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7/39

07/39 【超常の湖】

 ひとしきり夕日を浴びた湖に、やがて闇が降りる。

 それはそれは一切の闇だ。大自然のただ中に照明らしい照明はなく、頼れるのはバイクのヘッドライトのみだった。


「点けっぱなしにしとかないと足下もおぼつかない……近くに駐めとくか」


 バイクから降車し、闇色の波打ち際に立ち尽くす。


 予知夢で視た光景は、月明かりに照らされた湖だったはず。今はまだ、分厚い雲が空を隠していた。


「しばらくは待つしかないな」


 この雲が退き月が顔を出したら、何かが起こる。

 予知夢やかあさんのメールと同じ条件が揃うには、まだ時間があった。


 日差しのない11月の森林はとても肌寒い。時が来るのを待つのはかまわないが、抗いがたい寒さが心細い心地を誘う。

 さっきまで燃え上がる夕日を受けていたはずが、暗くなったとたんにグッと冷え込む。


 それでも待つしかない。


 しばらく経ってスマホで時刻を確認したら、なんと到着からすでに一時間が過ぎていた。

 その事実に、今日注いだばかりのガソリン残量が心配になる。


「平気だろうけど、一応。用心をな」


 バイクのキーを回し、エンジン停止。唯一の明かりであるヘッドライトが消えて、辺りは真っ暗になる。


「ひゃあっ!?」


 だからこうして、はるか後方でこちらを窺っていた少年を驚かせることになる。


 手探りするのもおっかなびっくりな野山の中、自分の意思で明かりを消した俺はともかく、少年にしてみれば一瞬にして明かりをゼロにされたのだから、素っ頓狂な声を上げるのも無理ない。


「おっと。せっかく隠れていたのにバレちゃったな、君」


 少年。息を潜めていたとはいえ、さすがに一時間もそばにいられたら俺でも気がつくぞ。


 ずいぶんと後ろに離れていたし、とくにアクションを起こしてくるでもなかったので放っておいたのだけど。


「気に障らない程度に離れて、気配を消したつもりだったんですけど……」

「残念だったな、俺は後ろにも目がついてるんだ」


 そのまま声をかけなくても良かったのだが、あの悲鳴を聞いておいて無視し通すのは、さすがにあからさますぎて憚られた。


「あなたはここで何してるんですか?」


 バイクのエンジンをかけ直し、再度ヘッドライトを点けてやると、木々の間から少年が現れた。

 ポニーテールの彼は、警戒心を含んだ視線を俺に寄こす。

 九、十才くらいで、その中性的な顔立ちは一見すると女の子のようでもある。


 というか、大多数が少女と勘違いしそうである。たぶん露希が見たら「うわかわいっ、かわいいぃぃー! かっわ! かッッッわ! かわわわわ……」とか言い出しそうなものだが、目の前の少年は正真正銘の少年だ。


