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9/39

09/39 【霊力行使】

 左腰に括りつけられた水晶の重みが、俺には兆しのように思えた。


 同じ一週間をただなぞるように繰り返すこと幾千回。先などあってないようなこの日々を、抜け出せるものなら抜け出したかった。


 常々思いめぐらしていた矢先、異常事態は起こった。

 異変と呼ぶにはささやかかもしれない。

 しかし希望を持つに値する出来事だ。


「俺の手元に水晶が残ったことには、きっと理由がある」


 水晶は、やろうと思えば人の未来を覗けるシロモノだ。

 俺にしてみれば良くも悪くも(・・・・・・)未来を象徴するアイテムである。


 水晶が遷移を越えられたんだ。いろいろ調べれば、ゆくゆくは世界全体が永遠を飛び越え、再び未来へ進められるようになるかもしれない。


 この手で永遠社会を変えよう――――永遠崩しだ。


「11月23日、か」


 しかし、窓のそばに引っ掛けてあるわが家の日めくりカレンダーは、相変わらず永遠の言いなりだ。


 永遠社会において、11月29日の翌日といえば23日と決まっている。

 水晶を持ち越したこと以外に、決定的な変化はなかった。

 しかし落胆するにはまだ早い。


「試してみよう、水晶の秘めた力を。永遠崩しのさらなる糸口があるかもしれない」


 学生なら登校、社会人なら通勤という概念すらも希薄になった昨今。

 将来のために学ぶ必要もなし、国の未来を支えるために働く必要も失った永遠社会の営みにおいて、やるべきことが決まっている朝というのは本当に貴重だ。


 それが俺にとってどれだけ気持ちの良い朝となったかは、わざわざ説明するまでもない。


「永遠なんか貫き崩す。そして未来を切り拓いてみせる」


 ベッドから起き出で、外へ繰り出すべく着替えを手に取る。

 クローゼットから適当な上着を引っ張り、ジーパンに脚を通す……と。


「! 露希からか」


 俺が上裸になったところで、ベッドのスマホが震える。


 一週間(えいえん)の初日に受信するメッセージは決まってひとつ、多くてもふたつが恒例だった。


 ひとつはかあさんからの不審メールだ。このメールがあったおかげで、永遠を崩しうるキーアイテムが手に入った。


 そんな情報提供に感謝はすれど、個人的には今ひとつ怪しさが拭いきれない。

 内容――鏡の画像が一枚あるだけ――をはじめ、そもそもかあさんからメールが届くこと自体がおかしな話である。


「ま、今はそれより露希の用件が気にな……ん?」


 受信したもう一つのメッセージに視線を落として、俺は言葉を止めた。絶句、と表現した方が正確かもしれない。


「くそっ……日付だけじゃなく、露希も前ループと同じか……しかたないな」


 既視感あふれる『遊ぼ!!!!!!』という吹き出しが網膜に飛び込み、幾千回目のめまいがする。

 呆れてスマホの画面を消した。


「映画の内容も憶えてないんだろうな……やれやれ」


 これが一回二回とかなら間抜けなところも可愛げがあってそれはもう素直に愛しいんだが、永遠社会で生かされている以上、百とか二百も繰り返されるわけで。


 いくら理想の相手とはいえ、まともに相手をしていたら精神的に摩耗してしまう。


