30/39 【スピリット】
俺は無免許でバイクに乗ることがある。仕方のない措置だ。
交通機関はまともに稼働していないのだから、永遠ではどうしたって移動範囲に制限がある。
かあさんを交通事故で亡くしたこともあり、バイクに乗ること自体にも抵抗があった。
それでも、俺なりに筋は通したつもりだ。
無人になった教習所の敷地と教材を間借りして、独学ではあるが教習課程をクリアしているし、教官を探しだして検定を頼んだこともある。
だから、霊峰でその男と車をみつけだしたとき、俺はほとんど衝動で詰め寄った。そうなるのも無理からぬことだと、わかってくれるだろうか――――。
【失せ物探し】を行使しながら斜面を滑り降りること数十分。
俺はついに【失せ物探し】の対象を探し当てた。
「なぁ、それはあんたの車か?」
俺が【失せ物探し】で追っていたのは園鶴義、ではなかった。
【失せ物探し】を行使する水晶に映り込むのは、バーナーの炎を想起させる臙脂色の車体。
俺の目の前にある車と完全に一致していた。
「スポーツカー? スーパーカー? っていうのか? ずいぶんスピードが出そうな車だな」
「あー? ダレだテメェ。んか用かよ」
男は、車を運転するにはずいぶんと若く見えるが、やはりこの車の持ち主らしい。
若いというか、どうみても俺と同い年くらいだ。
「ってことは……無免許だな。年齢的に」
「ぁあ? 聞こえねぇよ、っとに……これからってえときに何なんだ? 用が無いなら――」
「――用ならある。これから走るんだろ? そこの、人をただの血と肉片に変えかねない車で」
短い金髪に浅黒い肌、耳や唇の一部を金属で貫いている。
偏見かも知れないが、俺に言わせればいかにも走り屋そのものといった風情だった。
「あんた今夜、人を轢くぞ」
「はんっ、轢かねぇよ。なんだいきなりエラッそうに」
警告しながら、かあさんの事故を思い出す。
それに、園鶴義との決着があっけない幕引きで終わったことも。
あの日の爆炎のなかに、この車があった。
コイツで間違いない。
園鶴義を殺めたのは、この車で間違いない。
金髪の男は運転席に乗り込み、こちらを拒絶するが如くドアに手をかける。
ドアが閉め切られる寸前、運転席に刀の鞘を差し込んだ。
「なッ、テンメェ!? キズついたらどうすん――」
「――人が死んだらどうするんだ」
「だから轢かねぇっての! 誰も来やしねェーの、こんな夜に! 前時代の観光地に! ダイイチオレぁよ、今まで一度も事故なんざ起こしてねェっての!」
いいや、あんたはすでに六回、死に至るスピードで園鶴義にぶつけている。
そう言って通じる相手ではないのはわかり切っているので、俺は別の手段に出る。
「警官が張り込んでいるぞ」
水晶で【失せ物探し】を行使し、覆面パトカーを映し出した。
「テキトーフいてんじゃねぇぞ、ラァ!」
「俺が適当かどうかは、これを視てからでも遅くはないだろ」
どうもこの男は車に詳しいらしい。水晶に映った霊峰の駐車場、そこに駐めてある車種を判別しただけで、それが覆面パトカーだと察したようだ。
「信じるか信じないかはあんた次第だけ……ど」
我が身可愛さというのは凄まじいもので、決まり文句を最後まで発する間もなくエンジンを吹かして都心方面の道に下りてしまった。
「……改造車だったか。あれは捕まるな」
男の車は自慢のスピードを活かし、女刑事が潜入している霊峰から逃げ去るのを見送ってから、俺はあらためて【失せ物探し】を行使する。
「よし。これで園鶴義の直接の死因を排除できた」
今のところ【未来視】が発動する気配もない。死の未来を回避させることに成功したとみていいだろう。
念のため、園鶴義がいるであろうツーリングコース方面にはダッシュで向かう。
「歴史の修正力」なんて本気にはしていない。しかし不測の事態はあり得る。
だからこそ、本来の死亡時刻より早くに園鶴義のもとに辿り着きたかった。
「永遠崩しのための次なる一手を、なんとしても訊き出さなくては」
呟いた刹那、【失せ物探し】行使中の水晶が火難の相を発する。
思いがけない反応に視線が吸い寄せられた。
そこに映ったもの――――園鶴義が刀を上段に構え、敵意を放散させている。
彼の握る刀は、今にも振り下ろされようとしていた。
「! 来るなら来い、全部いなしてやるッ!」
園鶴義が虚空に刀を振るうと同時、霊峰のとある一角に熱い霊力の奔流が生まれる。
