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04/39 【俺だけのモノ】

 ショッピングモールそばのワンコイン駐車場にバイクを駐める。


 この駐車場も、永遠以前なら雇われのおじさんが番をしていたが、今はすっかり人の管理を離れている。

 利益を出したところでリセットされるのだから、世間から働き手がいなくなるのも自然な成り行きだろう。


「ふぃ~、とうちゃ~っくっ! 閃司おつかれさま」


 ショッピングモールだけあって、広大な駐車場だ。おかげで桐織の声がよく響く。


 俺たち以外に利用者はいない。

 そのせいで、駐車場には規模に見合わぬ静けさが下りている。


 ヘルメットをハンドルに引っ掛け、一応キーを抜いておく。


「よし、行こうか」


 もぬけの殻となったゲートを桐織と素通りし、ショッピングモールに向かう。目的の映画館は五階だ。


「トイレは?」

「へーきへーきへーきぃ!」


 ショッピングモールに足を踏み入れる。映画館まで真っ直ぐ上階を目指した。

 活気のなさ過ぎる駐車場にしてもそうだが、ショッピングモールの中でも奇妙な人の流れができている。


 デパ地下で食材を購入……もとい調達するために、下階への階段やエスカレーターは主婦が占めていた。

 対して映画などのアミューズメント施設は上階なので、俺たちは主婦の列に背を向けて階段をあがる。


「階段、暗いね」

「ああ……ここから先は、あまり人が来ないんだろうな」


 一歩階段をあがれば、人の気配は鳴りを潜める。

 視線を上げても、のぼった先の階は色味に乏しく薄暗い。

 階下の食材売り場側とは、なにもかもが対称的。


 桐織は何とも思わないようだけど、俺はこの不自然な光景が嫌いだった。

 人の営みが永遠に歪められている、その様子が嫌でもみて取れる。


 二階のアパレルショップを素通りし、三階の本屋を横目に通り過ぎる。

 いずれも立ち寄り客どころか、店員がいるかさえ怪しかった。


「駐車場しかり、人が働かなくなるのも自然な運びだよな」

「あーうんうんうんわかる。コツコツガッポリ稼いでも五千兆円当選したとしても、結局は一週間で無くなっちゃうし」


 四階のフードコートで桐織が「ちょっとちょ~っとだけ食べてこーよ」というのでフロア全体をぐるっと一周したものの、ピカピカの設備があるだけで作ってくれるスタッフがいなかった。


「もぉ~なんでぇ!? せっかくジさまの容態が良いから思い切って外出できたのにぃ~っ」

「こればっかりは仕方ない。でも実際、今日はとくに人が少ないよな」


 人っ子ひとりいないショッピングモールというは不気味で、その寂しさと来たら世紀末に等しい。


 見た目こそキレイに保たれているが、商業施設としては息をしていない。


 俺は桐織と顔を見合わせた――――ひょっとしたら目的の映画館も無人なのでは。


「ん、あそこに誰かいるな……」


 しかし五階にたどり着いて即、俺たちの心配は打ち消された。


「やたやたやったぁっ、館長さんじゃん!おーいかんちょーっ、かんちょーかんちょー!」


 映画館ロビーの広告を眺めていた館長と思しき男性がこちらに気付く。

 二人は顔見知りなのだろう、駆け出す桐織を見つけるや男性はにこやかに歓迎、案内してくれた。


「かんちょーさ~ん~、ちょっと聞いてよ~。今日下のお店ぜんっぜんやってないの。つまんないよ~」


 目的のスクリーンまで案内してもらいながら、桐織と館長さんはすらすらとやり取りを交わす。チケットの購入手続きなんかがすっ飛ばされるのは、もはや永遠社会では当たり前の光景だった。


「そらまた、ご愁傷さん」


 桐織のクレームを「いつもこうってわけやないんだけどなァ」と館長さんは苦笑まじりに受け止める。


「ほな、いってらっさいな~」

「うんうんうん、ありがとかんちょー」


 桐織が一足先にスクリーンへ入っていく。


「キミも、大変やなァ」


 桐織のあとについていく俺を、ややトーンの落ちた館長さんの声が止めた。


「いや、大変って言われても……なんのことですか?」

「前も観に来とったやろ。あ()子といっしょに、それもおんなじタイトルのを」


 館長さんの言う“大変”がどこまでを指しているのか、その表情を伺っただけでは計り知れない。

 普通に考えたら、付き合わされて大変やな、という文脈なのだろう。でも、どうもそれだけではない気がした。


「それは……まぁ」


 実際問題、俺の内心のざわつきは「付き合わされて面倒くさい」どころではない。


「あれです。俺も、もう一回観たくなったので」


 噓だ。本当は桐織の映画チョイス一つとっても、口惜しさを募らせるばかりなのに。


 同じ映画を繰り返し要求してくる桐織の姿が、いつも大きな無力感となって俺の胸を締めつけるのだ。


 桐織にしてみれば、そこに虚しいつもりなんか微塵もないんだろう。そんな事実が、輪をかけて俺を狂わせにくる。


「観たくなるにしたってなァ、そら名作やけども……おっちゃんが言いたいのはそういうことちゃうんやけども……ううむ。ま、ええわな」


 結局俺は、いってらっさいの一言でスクリーンへと送り出された。


 スクリーンまで続くほの暗い廊下をひとり歩いていく。


 廊下を隅々まで照らしきるでもない、適切な距離感を保った照明。暖かみのあるオレンジの明かりは、館長の人の良さみたいにしっくりきた。


「優しい人だな。ぜんぶ察したうえで、俺を呼び止めてくれたのかもしれない」


 内心を隠し通して、スクリーンに到着する。スクリーン特有のぼんやりとした室内に、無人のシートが無数に浮かび上がった。


 桐織の姿はすぐにみつかる。赤茶色のシート群の中では、彼女の鮮やかな緑髪がよく目立つのだ。


「ぼそぼそぼそ……閃司ぃ~、こっちぃ~……ぼそぼそぼそ」


 どうせ無人の映画館なのだから、小声である必要はないだろうに。

 俺の呆れをよそに、桐織は小さく手招きして位置を示す。


「はっじまるはじまるぅ♪ わくわくわくぅ」


 ワクワク、か。そう言われてしまっては、実はもう何回も観てるんだけど……などと伝えるわけにはいかない。

 永遠を過ごす二人のうち、虚しさはいつだって俺だけのモノだ。


 遠い目をしながら俺は桐織の隣に腰を下ろした。

 屈託なく笑う桐織を横目に確認していると、しばらく経ってスクリーンが暗転。


「桐織が楽しいなら、俺はなによりだよ」


 照明が消えるかどうかの瀬戸際にそう言い残す。


 桐織の顔がスクリーンの青白い明かりを受け、暗闇の中にぼうっと浮かび上がる。


 一方俺はというと、何度も観た映画だからか、そもそも部屋が暗いからか。条件反射的に込み上げる眠気を否定できなかった。


 上映が、始まった。





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