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38/39 【奇跡を見上げる街】

 映画は、クライマックスで主人公に問いかけるものだ。

 過去の失敗がフラッシュバックするような試練が必ず設定されていて、大抵の主人公はそんな過去ごと試練を乗り越えていく。

 

 と、あの映画館の館長は言っていた。


 永遠が訪れる以前の、元の世界。

 彼女を“露希”と呼ぶだけで永遠になってしまう世相の世界。

 だったら俺たちは、そんな世界ごと崩して未来を手に入れるまでだ。


「じゃあ最後に確認だ」


 最後、と口にしたとき、背後の山頂がひときわ大きな黒煙を吹く。

 音に驚いた俺たちは、思わず頭を押さえていた。


「時間がないな。露希、永遠を崩す。異論はない……で良いんだよな?」


 顔を上げた露希の目は噴煙に怯えている。あと数分もしたのちに起こるであろう噴火を想像したのだろう。

 想像どころか、今の露希なら【未来与知】で視えていてもおかしくなかった。彼女の視界では、盆地の街が惨状に包まれているのかもしれない。


「実はあたしさ、ジさまの余命が判明して、どう接すればいいかわからなかった時期があったの」

「…………」

「わからないまんま時間ばかり過ぎて、いつしか世間は――――永遠になった」

「……。露希は今も、旭賀さんに何をしてあげるべきかわからないでいるのか?」


 こくんと頷く。頷くのに合わせて、霊力溜まりと化した黒髪が流れる。


「当たり前だよね。なんたってジさま、死ななくなっちゃったんだもん」

「…………そうだな。喜んでいいことなのかどうか、俺はずっと疑問だった。露希は毎日嬉しそうだったけど」


 それは、記憶といっしょに悩みとかも忘れちゃうからで……と、ばつが悪そうに頭をかく。

 こんな風にいつもの調子で話していると、不穏な北風が噴気を運び来るのも気にならないから不思議だ。


「記憶がないせいで閃司に寂しい思いをかけちゃった。ひょっとしたら、ジさまにも似たような思いをさせてたかも」


 吹き寄せる北風が熱を持ち始めた。

 マグマが地表に達しようとしているんだ。


「あたしがいくら訊いても口にしなかったけど、ジさまの考えてる物事の中には、あたしが向き合わなくちゃいけないモノがあると思うのです――――だからっ!」

「! ……露希の気持ちはわかった。やろうか」


 露希が水晶を掲げる。

 その瞬間をもって、かあさんのメールにあった光景が実現する。

 永遠崩しは、もう間もなくだ。


「さっき閃司が教えてくれた通りにやればイイんだよねっ?」

「ああ。露希のポジションはすごく重要だから。頼んだぞ」


 園鶴義から訊き出した儀式は単純明快だった。

 望みを思い浮かべながら水晶に霊力を込めて、水晶を叩き割ることで霊力を解放する。

 望みが永遠なら永遠の世界を、永遠崩しなら永遠以前の世界を実現するのだという。


「俺がこの刀で水晶を……」


 深呼吸をしてから、水晶の刀を上段に持っていく。


「ちょちょ、ちょいちょいタンマ! だとしたらやっぱり役割逆じゃない!?」

「な、なんだよこれからってときに」

「願いを実現するための水晶に霊力込めるとかっ、あたしじゃなくて閃司がやるべき!」

「その心は?」

「だって閃司にはアレがあるじゃん。【未来視】ってやつ?」

「お前。縁起でもないな」

「何がさ!?」

「俺の【未来視】は人の死に際しか視えないんだ。かあさんはそれで事故に遭った」


 そんな霊力を水晶に込めて割ってしまった日には旭賀さんが……。


「やっぱあたしがやる。さっき言ってたのなんだっけ……【未来予知】?」

「そうだ。ちなみに【未来与知】のヨの字は“与える”な」

