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34/39 【明日、永遠を崩す】

 俺がかあさんとの死別を乗り越えられたのは、二月もの間、露希がそばにいてくれたからだ。

 露希が俺にしてくれたように、天涯孤独が心細いなら、俺は一生露希のそばにいる。


 でも、いくら来たる旭賀さんの死期が悲しいものになろうとも、先の人生ずっと寂しいままなんてことにはなりっこない。


 露希が想像する通り、旭賀さんと死に別れるのは辛いだろう。

 それでも俺は断言できる。悲しみに暮れることになるのは一瞬の間だけだ。

 かあさんを亡くして俺は経験した。過去の傷は時間が解決してくれる。


 旭賀さんの死がどんなに悲しくともいつかは過去の出来事になるんだ。

 そのためには、永遠じゃダメだ。


 大切な人の死から立ち直るのに、今の永遠(一週間)では短すぎる。


 俺たちにはもっと先の未来が必要なんだ。

 どれだけ深い悲しみだって過去の物にしてしまう、膨大で圧倒的な未来が必要なんだ。


「露希、いっしょに永遠を崩そう」


 世の中が永遠でなくなれば、お前が何度も想像したであろう悲しい未来は、きっと訪れてしまうだろう。

 でも、その先はどうだ?


 悲しんで泣いて、涙も出なくなったあとの未来を想像したことあるか?

 旭賀さんの死を振り切った自分を想像したことはあるか?

 うん、まだ想像できないよな。ならそれって素敵なことだろ。


 たとえば血のつながりのある家族はもういない俺だけど、自分の腕だけで何とか食いつないでいたし、なによりかあさんの死を嘆いてるようにはみえないだろ?


「だから露希も、必要以上に怖がる必要はないんだ――――俺もいる」


 想像もつかない未来が待ってる。

 露希風にいうなら……コホン。

 さ~ぁさぁさあ、永遠を崩そう。


**************************


 医療映画の主人公が大きな術後にそうするように、俺は映画館のロビーでどっと息を吐く。少々喋り疲れてしまった。

 露希は一足先に帰ったので、今ロビーには俺一人だけだ。


「露希にはちゃんと伝わった……と、思いたい」


 どうにか言葉を尽くした俺は、その後露希にあるモノを託し、デートはお開きとなった。


 あるモノとは水晶のことだ。あれは今、露希が持っているべきだと思う。


「かあさんのメールの通りにするなら、水晶、渡しちゃってよかったんだよな」


 ポケットからスマホを取り出す。ロックが解かれたメールには、いつものように画像が一枚添付されていた。

 休火山をバックに水晶の刀を振りかぶる俺と、その正面で水晶を掲げる露希。

 

