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31/39 【死産の真相】

「あんたの部屋を調べさせてもらった。妹さんのお腹の子を死なせないために、あんたは永遠を保とうとする。そうだな?」

「無論、左様(そう)だ」


 ツーリングコースの傍らであぐらを突き合わせ、情報交換が行われる。

 擦り傷が多いものの、刀を握っていない園鶴義はどこからどう見ても一般的なサラリーマンである。先ほどまで切り結んでいたのが嘘のようだ。


「妹さんの出産が死産に終わると、あの蝶人間に告げられたのか?」

「……予知夢を視せられた。このまま永遠が崩れ去れば、腹の双子は理不尽に死ぬ……(むご)い未来の光景を視せられたのだ」

「具体的な死因とかは?」

「知らんな。ただ、永遠が崩れれば我が妹は失敗が決まりきった出産を迎えねばならんのよなぁ。死なせるくらいならば、如何な手段に及ぼうとも永遠を守護する。そう決心するには充分な予知夢だった」


 園鶴義は予知夢によって未来を告げられた。それは理解できる。

 であれば、現在の妹さんの様子についてはどうだ。

 まさか何も聞かされていないのか?

 もしそうだとしたら……俺は内心で愕然とする。


「そういうことなら、永遠なんかを守るより良い解決方法がある」


 左手に水晶を掲げ、俺は【失せ物探し】を行使する。

 映り込んだのは園鶴義の妹、園さや子だった。


 ガソリンスタンドで露希が世間話をしていた妊婦であり、居酒屋でもたびたび目撃した妊婦。

 もしやと思い女刑事に確認も取った。この女性が園鶴義の妹であることは間違いない。


「さや子……」

「やっぱりこの人なんだな……」


 彼は水晶の内側を食い入るように見つめる。

 そのときだった。妊婦もとい園さや子を映す【失せ物探し】が、信じられない光景を捉える。


「ば、馬鹿な……!」

「出鱈目じゃあない。【失せ物探し】が視せる光景はリアルタイムのものだ」


 園鶴義はなにも、俺の霊力行使に驚いたわけではない。

 驚くべきことに、水晶の中の園さや子は缶ビールを手提げにコンビニから出てきたのだ。


 妊婦に酒という破滅的な食い合わせの光景を視せながら、俺は断定した。


「死産の原因は飲酒だ」


 アルコールが胎児に悪影響なのは、俺でもなんとなく知っている。


「愚かな……! だが、さや子は断じてそんなことは……」

「だろうな。俺もあんたの日記に目を通したからわかるんだけど――」

「おい、貴殿!」

「――ごめん。調べるには開く必要があったんだ」


 自分の子の健康・将来を考えれば、妊娠した人が摂取物に気を遣うようになるのは自然な流れだろう。

 例に漏れず、日記内の園さや子も模範的な妊婦だった。


「安心しろ。なにも園さや子はあんたに隠れて酒を飲んでいたわけじゃあないと思う。飲酒をはじめたのは、おそらく永遠が訪れたせいだ」


 永遠社会になったということは、同時に出産予定日を迎えられないということでもある。

 理屈上はそうだとして、「なら別にいいか」とお腹の子を危険にさらせるだろうか。


 産まれる事はないと判明しても、園さや子だって最初のうちは希望を捨てなかったのではないか。これまで通り生活習慣に気を遣って過ごしたはずだ。


「しかし幾千回と同じ月日を繰り返すうち、ついに出産予定日を諦めてしまったんじゃないか」


 ――――予定日まであと六週間で、それが楽しみなんだって。

 ガソリンスタンドで園さや子と談笑した露希が、彼女についてそう話していた。


「ほとんど推測だけど、おそらく大きくは外れてない。妹さんは悪くない。むしろ支えが必要なんだ。だって未来に望みのない日々じゃ、誰だっていつかは行き詰まりを覚えるものだろ?」