「なぁんでさ!?」

「蝶人間に目を潰された俺にも未来を与えた。【未来与知】と呼ぶに相応しい霊力の使い方だからだ」

「えぇっ? なんかよくわかんないセンスだなぁ」

「まぁ俺が勝手に付けた名前だし、呼び方はなんでもいいんだけど……」

「じゃイイ名前があります。【未来視】!」

「それは俺の――――」


 ドーーーン。ついに本格的な噴火が始まる。


「閃司は自分のれーりょくこーしに相応しい別の名前を考えとくことっ」

「……わかったよ。【未来視】の(かんむり)は露希に譲るよ」

「あと注意しとくけど、不謹慎な名前だったら却下するよっ。自分の一部なんだから誇らしい名前を考えてあげることっ!」

「わかったわかった! 早くやんないとヤバいぞ!」


 溶岩の柱が空に打ちあがり放物線を描いて地表に散る。

 火山弾というのだろうか。今さらあんなものに水晶を融かされては笑えない。


「行くよっ、【未来視】ぃっ」


 露希は固く目を閉じて集中する。


「うむむむ……ふんっ! はぁっ!」


 時折唸ったり気合いをあげたりしているが、水晶は蝶人間と戦っていたときのような輝きをみせない。

 先の戦いで露希が霊力を発揮したとき、水晶はもっと燦然と光を放っていたはず――――この【未来視】の光では、未来を照らすには淡すぎる。


「お、おい、露希? 真面目に――――」

「なに!? 見ての通りいま集中してるんですけどっ」


 露希自身は必死そのもの。しかしそのわりには、水晶に変化の兆候はない。

 ――――これは非常にマズいのでは。


「つ、露希きけ! 霊力を扱うってのは(りき)むのとは違うっ」


 こうしている間にも噴火の脅威が刻々と迫る。

 そんな焦りからか、俺の言葉は露希の頭に届いていない。


「よしわかった、複雑なアドバイスはしない。露希はただイメージするだけでいいんだ」

「い、イメージぃ?」

「そうだ。露希は旭賀さんとどうしていいかわからないと言ってたな。なら、それがわかった未来をイメージするんだ」

「あたしが思う、理想の未来ってこと……?」

「ああ。それを思い浮かべて初めて霊力は流れ出す」


 俺は露希の掲げる水晶に手をかざす。


「霊力は流れるって、あたしはどうすればいいの」

「大丈夫だ、とくに意識しなくても勝手に流れる」


 露希が掲げる水晶に俺の手を重ねる。水晶内の霊力を(つた)い、露希の中に流れる霊力を遠隔で操る。

 要するに、露希が扱いきれない霊力の操作を俺が受け持つのだ。


「だから露希はとにかく望むんだ。露希がどんな未来を望んでいるのかは、霊力が読み取ってくれる」


 目を閉じたまま露希は頷く。

 彼女の霊力の流れと、彼女のすぐ後ろで進行する噴火。どちらも極限状態だった。


 度を越えた状況下ほど、不思議と頭は冷えていく。

 その頭で俺は思い出していた。照れを押し殺しながら初めて彼女を“露希”と呼んだ秋の夜のことを。


 永遠を呼び込むことなど何も知らずに、俺は露希をその名で呼んだ。

 永遠崩しを終えた後の世界で、あの日の二の舞になってしまわないだろうか?


「閃司、あたし行ける気がするっ、イメージできてる! 閃司みてるっ、伝わってるかなっ?」

「あ、ああ、視えてる……っ、視えてるとも」


 みなまで言わなかったが、露希の【未来視】で永遠の再臨を克服できるかはフラットに見立てても五分五分だった。


「あと少しだ。そのまま、その調子のままいけ……っ!」


 ただ永遠以前の世界を取り戻しただけではダメだ。

 そこは露希を“露希”と呼べない。将来を望めない世界だからだ。

 先に望みがないのなら、本質的に永遠社会となんら変わらない。


 なら、どうすれば解決するのか?