「まぁ、俺も観光客だよ。休憩所にもいっぱいいたろ? あのお客のうちのひとりだ」

「観光ですか、なるほど。たしかに、ここはいわゆる絶景スポットですよね」

「ん? ああ、だろ?」

「――夕日を拝める時間帯なら、ですけど」


 少年の目が不審者を見る目に変わる。


「ほんとうは、ここで何してるんですか?」

「おっと……どう説明しようかな」


 少年はあの休憩所に居候させてもらってる身らしく、この辺りにも詳しいのだとか。


 だからもし道に迷ってるなら、案内したいと申し出てくれる。


「ありがとう。でも、そうだな……俺が観光客ってのは、少し嘘ついた。迷ってるわけでもない」

「そうですか? じゃあ、どうしてこんな何もない場所まで?」

「何もない、か……。いや」


 俺の直感が「ある」と言って聞かなかった。


 えっ、と少年の首がこちらを向く。

 不思議そうに揺れるポニーテールが愛くるしい。

 可愛いもの好きな露希がいたら、あどけない仕草に発狂ものだろう。


「ある、とは? ここに何かあるんですか?」

「未来」

「ああ、やっぱり。そうなんですね」


 少年はあっさり肯定した。

 こんどは俺がえっ、となる番だった。

 何かがストンと腑に落ちた、そんな少年の横顔がヘッドライトに照らされる。


「休憩所にはたくさんの人が訪れますけど、僕以外に視える人ははじめてです」

「視えるだって? ほんとうに? というか何が視え――」

「今まではまるで相手にされませんでしたが――――やっぱり。見間違いじゃないですよね! すごいキレイですよね! 湖に浮かぶあの……ええと、神殿みたいな!?」

「なっ!? っとと。ちょっと待ってくれ。急に話がみえなくなった」


 少年のテンションは「でしたが」から「やっぱり」を経て激しくなる。おとなしかった調子が一変、少し気圧されるほどだった。


「まず神殿ってなんのことだ?」


 少年の話を落ち着いて聞いたところ、どうやら湖の中心に浮島が“視える"らしい。

 しかも驚くべきことに、その神殿は今まで案内してきた観光客や居候先である休憩所のスタッフには見えておらず、少年にしか視えないのだという。


 少年曰く、「あんなに眩しいのに誰も気づかないなんて……おかしいですよね」とのこと。


「起こる起こると心の準備はしてきたんだが、これは斜め上の展開だな……、神殿ときたか」


 ちなみに神殿とやら、俺にはまるっきり視えていない。本来なら――――“視える"案件は俺の専売特許なんだが。

 興奮冷めやらぬ少年に手を引かれるまま、ボートを着けたほとりまで歩く。


 二艘あるうちのひとつに乗せられるや、少年は率先してオールを手に取り、手慣れた軌道でボートを滑らせた。


「って、こんな暗闇でボートなんか出したら危なくないか?」

「なにをおっしゃいますか? 真ん中まで行けば明るいじゃないですかっ?」


 うっ、そうだった。少年が視ているという神殿は、それ自体が荘厳な光を放っているらしかったのだ。

 ここは俺にも視えているテイで話を合わせておかないと、少年をひどくガッカリさせてしまう。


 興奮具合から察するに、少年が俺に負けず劣らずの退屈を抱えながら永遠を過ごしたであろうことは想像に難くない。そこは寄り添ってあげねば。


 そんなシンパシーゆえに、少年を落胆させたくなかった。


「僕以外に視える人がいたなんて……あ、コレさっきも言いましたっけ。ほんとに初めてだったんですよ、神殿をわかってくれる人」


 出会ったばかりの俺の、ちょっとした共感で少年はこうも笑顔になるのだ。

 普段の彼の、あまり理解を示されない境遇が透けて見えるようだった。


 俺の考える少年のバックボーンはあながち間違いではないだろうが、わざわざ言葉にするべきではないし、今日のところは深入りするべきでもないだろうな。


「仕事でならともかく、今はそっとしておくべきだ……それはそうと」


 それよりも気になる事が別にあった。

 どこにあるかわからない神殿とやらは一旦置いといて、ボートがゴールしてしまう前にちょっと事情聴取といこう。


「ところで少年。視えるってことは、キミは何か特別な力でも持っているのか?」

「特別な……? いえ、自覚はないですけど……う~ん」


 唐突突飛な質問なのは百も承知だったが、少年は真面目な顔で思案してくれる。

 ここの答え次第で、ある仮説が立つのだが……どうだろうか。


「うん、たぶん違うんじゃないかと思います。僕が超能力者だったとか、そういうんじゃないですよ……たぶんですけどね」

「なるほどな、君が特別な力を宿しているわけじゃない。ということは――」

「ということは、なんです?」


 俺は月の無い湖を確かめるように見回してから、断言する。


「――特別なのは、この湖の方ってことだ」


 そう、着目すべきは地形にある。

 北にそびえる休火山。

 そのふもとに形成された盆地と湖。つまり、霊力溜まりが発生しやすいのだ。