 行き詰まった結果、彼女は自棄に走ってしまったのではないか。

 こういう言葉で片付けていいかはわからないが、言うなれば社会現象だった。報道が失われつつある永遠社会じゃ取り沙汰されないだけで、珍しくない帰結だと思う。


「クッ……ではなんだっ! 畢竟(けっきょく)のところ、さや子の死産は永遠の所為(せい)――――すべて刀の霊のっ、彼奴(きゃつ)の自作自演ではないかぁっ!」


 肩の落とし方から絶望の深さが伺える。

 園鶴義が理性的な男でなければ、俺に食ってかかりそうな勢いだった。


「でも聞け! 今なら間に合う、これを視ろ! さっきも言ったけど【失せ物探し】はリアルタイムだ。今から彼女を止めるんだ」


 水晶に映るコンビニの看板には『○○店』とある。場所がわかれば、あとは駆けつけて止めるだけだ。


「へ、はは……っ、ここからでは遠すぎる……!」


 園鶴義は諦めてこそいないが、手段の無さに途方に暮れる。


 彼は妹がいると思われる数十キロ先を睨み、拳を強張らせた。

 握り込むあまり、全身が震えてしまっている。

 悔しくて地団駄を鳴らすのを、しかし俺は冷静な頭で聞いていた。


「普通ならそうだろうけど、あんたの脚力なら駆けつけられるんじゃないか?」


 獣道をノーブレーキで疾走する肉体の持ち主だ。俺は冗談抜きで、この男ならそこらの車より早いのではと思っていた。


「やはり(わっぱ)、浅はかなり。あれは霊力あってこその賜物で――」

「――これを貸す。霊力は込めてある。いけるか?」


 俺の刀を手渡すも、園鶴義は渋面のままだ。


「駄目だ。これでは霊力が足りん」

「とすると、他に手は……ううむ」


 異常な身のこなしで獣道を駆け抜ける園鶴義だが、もともとそれは蝶人間の霊力を扱うことで成り立っていた芸当だ。

 あの規格外な霊力量に比べたら、俺一人の霊力なんてたかが知れてる。刀や水晶を託した程度では、遠く離れた妹の下にたどり着くまでにガス欠になってしまう。


 なにかこう、霊力以外の解決手段がないとだめだ……。


「【失せ物探し】。対象は車。オレンジの」


 臙脂色の車といえば、園鶴義の命を奪ったあの改造車だ。


「園鶴義、あんた免許は持ってるか?」


 応と頷くのを確認して、これはいけると思った。


 あれなら文字通り殺人的なスピードが出る。今からでも園さや子のところへ駆けつけられるくらいのスピードが、出る。


「もう一度これを視てくれ。霊峰の駐車場なんだけど、場所はわかる?」

「ここ霊峰は(おれ)の領域よぉ。判らん道理は皆無!」


 【失せ物探し】の光景によると、どうやらあの走り屋は張り込んでいた女刑事に捕まったらしい。

 走り屋、女刑事、それに目当ての改造車が駐めてある。


「この車、凄いスピードが出るんだ――――借りていいってさ」

「……! 恩に着るッ!」


 俺の刀をバッと背負い、園鶴義は疾走した。駐車場までなら刀一本分の霊力でも事足りるだろう。

 刀身から受け取った霊力を存分に発揮して、あっという間に山間の闇に消えていった。


「刀は貸しただけだからなーっ!」


 その直後、闇の向こうから若い男の悲鳴と女刑事の怒号が帰ってきた。

 園鶴義にやつ、相当なりふり構わないやり方で改造車を奪ったと伺える。


「よし。永遠を崩すにあたって、園鶴義についてはこれで解決でいい。残る問題は……」


 あとは露希の気持ち次第だ。

 露希が望まない形で永遠を終わらせるのは、俺だって不本意だ。


 もっとも、肝心の永遠崩しの手がかりは訊き出せずじまいになってしまった。

 けど、あの様子なら園鶴義はいつでも協力してくれる。頃合いを見計らって尋ねればいいだろう。


「露希の異変について訊かないとな。でもこればっかりは、旭賀さんが元気になってくれないと着手しようがないんだよな。どうしたものか――」


 ――ブー、ブー。ブー、ブー。

 旭賀さんからの着信が、俺の独り言を遮った。


 待ちに待った報せである。

 ひと息つく暇も忘れて、俺はスマホを耳にあてた。



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