 この儀式で手に入れなければならないのは、新しい世界だ。


 露希には事故に遭った真実や、世相の書き換えによって生き長らえた今がある。

 書き換えの代償として、彼女は永遠を呼び込む引き金を背負った。

 どれもかあさんの霊力が作った法則だ。


 それら全てを洗い流せるだけの未来を呼び込み、新しい世界を作る。

 他者に未来を与える露希の霊力と、霊力溜まりをも内に宿せる水晶が揃えば可能……なのではないか。


「いいぞ露希。お前の思う未来は、ちゃんと水晶に映っている」


 露希に宿る霊力の流れを手繰り寄せて水晶に注いでやると、露希の【未来視】がどうにか成立する。


 次の瞬間、肉眼では追いきれないほどに多様な未来の光景が水晶の内側に満ちていった。


「! これは……っ」


 大人になった俺や露希。それに、子どもが映る。

 俺の手と露希の手を取り、二人に挟まれながら笑顔を湛えている。

 三人が並ぶ様子は、まるで親子のようで。


「すごい……なんだ、これ。未来の光景、なのか。視えてるぜんぶがそうなのか……!」

「え? え?? 何ナニなにが視えてる閃司っ?」


 その子自体に見覚えはないが、その子の笑顔は真夏の太陽みたいで、露希の面影がたしかにみて取れた。


「ぜったいに上手く行く、その調子だ……!」


 俺は活火山のことなど忘れて水晶に夢中になる。


 水晶の内側にはたくさんの人の一生が映っていた。

 走馬灯のように浮かび上がっては消え、また別の人の未来が視えて。

 世界中の未来がここに束ねられている。


 これを解き放てばいいんだな。

 露希の想いを司る水晶に、希望を与える光がみなぎっている。


「行くぞ露希、お前の願う未来――」


 無数の光の中に、旭賀さんの最期を看取る露希の後ろ姿を視た。ベッドのそばで、小さな背中を震わせている。


 それに、かあさん。

 俺たちは新しい世界に行く。

 そこにはもう、かあさんの痕跡はきっとない。


 さよならだ。かあさん。


「――その未来。俺が切り拓く」


 未来に満ちた水晶へ、一直線に刀を振り下ろした。


**************************


 休火山が活火山となった瞬間を、街にいた園鶴義も目撃していた。

 盆地の街のどこからでも、北を向けば火山は目に入る。

 遠目ではあるが、溶岩が噴き上がる瞬間をみたのだ。


「今の感覚。さては(わっぱ)――――いや、朝望閃司が成したか」

「うっひゃあ~……凄い事になってんねぇ」


 園鶴義の傍らには妹の園さや子がいる。妊婦である彼女のお腹は重たげに膨れており、一目みれば心身ともに健やかに保たれているらしいとわかる。


「お(にい)、『成したか』とか言ってる場合じゃないや。逃げよって」

「心配は要らぬ。それより腹の子の調子はどうだ?」

「いま聞く、それ? 非常時だよ」


 大学時代から酒癖の悪いさや子だが、妊娠がわかって以来は一滴の酒も入れていない。

 そんな胎児への献身も途方もない永遠によって挫かれそうになったが、園鶴義の支えで気を持ち直した。


 さや子が園鶴義の手を引き避難を促す。

 しかし彼は覚悟の決まった面持ちのまま、一向にその場を動こうとしない。


斯様(かよう)な時だからこそだ。子らはしかと生きているか」

「あ、あたりまえじゃん。ねぇー? ツンツン♪」


 さや子の内側から返事のキックがあった。

 二人分の足から、たしかに命を感じる。


 それを認めると園鶴義は避難を始めるどころか、また視線を北の空に戻してしまう。


「お、お兄や~い? 逃げないんです?」


 今日はやけに北風が強いなと、さや子も不審には思っていた。それがまさか、噴火まで起こってしまうとは。

 北風が火山灰や噴煙を運ぶせいで空は不穏に濁っていく。

 園鶴義が避難を渋る今も、灰色は広がり続けていた。やっぱり避難するべきなのでは。


「早くしないとあの溶岩、山を下って来ちゃうんじゃないの」


 長く永遠を過ごしてきたけど、こんな自然災害に見舞われた日は一度としてない。永遠を過ごす中で詳細な記憶は抜け落ちていくが、大きな災害がなかったことくらいはさや子にもわかる。