 夕方は霊力が強まる時間帯であり――――黄昏時といった方がイメージしやすいか。


 夕日をたんまり浴びた場所には霊力が溜まる。とくに、背の高い休火山は日照時間が長く、山の斜面に蓄えられた霊力は滝のように盆地へと流れ降りる。


「つまり休火山に面したここ、湖はその影響をもろに受けているんだ」

「その、自然と集まった霊力? というものの影響を受けたから、僕はあの超常的な神殿が視えるようになった……ということですか」

「そういうことだ。……って、まさか」


 少年のオウム返しは(おおむ)ね要点を押さえていた。


 大人や、元々の霊力が高すぎる人間は感化されづらいなど、実際には様々な条件が重なっているのだが、今は置いておく。


「かなり駆け足な解説だったけど、今ので理解できたのか?」

「いえ、どういうことですか?」

「……まぁ、そうだよな。忘れてくれていいぞ少年」


 霊力が高い俺には何も視えなくて、スピリチュアルな事柄になんの縁もない少年には視える。

 そこのメカニズムに納得いったところで、俺はボート漕ぎ手の伝いに入った。


「や、いいですよ。一応あなたもお客さんですから」

「まぁまぁ。そこは、少年相手にお世話されっぱなしのお兄さんのプライドが許さないってことで、手伝わせてくれよ」


 オールを握る少年の手の上に、俺の手を重ねて力を込める。


「ふっ、……よっ! っと……」


 水を掻くタイミングで、一気に力を込める。

 少年と何度も呼吸を合わせる。

 腕を引くタイミング。

 力を加えるリズム。

 そうするうち、物理的な力だけでなく――――俺の身に宿る霊力と、少年の中に蓄積した霊力とが同調をはじめる。


 少年の霊力が俺の内へと流れ込むのを感じながら、湖の中心に目を凝らすと。


 それが視えた。


「……たしかに。ここまで近づくと眩しいね」

「! でっ、ですよね!?」


 少年の年では“日時計”を習っていないのだろう、彼がこの場所を神殿と表するのも頷けた。


 湖の中心に突如として現れた真円の浮島。

 少年が神殿と称したそれは、日時計を模したものだった。

 地表そのものが文字盤をかたどった大地、その中心に針の役割を持つ石柱がそそり立っている。


「この日時計島、まるでずっと昼間みたいだ」


 そそり立つ針の真上に、この島で最も目を引く存在があった。


 それは水晶だった。

 占いで使われるような、万人がイメージする通りの水晶。

 水晶は不可思議な力で針の直上に浮遊し、霊力を伴った青白い光を放っている。


 その眩しさと来たら、太陽さながらだった。

 圧倒的な存在感を伴って、明かりひとつなかった深夜の湖を燦然と照らす……!


「光の出処はこいつだったか」


 真っ暗なはずの湖が、少年の目にはこうも明るい光景として視えていたのか。

 少年が明かりなしでボートを出せた理由がわかるというものだ。


「……さて、どうしたものかな」

「取ってもらえませんか?」


 少年に案内されるがまま、浮島に着けたボートから日時計に足を踏み入れたものの、俺にはその先の予定がなかった。


 何かが起こる、もっと言えば永遠を崩せるかもしれない。

 ここを訪れた当初の目的に関していえば、このまま日時計の観光だけで終わってしまうのは肩透かしもいいとこだ。さーて、どうしたものか。


「僕じゃ石の飾りを登っても太陽に手が届かないので、お客さん。僕のかわりにそれ、取ってもらえませんか?」

「……観光に値する、キレイな光景であることは間違いないんだけどな」

「風呂敷があります。包んで持って帰る用です。お客さん」


 神秘。荘厳。超常的かつ触れる事すらおこがましいと感じる輝きを前にして、先ほどから信じられない発言が聞こえてくるのは幻聴か。


「お客さん。僕のかわりにお願いします」


 幻かと言われて納得するくらい芸術的な細工の日時計と、不可思議な力で重力に逆らう発光水晶は、その美しさで視覚を蹂躙し、人間の視覚野で受け止め切れない非現実的な情景を補完するためについぞ聴覚までもが狂わされたかとも錯覚したが、その割に鼓膜が捉える言葉はなんとも即物的だった。というか少年の声だった。


「ごめんもう一度聞かせてほしいんだけど、何がお願いしますなんだって?」

「水晶を収穫しちゃってください」

「本気か少年」


 収穫。俺は耳を疑った。


「それ用の風呂敷も受け取ってください、さっきからずっと差し出してるじゃないですか

。いくら神殿……じゃなくて、日時計ですか? が、きれいだからって、気づかないフリは大人げないです」


 神話みたいな目の前の光景と、少年の態度との落差でめまいがする。


 しかしふらついてる場合ではないのだ――――予知夢に視た瞬間が刻一刻(こくいっこく)と迫っている。



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