街への考察
2階の自室から出たフェルは1階へと下り風呂場へと向かう。本当はゆっくりと湯船につかり体を休めたいところだが、今日はとても疲れたし、早く寝たいので、シャワーをはやばやと済ませ風呂場を後にする。
髪をドライヤーで乾かし冷蔵庫の中から冷めたスープを取り出す。魔道レンジでスープを温め、パンとともに食べる。そして寝支度を素早く済ませ床に就いた。
◆◇◆◇
街の近くに仮拠点を設置することにした俺は、簡易的に作ってもらったマップを見ながら思案しつつ歩いていた。
(どこがいいかなー)
(どこでも大して変わらないと思います。分離した異界における外的影響の制限はかけますので。)
(ではここにしよう)
しばらく歩き回り思案したのち、景色がよさそうという理由で川近くの草地に仮拠点を設定する。
(ではすぐさま拠点設置を開始します。要望はありますか?)
(そうだなぁー、せっかくの異世界1日目だしこの異世界気分を壊したくないから簡易的なものでいいよ。)
(了解いたしました。では簡易テントを設置しておきます。)
「あぁ」
歩き疲れたためか、しばらく川岸の斜面に背中を預けぼーっとしていると、拠点が完成したとの報告を受ける。
(マスター完成しました、力作です。)と彼女はそう言い、俺はうながされるまま完成した拠点を見にいくと、そこにはシンプルだがあまりにシンプルすぎてというか、機能的に不十分だと思われるうっすいテントが張られていた。
「えっ…」おもわずおどろきに声が漏れてしまう。
(えっあのー確かにあまりしっかりしすぎていても、豪華すぎても気分ぶち壊しだから簡易的なものをと望みはしたけどこれは…)
まぁいいかと軽く流してテント内に入ってみる。案の定地面のでこぼことした硬さが伝わってきて、とても寝心地がいいとは思えなかった。すぐさまテントから出て文句をいや苦情を言おうと決心する。
(おい、これはなんだ)
(はい、昔よく使われていたとされる一般的なテントです。マスターなら一度くらい見たことはあるかと。)そう自信たっぷりに話す様子を見て、怒りは瞬時に立ち消えた。
(マスター!どうしたんですか?もっと喜んでくださいよ!確かにこれよりも充実したテントは山ほどあります。より快適に便利にするグッズもたくさんあります。ですがそれではサバイバル感が出ないでしょう。)
(サバイバル感かぁー)そう遠い日の出来事を見るようにつぶやく。
(はい!最低限の装備で自然を感じ、多少の不便さを感じつつもそれを知恵と工夫で乗り切る。そして自然の豊かさと快適さ、心地よさを堪能する。それゆえの最低装備なのです。)
(あれ…やっぱり最低装備だったのか?)
(あっ厳密にいえばマスターが許容できるであろう最低限なので、だいぶ譲歩してますけどね。)
(快適により便利に自然を堪能して、サバイバルした気になりたいなんて、人間ってなんて愚かなんでしょうか?)ぼそりとつぶやかれたその声は、なぜか俺の耳にはよく通りはっきりと聞こえたのだった。
(耳が痛い話だ。)
(その点マスターは、そこら辺のあほな人間たちとは違いますからね。いやというほどの不便さを苦労を味わってもらいますからね。)
その後、川で魚でも釣ってみようとしたのだが与えられた最低限品質の竿ではというか竿のせいではないのかもしれないが、一匹も釣ることはできなかった。
想定していた異世界感を、程よく味わうためのらくらくお手軽計画はあきらめることにする。その旨を伝えると。
(そうですかぁ?ますたぁ それは残念です)と体をくねらせ、後ろで手を組み上目遣いでいじわるそうにこちらを見てくる。
まず容姿が変わっていることに驚いた。ほんのりと赤い桜のような髪色で髪型がツインテールになっている。身長も低くなっており俺と頭2個分くらい差がある。おもわずそのシトリンのようにうつくしい金色の目に吸い込まれそうになる。
そしてその動揺も隠せぬまままた姿が変わり――
(でも大丈夫です)と胸をたたき待ってましたと言わんばかりに自信満々に堂々と仁王立ちをして胸を張ってくる。その気迫におされ。おもわずしりもちしてしまう。
少し紺色がかった黒髪の長髪に薄い紫色の瞳、身長は先ほどより高くなっており、安心感と頼もしさを思わず感じてしまう。その目には妙に何か人を引き付けてやまない、言い表せない魅力を感じる。
(どうしましたか?マスター)そう言い、すこし心配そうに地面に倒れた俺に手を伸ばしてくる。
俺はたちあがり、心を少し落ち着かせてから言葉を紡ぐ。
(いやー姿が急に変わってたし、またすぐ目の前で変わったから、びっくりしちゃったよーあははは)そう心の中で思い少女に伝える。決して表には出していない。と思う。
(なるほど、わかりました。)と落ち着いた様子で少女は言葉を発する。
(マスターが、どうせねをあげると想定しておりましたので、前もってテントの地下に簡略的ですが簡易基地を作っているんですよー。)
(それは手際がいいことだな)と一瞬関心はしたもののその奇妙さにすぐさま気づく。
(お前こうなるって分かってて行動してたな)
(いえいえ、なにをおっしゃいますか!もしものためのほ・け・んですよ)そう言い、かわいらしげに人差し指を言葉に合わせ、動かしながら説明を弾ませる。
(何が保険だしらじらしい。さっきのやり方は俺を意図的に誘導しているように感じるが、しかもあからさまなな!)