 無論、露希は一片たりとも悪くない。

 すべての元凶は永遠社会そのものだ。


 嘆息を吐きながら身支度を再開する。パーカーを着込み、腰に(くだん)の水晶を携える。

 水晶が転がり落ちないよう少年がくれた風呂敷で包み、ジーパンのベルトに括っておくいた。


「これでよし、と。行き先は……とりあえずガソリンスタンドだな」


 と呟いておきながら、実はガソリンスタンドそのものに用事があるわけではない。


 あそこには水晶のポテンシャルを小手調べするのに打って付けのアテがあるのだ。


 階段を下りて真っ直ぐ玄関へ。

「この写真立てを置き直すのも、あと何回になるやら」


 靴を履きながら、やはり俺はそれをせずにはいられなかった。

 伏せられっぱなしの写真立てに表を向けさせることも、永遠を生きる中でいつしかルーティンと化した。


「この頃はまだ、露希の髪も真っ黒だったな」


 しみじみ口にしながら、靴箱の上の写真に向き合ってみる。

 幼かった頃の俺と、露希と、かあさん。


 そのとき。俺はニカッと笑うかあさんと目が合った気がして、ふとあることを思い立つ。


「試してみようか。今ここで」


 言うや否や、俺は自身の左腰に手を回し、風呂敷を解いていく。

 水晶の試運転はガソリンスタンドで行うつもりだったが、想定よりもずっと早くに出番が来た。


 水晶を手の平に乗せ、視線の高さまで持ち上げる。

 真っ直ぐ水晶を見据えた。いや、正しくは水晶に映り込むかあさんを見つめる。


 かあさんの笑顔、その輪郭に意識を――――霊力を、集中させた。


「――霊力行使・【失せ物探し】。対象はかあさんだ……応えてくれ」


 断っておくが、ここはただの玄関だ。湖のときと違って霊力溜まりも発生してないし、家の立地がたまたまパワースポットに位置したわけでもない。


 なんの変哲もない玄関だ。黄昏時にはほど遠い時間帯に霊力を行使できるのは、ひとえに俺の体質ゆえだ。


 水晶に流し込んだ霊力を攪拌。

 水晶に映り込むかあさんの像が複雑に渦を巻いて、やがて【失せ物探し】の結果が浮かび上がる。


「水晶が正しく機能するなら、おそらくは……」


 【失せ物探し】――――たとえば、どこかで落としたサイフを探すとしたら、サイフの様子がリアルタイムの光景として映し出される。

 サイフ周辺の状況が目に視える映像として表れるのだ。さらに【失せ物探し】の行使者だけは、どの方向にサイフが落ちているのかを感知できる。


 遺失物だけでなく、人物を捜索対象にしても同じだ。たとえば露希を【失せ物探し】すれば、自室でゴロゴロしつつ俺からの返信を待っている様子が水晶に浮かび上がるはずだ……。


「露希には……あとで返信しといてやるか。遊びの誘い、今回は断らなきゃな」


 つまるところ【失せ物探し】に成功すれば、かあさんの現在の行方が判明するわけだ。

 この水晶が信用に足るか、どうか。

 お手並み拝見がてら肉親を捜してみたが、結果は予想通りである。


「何も映さず真っ黒か。思った通りだな」


 透明度の高かった水晶が徐々に黒ずんでいき、とうとう墨を閉じ込めたような黒一色に染まりきってしまう。


 はたして、かあさんは一体どこにいるのか。

 かあさんは今、カーテンなどを閉め切った暗い部屋にいるのでは?