「どういう瞬間を切り取った一枚なんだろうな、この画像」


 水晶の刀からも、露希が掲げる水晶からも、霊力の光が溢れ出ている。

 二人の霊力は尋常じゃなく激しい。あまりの眩しさに、画像越しでも目に刺さりそうだ。


 荒々しい霊力行使である。

 この光景をストレートに解釈するとしたら……そうだな。

 決着の寸前、になるだろうか。


「この期に及んで露希と(いさか)いになるのは、イヤだな」


 永遠を崩そうと動く俺と、旭賀さんを失いたくない露希は、やはり最後まですれ違ってしまうのだろうか。


「む。なんやキミぃ、ひとりかいな」


 画面を見下ろす俺の頭上から声が降った。


「あぁ、館長さん。露希には先に帰ってもらってて……」

「深刻なカオで一人きりとはなァ。さてはフラれたんか!?」


 館長はわざとらしい緩急をつけて関心を寄せてくれる。振る舞いが妙にコミカルで、くたびれた心を一時的にほぐした。


「ははっ、かもしれません。返事は最後の日までお預けらしいです」


 永遠最終日に、俺たちは休火山に落ちあう約束をした。

 わざわざ休火山まで行く理由は、かあさんが送ってきた画像の場所だからだ。

 今朝、二人で画像を確認したので露希もそれとわかっている。


「それと、館長さん」

「おう、なんでしょかなんでしょか?」

「映画館。そろそろ本格的に営業を再開することになりますよ。準備をしておいた方がいいです」

「んん? それは素人らしからぬ意見やね。どういう事や」

「今週を最後に永遠が終わります。稼ぎを必要としない永遠社会が終わりを迎えたら、以前みたいにお客さんを呼ばないといけなくなる」


 ずっと続いていた永遠が予告なく終わりを告げれば当然、大規模な混乱は免れない。

 以前の露希みたいに、霊力を持たず記憶を保持しない人はいい。なにせ記憶がないのだから、永遠社会など最初からなかったかのように、元の生活に戻ることが出来る。


 しかし大抵の人は、ほんの微かながら記憶を保持しているものだ。労働や登校のない生活が染みついているはず。

 それが予告なく終わっては、ついてこれない人も出てくるだろう。


「キミぃ……」


 館長さんの目が据わる。懸念してはいたけど、やっぱり仕事に口を出すのは生意気だったか。

 しかし館長さんの二の句は、俺が危惧したようなものではなかった。


「覚悟は決まった。準備万端。あとはやるだけ、ってカオやね」

「! ……そんなに顔に出てましたか、俺」


 そりゃあそうやと笑われてしまった。


 そこまで造作もなく的中されられると、もはや俺が手ずから永遠崩しを行おうとしていることすら筒抜けなのではないか。

 お見通しというよりは、見守られている心地になる。


「ええかキミぃ。映画のクライマックスには必ず山場のシーンっちゅうもんがあるんや。キミらがしょっちゅう観とった映画もそうや。主人公が最後に挑む手術あるやろ? 大手術も成功するかと思われたそのとき、トラブルが発生する」

「? ええ、覚えてますけど……」


 突然、何の話をするのだろう。


「主人公は過去に似たような状況で手術を失敗してて、それがフラッシュバックしてしまうシーンですよね」

「そや。でも映画ン中で成長した主人公は、失敗のイメージを撥ね退けて手術を成功させるんやなぁ」

「ですね。グッとくるシーンだと思います」

「他人事やないでキミぃ。人生においてもクライマックスの山場は訪れるで。人はいつも時代に試されてるんやで。特にキミからはっ! クライマックスの気配がプンプンするんやァっ!」


**************************


 永遠崩しを決行するのは永遠(今週)の最終日だ。

 個人的には、それまでの数日間でやっておきたいことがある。


 映画館を後にした俺は、女刑事と合流してパトカーに同乗した。

 霊峰へ赴くのに乗せてもらった覆面パトカーではなく、イメージ通りの白黒のパトカーには俺と女刑事。


 そして後部座席には、被疑者の男が乗っている。すでに手錠をはめられていた。


「【失せ物探し】って言ったっけ。すごいね、キミの超能力」


 運転席の女刑事が感心したようにうなる。


「凄いのは認めるけど、超能力じゃなくて霊力行使だね」


 手錠の男の素性は俺も知っている。

 空き巣強盗の常習犯であるこの男を【失せ物探し】で見つけ出すと提案した際に、女刑事から個人情報を開示してもらった。


「失くしもの以外で積極的に行使する機会はあんまりなかったけど、ちゃんと機能するみたいで安心したよ」


 個人的にやりたいこととは、つまり捜査協力だ。

 捕まえたのが空き巣犯だったのは偶然である。俺が手を貸せる事件なら、相手は誰でもよかった。


「できる限り手伝うよ。刑事さんからしてみれば、永遠を崩そうとする俺は未解決事件の犯人を検挙するチャンスを奪ってるわけだし」


 女刑事は永遠のうちは時効が成立しないのを利用して、それまで積もっていく一方だった未解決事件を一掃しようと動いている。

 だからといって、そのすべてが解決するまで永遠崩しを延期するわけにもいかない。


 ロックという形でかあさんのメールに異常をきたし始めた今、これ以上ジリ貧に陥る前に永遠崩しを実行しなければならない。


「奪われてるってほどでもないけど、助けてくれるならこの上なく心強いよ。まさかマキセの潜伏地域はおろか、ピンポイントで居場所を特定しちゃうんだもん。地図アプリみたいな正確さだよ」