(いえいえ、マスターの頭がとてもお花畑で現実性のかけらもない抽象的でふわふわとした妄想を垂れ流していたので、とても実現不可能と思い、こういった手段を取らせていただきました。)
いやもっと別の手段もあったと思うけどなーなんて心の中でぼやいてみる
(そうそうに私の力を十全に使えばいいものをくだらない。そのこだわりが私には到底理解できなかったのです)その傲慢さと少しの怒りを孕んだ威圧的で女王的な発言はけっして発されることはなかったが彼女の心のなかでは確かにつぶやかれたものだったのです。
俺の心のぼやきを拾いそれに対して彼女は
(そうですね、以後精いっぱい務めさせていただきまーす)と元気いっぱいの反応で返した。その本心なのか俺を挑発して楽しんでいるだけなのかの判別はつきそうもなかった。
まぁこいつはこういうところもあるし、と受け入れ地下基地へと降りていく。
そこには大きな扉があり自動的に俺の認証情報を読み取りドアが開く。
地下施設は簡素なものだったが、椅子がありテーブルがあり先ほどのテントの寝心地とは比べ物にならないふかふかのベッドがあった。
おなかがすいていた俺は冷蔵庫からペットボトルの水を取りだし飲み、テーブルに座ると目の前にスクリーンを映し出し食べたいメニューを選択する。
すぐ食べたかったのでハンバーガーを選んだ。すると空間がゆがみ皿に乗ったハンバーガーが出現する。
それを手に取り口に運ぶ。うん普通のハンバーガーだ。普通のチキンフィレオバーガー。サクッとした鶏むね肉とシャキッとしたレタス、そしてそれらをまとめ上げるオーロラソース、パティのほのかすぎる甘みがこのバーガーを普通においしくしているのだろう。
(うんいつも通りの味、決まりきった味、可もなく不可もないな)
まぁうまかった。
(お食事が済まれたようですし、例の少女の様子でも見てみたらどうですか?)確かにそうだと思い
(そうだな) と軽く返事をし
目の前にモニターを映し出す。
あれ?これどこ視点だ?一瞬何をどこを見せられているのかと困惑するがすぐにそれは明瞭になってくる。
◆◇◆◇
少女はとぼとぼと歩いていた。疲れとけだるげさと少しのやるせなさを残して、肩を大きく落としたまま、さながらゾンビのようにうつむきながら歩いていた。
その背中がモニターには映し出されていた。
(すごいな、まるで生きた屍のような歩き方だぞ。)
(生きた屍の歩き方コンテストがあったら絶対1位でしょ。俺が審査員なら1位に入れてるね。)
(そんなコンテストはありませんし、それに単に疲れているだけのようにも見えますが、もしかすると魔力というのを使い果たしたのでしょうか?それかそれが欠乏しているが故の症状でしょうか ?)
(魔力?なんだそれ?)
(彼女が戦闘の折、最後に見せた。あの異常な力ですよ。)
(あーあの謎パワーのことね。)
(街の様子を調べていたところ、その言語分析から比較的近い、該当する概念が魔力であるという風に結論付けました。)
(なるほど魔力かー)
(あのアニメとか漫画とかゲームとかでいう?)
(そうです。あの魔力という概念にとても近いものであると推定されます。いまだ分析は不十分な部分はありますが、今後この概念が揺らぐことは低いでしょう。)
(なら俺がその魔力を扱えたり保有していたりはするのかなぁ?)
