39/39 【運命の依頼者】
東京駅に面したショッピングモールに、数年前に新設されたばかりの相談所がある。
その相談所は心理的な悩み事の相談をはじめとして、探偵顔負けの人探しや遺失物捜索の依頼などを請け負っていた。
相談所――――その名を『朝望リーディング』という。
淡いピンクのハートマークと青い水晶のロゴを掲げた朝望リーディングのドアを開けると、オフィスで目にする本格的なテーブルとソファを備えた応接間が、相談者を出迎えるのだ。
部屋の中央に応接間、そのすぐ奥には所長の執務デスク。
しかし、今朝の執務デスクは空席であった。
応接室と執務室を兼ねたこの部屋の主は、応接用のソファでごろ寝をかましており…………。
………………………………。
まったくもぅ。閃司ってばこんなカッコで寝ちゃって。
誰かが壁にかかった日めくりカレンダーを破る。
その音を聞きつけた俺は、まどろむ意識を一気に覚醒させた。
「はぁい閃司、起きたおきた。もー朝でーす。というか営業開始まであんまし余裕ないでーす。さ起きろおきろ起きろ」
「あぁぐ……頭がぼうっとする。二日酔いだな……」
一気に目を覚ますと、飲酒の反動もまた一気にのしかかる。
「先が思いやられるぅ……【ご予約】の依頼者さんが来るの、今日なんでしょ?」
「ぁあ……うぐ。そうだ、今日からだ……ぐあぁあ~、っと」
つい昨日のことだ。俺は会社を辞めてきた。
もともと決まっていたことだ。
送別会の主役として飲まないわけにもいかなかったが、まさか仕事用のソファで寝落ちするほど酔わされるとは。我ながらだらしない大人になったものだ。
「ほぉら、ほら! ほら着替えた着替えたっ、あーもっシャキッとしてください旦那さ・ま。あたしはあたしで準備があるんだから」
「ふわぁ……なぁ露希」
我が家から朝望リーディングに出勤したとあって、露希はすでに仕事用の服装だった。
モスグリーンのセーターに青いジーンズというラフな格好は、露希本人の雰囲気も相まって、みる人に親近感を与える。
「なぁにさ?」
心理カウンセラーの服装としては、私服っぽい装いも計算のうちなのだと。たしかにお堅いスーツを着て現れるよりは、悩みを打ち明けやすそうだ。
髪の色もすっかり黒に落ち着いた。七年前に永遠を崩して以来、露希の体に異常が起きたことはなかった。
髪色が示す通り、露希を取り巻いた永遠事変はきれいさっぱり収まった。
あれだけ世を覆った永遠も、盆地の街からはなくなった。
「また夢を視た。【予約】の依頼者、やっぱり今日だったよ」
「おっ、ほんとぉ? じゃあタイミングバッチリだね」
「ああ。ずいぶん考えたけど、会社辞めた甲斐はあった」
露希のいう“タイミング”とは、ズバリ会社を辞める時期のことだ。
いつか大きな依頼が舞い込んでくるだろうことを、俺は前々から予知夢で視ていた。
今日がその日だ。
「辞めて正解ってのは気が早いっ。まだ依頼が解決したわけじゃないんだからっ。というか承ってすらないんだから!」
露希が破った日めくりカレンダーに目をやる。
何の因果か、今日の日付は十一月二十三日だった。
「永遠が始まるのと同じ日に依頼、か」
偶然と片付けるには、少し運命的すぎると思う。
「なに閃司、今さら緊張してるの?」
「そりゃあ、ね。今日から俺は専業の占い師なわけだし」
中学卒業と同時に開業した自営業とは事情が違う。
子供の頃なら、たとえ占い師としての利益が振るわなくとも、自分が生活に困窮するだけで済んだ。
しかし、今は世帯に露希がいる。
妻を食うに困らせるわけにはいかない。
「それに……これは俺の直感、いや占い師としての直感なんだけどね、今回の【予約】のご依頼は相当な長丁場になりそうなんだ」
「知ってる。会社辞めちゃうほどだもんねー」
大きな依頼の予感を前にしても露希の反応は軽い。