 盆地の街に異常が起こっていることも、わかっている。

 しかし彼女の兄は明らかな異変をお構いなしに、なおも北の空を食い入るようにみつめていた。


「さや子。しかと目に焼き付けるといい」

「お目めに焼き付くどころか、溶岩が街ごと焼いちゃうって。灰燼(かいじん)に帰すよ、街」


 灰一色の空を指差して、園鶴義が再度、よく“視ろ”と言った。


「灰に混じって、光る粒があるだろう」


 それどころではないが、テコでも動かない彼につられてさや子も空に目を凝らす。


「んー? みづらいにゃあ。あるにはあるっぽいけど、それがなんなのさ?」

「妹よ。あれはな――――水晶だ」


 水晶、という園鶴義の声に、お腹の双子が身じろぎした。


「水晶ぅ?」


 呆れてそれ以上の言葉が出なかった。

 噴火が珍しいのがわかったから、早く避難を――――そう言いかけたとき、子宮がどむと蠢いた。


「おっふ、……やんちゃな子たちだぁ」


 双子のキックだった。ただ、いつもよりお腹の突っ張り感が少し強い。


 そのタイミングはまるで、ちゃんと視て、とでも訴えるようであった。


「よしよ~し、お外こわいこわいだねぇ…………ぁ、おりょ?」


 自分の目でみた光景を信じられないとでもいうように、さや子は瞼をこすった。


「はえぇー、これは……夢?」

「夢幻に(あら)ず。()れ、すなわち未来である」


 閃司によって砕かれた水晶、その欠片が空に未来を投影する。


「未来ったってさ。永遠社会な昨今じゃギャグにもなんないでしょぉ……」

「そう言うな。何が視える?」

「なにって、………………」


 訊かれたさや子は、自然とお腹をさすっていた。

 お腹ごしに、双子を撫でる。

 もう産まれる事の叶わない我が子に愛を伝えるには、そうするしかない。


「あたしが、二人を抱き上げてる」


 それはさや子が、永遠社会に身を置く中でいつしか諦めていた光景。


「抱き上げるとな。それは誰と誰だ?」

「…………、わ」

「ふむ。わ?」

「わかんない……」

「フッ、ヘハハハッ……左様(そう)よなぁ」


 二人とも避難の事など忘れ、同じ未来を視ていた。


(おれ)にもわからん。御前(おまえ)が産まれるまで名付けんと言って聞かんせいで、な」


 産まれる予定の子たちの名前を考える時間は、永遠を過ごす中でいくらでもあった。決めきれないほど考え抜いて、まだ決まっていない。さや子は産まれたその日に、子どもたちの顔をみて決めようと思っていた。


「名前を呼びたい。顔をみたい。声を聞きたい、抱きたいって。こんなあたしでも、ずっと願ってた」

「叶うぞ。未来でならば」


 さや子は空を目で追った。

 知らず知らずのうち、膨れたお腹を両手で包みながら。




 ――――水晶の粒は風に吹かれ、さらに遠くまで運ばれていく。




 庁舎の屋上から北を向くと、異常な空が広がっていた。


「うわ、なにこれ。信じらんない」


 園鶴義たちと時を同じくして、女刑事も噴火を目撃する。

 火山から決して近くはないこの場所にも、強い北風が吹きつけていた。


「朝望閃司は永遠を終わらせるって宣言したきり、どっか行っちゃったけど……」


 まさか、この異常事態と関係があるっていうの?

 マジの本物だとわかってはいたけど、やるじゃん超能力。


 女刑事があてもなく北を見上げると、灰色の大気の中に粒が光った。


 水晶の欠片の眩しさが目に刺さり、女刑事は思わず目を閉じる。

 瞬間、瞼の裏に見知らぬ光景が映し出された――――自分と協力者が、犯人を次々と検挙していく場面だ。


 眩しさが和らいで瞼を開いたときには、光景は止んでいた。


「今のは……夢?」


 消えた光景を追い求めるように空を仰ぐ。


「ほんとにキミなの、朝望閃司」


 あの光景の中にいた協力者の姿が、瞼の裏に焼き付いて離れない。

 あれは彼だったのだろうか?