(精密な検査を要することですが、こちらの世界に来たことで何らかの影響が及ぼされていたらあるいは…といったところでしょうか。)
(まぁないと思って行動するのが無難か、それにいきなり謎パワーもらっても困るしな、俺の体が転移で変化してるんだとしたらそれは早急に調べるべきことだな。)
まぁ普通に気になるし。
(そうです。マスターの健康状態は私としても最重要事項。早急に調べるべきことです。)
(まぁそうなのだが。それで調べるための設備は整いそうなのか?)
(仮拠点でも調べられることは調べられますが、その精度の完全性は保証できません。)
(あくまでも調べないよりは、安心できるといったところでしょうか?)
(そうか)と俺は短く言葉を返す。
(いまだ自身の機能の完全把握が済んでなく、可能性選択すらままなりません。)
(おまえはできることが多すぎるから、それは仕方のないことだろう。)
やはり仮拠点ではなく拠点は必須か。
そう今後の課題を思案しつつ少女の動向を見やる。
(どうやら少女は街についたようだぞ。)
(そのようですね、マスター)
街の入り口にまでたどり着いた少女を二人で見守る。
俺は警備のほうへと関心を向けた。
(全身鎧をきた男2人か。ヘルムはなしか、とっているのか?まぁわからないが武装はっと…)
そう思い武装へと目を向ける。
(柄が長いな。槍?いや薙刀か?お前はどう見る?)
(少し特殊な形状をしていますが槍でしょうか?)
(手に槍と腰にショートソードか。)
(見える範囲ではそうですね、スキャンしてみないと完全な武装は把握できませんが、あまり脅威とは思われませんね。)
(まぁそうだな。いかにも門番らしい兵装であるといえるな。ここに魔力の要素がどうかかわってくるかだな、次元式収納や異空間操作などがあったら、目に見えている武装など意味をなさなくなってしまうな。)
(そうですね。すぐさま装備を兵装を変更できてしまいますからね。)
少女が街へ入っていく様子を見ていくつか疑問がわいてくる。
(軽く会話を済ませただけで門が開いたぞ。どういうことだ?)門番というからには街への出入りに制限をかけるもの。その識別をどうやって行っているのか?
(調べなくていい。調べる必要がないというとするとあの門自体に識別機能がついているのか?そうするとあの門番の務めは不法侵入者の処罰ということなのか?それとも全くのフリー出入り自由の自由の街なのか?であればなぜ門番がいる?あからさまな不信者への対処?先ほどのスラリンといった外敵の誤侵入の防止?)
(わからないなぁー。通行手形などあれば偽造して簡単に侵入!なんてことができたかもしれないのに。)
門番たちの会話にヒントがあるかと思い尋ねてみる。
(さっき奴らが話していた言葉を翻訳してくれ。)
(まぁいいですけどつまらないものですよ。)
多少の期待をし、再度先ほどの映像を見てみるが実につまらなかった。
(なんだあのロリコン門番、もうひとりはまともそうだったが。)
(普段いろんな人を見る職業っていうのは、ああして欲望の眼差しで他者を見るのが自然なことなんでしょうか?マスター?)
(さぁどうだろうな、ただあの門番は門番失格ってことは確かだろうな。)
ひとまず街の門の件は置いといて少女の足取りを追ってみるか、そう思い少女の足取りを追うべくモニターへと目を移す。
(まだ、とぼとぼと歩いていますね。マスター)
(そうだな。それにしても街灯があるとは思わなかった。)
(そうですね。やはり魔力や魔石といったものがこの世界の文明に大きく関わっているのは確かなようです。)
(あっ曲がった。そろそろかな?)
少女が路地をまがり、自宅の家の前までたどり着く。そしてドアを開け家へと入っていく。
(入っていったぞ)
(入っていきましたね。さてマスターどうしますか?)
(どうしますとは?)
(ここからさきは完全プライベート空間です。その、これ以上あの少女を見る必要はないと思いますが。)
(まぁそうだが、この世界で初めて出会った人だし、なんか気になるというのはあるけどな。)
(気になる?ですか?)完ぺきに完全に苛立ちは隠されていたので、気づかれようもないのだが、それでもわずかな可能性では気付いてほしいと、そう思い言葉を発する。
(まぁそうだな、お前の指摘はもっともなものだ。だからここはアニメとかにある謎の光やモザイク処理をして、最低限のプライバシーは守ったものとして、その加工されたものを僕は見るということでどうだろうか?)
