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37/39 【最後の“根源”】

 岩肌に着弾した火槍が砂埃を立ち昇らせ、俺の視界を奪い去る。


 そうして蝶人間が場を整える間も、露希の霊力行使――仮に【未来()知】と呼ぼう――は、俺に霊力と未来を与え続けた。


 何もみえない砂埃の中で、俺は敢えて目を閉じる。

 露希の水晶が伝えてくる未来に意識を集中した。


「…………!」


 瞼の裏に、次々と未来の光景が投影される。


 砂埃の向こうで熱風を引き起こす蝶人間。

 熱風と砂塵の中で身をかがめる俺の姿は、蝶人間からもみえていないはず。

 しかし霊力をたどれるあいつには、俺や露希を正確に捉えることができた。

 俺が霊力を扱えない隙を突き、火槍が水晶を貫く。

 こうして、世に真の永遠がもたらされる……って。


 思わず首を振りたくなる光景ばかりだった。


「やばいヤバいやばいよ閃司、これじゃああいつの思うがままじゃん!」

「いや、待って露希。これとは別に、もう一つ別の未来が視える……!」


 気を取り直して、俺たちはもう一度未来の光景に意識を傾ける。


「…………」

「――――よし、これなら!」


 露希が視せたもう一つの未来を信じて、俺は目を開く。


「行くぞ、永遠を終わらせるっ」


 露希から受け取った霊力と未来を振り絞って刀を握り込む。


 気配がする方へ蒼の熱波を放ち、

 熱風を引き起こさんとする翅を挫き、

 全身の霊力を空にするほど刀に込め、

 視界ゼロの砂塵のただ中にそれを残し、

 霊力ゼロの俺自身は蝶人間へ突貫する。


 舞う砂埃に視界を奪われるのは、蝶人間とて同じだった。


 砂塵に取り残された刀は異常なほどの霊力を主張。

 霊力源を捕捉する蝶人間は、その霊力溜まりこそが俺だと睨む。

 虚を突かれたと自覚した時すでに、俺の拳は蝶人間の心臓部分を貫いていた。


『――――、かっ、は』

「視えなかったんだろ、霊力を持たない俺のことが」


 体から霊力を排出しきることで、霊力の気配を辿らせない。

 そうすることで、俺は一寸先すら怪しい砂埃の中で不可視の存在になれたのだ。


 霊力が全く乗っていないただのパンチが、炎のように(おぼろ)げな蝶人間を突き抜ける。

 蝶人間を貫く俺の腕の、炎に触れている部分が蝶人間の霊力を吸収していく。


 かたや空っぽ、かたや満水状態で仕切られた水槽の仕切り板が外れれば水は空の方へ流れ出すように、蝶人間の霊力が止めどなく俺へと送られてくる。


 体を貫かれたからだろう、蝶人間の霊力コントロールは乱れ、俺は再び霊力行使が可能になった。


「【未来視】……行使!」


 俺の中の霊力がゼロに近いほど、吸収は絶え間なく行われる。俺は蝶人間から流れ込む霊力を消費するためだけに【未来視】を行使した。

 蝶人間は急速に霊力を失う脱力感のあまり身動き一つ取れないでいる。


「閃司、はいコレ!」


 未来(こうなること)を【未来与知】で知っていた露希が水晶の刀を俺に手渡す。

 俺は蝶人間から手を引き抜き、後ろ手に柄を受け取って、


「やっちゃえぇぇぇえええ!!!!」

「――――っ!!!!」


 前に手を回す勢いのまま、蝶人間を両断した。


「どうだっ……! これで永遠も終わりだな、蝶人間!」

『……………………!!』


 左肩から右腰にかけて体を裂かれた蝶人間の口が動く。


『永遠が終われば――』


 蝶人間は体を真っ二つにされながらも、悠然とこちらを見下ろしている。


『――また永遠が始まるだけだよ』


 霊力を失ってなおも余裕を崩さない理由は、それか。


「負け惜しみはそれだけか?」

出鱈目(でたらめ)だと思うかい。紛れもない事実さ。そもそも、キミは永遠が訪れたきっかけを正しく理解しているのかい?』


 きっかけ。きっかけだって?

 理不尽の権化たる永遠に行儀の良い段取りがあったとは驚きだ。


『ある夜、キミは彼女を“露希”と呼んだろう?』

「だ、だったらなんだよ。いいだろ、幼馴染をなんて呼ぼうが……」


 蝶人間がこれ以上喋らないよう、もう一度斬ってやりたかった。


「余計なお世話もいいとこだ。蝶のくせに」


 それでも俺は蝶人間を斬らなかった。

 なぜか?