まあ、いくら大仕事になるとはいえ、これから舞い込むのは俺への依頼だ。管轄が違う露希にとってはその程度のことなのだろう。
それとも、これもある種の信頼の表れなんだろうか。「大掛かりな依頼っていっても閃司ならいつも通り解決しちゃうんでしょ。はいはい」くらいに思ってくれてるんだろうか。うむ、信頼を感じる。そうだといい。
なんにしても、だ。
この世を去った旭賀さんにも堂々と顔向けできるよう、俺はキッチリ立たなくては。二日酔いでふらついてる場合ではない。
一旦着替えてくると告げて、俺は朝望リーディングに併設した当直室にこもる。
小さなガスコンロや冷蔵庫もあるこの部屋は、一人暮らしのリビングみたいな場所である。
リビングであると同時に、簡易ベッドなども買い揃えてある。
「ソファじゃなく、こっちで寝ればよかった。自分の行動ながら呆れるよ」
仕事着に腕を通していると、チラと水晶が視界に入る。
永遠事変が収束してからも、水晶にはかなり世話になった。
永遠を崩し、とある双子の姓名判断にも(専門外なのに)使われたのち、数々の未解決事件の犯人を検挙した水晶。
今は畳まれた風呂敷をクッションにして、枕元の小物置に鎮座していた。
まるで束の間の休息でもとっているかのような佇まいだ。
「あ、そういえば……」
七年間、立派にその役目を全うした相棒について、ふとした心残りが浮上する。
「この風呂敷、湖にいた少年から借りっぱなしなんだよな……」
今さら返す手段もないだろうに……と思いきや、案外手立てがないわけでもない。
【失せ物探し】で少年を探して、風呂敷を届ければ解決だ。それくらいお茶の子さいさいである。
ただ、ここ東京駅から盆地の街はかなり離れている。ほんとに届けるとしたら休業日になるだろう。
身支度と軽食を済ませて執務デスクに着くと、ちょうど営業開始の時間がやって来る。
「あたしの旦那さま出勤っ! はぁい所長なのに始業ギリギリ〜! 勤務態度△つけちゃお~」
「受け入れ準備は万端だ。ならいいんだよ、ギリギリでも。勤務態度なんて評価は設けてないぞ、うちは」
何がともあれ営業開始。
朝望リーディングは相談所だ。外に掲げるハートマークと水晶のロゴは、うちの専門分野を端的に表している。
露希が担当する心理カウンセリング目当ての相談者が、さっそくここを訪れた。
「あーっ! お久しぶりですっ、どうです調子は? あっ、ここじゃ所長もいますし詳しいハナシは後であとでっ。こちらへどうぞ~」
相談者を伴い、露希はカウンセリング用の防音室へ入っていく。そうして俺は、応接間にひとり残された。
防音室は相談者が心に関する諸問題を安心して打ち明けられるよう、この相談所に併設された部屋だった。
デリケートな話題を俺に聞かせたくない相談者も多いのだ。
その後もちらほら相談者はやって来る。完了した案件のファイリングをしていた俺は、露希のかわりに彼らを応接間に案内する。
露希が一人ひとり対応し終えるまでの間は、応接間のソファでお待ちいただく。
順番待ちの相談者は増えていくが、俺への依頼者は一向に来なかった。
露希の専門が心理カウンセリングなら、俺の担当は占いだ。前者を訪ねるなら相談者、後者に解決を求めるなら依頼者。業務上の取り決めがあるわけではなく、なんとなくそう呼ぶようになっていた。
朝望リーディングにおいてメインはカウンセリング、かたや俺の占いはサブ的なポジションに落ち着いているのが実情だ。
そうなるのも仕方なかった。
露希が常駐しているカウンセリング窓口に対して、占いの窓口は俺が会社を休んだ日しか運営できなかったのだ。
今日から本格稼働したとはいえ、依頼数が芳しくないのはわかっていた。
【予約】の依頼者がいる今日はともかく、これから先を考えるともっと外へ向けて発信する必要がありそうだな。なんかこう、広告をうつとか?