 左手に水晶を携えた背中。

 見間違いでなければ朝望閃司だ。

 捜査官たちを先導する後ろ姿が、彼によく似ている。


 ただ高校生と同じ年の朝望閃司にしては、背丈が大人び過ぎている。


「ただの夢、かな。それとも、永遠の向こうにある未来の光景だったりして?」


 未来の光景、と呟きながら、女刑事は手帳にメモを追加した――――『特別捜査顧問:朝望閃司』と。




 ――――霊力を帯びた水晶の破片は、みるみるうちに街の空を覆っていく。




「あ()子の彼氏クン、上手くやったんやろか」


 火山の噴火がいっそう激しさを増し、水晶の欠片をショッピングモールにまで吹き飛ばした。


 そのショッピングモールの屋上では、映画館の館長が遠くの噴火を見物していた。


「いま、街のみんながキミらをみとるんや。エライことやでコレ」


 館長は映画でも観ている心地でこぼす。

 放心のあまりほぉと息を吐きながら天を仰ぐと、彼の目にも未来の光景が飛び込んできた。


 繫盛する映画館と、かつてのように活気づいたショッピングモールの全景。


 思いもよらないサプライズだ。

 映画、以上やな。


「未来は映画より奇なり、とでもゆえばええんかなぁ」


 映画館の館長たる彼はもちろん、スタッフロールが終わるまでシートにかじりつく派である。

 永遠最後の瞬間まで、彼は行く末を見守っていた。


**************************


 水晶は粉々に砕け、火口からの熱風に吹かれ、やがて露希の手を離れていった。

 その欠片の一粒ひとつぶが露希の【未来視】の霊力を帯びており、盆地の街に広がる灰色の空に混じり、街の人々に未来を視せながら降り注ぐ。


 俺たちは永遠崩しを行った火口付近から一歩も動くことなく、その様子を見守った。


 こうして俺たちは、永遠崩しを終えた。


 永遠崩しを終えた俺たちのそばで、活火山は破滅の轟音とともに溶岩を吐き出した。


「閃司、これでよかったんだよね」

「ああ。かあさんのメールのとおりであり、露希の【未来視】で視たとおりでもある。心配ないよ、永遠崩しはちゃんと出来たさ」


 粘度の高い溶岩があたりの岩肌をジワジワと侵す。

 ジッとしていたら俺たちも飲み込まれてしまうだろうが、もはや逃げ出す必要もない。


 遷移の波が発現したから。


「閃司、なにあれっ……うわっ」


 波はゆっくりとにじり寄る溶岩を追い抜いて俺たち二人をさらう。

 今までの遷移とは違い、酩酊感もなければ問答無用に意識を飛ばされることもなかった。


「遷移だ。でもきっと、遷移する先は永遠じゃない。俺たちが望む、未来が絶えずやって来る世界だ」


 遷移は本来なら11月30日の直前に訪れるはず。

 それが日中の今に来たのは、永遠崩しが行われたからにほかならない。


 俺たちの儀式によって呼びだされた遷移の波が、盆地の街全域をさらっていく。

 俺たちも不思議な力に縛られて、もう身動きが取れなかった。遷移の影響が体に表れ始めている。


「そう、だよね。でも……」


 露希は不安げな視線を地面に配る。

 みれば、幾度と続く噴火によって勢いを増した溶岩が、みるみるうちにこちらへ這っていた。


「せ、閃司っ。あたしたちここからう、動けないよ……?」


 肩が震えている。

 肩は手の届く場所にあった。

 俺は溶岩に怯える露希を抱き寄せる。


「…………お、おぉ……」

「な、なんだよ? 余計なお世話だったか?」


 体の震えが収まっても、露希は俺の腕から抜け出そうとはしない。

 次に目を覚ますその時まで、このままでいようと思った。


「……閃司、けっこーやるね。どさくさに紛れてダイタンっすね」

「ぐ、ぅるさい。抱きしめてもいい状況だったろ」


 遷移の波に触れた以上、溶岩にやられても新しい世界には問題なく行ける。


「……やり遂げたぞ、露希」

「やったじゃん」

「むしろ露希はここからだな。旭賀さんとの事情が待ち受けてる」

「うん。閃司ありがと。もっかい向き合うチャンスができた」


 音が聞えそうな距離に溶岩が迫るが、露希はもう、そちらを見向きもしない。


「そうだ閃司っ」


 不安を振り切った露希につられて、俺も目を閉じる。

 これでもう、足を溶岩に取られたって平気だ。


「未来でちゃんと聞かせてよね、れーりょくこーしの新しい名前っ!」


 約束だからね――――















































 七年後の、十一月二三日。

 妻の朝望(あさもち)露希(つゆき)が日めくりカレンダーを破く音を聞きながら、俺は朝を迎えた。



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