【予測】を以って熱波が飛来する方向を察知、反射的に体を投げ出した。
【予測】で熱波を躱しつつ、【失せ物探し】で園鶴義を観測し続けること数分。園鶴義との距離を詰め、ようやく接敵に成功する。
「ようやく会えたな。まずは話をしてみないか?」
戦意に満ちた園鶴義の目が、射殺さんばかりにこちらを向く。
「先ずも何も或るものか。不穏分子は斬るのみ、だ」
応じてくれると思ってはいなかったし、園鶴義の反応は案の定だった。
「当然か。あんたにしてみれば追撃の最中だったわけだし。そういうことなら――」
右手を肩に回し、抜剣。
「――あんたの望み通り、相手になってやる。それで俺が勝ったら、いくつか質問に答えてもらう」
「宝晶はもとより、その刀。霊力を帯びている、か……ヘハハハッ。ついに両方の“根源”を手にしたか……」
「両方だって?」
その言い方では、まるで“根源”は元より二つしか存在しないみたいじゃないか。
「ならば、なおさら放っておくわけにはいかんのよなぁ! 斬り捨て御免――――憤ッ!!」
園鶴義の刀が熱波を放つ。必殺の圧迫感が刹那の間も置かず眼前に迫る。俺はそれを、右手の刀で無力化してみせた。
「どうだ!? 話をする気になったか!」
苛烈な熱波だが水晶で【予測】を行使できる以上、防御は容易い。
「刀一本のあんたと、刀プラス霊力を行使できる俺。勝敗のみえた戦いだろ!? 投降しろ! 俺は命を取りたいわけじゃない!」
「減らず口をっ!」
俺がすべての熱波を消滅させようと、園鶴義は一片の戦意すら失わない。
それどころか、自身の放った熱波に飛び乗り急接近を試みる。
以前襲撃されたとき、バイクで逃げる俺を追撃してみせたあの技だ。
「貴様如きを野放しにしたところで己が死に晒すことはないか、確かにな。|だが永遠を失えば……妹の子らは……!」
「! そのことなら、なんとかなるかもしれない」
マズい。俺は霊力の扱いに慣れているから熱波を消滅させるなんてへでもない。
しかし接近を許し、霊力を介さぬ純粋な肉弾戦に持ち込まれれば形成は逆転するだろう。
「応おぉぉおおッ!」
未成年者の俺と完成された身体を持つ園鶴義が筋力を競わせたら、それこそ勝敗のみえた戦いだった。
俺は殺意の籠った眼差しから逃れるべく、咄嗟に水晶の刀身を持ち上げた。
ガード姿勢を取ると自然、刀身の反射が俺の目に飛び込む。
青白い光が目に刺さり、思わず顔を逸らしかけた。
「霊力の光か……!?」
刀身の水晶が像を結び、何かの霊力行使が発現する。
自分の意思に関係なく行使されるこの現象は、【未来視】に違いない。
死を宣告するのが本来の【未来視】だ。
しかし目の前に光景は、いつもと様子が異なった。
「これを信じろってのか……!?」
刀身が視せてくる【未来視】の中で、俺も園鶴義も死んでいない。
ただ園鶴義の持つ刀を、俺の水晶の刀が叩き折っている。
無理やり解釈するならば、「園鶴義の刀が死ぬ」という【未来視】だった。
「去ぬがいい、童ァ!」
「……させないっ!」
園鶴義が一足一刀の間合いを侵してくる、その刹那。
「【未来視】のとおりに……はあっ!」
霊力を剣先のみに一極集中させ、前に踏み込む。
園鶴義が刀を振るうより先に、水晶の刀身が唸る。
【未来視】が視せた光景を実現させてのけた。
「なっ、馬鹿な……」
鋼の刀身にヒビが走り、砕けて地に落ちる。
日常生活ではおよそ聞くこともない、まさに刀の悲鳴、刀の死ぬ音だった。
霊力を司る刀身を失い、熱波が霧散していく。
熱波に乗っていた園鶴義は硬い舗装路に投げ出された。
「ぐぉっ……!? げほっげほ、かはっ」
本来霊力を扱えない園鶴義の、唯一の武器である刀をへし折ったのだ。もう脅威は去ったといっていい。
地面に横たわる園鶴義がしがないサラリーマンにしかみえず、俺は思わず介抱に駆け寄る。
「あんた、大丈夫か? ……話を訊く前に、擦りむいたところを治療し――――」
戦いは終わった。そう駆け寄る俺の足は、しかし神に睨まれて動きを止める。
神の視線。
そうとしか言いようのないプレッシャーを背に感じて振り返ると、折れた園鶴義の刀身がボコボコと地面を跳ねていた。
紅い霊力の光を煌々と放ちながら不規則に地面を叩く刀身は、岩盤の内で泡立つマグマを想起させた。
俺は声を上げることも出来ず、その光景から目を離せずにいた。声を上げることは許されないとすら錯覚していた。
許されない? 一体、誰に?