 そう訊かれれば、答えはノーだ。


「さてと……いってきます」


 写真に向かって宣言して、玄関ドアを出て施錠した。おなじみとなった月極駐車場への道に足が向く。


 さっそく働きぶりを披露してくれた水晶を再度風呂敷で包み直し、ベルトに括ってやる。


「うっかりで『視える』ことは今までもあった。でも自分から霊力を扱うのは仕事を休業して以来だし、どうなるかと思ったけど……うん、悪くないな」


 先ほどの【失せ物探し】といい少年に使った【未来視】といい、幸いなことに霊力行使の勘は鈍っていなかった。


 しかし力を使うのは実に久しぶりのことなので、何かと忘れている部分もあるだろう。駐車場に着くまでの間に俺は霊力の使い方を整理してみる。


 霊力の使い方。すなわち必殺技やスキルみたいなものだ。


「必殺技といえるほど、だいそれたことはできないけど」


 さっき行使した【失せ物探し】は読んで字のごとく、だ。

 捜索対象の在りか、様子をリアルタイムで映し出す霊力行使である。


 人だろうと物だろうと捜索対象にすることができるが、例外もある。

 銀河系の外に存在する物、すでにこの世から消えた存在に対しては、エラーを吐いた機械のようになる。


 しかし基本的には色々見つけてくれるので使い勝手がいい。家のどこに置いたかわからなくなったスマホとか、それはもう秒で手元に戻ってくる。


「海王星を視る事はできても、銀河系外の惑星は視れない。あと絶滅危惧種もダメだ、もうこの世に存在してないからな。それでもって、

 かあさんのように、この世を去った人のことは、探せない」


 かあさんはいない。あの玄関での【失せ物探し】で、水晶はシビアな現実をあるがままに提示した。


 正しいジャッジをくだせる水晶のことを、俺はすでに信用しはじめていた。


「あの少年は、ちゃんと実の父母にめぐり合えるだろうか」


 自分の母親について考えを巡らせると自然、昨晩の少年が思い起こされる。


「ま、会えるだろ。なにせ俺が【未来視】を使って視た結果だからな」


 月極駐車場が近くに見えてきた。ヘルメットを着用しながらバイクにまたがり、あの忌まわしい力にため息を吐く。


 霊力行使の中でもワケありの【未来視】については、まぁガソリンスタンドに着いたら実際に行使するだろうし、使いながら思い出していけばいいだろう――――もっとも、【未来視】の大きすぎる負の効果について忘れた日など、一日たりともなかったが。


 キーを回し、発進。露希と映画館に向かったルートをなぞるようにしてガソリンスタンドへ走る。


「やっぱり、俺は前回の永遠で起きた出来事を隅々まで憶えてる」


 露希との映画も、初めて会った少年の境遇も、彼の中性的な風貌やポニーテールに至るまで。

 名前は訊かなかったが、仮に知っていたとしても忘れないでいる自信がある。


「これが露希なら一週間まるっと抜け落ちるんだろうな。湖の水の冷たさとか、俺なら一生忘れられないんだが……」


 赤信号で停車すると、考えてもしょうがないことばかりが脳内に渦巻いた。


 もうお察しだと思われるが、ぶっちゃけ俺は永遠社会に馴染めていない。

 体質的にも気質的にも、だ。

 将来という概念が風化した今、仕事だって成り立たなくなった。


 11月29日から11月23日に遷移する際の、俺の異常な物覚えの良さ。その点を人と話すとき、俺は常に「体質です」で誤魔化してきた。


「霊力が高いので、なんて正直に言ってたら痛いヤツ扱い間違いなしだからな」


 露希のように記憶を失くしでもしないと永遠なんて虚しくてやってられない。

 が、俺の場合は霊力がそれを許さなかった。


 信号が青に変わりバイクを加速させるも、壮快なスピードに反して気分はいまいち振り切れない。


 詳しくは言わないが、永遠以前の俺は未来を売り物に自営業をしていた。

 未来という概念が嫌いではなかったし、忌々しくも煩わしい【未来視】にもようやく折り合いをつけて歩き出したところだった。


 生き方を再構築した矢先に水を差してきた永遠を、俺は到底許容できそうにない。


 何かにつけて永遠のせいにしがちだが、ようは永遠と未来は対義語であり、永遠社会と霊力は食い合わせが悪いのだ。


「永遠を崩し去るか俺自身の霊力を捨てるかしないと、露希とのすれ違いも解消できないだろうな」


 であれば俺は永遠をこそ葬りたい。

 単純な話、人々が当たり前に未来を享受できる世に戻すのだ。


 俺がここ、ガソリンスタンドまで足を運んだのも、そのため。


「にしても結び目固ったいな。落とさないのはいいけど、これはきつく結びすぎたな」


 自身の腰に手を回し、風呂敷の結びとぐりぐり格闘する。


 湖で手に入れた水晶が永遠を崩すためのキーアイテムになると踏んだ俺は、とりあえず水晶のポテンシャルをテストしたいと考えた。


 湖の少年にしたように、人間を対象とした【未来視】が正しく発動するかどうか、今一度確認しておくべきだ。


 その対象にふさわしい人物がここに……。


「今日もここにいるだろうか……っと、いたな」


 ガラスを一枚隔てたガソリンスタンドの休憩室に、目的の人物が佇んでいた。たしか名前は――――さや子と名乗っていた妊婦さんだ。

 彼女に気取られないよう、ガソリンスタンドのすみにバイクを停車させ、腰の水晶を持ち上げる。


 妊婦である彼女に向けて、【未来視】を行使する手筈が整った。





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