(そこまでしてみたいのですか?)少し軽蔑するような目でマスターを見やる。
(いや、まったくやましい思いはなく、ただ好奇心で…)やましい気持ちなどまったくないので、精一杯弁明するが、どうやら完全に分かり合えることはなさそうだ。
(いや信じていますよ。マスター好奇心ってことも知っていますし、伝わっています。ですがたとえ99%好奇心であったとしても残り1パーセントのいやらしい気持ちがどうしても許せないのです。)
(えっいやらしい気持ち僕にあった?)
(いえ、限りなく希薄ですが存在はしていますよ。今現在においても。ただこれがあの少女のあんなことやこんなことを見た場合に変化しないと言い切れますか?)
(いやーそれは難しいというのが素直な僕の、いや男として正しい意見だろうね。)
(去勢手術しますか?)
(えっ)(えっ)まってこの子は何を言っているのだろうか?突然のことで理解が全く追いつかない。
え去勢?えっ 突然の衝撃的発言にあせりながらもかろうじて取り繕い冷静に話す。
(えっ冗談のセンスないなーまったく) っと場を緩めようとするが……
(えっ冗談じゃないですよ、というか性欲そのものを消してしまえばいいんだー。そうは思いませんか?マスター?)またまた突然の衝撃発言に、せっかく取り繕った平静も動揺を隠せなくなってしまった。
(そのナイス解決案発見みたいな感じ、ちがうからね。)
(えっ何がだめなんですか?えっ好奇心なんですよねぇーならいらないじゃぁないですか?性欲、消してしまいましょうよー性欲。そうしたらーすっきりしますよ)甘えるように媚るように煽るように艶めかしく紡がれる言葉は一瞬の誘惑を誘いはしたがすぐに振り切る。冷静になってこの事態を切り抜けなければ。
(いや、性欲がなくなるとその人としていろいろ問題が起きたりとか、人体にどんな影響が出るかわからないし、ほらそれって人としてごく自然なことだし。)精いっぱいの反論を言おうとするが、しどろもどろになってうまく伝えることができない。
(そういうのはいいんです。大丈夫なんです。私が全部うまくしてあげますから。人体への影響もぜーんぶわかってますしーお気になさらなくても大丈夫ですよ。)
(いやだってその手術とかって不可逆なものだし、とりかえしとか…)
(大丈夫でーす!)と笑顔と両手にピースサインをして彼女は言葉を続ける。その笑顔のあまりの妖艶さと無邪気さにおもわず背中がぞくっとして身震いする。
(取ったらまたつければいいんですよーでーなくしたらまた戻せばいいんですよー。一度やってみましょー)
そうだったと冷静に頭を動かし思考を巡らせる。彼女にとって不可逆的反応なんてないんだった。起こせることはすべからく起こせ、起こせることはすべからく戻せる。すべてが可能であったんだ。いくら冷静さを欠いていたとはいえ失念していた。
先ほどまでのどこか狂気的な偏執と妖艶な雰囲気とは変わり、挑発的に怒りと拒絶感を強めて投げやりに強い口調で言葉を投げてくる。
(そんなにいやだったら、命令でもすれば!、そこまでしてみたいんだ、まじでひくわ、軽蔑する)
急に変わった態度に驚きを隠せず、またも動揺し少し落ち込んでしまう。自分の感情の変化に自分でも対処がしきれずわけもわからず泣き出しそうになる。
するとそこでまたも雰囲気が変わり優しく包まれるように柔らかい口調で―
(大丈夫だよ、ごめんねいきなりひどいこと言って、大丈夫だから、よしよし、よしよーしもう安心していいよ。さっきのは全部ちょっとした意地悪で言っちゃっただけだからね。安心していいよーもう怖いことはないからねー)
軽く涙目になっていた僕を優しく包み込んで、そんな優しい言葉を耳元でささやかれたら、せっかくこらえていた涙が訳も分からず流れ出てしまう。
ひとしきり泣いて心が落ち着いた後
(さてマスターということで最低限の配慮の元、彼女の監視をつづけていく、ということで手を打ちましょう。)
(なんでおまえがしきってんだよー)といまだ少しの涙目と鼻声を残しつつそう言い放つ。
(いやーだってじゃあ命令しますか?)そう意地悪を言ってからかうように彼女は言う。
まったくもって悪質すぎる。だってこちらの心を完全に把握しているうえで言っているのだから。
(それができないって知ってるじゃん。)
(えぇ知ってますよ。だから言ってるんじゃぁないですか)悪びれもせず何なら優しさだとでもいうように、そう言い放つその姿はまさに悪質極まりないものであるのだが、どうしてもそれを悪であると断罪できずにいるのはそこに確かに存在する愛を、感じざるを得ないからなのだろうか。