「役に立てているようで光栄だよ。次は誰を探せばいい? 最終日までに、なるべく多くの事件を片付けてみせるよ」


 俺たち三人を乗せたパトカーは、やがて留置所に到着する。

 女刑事がパトカーを降り、被疑者を留置所へと連行していった。


「ちょっと行ってくる。朝望閃司はパトカーで待ってて。コイツ投獄したら戻ってくるから」

「……その人が悪いのは認めるけど、投獄じゃなくて収容だよね?」


 車内に一人残されると、これからの数日間をどう過ごすかが頭をめぐる。


 【失せ物探し】なら逃亡・潜伏する犯人の現在位置を特定できることは、さっきのマキセとかいう被疑者で証明した。名前と顔写真があれば【失せ物探し】の対象にできるようだ。


 俺に手伝えるのは、思いつく限りではそれくらいだ。

 繰り返しになるが、永遠が終わった直後の世間が混乱に陥るのは想像に難くない。


 たとえば現状、コンビニなどは無人の食糧庫で万引き上等な状態であるし、霊峰で出くわした走り屋のような無茶をする者もいる。

 霊力を持たない人たちが永遠が終わったと気付くのは難しいだろう。

 気づかぬまま、そういった犯行に及んでしまう可能性がある。


 永遠社会が終わったのだと気付いたころには、多くの人が前科者になってしまいそうだ。


「園さや子だってそうだ。あのままほっといたら、また酒を飲んでしまうだろうし」


 だからこそ、女刑事をはじめとする警察組織にスタートダッシュを切ってもらいたかった。

 未解決事件の大量検挙を、永遠社会が終わる合図とするのだ。


 いざ永遠の終わりが近いとなると自然、その後の運びが頭をもたげる。

 責任感、というのは不遜な言い方だろう。あくまでも個人的にやっておきたいというだけだ。


 しばらくして犯人を投獄……じゃなくて収容し終えた女刑事が戻ってくる。


「おまたせー。にしても、急にここまで協力してくれるようになるなんて。まさかとは思ったけど、ほんとうに終わらせちゃうんだ、永遠社会」

「ごめん。刑事さん的にはチャンスをフイ(・・)にする羽目になるんだろうけど……」

「だぁーもう、気にしてないって。それよりも、トイレとか平気? 平気ならもう出発しちゃうよ?」


 次なる犯人の資料を手渡される。

 俺は名前と顔写真にだけ目を通し、【失せ物探し】によるカーナビを開始した。


「あ、そだ。永遠が終わったら、当然キミも自分の仕事を再開するよね?」

「もちろん。それが?」

「公式に警察と協力して、報酬で生活するってのはどう? 超能力捜査官ってヤツ?」

「フィクションだろって一蹴したいところだけど……本音を言っていいなら、公的機関からお給料が入るのは魅力的だな。安心感がある」


 俺一人くらいなら食っていけるとはいえ、実に細々とした稼業だったからなぁ……。




 ――――永遠最終日の前日までの数日を、俺は捜査協力に費やした。

 館長さんが熱弁した「キミにも山場が来る」については、いまだにピンと来ていない。


 永遠最後の日が、ついに明日に迫る。

 山場だかなんだか知らないけど、やることは決まっている。


「明日、永遠を崩す。もちろん、露希と一緒に」


 翌日の早朝。

 あらかじめ他所から見繕ってきた新車のバイクに跨り、肌寒い街道を突っ切って休火山を目指した。



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