「それでも依頼者は来るだろう。少なくともひとり、【予約】の依頼者が来るはずなんだ」
呟きながらデスクの水晶を撫でたとき、防音室から笑顔の相談者と露希が戻ってくる。別れの挨拶を済ませた露希は、次の依頼者を防音室に通していった。
ここを訪ねる相談者のなかには、話しただけで気が晴れる人もいれば、長い目で付き合う必要のある人もいる。
いずれにしても、露希は最短で悩みを解消に導くのだ。
防音室では本日二人目のカウンセリングが始まった頃だろう。応接間は再び俺ひとりになった。
「…………今回の依頼。あのときレベルかもな」
俺はデスクを立ち、応接間の壁の棚から一冊のファイルを取り出した。背表紙には『関東地方の永遠崩し』と記されている。
七年前。初めての永遠崩しに成功したはいいものの、あの一件で解放されたのは盆地の街のみだった。
どうもたった一度の儀式では、街一つ解放するのが限界らしい。
関東全域の永遠を崩したのが三年前だ。俺が二十歳のときである。
しかし西日本側や北海道地方は、今も永遠に包まれたままだ。
そんなわけで、永遠崩しは今もって継続中だった。
そんな状況下で、予知夢は俺に依頼者の来訪を報せたのだ。
「予知夢なんてそう何度も視るものじゃあない。よほどの事態だ、永遠に深く関わる依頼なのかもな……ん?」
資料を読み込んでいた視界の端で異変が起こる。ファイルを棚に押し戻し、デスクに駆け寄ると、異変の正体が知れた。
水晶が、ひとりでに霊力を行使している。
「これは? ……【死相判断】か。でも、一体誰の死相だ?」
かつて【未来視】と呼ばれた霊力行使が発動し、水晶の内側に光景が広がる。
防音室から出てきた露希と相談者が別れの挨拶をしているのにも目をくれず、俺は水晶を覗き込んだ。
水晶の内側に青年が立っている。長い髪を後頭部で括った、中性的な面持ちの青年。
彼は、母親と思しき女性と対面していた。
「! この死相、見覚えがあるな……」
この青年のシルエットを、俺は七年経った今でもよく憶えている。男子にしては髪型が特徴的だと当時は思ったものだ。
水晶に映る両者は互いの無事を確かめるように体を抱き寄せ合う。
そして、目にみえて何かが起こる前に【死相判断】は終わってしまった。
「ちょい閃司ぃ? 朝望リーディングのご利用者様がお帰りなんだから、ひとことくらい挨拶くれてもいいじゃんっ。帰り際の島さん、ちょっと困った顔してたよ」
非難の声で我に返り、俺は水晶から目を離した。
今の光景、俺には念願の再会を果たした親子のようにみえた――――それが死相だというのか。だとしたら運命は惨い。
朝望リーディングのドアが開く音で、俺は水晶から視線を上げる。
「! キミは……!」
相談者の島さんとほぼ入れ違いで、男子高校生が朝望リーディングに入室する。
「……ご【予約】の依頼者様ですね。どうぞ、こちらにおかけになってください」
俺は応接間のソファに座るよう彼に示す。
彼の中性的な風貌をひと目みただけで、予知夢に視た依頼者だとわかった。
「えっと、予約はしてないですが……?」
「あっ、所長のおバカ。夢の事なんだから伝わるわけないじゃんっ。ごめんね~気にしないで。ささっ、遠慮なく座っちゃって」
七年前は今と逆、こんどは彼がスタッフで俺がお客さんだった。
「朝望リーディング所長、朝望閃司と申します。ご依頼の内容をお聞かせください」
「はい。……母を、探してほしいんです」
湖で出会ったポニーテールの少年は、いまやすっかり青年である――――【死相判断】で視た通りの姿に成長していた。
「大丈夫。君の未来に何が待ち受けていても、俺たちはとことん一緒に向き合うさ」
【未来視を使えない朝望閃司の、永遠の一週間】 ~完~