 蝶人間の言う通り、確かに永遠が訪れたのは俺が彼女を“露希”と呼び出した直後だった。


 認めたくはないが、こいつは俺以上に永遠が何たるかを知っているはず。

 蝶人間の言葉は、無視したくともできなかった。


『キミは息子だし気づいているかもしれないが、クルヒはその子を中心とした世相の書き換えを行った。そして書き換え前と後で、彼女は二人になった』


 露希にまつわる記憶が二つあるのも事実だ。

 生前のかあさんと露希が一緒に写った写真がある一方で、彼女とはかあさんの死後に初対面した記憶もある。

 どちらが間違いでどちらが正しいのか、今日に至るまで答えは出なかった。


『クルヒは書き換え前の世界を封じた。しかしキミは封を開けた。彼女を――――“露希”と呼ぶことで』

「……適当なことをっ。時間稼ぎのつもりか……」


 蝶人間の勿体ぶった語りに焦れが募る。

 地中深くで、マグマが流動している。苛立ちのせいか、その地鳴りまでもが妙にうるさく感じた。


 もう一度斬りかかろうと刀を握り込むと。


「まって閃司。あたしちゃんと聞きたいかもっ」


 沸点を越えた感情のままに刀を振り抜きたい。

 衝動に駆られる反面、続きを聞かなければならないと理解もしている。


 永遠を崩しても、永遠は再訪する。蝶人間の言うことが本当ならば、対策を講じるためにも今はヒントを引き出さなくては。


「俺が露希をどう呼ぼうと、俺たち二人の勝手だろう。何の問題があるんだっ!」

『クルヒは書き換え前の世界を封印した。万が一封印が解かれれば、その子は再び瀕死に陥るからね。万が一が起こらないように、人々の記憶も書き換えられた』


 露希は事故に遭った当事者でもある。彼女が真相を知りたいのなら、俺が水を差すわけにもいかない。


「でもでも、その世相? は封印されちゃったんでしょ? なら、世相がうっかり元に戻っちゃって、あたしが重体になることもないんだよね?」


 話に置いてけぼりにされないように露希が問う。質問するだけだというのに、ずいぶんと蝶人間の近くまで詰め寄る。

 無警戒にもほどがあるが、蝶人間は襲いかからなかった。


『平気さ。でも人の子の記憶は強い衝撃を受けると蘇ることがある』

「頭上注意ってこと……じゃないよね……」

『そこで最初の話に戻るんだよ。さて――』


 蝶人間の瞳孔のない瞳が、彫像のような相貌が、俺を射抜く。


『――キミは彼女を“露希”と呼んだろう?』

「名前呼びだと露希には刺激が強すぎたわけか。それも、封印したはずの記憶が呼び起こされるほどに」

「ちょっ、そ、んなに照れてなかったし、いくらなんでもっ!」


 かあさんが世相を書き換える前の世界では、俺は露希を“露希”と呼んだ。記憶は曖昧だが、おそらくそう呼んだはずだ。

 そして俺は、事故後に出会った露希のことは“桐織”と呼び続けた。


 関係性が進むと、やがて俺は彼女を“露希”と呼ぶようになった。

 呼び名がきっかけで、彼女の中で書き換え以前の記憶が呼び起こされる。


 話の筋はわかった。つまるところ、封印前の記憶が呼び起こされることは、封印前の世相が現代に蘇ってしまうのと同義なのか。


「つまり永遠社会ってのは、露希を瀕死にさせないための措置だった。そういうことなんだな、蝶人間」


 蝶人間が炎の顔を頷かせる。彼の炎の揺れがだんだん頼り無いものになってきた。風前の灯火、という単語が頭をよぎる。


『理解出来たようだね。永遠を崩したところで、キミが彼女と共に在る限り、永遠は再び訪れる。

 嗚呼(ああ)、だというのに、一体どうしたことだ。

 キミはあまり悔しそうではな……い、ね…………』


 火山山頂から北風が吹き降りると、蝶人間の残り火が完全に吹き消えた。


「あっ……どうしよ閃司、まだ聞きたいことがあったのに」


 辺りに灰色一色の空と岩肌が戻ってくる。

 激しい霊力のぶつかり合いは決着したが、勝ちの余韻や安堵どころではない。


 ぐつぐつと煮えたぎる何かが、しきりに足裏を叩いている。温泉のジャグジーを足裏で塞いでいるときのような、押し上がる感触が地中から伝わってくるのだ。


「……俺の想像通りなら、温泉どころの被害じゃ済まされないな」


 こうしている間も地中深くで大きな力、マグマが蠢いている。

 灰色の空を見上げれば、にわかに黒い煙が混じりだしていた。

 煙の出どころは火口だ。


 煙だけではない、地鳴りに留まらずどこかから爆砕音が聞こえだした。


「事前に霊力を火山内部に注いでたのか。くそっ、してやられた……」


 おそらく火山内部に宿っているのは霊力溜まりだ。

 蝶人間は手ずから霊力溜まりを精製し、永遠を回避しようとする俺たちに考える時間を与えないための置き土産を仕込んでいたんだ。


「もう地表にまで影響が及んでいる……まずいか」


 仮に盆地の街が火砕流に包まれたとしても、遷移が訪れれば永遠社会は元通り。

 俺たちが永遠を崩したとしても、俺が露希を“露希”と呼ぶことでやはり永遠は元通り。


 蝶人間の考えは大方そんなところだろう。あいつが俺の悔しがる顔を期待するのもわかる。

 普通に考えれば俺に活路はない。

 でも俺だけじゃない。隣には露希もいる。


「休火山、なんかヤバげなんだけど……それにどうするの閃司、永遠を崩してもまたすぐ永遠が来ちゃうんじゃあ」

「方法はある」


 【未来与知】を行使してのけた露希。

 あえて言うなら、彼女が最後の“根源”だ。


 露希と、彼女の背後にそびえる噴火口を見比べて、俺ははたと気づいた。


「! ――――かあさん。ここなんだね」


 かあさんのメールに写っていた場所は、ここだ。

 俺たちは、今日をもって永遠を崩す。



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