俺は折れた刀身を恐れているのか?
ただの破片がどうして、ここまでの存在感を放てるのか。
「なんだ、この霊力……異様すぎる」
神に睨まれた、というのは比喩ではない。
人の体から魂が抜けるように、紅い光は刀身を抜け出していく。
紅い霊力は、やがて人型に変わる。
人と思われたその背から、蝶の翅が生え開く。
俺は人智を超えた現象を目の当たりにしながら、園鶴義から刀の霊と呼ばれた存在がいたことを思い出した。
「この蝶人間がそうなのか……っ!?」
刀の霊もとい、蝶人間と対峙する。
畏怖か戦意か、水晶の刀を無意識に握り込こんでいた。
水晶の刀身が、まるで焦りだしたかのように【未来視】を行使する。
【未来視】は俺が蝶人間に刀を突きたてる様子を、様々なパターンで視せてくる。
――――そいつを止めろ、そいつは仕留めないとダメだ。
どんな手段でもいいから刺すんだ!
そんなふうに、しきりに叫んでいるようである。
だというのに、俺の体は指の先まで硬直していた。
『…………』
俺がいつまでも硬まっていると、蝶人間は何も語らず街の北端へと飛び去っていった。
やがて完全に姿がみえなくなったが、いまだ俺の肌にはおぞましい気配が絡まっている。
「あいつの霊力は……濃すぎる。重たく粘つくようなこの気配からは、盆地の街のどこに隠れても逃れられない」
浅いままの呼吸を何度も繰り返していると、園鶴義のほうから声をかけてくる。
「…………おい」
動悸がする胸を押さえつけながら振り向くと、園鶴義はすでに自力で立ち上がっていた。
「童……いや貴殿。質問に答えろと云っていたな……付き合ってやる」
「ぁ、ああ。そうだ、訊きたいことがある。あんたには訊きたいことが……ぅ、…………」
「己の気が変わらんうちに済ませろ」
「わかってる。わかってるけど……くそ。ここへきて、何から訊けばいいかわからなくなった」
「あの刀の霊のことか? 永遠を葬るつもりの貴殿が、まさか知らなかったわけではあるまい?」
「…………いや、知らなかったさ」
俺のことを不穏分子だのワッパだのと呼んでいた園鶴義が、今や貴殿なんて呼称を使っている。憑き物が落ちたような変わり様だ。
「よもや、こうも愚か者とはな」
「なんだよ、あんなのと相対してタダでいられるほうが狂ってるだろ」
「ヘハハハッ……そう怒るな。まぁ座るがいい」
眼に殺意を宿して雄叫びをあげていたときの彼とは違う、話の通じる年長者がそこにいた。
憑き物が落ちたというのも、案外と比喩ではないのかもしれない。
園鶴義は地面に尻を着け、どっかりとあぐらをかいた。
「さぁ訊くがいい。戦いの最中に貴殿が口走った『妹がなんとかなる』とやらが真の話なら、腹を割ってやろう」




