂は逸る胸を抑え、ネオ研の部屋のノブに触れてみる。しかしその瞬間、奇妙なアラーム音が発せられ、それと共にやたらとポップな画面でアラート通知が空中に表示された。
『ネオ研はただいま留守にしています! どうしてもご用のある方は、パスワードを入力してください!!』
思いも寄らぬ展開に比呂はぎょっとした。
(パスワード……!? それはさすがに、秘密のメッセージにも表示されていなかったはず……!!)
どうしようか。もしパスワードを知っていたとしても、ネットオカルト研究部が不在であることには変わりがない。つまり、すぐにはあのメッセージの真意を確認することはできないという事だ。そしてもちろん、比呂がネットオカルト研究部に入部できるかどうかも。
ここで大人しく待っていたら、彼らはいずれ戻って来るだろう。しかし比呂はとてもじっとしていられなかった。探し求めた手掛かりが、ようやく手に入るかもしれないのだ。もう少し……そう、あともう一歩で。
目的達成の時はもう目の前、そう意識すればするほど余計に激しく心を急き立てられる。
気づけば比呂は走り出していた。部室棟を飛び出し体育館に戻ると、その裏手へ回る。裏手では部活動紹介実行委員と思しきメンバーが部活紹介を終えた生徒たちをまとめ、場を取り仕切っていた。比呂は息を切らしながら、実行委員のメンバーに尋ねた。
「あの、すみません! ネットオカルト研究部の先輩たち、まだ体育館にいますか?」
「ネオ研? ……ああ、柚ちゃんたちね。どうだろう、さっきから姿が見えないけど」
眼鏡をかけた女子生徒は腕に腕章をつけている。部活紹介の実行委員であることを示す印だ。彼女は突然話しかけてきた比呂に対して特に嫌な顔もせず、他の生徒に声をかける。
「ねー! ネオ研、見なかったー!?」
「ネオ研なら、さっき校門の方へ走っていきましたよ。三人揃って、何ていうか……ただごとじゃない雰囲気でしたね」
そう答えた男子生徒も腕に腕章を装着していた。比呂は眉根を寄せる。
(校門……? ひょっとして、校外に出たのか……!?)
それが本当なら、厄介なことになってしまった。少しでも情報が得たくて、比呂はその男子生徒に尋ねる。
「ネットオカルト研究部の先輩たちがどこへ向かったか分かりませんか?」
「うーん、特には聞いてないね。この通り、僕たちも忙しいから」
新世界市は人工島であるもののかなり広く、しかも七つの区域に別れている。また、高層建築物や大型商業施設も多く、その中から手掛かりなしでネットオカルト研究部のメンバーを探し出すのはほぼ不可能に近い。
それは分かっているけれど、どうしても諦めることはできなかった。
「分かりました、ありがとうございます!」
比呂はそう叫ぶや否や、自身も校門へ向かって走り出した。学校の外に出ると、待機させていた白羽と黒羽がすぐに舞い降りてくる。
「比呂、遅いゾ!」
「退屈だゾ! 腹減ったゾ!!」
「ごめん、二人とも。悪いけど、至急、探して欲しい人たちがいるんだ!」
そして比呂は、叡凛高校専用の顔認証アプリを立ち上げ、そこから三人のネットオカルト研究部員の映像をピックアップし、それを白羽と黒羽に見せた。
「この三人の先輩たちを探してくれ。叡凛高校の中には既にいないそうだ。でも多分、新世界市のどこかにはいる。三人で一緒に行動しているんじゃないかな?」
白羽と黒羽は映像を見つめ、カカカ、クククと短く鳴いたあと、
「リョーカイ!」
「リョーカーイ!!」
と口々に返事し、飛び立っていく。
比呂は動き出したい衝動に駆られつつも、じっとその場にとどまり二羽の帰りを待った。こういった時は、自分の力で無理やり何とかしようとじたばたするより、大人しく白羽や黒羽に任せた方がいい。その方が確実なのだと経験で知っているのだ。
やがて数分ほどして白羽と黒羽が戻ってきた。
「比呂、見つけたゾ!」
「三人、一緒にいるゾ!」
「ありがとう、白羽、黒羽! できるなら、一刻も早くネットオカルト研究部の部員と接触したいんだ。さっそく案内を頼むよ!」
さすが白羽と黒羽の探索能力はすごい。やはりこの二人に任せて正解だったと、比呂は内心で感嘆した。




